ポーランド企業は、戦時下でも積極展開
ウクライナビジネスの今(2)
2024年11月1日
ポーランドはもともと、ウクライナとの経済関係が強い。ロシアによるウクライナ侵攻以前から、さまざまな業種で企業が事業展開してきた。2023年時点でウクライナには、ポーランド資本企業が600社以上ある。ウクライナの登記データ提供サイト「オープンデータボット」(注1)によると、ロシアによるウクライナ侵攻後も進出が続いた。2022年3月から2024年7月にかけては、ポーランド人が224社設立。これは、外国人が設立した企業のうち、7.3%を占める。国別にはトルコとウズベキスタンに次いで、3番目に多い。
ポーランド投資・貿易庁(PAIH)は、ウクライナの復興ビジネスに関心を持つ企業を紹介するカタログを作成している。現状、約800社を登録。ここからも、ポーランド企業のウクライナビジネスに対する関心が高いことがわかる。PAIHは、ポーランド企業の輸出促進や、外国企業のポーランドへの投資を促進する政府組織。ポーランドへの投資を目指す投資家に対して、投資場所の選定や潜在的パートナーとのマッチング、行政手続きや法制度への対応などに関して相談対応する。日本を含めて、世界各国でポーランドとのビジネスの窓口として活動している。
本稿では、PAIHの輸出支援部専門家のカタジーナ・カリノフスカ氏と、輸出支援部プロジェクトマネジャーのミコワイ・タウベル氏のインタビュー(8月13日)に基づき、ポーランド政府とポーランド企業のウクライナビジネスへの取り組みを紹介する。
多分野にわたる企業が事業継続、投資拡大事例も
- 質問:
- どのような業種のポーランド企業が、ロシアによる侵攻前からウクライナでビジネス展開していたのか。また、戦争への対応をどうみるか。
- 答え:
- 戦前からウクライナでは、(1)金融(銀行・保険)、(2)製造業(塗料、窓、積層フローリング、衛生陶器・浴室設備、プラスチックなど)、(3)製薬、(4)建設などの大手企業が活動していた。ポーランド企業の対応を見る限り、戦争状況に耐性を持ち、事業を継続・拡大している。主な事例は、以下のとおりだ。
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- 衛生陶器・浴室設備などの製造
セルサニットは2023年、(ウクライナの)ジトーミル州の工場に2,000万ユーロを投資。これは、設立以来最大の投資になる。その結果、新たな生産ラインを立ち上げ、生産能力を2割拡大した。 - 窓メーカー
ファクロが、ウクライナに3工場有している。そのうち、(ポーランド国境に近い)リビウの工場が2023年9月、ロシアからの攻撃を受けた。東方研究センター(ポーランドのシンクタンク)によると、被害があったのは製造ラインや倉庫など。被害額は、3,000万ズロチ(約11億4,180万円、1ズロチ=約38.06円)相当。しかし撤退の予定はない。むしろ、新たな製造ラインを建設する意向があるという。 - 建設
ドログブッドとユニベップ(いずれも、ポーランドの大手)は、ウクライナとポーランド間の国境ポイントでインフラ近代化に取り組んでいる。このプロジェクトは、戦時下でも継続。なお当該事業は、ポーランドによる連携支援クレジットを通じた資金を活用している。 - 金融
クレドバンク(ポーランドのPKO銀行傘下にあるウクライナ子会社)は2023年1月から、ウクライナの中小企業向けにクレジットラインを立ち上げた。EUがポーランド開発銀行(BGK)経由で提供する保証を活用する。特に前線地域で、戦争によってサプライチェーンや販売網が寸断され、経営難に陥った中小企業を支援するのが狙い。
- 衛生陶器・浴室設備などの製造
地雷除去や医療などの分野でビジネスミッションを派遣
- 質問:
- PAIHは、どのような手法でウクライナ復興ビジネスを支援しているのか。
- 答え:
- (1)在ポーランド企業がウクライナ市場に参入を検討する場合に相談に応じるほか、(2)データベースを構築し(復興ビジネスに関心のあるポーランド企業、ビジネスパートナーとなりうるウクライナ企業などをとりまとめ)、(3)二国間ビジネスフォーラムやビジネスミッションを企画・運営している。
- 例えば2023年には、建設、農業、物流、食品など、複数の分野でビジネスミッションを実施した。また2024年に入って、(1)地雷除去(2月)、(2)医療・ヘルスケア(5月)それぞれの分野に特化したビジネスミッションをキーウ(ウクライナの首都)に派遣。(1)と(2)の両企画には、それぞれ15~20社が参加し、現地企業・機関とのネットワーキングなどを実施した。(2)では、3Dプリンターによって義足を短期間で製造する技術や、ホイストシステム(注2)を使用したリハビリテーション機器、医療用大麻(注3)の使用に関する技術・知見を持つ企業に、ウクライナ側から注目が集まった。
- さらに6月には、「第3回ウクライナ再建のためのフォーラム」開催に合わせ、ビジネスミッションをキーウに派遣した。オンライン参加を含めてポーランド企業から70社、全体で約350社が参加。当該2国間での経済・復興協力や、欧州統合に臨むポーランドの役割、エネルギー・建設分野などについて議論を進めた。
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- 質問:
- ウクライナ復興ビジネス支援で重要視する分野や地域はあるか。
- 答え:
