カンブリア州、原子力産業核に発展(英国)
他産業への応用にも注目

2024年3月28日

湖水地方で知られる英国北西部に位置するカンブリア州は、人口が約50万人の州でありながらも、原子力施設セラフィールドなどが位置することから、関連産業に強みを有している。同産業を中心として発展する同地域のビジネス環境について、現地関係者へのヒアリング(2023年10月4~6日実施)なども踏まえ、概観する。

原子力産業に強み、水素、炭素貯留に関する動きも

カンブリア州の企業数は約2万3,000社で、就業者数は25万人、2021年の総付加価値は120億ポンド(約2兆2,800億円、1ポンド=約190円)となっている。英国全体に占める割合としては、企業数、総付加価値、就業者数、いずれも1%未満となっている。一方、湖水地方が位置することから、観光産業も主要な産業の一つとなっている。

表:カンブリア州の経済指標(-は値なし)
項目 単位 統計年月 カンブリア州 英国全体 全体に占める
カンブリア州の割合
企業数 2023年 22,705 2,726,830 0.8%
総付加価値(GVA) 100万ポンド 2021年 11,836 1,911,405 0.6%
就業者数 2022年 249,000 31,919,000 0.8%
就業率(16歳~64歳) 2023年9月 80.2 75.7
失業率 2024年2月 2.3 3.8
労働1時間あたりGVA ポンド 2021年 30.6 38.3
平均月額賃金(中央値) ポンド 2024年1月 2,685 3,117

出所:カンブリア・インテリジェンスオブザーバトリー、国家統計局(ONS)

同地域には、もともとは原子力発電施設で、現在は廃止措置および原子燃料の管理が行われているセラフィールドが立地している。セラフィールドはプルトニウムなどの製造を行う目的で1947年に開所、その後に原子力発電施設の設計および建設や、原子燃料の再処理、廃棄物の保管などと機能が変化していった。こうした背景もあり、原子力関係の企業集積が発達している。同地域の企業コミュニティ・ニュークリア・パワーは2024年2月に、米国ウェスチングハウスとの間で、英国北東部のノース・ティーズサイドでの小型モジュール炉(SMR)プロジェクトの実施に関して覚書を締結したことを発表している。

原子力以外の産業分野では、CLEPの担当者は強みを有する分野として、先端製造業、製紙業、観光、食品・農業を挙げた。先端製造業については、上述の原子力関連のほか、防衛関連についても強みを有している。防衛産業の主要企業としては、英国BAEシステムズの潜水艦製造拠点が立地している。2024年3月にはリシ・スナク首相が同州南部のバロー・イン・ファーネスを訪問し、バロー変革基金(Barrow Transformation Fund)の設置を発表。今後10年間で毎年2,000万ポンドを投じ、同地域での原子力人材の育成を支援するとしている。製紙産業については、英国だけでなく、北欧や米国系の大手が立地しているとした。日系企業ではフタムラ化学が北部ウィグトンにセロハン製造工場、コマツフォレストが同じく北部カーライルに販売子会社、東洋製罐がカーライルに製缶・製蓋(がい)の販売・各種サービスを提供するグループ会社をそれぞれ有している。

CLEPとしてはクリーンエネルギーによる発電やサプライチェーンのレジリエンス強化、観光客の体験向上などが重要なトピックになっており、特にネットゼロの観点では企業の脱炭素化についても注力しているとのことだ。バロー・イン・ファーネスでは米国日用品大手メーカーのキンバリー・クラークが英国カールトンパワーとの間で、生産工場でのグリーン水素の利用について合意。なお、カールトンパワーは、同地域でバロー・グリーンハイドロジェンプロジェクトを推進しており、2023年12月には政府の支援を受けることが発表されている(2023年12月18日付ビジネス短信参照)。また、英国エネルギー大手セントリカとドイツのミュンヘン現業公社(シュタットベルケ・ミュンヘン)の合弁企業スピリットエナジーも、同地域のサウス・モアカムとノース・モアカムのガス田およびバロー港で炭素貯留クラスターを開発する計画を発表している。北西イングランドや南ウェールズなどの炭素集約産業から排出される二酸化炭素(CO2)を貯留するほか、バロー港で、船で輸送されるCO2も受け入れる計画となっている。

CLEPはこうした状況下で、カンブリア分散型エネルギー戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(3.16MB)を2024年1月に公表した。さまざまな再生可能エネルギー技術に関し、現状分析や課題の特定を行い、各技術の同地域におけるポテンシャルを示したうえで主要なステークホルダーの行動計画についてまとめている。

複数の機関が地場企業を支援

CLEPのほかにも、同地域が持つ原子力産業などの強みを生かし、地場企業を支援する機関も存在する。英国エネルギーコースト企業クラスター(BECBC)は、エネルギー部門のサプライチェーンに関わる企業のネットワークを構築し、カンブリア地域の成長を支援する機関だ。会員企業に対するマッチングのほか、ベストプラクティスの共有などを行っている。BECBCの担当者によれば、原子力分野で培ったノウハウを生かし、再生可能エネルギー分野への技術転用なども検討しているという。

また、英金融機関バークレイズが展開する起業家支援を目的としたサービス、イーグル・ラボもカンブリア西部のホワイトヘブンでコワーキングスペースを提供、メンタリングなどを通じて地場企業を支援している。前述の施設内に3Dプリンタも備えられており、企業が利用できるようになっている。上述のBECBCやセラフィールドなどとも連携し、支援を提供している。

産業ソリューションハブ(iSH)も、中小企業の成長やイノベーションの促進を支援している。iSHは自治体、セラフィールド、CLEPなどの支援を受け、企業や起業家、アカデミアなど、さまざまな主体のパートナーシップを促進している。現在、ホワイトヘブン近郊にエンタープライズ・キャンパスを開発する計画に取り組んでいる。同キャンパスでは企業向けに関連機器・設備なども提供し、企業の能力拡大を支援するとしている。iSHの担当者によれば、同計画などを通じ、中小企業の技術の多角化を支援するとしており、特に防衛産業、宇宙産業の分野に注目しているとのことだ。実際、英国宇宙局(UKSA)と英国立原子力研究所(NNL)は2022年12月、放射性同位元素アメリシウム241を活用した宇宙用のバッテリー開発に協力し、カンブリアに研究所を設置することを発表している。セラフィールドで発生するアメリシウムを活用するとしている。

日本に進出する地場企業も

同地域で培った技術を基に、日本に進出している企業も存在する。クリアテック(createc)は、2010年に創業した企業で、ロボティクスや画像処理技術を用いて、原子力産業や防衛産業などに向け、モニタリング技術などを提供している。米国ボストン・ダイナミクスと提携し、同社の4足歩行ロボット「スポット」にクリアテックが持つ画像処理や放射線測定などの技術を組み込み、危険な環境におけるセンシングや調査などを実施する。2021年10月に、日本拠点となるクリアテックイーストアジアを設立した。原子力関連施設のメンテナンス企業アトックスとも、放射線分析技術に関してパートナーシップを締結している。


変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年3月29日)
第4段落
(誤)今後10年間で毎年200万ポンドを投じ、
(正)今後10年間で毎年2,000万ポンドを投じ、
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
山田 恭之(やまだ よしゆき)
2018年、ジェトロ入構。海外調査部海外調査企画課、欧州ロシアCIS課を経て2021年9月から現職。