日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に聞く東南アジア事業の可能性

2024年3月26日

日本のプロサッカーリーグは、2月23日に2024年のリーグ開幕を迎えた。

試合の管理運営などを行う公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)は、2012年にアジア戦略プロジェクトを設け、東南アジアでの事業展開を進めている。また、これを機に、各クラブも東南アジアに現地進出を始めた。

日本のプロサッカーリーグが海外に展開する理由、また東南アジア市場の魅力とは何か。さらに、各クラブは現地でどのように企業と連携しているのか。Jリーグ マルチメディア事業本部 放映事業部長の大矢丈之氏、海外事業部の八幡聖氏に聞いた(取材日:2024年1月12日)。


Jリーグオフィス エントランスの様子(ジェトロ撮影)
質問:
Jリーグとして東南アジアでの事業展開を検討したきかっけは。
答え:
初めて東南アジアへ市場開拓に行ったのは2012年。東日本大震災の翌年で、国内では観客も減り、日本全体で低迷感が漂っていた中で、Jリーグとしても新たな一手を打ちたいと考えていた。サッカーはグローバルな競技であり、ボール1つあればできる人気スポーツである。東南アジアは合計6億人を超える人口を抱えており、また何よりもサッカー人気が高い。さらに、企業ビジネスや自治体間の交流、インバウンドも盛んであり、地理的に近い東南アジアからサッカー交流を通じた事業を広げていくのが良いと思った。最初は、各国にどのようなステークホルダーがいるのか、現地情報の収集が必要だったため、各国のプロリーグとの提携を模索した。当時の提携は、詳細な事業計画を決めるというよりは、まずは互いの関係を深め、負担にならない範囲で交流活動を検討するという簡易的なものであった。しかし、それでも2012年に最初にタイリーグとパートナーシップ締結をした記者会見には、現地メディアが100人近く押し寄せ、現地でのサッカー熱・スポーツの吸引力を肌で感じ、今後の可能性を確信した。
質問:
各クラブの海外展開のモデルは。また、進出先の決め手は。
答え:
海外展開は個々のクラブの判断で行っている。Jリーグとしては、成功事例を共有するような情報交換会を開催するなどして、各クラブの東南アジア展開を支えている。
個々のクラブだけでは現地情報の入手が難しいため、既に海外に展開している日本企業と連携して情報収集する事例が見られる。そのため、クラブの拠点がある日本の地元企業が多く進出する国・地域が展開先として選ばれる傾向にある。クラブの地元と国際交流のある国を選択する事例もあり、例えば、ファジアーノ岡山は、岡山県とマレーシアとの経済交流が盛んで、かつ岡山市から同国にハラール食品を多く輸出をしていることなどから、クラブとしてもマレーシアへの進出を選択した。同様の理由から、富山県のカターレ富山はベトナムに、長野県の松本山雅FCはシンガポールに進出している。
質問:
東南アジアで事業をする上で意識していたことは。
答え:
まず、現地の経営陣の意思決定の早さに驚いた。提携先となる現地リーグ、クラブや放送局との交渉では、判断を要する局面に対峙(たいじ)することが何度もあったが、できる限り彼らのスピード感に合うよう対応してきた。
また、相手のニーズを深堀りし、何を欲しているかを察することも重要だ。過去、来日したASEANリーグの関係者に向けて、J1(注)トップクラブの事業を紹介したことがあるが、話を聞いているASEAN関係者の反応は薄く、あまり響いていないようだった。次に、J2クラブであるファジアーノ岡山の話を聞いた際には、ASEAN側から多くの質問が寄せられた。明らかに初回の説明会とは反応が違い、我々も非常に驚かされた。おそらく自分たちのクラブが、日本のJ2クラブと同規模で、かつ同様の経営課題を抱えているなど、共通点が多いと感じたためだと思う。この経験からも、相手の立場に立ってニーズを深くくむことが大事だと感じた。
質問:
東南アジアのサッカー熱はどれほどか。試合観戦をしているのはどのような層か。
答え:
米国の市場調査会社ニールセンが行ったサッカー市場に関する調査2022年外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、日本はスポーツの中でサッカーに関心があるという回答割合が28%なのに対し、東南アジアは、ベトナム75%、インドネシア69%、タイ58%、マレーシア53%と非常に高い。これは、我々が展開先として東南アジアを選んだ重要な理由の1つでもある。ベトナムで初めて開催した23歳以下のアジア大会では、試合のパブリックビューイングの会場にも大勢の観客が詰め寄せた。
また、Jリーグアジアチャレンジをはじめ、現地で我々が開催している試合に関しては、チケットの価格帯も現地の所得水準に合わせて設定している。そのため、サッカー観戦を楽しんでいるのは、富裕層に限らず、幅広い層の人々だ。さらに、日本で行われているJリーグの試合に関しては、海外からもチケットを購入できるシステムになっている。結果、海外の中間層にあたる方々も、日本観光も兼ねてサッカー観戦に来てくれており、インバウンドにおける消費の拡大効果も期待できる。特に、日本と距離が近いという地理的メリットから、東南アジアのみならず、香港などの東アジアからもサッカー観戦に来日しているケースがある。
質問:
東南アジアで展開する事業に関して現地企業との協業の事例は。
答え:
川崎フロンターレのベトナムでの例がある。例えば、東急は2012年からベトナムのホーチミン市の北部に隣接するビンズオン省で、地場の不動産開発ベカメックスと合弁で都市開発を行っている。地域活性化のためのイベント企画を考えた際、ベカメックスがサッカークラブを保有していたことや、ベトナムで人気スポーツであるサッカーがキーワードに挙がった。そこで、東急は東急線沿線で活動していた川崎フロンターレに声をかけ、ベカメックス・ビンズオンとの交流試合を実施。ベトナムは子供の教育にお金をかける親が多いことや同国のサッカー人気をふまえ、2021年には川崎フロンターレと協働で現地でのサッカースクール事業を開始した。サッカー技術だけでなく挨拶や道徳など日本人のマナーなどを教えたことも、子供の教育に熱心な親も多いベトナムのニーズに合った。2023年夏には日本に遠征するサマースクールを開催したが、そこにはベトナム人の子供20人程度が自費で参加した。このことで、川崎フロンターレが事業展開を模索するなかで、現地の所得レベルを確認でき、今後事業としての可能性も感じることができた。ビンズオン省外からサッカー教室に通う人が同エリアに引っ越したいとの声があがるなど、地域に人を呼び込みたい現地企業にとってサッカーの持つ集客力が一助となり、まさに企業との協業事例となった。

