タイのEV政策の現状―現地調達向上と新たなHEV支援策の導入

2025年2月28日

タイでは、政府の補助金給付などを背景に、中国製のバッテリー式電気自動車(BEV)の新規登録台数が近年増大し、現地生産も始まった。一方、タイ政府の発表や政策担当者へのヒアリングから見えてきたのは、国内の低迷する自動車市場への対応や、EV部品の現地調達率向上、ハイブリッドEV(HEV)を含めた、幅広いセグメントのEV振興の必要性だ。本稿は、これらの3点に焦点を当て、タイ政府のEV振興にかかる現在の取り組みと、政策についてまとめる。

国内市場低迷への対応

タイが2022年から導入したEV普及策「EV3.0」は、BEVの完成車に対する販売補助金や、輸入関税の減税を含む。2024年に導入した後継策の「EV3.5」とともに、中国EVメーカーを中心に、複数の企業がこの支援策を活用し、タイのBEV市場は拡大した。例えば、タイ運輸省・陸運局(DLT)によると、タイの乗用車のBEV新規登録台数は、2022年の9,644台(前年比5.0倍)から、2024年は6万9,978台(同8.1%減)まで増加した。BEVがガソリン車を含めた自動車の新車販売台数に占める割合は、同期間に1.1%から12.2%に拡大した。そのうち、2024年のBEV新規登録台数に占める中国ブランドの割合は85.3%に達している。ブランド別では、BYDが全体の38.4%を占めて最も多く、上海汽車(MG)(13.0%)が続く。BYDや上海汽車(MG)、長城汽車(GWM)などの中国企業は、タイでのEV生産を開始、または計画しており、これら中国企業によるタイでのEV生産能力(年間)は約50万台とされる(2024年時点、注1)。

一方、EVに限らず、タイの自動車産業にとって、目下の課題は低迷する国内販売だ。新型コロナウイルス禍後の家計債務の膨張や、金融機関による自動車ローンの審査厳格化などが理由とされる。タイ工業連盟(FTI)によると、2024年のタイの自動車販売台数は約57万台(前年比26.2%減)で、過去にピークを記録した2012年の約144万台と比べると、大きく縮小している。この点について、タイ工業省・産業経済局(OIE)の担当者は、2024年11~12月に開催された「モーターエキスポ2024」の結果に言及した。同イベントでは、前年比2.4%増の5万4,513台の自動車の販売予約が成立した(主催者情報)。しかし、OIEの担当者は、自動車ローン審査の厳しさなどから、実際の販売台数はその一部と推測している(ジェトロのヒアリング:2024年12月17日)。

このように国内市場が低迷する中、大量のEV国内生産は在庫過剰や価格競争の激化につながる可能性がある。そのため、国家EV政策委員会は2024年12月4日、「EV3.0」に基づき、EV国内生産の義務期間の延長を決定した。これまで、「EV3.0」の下、補助金の給付を受け、EV完成車を輸入・販売した企業は、2024~2025年にその1~1.5倍以上のEVの国内生産を義務付けられていた。しかし、今回の延長により、この条件を満たせない部分は「EV3.5」の条件に従い、2026年までに国内生産を終える必要がある(2024年12月19日付ビジネス短信参照)。そのため、タイでは、中国企業によるBEV生産が2024年から急拡大するとみられたが、本格的な生産は後ろ倒しになると考えられる(注2)。

現地調達と地場サプライヤーの高度化

足元の市場低迷に加え、中期的な課題はタイの自動車部品産業の高度化と、EV部品の調達率の向上だ。タイ市場で存在感を高める中国製BEVだが、ASEAN中国FTA(ACFTA、自由貿易協定)により、完成車でも2010年以降は、関税率0%でタイに輸入できる(注3)。こうした中、タイ政府は、中国企業による完成車の輸入から、タイでのEV生産への切り替え、また主要部品の現地調達も促したい考えだ。例えば、タイ投資委員会(BOI)は、中国EVメーカーと地場サプライヤーとのマッチングを積極的に実施している。2024年5月、BOIが主催する部品サプライヤー向け展示会「サブコン・タイランド2024」では、タイでBEVの現地生産を進める中国企業7社がタイでのEVサプライチェーン構築の方針について説明した(2024年5月16日付ビジネス短信参照)。

また、BOIは同年11月にも、広州汽車グループのAIONと共催し、部品調達商談会「AION Sourcing Day」をバンコクで開催した。AIONはこのイベントで、内装・外装、シャシー、トラクションモーター、バッテリーなどの部品調達に焦点を当て、74社のサプライヤーと商談した。BOIによると、成約額は22億5000万バーツ(約101億2,500万円、1バーツ=約4.5円)と見込まれる(開催時点)。AIONは2024年7月、タイのラヨーン県にBEV生産工場を設置した。部品の現地調達率は47%以上だが(2024年11月時点)、タイ製部品の質の高さや、中国からの部品輸入コスト削減などを理由に、現地調達はさらに拡大する方針だ。

BOIはさらに2024年8月、「自動車部品製造におけるタイ企業と外国企業の合弁事業への奨励措置」の導入を発表した(注4)。同措置は、タイ側が30%以上の資本を有する、タイ企業と外国企業の合弁による自動車部品製造事業に対し、一定条件の下、通常の恩典(注5)に加え、さらに2年間、法人税を免除するものだ。タイ政府は、同措置により、ティア2~3の中小企業を含む国内1,300社以上の自動車部品サプライヤーが外国企業から技術移転や人材育成の機会を得て、国際競争力を向上させることを期待している。