- ウクライナからの需要を考慮すると、(1)エネルギー、(2)人道支援、(3)がれき除去、(4)医療・リハビリテーション、(5)建設、(6)開発コンサルティングを重要分野として挙げることができる。(1)については、短期的にはエネルギーインフラの復旧、長期的にはグリーントランスフォーメーション(GX)に向けた取り組みが求められている。
- 重要視する特定の地域があるわけではない。もっとも、リビウの動きは活発だ。ポーランドからの移動時間がキーウより短く、リビウに向かう経路上のコルチョバ国境ポイントのインフラが整備されていることも大きいだろう。そのため越境に対する精神的障壁が低く、ビジネスマンの往来が多い。国際機関や民間企業、大使館などの中には、戦争開始後に当地に移転した例も見られる。そのため現在、リビウのプレゼンスが高まっている。PAIHも、近くリビウに拠点を設立する予定だ(注4)。国境を挟んだポーランド側では、リビウに近いルブリンとジェシュフに4月に拠点を設立済みだ。その狙いはウクライナビジネスを支援する体制を強化することにある。
- オープンデータボット(注1)によると、2022年3月から2024年7月にかけては、外国人オーナーが3,075企業を設立した。その設立地は1,517社がキーウで、460社がリビウだ。ポーランド企業に限ると、同時期設立224社のうち、リビウ立地が105社を占める。なお、リビウ立地については、ポーランド系が最大だった。
- 質問:
- ウクライナ復興では、どの分野にビジネスチャンスをみることができるか。
- 答え:
- ウクライナの復興としてだけではなく、ウクライナの欧州統合に伴う変革という観点でみるべきだ。グリーン、エネルギー、スマートシティー、ごみ処理、水処理、環境、衛生分野をはじめとして、全ての分野にチャンスがある。
- 特に水処理分野については、ポーランドには移動式水処理システムを擁する企業が複数ある。こうした企業は、ウクライナ市場への参入や、他国企業とのパートナーシップにも意欲的だ。自治体など公共セクターとの契約が求められる分野でもある。しかし、外国資本にとっては、ウクライナ側地方自治体の資金不足が参入障壁になっている。
現地に通暁したパートナーが必須
- 質問:
- ウクライナでのビジネスで課題になっていることは。
- 答え:
- 特に建築分野で、公共調達システムが欧州基準と異なることだ。契約書や技術仕様書を含め、過去の実績を示すため、何百ページにもわたる必要書類をウクライナ語で、しかも7日間程度の短期間で提出しなければならない事例もあるという。これが、外国企業の参入障壁になっている。ウクライナ政府は、この問題の解決に取り組んでいるところだ。
- なお、ウクライナには、公共調達の透明性や公平性を監視・分析評価する公共プラットフォーム「ドゾッロ」がある。このプラットフォームによると、当地電子公共調達プラットフォーム「プロゾロ」に参加する外国企業の割合は、0.5%に満たない(2023年1月発表時点、注5)。ここからも、外国企業の参入の難しさが垣間見えてくる(注6)。
- 質問:
- ウクライナビジネスに取り組んだり、ポーランド企業との協力に関心を持ったりする日本企業に対して、メッセージなどあるか。
- 答え:
- ウクライナでビジネスを確立させるには、資金や長い年月をはじめとして、大きなリスクをとる決断が必要だ。また、法律も規制もウクライナ語になる。そのため、語学に流ちょうなパートナーや、現地事情に精通する法律事務所の協力も必須になる。ウクライナのパートナーを探すには、ウクライナ政府が運営するビジネス支援サイト『ディーアビジネス』や、ウクライナの企業団体、在ウクライナ・ポーランド起業家国際連合、ポーランド・ウクライナ商工会を訪問すると良い。
- ポーランド企業は、長い期間にわたってウクライナ市場に参入してきた。それだけに、原料供給や請負業者、物流企業など、あらゆるサービスを提供できる企業がある。またPAIHは、日本のプロジェクトに合わせてパートナー候補になり得るポーランド企業を紹介できる。是非、頼ってほしい。
- 注1:
- オープンデータボットは、登記データを提供するウクライナのサイト。
- 注2:
- 移乗を自分でできない障害者を懸吊(けんちょう)して移乗動作を助ける機器
- 注3:
- 大麻の流通は禁止されていたが、医療、産業、科学、技術目的での大麻植物の流通を規制する法律が2024年8月16日に施行されたことにより、大麻の医療目的での流通が許可された。
- 注4:
- PAIHは、リビウの拠点を8月19日に設立したと発表済み。
- 注5:
- 「プロゾロ」に参加する外国企業の比率(0.5%)を計上する上での分子には、外国企業の在ウクライナ支店や子会社を含めていない。
- 注6:
- 日本企業にヒアリングしたところ「使用言語の違い(に伴う問題)はもちろんある。加えて、EUとは異なる技術法規や、求められる仕様の細かさを考えると、現地パートナーがない企業には参入が困難」といった声が聞かれた。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部欧州課ロシアCIS班
柴田 紗英(しばた さえ) - 2021年、ジェトロ入構。農林水産食品部、ジェトロ・ワルシャワ事務所を経て、2024年9月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ワルシャワ事務所
ニーナ・ルッベ - 2017年からジェトロ・ワルシャワ事務所に勤務。