脱炭素推進で切り開くエアラインの未来(日本)
ANAに聞くGX時代のリーダーシップ

2024年4月15日

2015年に採択されたパリ協定は、世界共通の長期目標として「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑える努力をする」ことを掲げ、産業界にとっても気候変動対策を講じることが急務になっている。特に近年は世界各地で、異常気象に伴う自然災害の頻発など深刻な気候変動問題も起きており、あらゆる産業で変革が求められている。

航空業界でも脱炭素への取り組みに注力しており、国際民間航空機関(ICAO)による国際航空業界としての目標設定に加え、各航空会社でも脱炭素対応に特化した部署が新たに設立されるなど、2050年のネットゼロ達成に向けて具体的な改善策が着々と進んでいる。本稿では、日系航空会社大手の全日本空輸(ANA)の経営戦略室企画部GXチームマネージャー吉川浩平氏に、脱炭素の取り組みに関する軌跡や今後の展望について聞いた(実施日:2024年1月23日)。


GXチームマネージャーの吉川浩平氏(ジェトロ撮影)

航空会社に求められる脱炭素への対応

吉川氏によると、民間航空業界を管轄する国連の専門機関ICAOが2016年総会で採択した「国際⺠間航空のためのカーボン・オフセットおよび削減スキーム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(Carbon Offsetting and Reduction Scheme for International Aviation:CORSIA)が、世界の航空業界の脱炭素の指針となっているという。通常、脱炭素に関する取り組みは、パリ協定に沿って各国で目標や方針設定を行い、対策を講じているが、国際航空や国際海運は複数国・地域をまたいで運航する事業となるため、各国・地域の管理とは別にICAOや国際海事機関(IMO)の下で目標管理をしている。

CORSIAでは、足元の具体的な目標として、2024年から2035年の間、国際線運航便の二酸化炭素(CO2)総排出量を2019年時点と比べて85%に抑えることを定めている。これらの目標を達成するために推奨されている4つの脱炭素手法が以下のとおりだ。

  • 新技術の導入
  • 運航方式の改善(燃料節約)
  • 代替航空燃料(Sustainable Aviation Fuel:SAF)の活用
  • 市場メカニズムの活用(排出権取引)

各航空会社はCORSIAが提唱するこれらの手法を組み合わせ、目標達成に向け施策を進めることになる。

ANAのGXチームの設立

ANAでは前述4項目について、これまでそれぞれ異なる部署で取り組みを進めていたが、脱炭素への取り組みが国際的に加速し始めたことを契機とし、脱炭素の戦略立案とグループ横断の展開を一貫して行う「GXチーム」を2022年に立ち上げた。吉川氏は「新型コロナウイルス禍が落ち着き、フライト便数も戻り始めた今、脱炭素への取り組みを一層強化する必要がある」と強調する。

吉川氏によると、航空業界は基幹事業の航空便運航により温室効果ガス(GHG)を多く排出しているが、航空輸送の世界のCO2排出量は約3%にとどまる。そのため、国や行政機関による脱炭素に関する航空業界向けの施策が後手に回るリスクを懸念しているという。「航空業界としても(業界全体で)早期に取り組む重要性を自ら発信していくこと、そして、各産業を巻き込んで産官学の連携の流れを主導していくことが重要だ」と吉川氏は説明する。

また、脱炭素への取り組みは日本国内にとどまらない。脱炭素に関する規制は、国連レベル(UNFCCCやICAO, IMOなど)のみならず、各国政府の方針によっても大きく影響を受けて変動する可能性がある。自ら国内外に足を運び、常に最新の情報を集め、情勢に応じた戦略立案を機動的に進めることをGXチームとして意識的に取り組んでいるという。

強みは自ら新しい流れを開拓すること

「ANAは、脱炭素への取り組みについて、自ら新しい流れを開拓することを強みとしてきた」と吉川氏は説明する。CORSIAが提唱するさまざまな脱炭素手法でも、以下のとおり積極的に新たな手法を導入してきた。