その他、現在(本稿執筆時点)、多くの在タイ中国EVメーカーはフリーゾーン(FZ)内にBEV生産拠点を設置し、原材料や部品を無税で輸入している。その際、工場出荷(EXW)価格の40%以上の現地調達率を満たせば、完成品をタイ国内に無税で出荷できるが、2022年10月8日~2025年12月31日に限り、BEVのEXW価格の15%まで、輸入バッテリーセルのCIF価格を現地調達率に加算できる(2024年3月28日付ビジネス短信参照)。これは、タイのEVサプライチェーンが未発達なために導入した時限措置だ。しかし、2026年以降、同措置は延長されない見込みだ。そのため、中国企業は今後、輸入バッテリーの15%分を含めず、タイで現地調達要件40%を満たす必要がある。タイ政府は同決定を通じて、外国企業によるタイでのセルからのバッテリー生産への投資拡大につなげたい考えだ。

HEV普及に向けた新たな支援策

国家EV政策委員会は、2030年までに自動車(乗用車・ピックアップトラック)の国内生産の30%、国内販売の50%をBEVや燃料電池自動車(FCEV)とする方針だ。一方、政府は引き続きHEVの重要性も認めている。例えば、タイの中期国家計画「第13次経済社会開発計画(2023~2027年)」では、EV産業への移行期に、HEVやプラグイン車(PHEV)を重視するとしている。また、BOIのナリット長官も「HEVは、自動車の電動化への移行を後押しするほか、国内販売と輸出、省エネ、空気汚染対策、温室効果ガス(GHG)削減に高いポテンシャルを有する」と発言している(2024年7月)。

実際、国家EV政策委員会は2024年7月26日、HEVの物品税率を2026~2032年にかけて引き下げることを承認した。同措置は、従来計画していたHEVにかかる物品税の段階的な引き上げに代わり、二酸化炭素(CO2)排出量が1キロメートル当たり100グラム未満のHEVは6%に、101~120グラムでは9%に据え置くものだ(注6)。認可されるには、2024~2027年に30億円バーツ以上の投資があり、国内生産された主要部品を使用することなどが条件となる。

さらに、国家EV政策委員会は上記措置に加えて、2024年12月4日、マイルドハイブリッド車(MHEV)の製造に対しても、物品税を減免すると発表した。HEVと同様、CO2排出量や新規投資、主要部品の国内生産が条件だが、2026~2032年に物品税率を10~12%に引き下げる(注7)。従来、60ボルト以下の電気系統を搭載したMHEVはBOIの奨励対象外だった。しかし、今回の決定はその範囲を拡充したと言える。

OIEやBOIの担当者は産業界とも意見交換しつつ、今後もHEV向けの新たな支援策を公表する可能性に言及している(ジェトロのヒアリング:2024年12月17日、20日時点)。

EVエコシステム構築に向けて

HEV回帰とも取れる動きが見られるタイだが、EVシフトの傾向自体は今後も続くと思われる。その根拠はタイの国家戦略におけるEVの位置づけだ。まず、タイの最上位の国家戦略の「20カ年国家戦略(2018~2036年)」は、2036年時点で1人当たりGDP1万5,000ドルを達成し、先進国入りすることを目指している。この国家戦略の下、先述の「第13次経済社会開発計画(2023~2027年)」では、EV産業振興策は、脱炭素に加え、タイが産業・人材の競争力を高め、イノベーティブな経済を実現するために、必須のアジェンダとなっている。そのため、EV製造技術への投資、人材育成などを通じて、いかに既存の自動車サプライチェーンを高度化し、EVシフトするかがカギとなる。タイは近年、補助金給付などを通じて、EV完成車の輸入・販売を拡大させた。しかし、今後数年はバッテリーのリユースやリサイクル基準の整備を含め、EVが長期的に生産・消費される環境(エコシステム)を構築することが求められる。この点、人材育成やR&D、バッテリーのリサイクルでは、タイ政府による日本企業への期待も高い。

他方、ここでも中国企業の存在感は高まりつつある。ピチャイ・チュンハバジラ副首相兼財務相が率いるタイ政府代表団は2024年11月に中国を訪問した。使用済みバッテリー管理のエコシステム構築に向けて、中国のバッテリー産業界と協議している。具体的には、バッテリー追跡システムの導入、使用済みバッテリーの修理・収集、再利用にかかる規制の枠組みなどについて話し合われた。

日本(企業)にとっては、タイの足元のEV登録台数やブランド別シェアに加え、最新の政策動向にも注視しつつ、タイが目指す方向性を把握し、投資や協力分野を決定していくことがより重要となっている。


注1:
各報道を基に、ジェトロ計算。
注2:
EV国内生産の義務期間は後ろ倒しとなったが、企業が2026年までに生産を終える場合は、完成車を輸入・販売した台数の2倍以上、2027年までに終える場合は、3倍以上の生産を義務づけられる。
注3:
EVの関税コード(8703.80)で、ACFTAのタイ側譲許表を参照。
注4:
優遇措置への申請要件の詳細は、BOIプレスリリース(2024年8月8日)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
注5:
BOIは奨励事業に対して、法人税の減免や、機械や部品の輸入税の免除などの税制上の恩典を付与しているが、恩典内容や優遇措置を享受できる期間は事業内容により異なる。
注6:
物品税は特定の商品やサービスに対して課税される。HEVは通常8~16%だが、BOI奨励事業に限り、2025年までの時限措置として4~8%に引き下げている。2026年以降は2年ごとに引き上げる予定だったが、今回の承認により、条件を満たせば引き続き2032年までは6~9%の軽減税率を享受できる。
注7:
MHEVに対する恩典の申請条件詳細は、BOIウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課 課長代理
田口 裕介(たぐち ゆうすけ)
2007年、ジェトロ入構。アジア大洋州課、ジェトロ・バンコク事務所を経て現職。