川崎フロンターレがベトナムで開催したサッカー教室の様子(同社提供)©KAWASAKI FRONTALE
質問:
今後10年のJリーグ東南アジア事業の展望は。Jリーグの方から見る今後の東南アジアの情勢予想は。
答え:
今後、東南アジアはサッカー競技者人口がさらに増えると見込まれる。もちろん、今はまだ、国によっては、スパイクも買えない所得層の子供たちもいるのが現状だ。ただ、中長期的な所得向上により、試合観戦やグッズ販売など、様々な局面で、さらにサッカーが盛り上がるのではないかと考えている。こうして東南アジアのサッカーが活性化すれば、近い将来、ワールドカップに出場する東南アジアチームも出て来るのではないかと思う。
質問:
一方で今後の課題となる点は。
答え:
日本人選手が欧州クラブへ移籍するのと同じで、東南アジアでも、サッカーが盛り上がるにつれ、レベルの高い人気選手は欧州のチームに引き抜かれる事例が出て来るだろう。自国内のサッカーを産業として維持・発展していくには、ファンが楽しめる価値が提供できているかが重要。この点で、東南アジアのクラブは、マーケティング面でまだ弱いと感じている。もちろん、クラブの経営能力という点では、東南アジアでも、この10年で大きく成長したチームもある。しかし、多くのクラブはまだ経営が安定していない。また、選手自体がレベルアップしても、競技に必要な周辺インフラの整備が東南アジアではまだこれからだ。例えば、タイやマレーシアでは、整備された新たなサッカースタジアムが近年できたが、ベトナムでは実例が少ない。東南アジアでサッカーを長期的に盛り上げていくには、選手、クラブの経営、そしてインフラを含めた周辺環境、これらが一体となって育っていくことが重要だ。

ヴァンフォーレ甲府がインドネシアで開催したサッカー教室の様子(同社提供)©2023VFK

注:
J1とは、Jリーグの1部で、日本のプロサッカーリーグの最高峰。20クラブからなる。2023年7月に公表の「2022年度クラブ経営情報開示資料」によると、スポンサー収入や入場料収入をはじめとする売上高はクラブ平均で約49億円。J2とは、Jリーグの2部で20のクラブからなる。同資料によると、J2売上高のクラブ平均は約17億円。

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年3月27日)
第16段落
(誤)例えば、東急不動産は2012年からベトナムの…
(正)例えば、東急は2012年からベトナムの…
(誤)そこで、東急不動産は東急線沿線で…
(正)そこで、東急は東急線沿線で…
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
小山 千紗子(こやま ちさこ)
2010年明治安田生命保険相互会社入社、2023年から現職