モルドバ、EU加盟とウクライナ復興を見据えた投資ポテンシャル

2025年1月9日

モルドバ政府は、外国投資の呼び込みとビジネス環境の強化に力を入れている。2024年9月16~20日には、モルドバの首都キシナウを含む4都市において、モルドバ投資庁(Invest Moldova Agency)主催の第9回「モルドバ・ビジネス・ウィーク(Moldova Business Week)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」が開催された。国内外の投資家、起業家、ビジネス関係者、国家機関の代表者が参加し、主要産業における最新ビジネス環境や投資インセンティブ、投資誘致政策などが紹介され、東欧の投資先としてモルドバの優位性がアピールされた。本稿の前半ではモルドバのビジネス環境について概説し、後半ではモルドバ投資庁長官へのインタビューを紹介する。


モルドバ・ビジネス・ウィークの様子(ジェトロ撮影)

安価な労働力、EUなどとのFTA網が魅力

モルドバは、ルーマニアとウクライナの間に位置する東欧の国。平均賃金が東欧諸国の半分以下に収まる競争力ある労働コスト(図参照)、人口の8割に上る多言語に対応する人材、安定した規制環境、先進的なデジタルインフラ、欧州とアジアの間に位置するという地理的優位性などを備え、費用対効果の高い投資先として注目されている。

図:東欧諸国の平均月額賃金(2023年)
2023年のモルドバの平均月額賃金は672ドル。他の東欧諸国を見ると、クロアチアは1,713ドル、スロバキアは1,706ドル、ポーランドは1,636ドル、ルーマニアは1,610ドル、ハンガリーは1,452ドル、ブルガリアは1,113ドル。

出所:国連欧州経済委員会に基づきジェトロ作成

モルドバは、47カ国と自由貿易協定(FTA)を結んでおり、投資家がモルドバを通じて10億人以上の消費者にアクセスできる環境がある。2014年に欧州連合(EU)と、深化した包括的自由貿易協定(DCFTA)を含む連合協定(AA)を締結し、行政、規制、商慣行をEU基準にそろえる体制を整えてきた。2024年にEU加盟交渉が開始されたが、加盟前からEU基準に沿って規制が整備されていることは、企業にとって安定したビジネスの立ち上げとEU市場へのアクセスにつながる。

モルドバは欧州とアジアの間に位置し、両方の経済空間にアクセスできる戦略的ハブとしても機能している。欧州と黒海を結び、効率的な物流手段として利用されるドナウ川へのアクセスは、EU諸国をはじめとする諸外国との国際貿易を促進している。ウクライナ復興にかかる物流インフラの観点からも、モルドバの重要性は高まると考えられる。

経済の戦略的多角化が進む

近年のモルドバの産業では、かつての伝統産業とされる農業や重工業が国内総生産(GDP)に占めるシェアが減少している一方、貿易、運輸、IT産業といったサービス業はシェアが上昇傾向にある。主要産業の変化の背景には、経済の戦略的多角化と、より技術的に進んだ産業への移行があるとみられる。

また、対内直接投資は、2022年時点で新たな高みに達した。国連貿易開発会議(UNCTAD)の世界投資報告書2024によると、2022年の外国直接投資(FDI)流入額が過去10年間で最高となる5億9,100万ドルを記録した。東欧諸国の中でも依然として低い水準にあるものの、国内各地にある自由経済区域における、輸出志向型の製造企業向けの関税免除や簡易通関プロセスの提供などをはじめとする、投資家への各種優遇政策が投資増に寄与しているようだ。モルドバ政府は投資の優先分野として、情報通信技術(ICT)、ビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)などのビジネスサービス、農業と食品、自動車、電子機器、クリエイティブ産業、エネルギー、電動化、製薬・医学、不動産などを掲げており、今後、成長が期待される。

EU市場へのアクセスに期待が高まる中、モルドバは投資を誘致するインセンティブの拡大に注力している。そこで、ジェトロは、モルドバ投資庁長官のナタリア・ベジャン氏に、同国への投資メリットと日系企業への期待などについてインタビューを行った(2024年11月15日)。

IT企業誘致のためDXを推進

近年、東欧諸国は安価で優秀な人材や、IT分野の急成長で脚光を浴びている。モルドバだからこそ享受できるメリットについて、ベジャン氏が強調したのは、モルドバ・イノベーション・テクノロジー・パーク(MITP)の存在だ。IT企業誘致策の一環として、2018年に設立された。MITPの入居企業は2,000社を超え、入居企業の生産額はGDPの4%に相当する。入居企業に対し2035年まで税率を売上高の7%とする単一税を導入し、企業負担が大幅に軽減されていることや、外国IT人材のビザ手続きの簡素化を行い、高度人材の誘致を推進している。MITPはバーチャル上で入居可能で、企業の所在地がモルドバ国内であれば入居者になれる。MITPの非入居企業であっても、法人税が比較的低い12%であることや、再投資された利益に対する法人税の免税など、有益な投資環境を整備している。

ベジャン氏は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進も、モルドバに投資する魅力の1つであると語った。モルドバは100%デジタル国家になることを目標に掲げており、ビジネス向けの公共サービスの65%以上はデジタル化されている。デジタル署名など、国境を越えたスムーズな手続きができる仕組みを整えることを早急に進め、海外企業がビジネスをスタートするための魅力的な環境整備に取り組んでいる。過去の汚職問題が海外直接投資の伸び率に影響することもあるが、政府はデジタル化を普及させ、汚職対策を強化している。

EU加盟やウクライナ復興を背景にモルドバの重要性が増すことを見据え、魅力的なビジネス環境の整備のための資金の増加や政策も期待できる。モルドバは、国際機関から多くの支援を受けている。2021年12月に国際通貨基金(IMF)のガバナンス強化に関するプログラムで確保した資金は、ウクライナ侵攻による経済停滞を受け、当初の5億6,000万ドルから8億ドルに増額された。2024年10月10日には、欧州委員会がモルドバの経済成長計画を支える18億ユーロの支援策を採択している。この支援策は、今後、欧州議会やEU理事会で審議される。

日本企業との協業と投資を期待

ベジャン氏は、政府が注力するIT、インフラ、エネルギーの3分野において、日本企業を誘致したい、と強調した。中でも、モルドバ政府はエネルギー供給の安定化と欧州エネルギー市場との統合を進めているため、特にエネルギー分野において高い技術を持つ日本企業とシナジーを生み出したい、と言及した。海外企業などではすでにウクライナ復興事業を見据えて、モルドバを拠点とした事業活動が起きているという。

モルドバの地理的優位性、税制の優遇措置をはじめとする投資誘致策、多角化した産業の発展などは、投資家の注目を集め、着実に海外投資を引き込んでいる。将来的なEU加盟やウクライナ復興の観点からも、モルドバは投資先としての意義を増している。

執筆者紹介
ジェトロ・ブカレスト事務所
小林 京瑞(こばやし ことみ)
2022年、ジェトロ入構。デジタルマーケティング部を経て現職。