施行から9年、日本における「スタートアップビザ」の現在地

2024年8月27日

「スタートアップビザ」という言葉を耳にしたことはあるだろうか。イノベーション創出による産業の国際競争力強化を目的として、優秀な起業家を呼び込むために外国籍の起業家にビザを付与する制度だ。日本を含む世界28カ国・地域以上が導入し(2021年11月11日付地域・分析レポート参照)、グローバル人材によってイノベーションを加速化させるスタートアップ・エコシステムを自国に育もうとしている。

2022年の米国政策財団NFAPの調査PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(697KB)によると、米国を拠点とするユニコーン企業(評価額が10億ドル以上で設立10年以内の未上場企業)の55%(582社のうち319社)が移民によって創業されているほか、ユニコーン企業の核となるポジション(CEO、役員、リードエンジニアなど)のうち80%が移民で構成されていた。世界を席巻している米半導体メーカーのエヌビディアの創業者兼CEO(最高経営責任者)であるジェンスン・フアン氏も台湾出身で、幼少期に家族とともに米国へ移住したという(注1)。

日本政府が2022年に11月に発表した「スタートアップ育成5か年計画」で、ユニコーン企業100社の創出が目標に掲げられている。米国の例から見て取れるようにグローバル人材を引きつける「スタートアップビザ」政策は重要な役割を担う。

「スタートアップビザ」による外国人起業家の増加

では、日本ではどのような「スタートアップビザ」を導入しているのだろうか。2015年7月成立の内閣府国家戦略特別区域「外国人創業活動促進事業」、および2018年12月に経済産業省により施行された「外国人起業活動促進事業」の2つに基づく施策が、一般的に「スタートアップビザ」と呼称される。前者では、国家戦略特別区域における入管法の特例措置により、実施主体の地方自治体による審査の下、6カ月間、創業活動を行うための在留資格を得ることができる。後者では、「外国人起業活動促進事業に関する告示」(経済産業省告示)に基づく特例措置により、実施主体の地方自治体による審査の下、最長1年間、起業準備活動を行うための在留資格が得られる。

ジェトロが行った本施策導入自治体への聞き取り調査の結果、2024年5月末時点で累計716人以上に対し、「スタートアップビザ」制度による「特定活動」もしくは「経営・管理」の在留資格が交付されている。これにより、入国後6カ月から1年間、起業準備に向けた日本での滞在が可能になる。そのうち、少なくとも359人が事業経営者に付与される在留資格「経営・管理」への移行または更新を行っており、日本での創業に成功している。聞き取り調査結果の詳細については、内閣府「スタートアップビザ」実績及び支援状況PDFファイル(785KB)および経済産業省「スタートアップビザ」実績及び支援状況PDFファイル(862KB)にまとめている。

また、国内の26の自治体(図参照)だけでなく、2023年10月からベンチャーキャピタル(VC)やアクセラレーターといった民間事業者によるビザ交付の審査スキームも追加されることになった。

図:経済産業省、内閣府によるスタートアップビザ支援地域
 経産省事業の対象である認定地方公共団体は、福岡市、愛知県、岐阜県、神戸市、大阪市、三重県、北海道、仙台市、横浜市、茨城県、新潟県、大分県、京都府、兵庫県、渋谷区、浜松市、加賀市、富山県 (18地域)。内閣府による国家戦略特区事業の活用自治体は、東京都、神奈川県、成田市、京都府、兵庫県、新潟市、福岡市、北九州市、仙台市、愛知県、広島県、今治市、つくば市、大阪府・大阪市(スーパーシティ)、加賀市 (15地域)。どちらの事業も対象である地域 は、福岡市、愛知県、大阪市、仙台市、京都府、兵庫県、加賀市。

出所:経済産業省、内閣府ウェブサイトからジェトロ作成

支援団体によるバックアップの重要性

外国籍の起業家が「日本で起業しよう」「ビジネスを始めるためにビザが必要だ」と思い立った際に、どのような準備が必要なのか。「スタートアップビザ」を取得した起業家の創業の最初のハードルは、生活および企業基盤を構築することだ。英語での情報提供が乏しい中で、「スタートアップビザ」制度をうまく活用している自治体では、支援団体の担当者が並走して起業家をバックアップしている。特に初めて日本で生活を営む起業家は、支援団体を通じてビジネスステークホルダーや税理士や会計士などの専門家、銀行、不動産担当者などとつながることで、地域エコシステムの一員として周辺事業者を巻き込んで新規事業を組成していた。