「新技術の導入」

環境への負担が少ないボーイング787機を2011年に世界のエアラインで初めて導入。従来の機体より燃費が約20%向上した同機をいち早く取り入れることで、燃油使用量と費用削減のみならず、CO2排出量の削減にも直接的に貢献している。

「代替航空燃料(SAF)の活用」

今となってはさまざまなエアラインで取り組みが進められているSAFだが、ANAは10年以上前から試験導入を開始し、2012年4月には世界で初めてSAFを使用した太平洋横断デリバリーフライト(注1)を実施。その後も2020年11月にはアジアの空港を出発する定期便として初めて羽田空港と成田空港でSAFを導入し、アジアや世界でのSAF使用への流れを主導してきた。2021年からは「SAF Flight Initiative: For the Next Generation外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」というプログラムを通し、ANAと法人契約した企業がANAを利用した貨物輸送や社員出張時にCO2削減証書を受け取り、気候変動に伴う社会的責任をともに果たしていく仕組みも導入している。

「DAC」スタートアップ関連企業から炭素クレジット購入

新たな流れを開拓してきた事例は前述のみではない。ネガティブエミッション技術(注2)で創出された炭素クレジットの活用という世界初の取り組みを実施している。2050年ネットゼロ目標達成のために、SAFを使用しても足りないCO2排出量への対策手段として、炭素クレジットの購入が必要となる。ANAは、ネガティブエミッション技術の中でも実際に大気中に存在するCO2を除去・回収する技術のDAC(Direct Air Capture)に目を付けた。

DAC技術を持つ米国の1PointFiveと2023年8月に契約を締結し、同社から炭素クレジットを2025年以降の3年間で3万トン以上調達する予定となっている。DAC技術はこれまでスタートアップ企業を中心に開発されてきたが、1PointFiveはDACの技術開発を行うカナダのスタートアップ Carbon Engineeringをグループ化することで、DACの事業化を進めている。「DAC技術に取り組む企業との契約は、航空会社として世界で初の事例だ。SAFもこれまで導入しているが、安定供給までに時間を要するため、信頼できる脱炭素手段を探す中で今回のDAC技術を検討し始めたのがきっかけだった」と吉川氏は説明する。日本でもDAC技術の研究はされているものの、商業化は進んでおらず、海外企業も視野に検討した結果、今回の契約に至った。

スタートアップの技術を生かした企業との協業で、自社の脱炭素への取り組みを加速していくかたちとなるが、GX推進の領域でスタートアップとの協業事例はまだ数えるほどだという。2050年のネットゼロを達成するには、SAFの供給によるCO2排出削減と並行し、DAC技術のようにGHGを削減できるような新たな技術を持つ企業との協業連携を今後も追い求めていく必要がある。1PointFiveとの連携事例のように、新しい技術や可能性を創出する国内外のスタートアップ動向に引き続き注視していきたいところだ。

GX推進によってANAが目指すもの

近年は脱炭素への注目度が高まり、特に欧州を中心に、鉄道よりCO2排出量の多い航空機に乗ることをためらう人も一定数いる。そんな中、航空機での移動を必要としている人たちにその手段を諦めさせていいのだろうか。「ANAにとって、CORSIA目標と2050年ネットゼロの達成は、規制により定められているから実施するわけではない。人々が環境への影響を理由に飛行機に乗ることを諦めず、安心して必要な時に利用できる世界を永続的に築いていくことが、公共交通機関としてのANAの大きな使命」と吉川氏は強調する。


注1:
デリバリーフライトとは、発注した機体を航空会社が受領する際のフライト。当該フライトでは、米国ワシントン州エバレットから東京・羽田までの区間を飛行した。
注2:
ネガティブエミッション技術とは、大気中のCO2を回収・吸収し、固定することで、大気中のCO2除去に資する技術を指す〔新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の定義外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに基づく〕。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部スタートアップ課
馬場 瑛美(ばば えみ)
2015年、民間企業入社。2022年4月から現職(出向)。スタートアップ支援事業を担当。