北海道で創業ビザを取得し同地で起業したスタートアップ(旅行テック)の共同創業者、ビクター・グラム・トムソン氏は「北海道をホームと感じており、エコシステムが大きくなっていく過程を見ることが非常にうれしい」と述べた。「スタートアップビザ」の取得は、制度自体にとどまらない支援団体のバックアップによって、日本のスタートアップ・エコシステムへ仲間入りするきっかけになっている(表1参照)。

他方、「スタートアップビザ」制度で受けられる支援については英語での情報発信に限りがあり、自治体の一次情報ではなく、口コミやネット情報といった不正確な情報に悩まされたという声もあった。こうした自治体それぞれの活動や支援に関する情報を集約し、信頼性のある媒体で発信することが求められている。

表1:「スタートアップビザ」取得者のポジティブな声(9人への聞き取り調査より)
項目 ヒアリング対象者事業利用自治体 内容
手続き面 渋谷区・京都市・横浜市 英語ができる行政書士や司法書士の紹介や無料で相談できるスロットの提供がよかった。
北海道 英語かつオンラインで申請が完結する点がよかった。
大阪府・市 包括的な英語資料で申請プロセスやスケジュールの説明してもらえた点が分かりやすくてよかった。
渋谷区 申請手続きについて動画による解説があったため、事前に制度全体の概要を把握することができた。
仙台市 担当者が柔軟に対応してくれてよかった。
北海道 ビザホルダー向けのNotionページがあり、いつでも参照できてよかった。
暮らし面 渋谷区・神戸市 「スタートアップビザ」での口座開設について、対応可能な銀行とのコネクションを持っている点がよかった。
参照:渋谷区とみずほ銀行の提携(渋谷区ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます
渋谷区・神戸市・福岡市 外国人(特に日本語が話せない外国人)に貸す不動産屋は非常に限られるが、受け入れ可能な不動産屋を紹介してくれる点がよかった。
ビジネス面 北海道・渋谷区・京都市 スラックでのコミュニティ運営がされている点がよい。
北海道・渋谷区 イベントへの登壇機会などが提供されている点がよい。
北海道・横浜市 補助金の案内があった点がよかった。

出所:ジェトロによるヒアリング

多様性のあるエコシステム創出に向けて

一方、聞き取り調査の中で課題として挙がったのは、ビジネス環境の違いや制度認識の齟齬(そご)だ。

まず、在留資格「経営・管理」の更新・移行手続きのほか、口座の設立や出資金の送金、不動産の手配など、創業に必要な生活および企業基盤を構築することに時間がかかる点だ。前述の通り、支援団体によるバックアップはあるものの、支援には限りがある。銀行や不動産会社など地域事業者の「スタートアップビザ」制度への理解不足や、英語での情報提供が不十分なことにより、外国籍の起業家による自立的な事業活動が難しくなっている。聞き取り調査では、日本語が堪能な外国籍の起業家でさえ、諸手続きの煩雑さによりビジネスに集中することが困難な現状を挙げた(表2参照)。多くの海外起業家の母語が日本語ではないことを考慮すると、支援団体に限らず地域事業者を巻き込んで、外国籍の起業家が日本国籍の起業家と同様にビジネスを進められるように手続きの簡素化や英語での情報発信を強化することが求められている。

他方、在留資格「経営・管理」の有効期間の短さと更新の要件についても特筆したい。「スタートアップビザ」保持者が在留資格「経営・管理」への更新・移行手続きを行った場合、在留資格は1年間付与されることが多い。しかし「経営・管理」の要件はスタートアップ型の成長(注2)を前提としていないため、通常2期連続で赤字を出した場合、在留資格の更新が難しくなっている。聞き取り調査では、在留資格の確保のため足元の利益確保に注力せざるを得ず、結果的にスモールビジネスに寄っていってしまうとの声が複数挙がった。

確かに2期連続で赤字を出していることは、一見、不健全な財務状況にみえる。一方、政府として力を入れているディープテック企業を多く輩出する大学発スタートアップが設立後初めて黒字化するまでの年数は、平均で5.1年だ(中央値は4年)(注3)。また、メルカリやスマートニュースといったグローバル市場を目指すユニコーン企業の多くは、戦略的に赤字で経営している。投資家からの出資や公的機関からの補助金などによって得た資金を事業投資に回すことで急成長を遂げるスタートアップにとって、2期以内に黒字化させるという要件は事業戦略にそぐわない場合も多い。

こうした起業家や支援自治体の声を受け、2023年4月に改定された「『経営・管理』の在留資格の明確化等についてPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(161KB)」(法務省)では、スタートアップ(設立5年以内の国内非上場企業かつ独自性のある技術やサービス、新しいビジネスモデルなどに基づき事業を成長させようとする企業)に限り、在留資格更新時の直近2期が債務超過であっても、次の書類を提出することで、事業の継続性について柔軟に判断するとしている。

  • 中小企業診断士や公認会計士などの企業評価を行う能力を有すると認められる公的資格を有する第三者が、改善の見通し(1年以内に債務超過の状態でなくなることの見通しを含む)について評価を行った書面(評価の根拠となる理由が記載されているものに限る)
  • 投資家やベンチャーキャピタル、銀行などからの投融資、公的支援による補助金や助成金などによる資金調達に取り組んでいることを示す書類
  • 製品・サービスの開発や顧客基盤の拡大などに取り組んでいることを示す書類

このような改正は、「スタートアップビザ」制度のさらなる前進に向けた大きな一歩になった。この通達を実際に機能させて、海外から起業家を引きつけるためには、制度の活用方法についての英語での情報発信の強化や、ビザ更新時のスムーズな手続きの進行(企業評価者への紹介や書類の準備)に関するさらなる支援が必要とされ、支援者の存在が引き続き重要なカギを握っている。

表2:「スタートアップビザ」の取得におけるビザ取得者および支援者の課題(18人への聞き取り調査より)
項目 内容
制度面
  • 2期連続での赤字となるとビザの更新ができなくなるため、足元の利益を優先せざるを得ない。
  • 経済産業省事業で付与される在留資格「特定活動」は難民申請者を含む様々な身元の人に付与される。「スタートアップビザ」取得者が付与されるという認知度は低いため、銀行口座の開設や事務所開設が難しい場合も多い。
  • デジタル化をもっと進め、書類作成ではなくビジネスに集中できるようにしてほしい。
  • 「経営・管理」ビザの最初の付与が1年ではなく、少なくとも3年与えられると、ビジネスを進める上でも信頼性が増すほか、ビザ更新ではなくビジネスに集中して取り組めるのではないか。(支援者の声)
手続き面
  • 情報をより整理して、発信してほしい。
  • 自治体の担当者が変わると再度、状況説明が必要となるので困る。
  • オンラインで申請の進捗状況が分かるようになると助かる。
  • 銀行口座開設のほか、要件である500万円の送金に非常に時間がかかる(1カ月以上かかった例あり)。
暮らし面
  • 不動産や携帯電話の契約の際の保証人をどうするかについて、課題を感じる(支援者の意見)。
  • ビザの有効期限が1年では、安定した生活基盤を日本で築くことが難しい。
  • 外国人(特に日本語が話せない外国人)に貸す不動産屋は非常に限られる。
  • 銀行口座の開設が難しい(窓口での英語話者の不在やスタートアップビザに対する認識の低さ)。
ビジネス面
  • 成果や数字を求められ「スタートアップ=リスク」と認識されていることを強く感じる。
  • 英語だけでは、地元ビジネスコミュニティーや補助金などの情報へのリーチが難しい(ビジネス上での日本語の必要性)。

出所:ジェトロによるヒアリング

「スタートアップビザ」制度が施行されて9年、日本は多くの自治体や支援者によって外国籍の起業家を国内に誘致してきた。ただ、イノベーション創出による産業の国際競争力の強化という政策目標を実現させるためには、より多くのエコシステムプレーヤーを巻き込んでいくことが必要になる。

イノベーション創出には多様性が不可欠であり、外国籍の起業家を取り込んだ多様なチーム作りも世界で勝てるビジネス構築の1つの近道ではないだろうか。「スタートアップビザ」制度の今後の飛躍に注目したい。


注1:
Business Insider「エヌビディアのジェンスン・フアンCEOについて知っておくべきこと外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」2023年6月5日。
注2:
一般的に、スタートアップはいわゆるJカーブという成長曲線を描き、創業後数年は利益より成長速度を優先させる。
注3:
帝国データバンク「大学発VB、設立後初の黒字化まで平均5.1年―調査開始後初の1000社超判明、10社に1社が「東大発」―PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(518KB)」2018年2月
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
植田 百香(うえだ ももか)
2021年、ジェトロ入構。日系スタートアップ(特にClimate techおよびBiotech)の海外展開支援の担当として、これまでに50社以上の日系スタートアップを支援する。また、海外アクセラレーターの誘致活動にて外国籍起業家の日本での起業支援にも従事する。