地理的優位性と人材を活かした政策
モロッコの航空産業と人材育成(1)

2024年5月2日

モロッコの航空産業は 2024 年も好調を維持し、1月の輸出総額は前年同月比23% 増の約1億8,800万ドルに達した。分野別では、航空機組み立てが約1億2,200万ドル(35%増)、自動相互接続系統(Electrical Wiring Interconnection System:EWIS)が約6,400万ドル(5%増)に拡大している。成長を続けるモロッコの航空産業について、産業政策や関連企業の動向、人材育成に着目して、現地関係者にインタビューした。

初回となる本稿では、まず、モロッコの成長戦略における航空産業の位置づけと産業政策を明らかにするため、モロッコ投資貿易開発庁(AMDIE)の航空宇宙・電子・防衛産業担当マネジャーのメリヤム・カバッジ(Meryem Kabbadj)氏のコメントを紹介する(取材日:2024年2月27日)。


AMDIE航空宇宙・電子・防衛産業担当マネジャーの
メリヤム・カバッジ(Meryem Kabbadj)氏(本人提供)

航空産業を基軸に、高付加価値産業への転換目指す

質問:
モロッコの成長戦略と航空産業の位置づけは。
答え:
2022年に採択された「投資憲章(The Investment Charter)」の中で、モロッコは開発と投資促進のために、次の9つの「行動基軸」を挙げている。
  1. 雇用の創出
  2. 地域間格差の軽減
  3. 優先セクターと次世代産業への投資
  4. 外国直接投資のハブとしての魅力向上
  5. 輸出拡大と海外で操業するモロッコ企業の成功
  6. 輸入代替産業の強化
  7. 持続可能な発展の実現
  8. ビジネス環境の改善と投資プロセスの整備
  9. 民間投資の拡大
モロッコでは依然漁業や農業が主要産業だが、将来的には高付加価値産業を主要産業とすることを目指し、航空産業を9つの「行動基軸」を体現する産業と位置付け、その振興に注力している。高付加価値産業は、将来的に需要の安定と輸出先の拡大が見込まれる。
質問:
モロッコの航空産業の動向は。
答え:
モロッコの航空産業は、過去5 年間で年間平均17%の成長率を記録した。これは世界の航空産業の中でもトップクラスの成長速度だ。現在、モロッコの航空産業は、輸出額20 億ドル(2014年比で約2倍)、拠点数140(42%増)、雇用者数 2万人(約2倍)にまで成長し、ローカルインテグレーション率(注1)も40%となっている。モロッコは、高度人材と生産コストに競争力があり、ボーイングやエアバス、スピリット・エアロスペース、サフラン、ヘクセル、コリンズ・エアロスペース、ピラタスなどの大手や業界のリーダー的機器メーカーの信頼を得ている。
国内サプライチェーンとの統合(ロ―カルインテグレーション)に加え、脱炭素化にも取り組んでいる。これらはモロッコの競争力をより強化するだろう。
質問:
主要企業はモロッコの製造拠点でどのような部品を製造しているか。
答え:
航空機に必要な部品をほぼ網羅している(図1参照)。世界で使用される商業用航空機でモロッコ製の部品を搭載していない機体はない。
図1:モロッコで製造されている航空機部品
モロッコでは、エンジン部品、板金、ワイヤーハーネスなど、航空機に必要な部品をほぼ網羅的に製造している。

出所:Morocco Nowウェブサイト

政府が投資企業との直接対話で、ready to makeな環境整備

質問:
航空産業を後押しするために政府が力を入れている政策は。
答え:
政府は、欧州市場の生産拠点となることを目指し、航空産業をさまざまな政策で後押してきた。
まず、タンジェ輸出フリーゾーン、ヌアサー航空産業フリーゾーン(ミッドパーク)などで、オフショア開発のための環境整備を強化している。また、企業が雇用する人材の育成にも、ミッドパークに隣接するIMA(Institut des Métiers de l'Aéronautique)を通じてコミットメントをもって支援を行っている。
加えて、政府が投資企業と直接対話し、その要望をくみ取ることによって、スピードの速い支援につなげている。特に米国のボーイングやフランスのサフランについては、政府が積極的に関与している。2016年に政府はボーイングと2028年まで有効な覚書を締結した。AMDIEとボーイングは、定例会議を毎週設け、プロジェクトの進捗状況や要望を共有している。ボーイングは、モロッコでは同じ品質の製品を他国の製造拠点と比べて20%低いコストで製造できるとしている。AMDIEは、ボーイングのエコシステムで、まだモロッコに進出していない企業の誘致を特に支援したい。
サフランについては、現在9社の関連企業がモロッコで操業しており、そのうち6社(Safran Nacelles, Safran Electronics & Defense, Safran engineering Service, Safran Aircraft Engine Service Maroc, Matis Aerospace, Safran Maroc)がカサブランカにある。サフランはモロッコで120社の認定サプライヤー、8,700人の雇用、10億ドルの経済効果の創出を目指している。同社は航空産業エコシステムを幅広くカバーし、モロッコで毎年15万セットの航空機用ワイヤーハーネスを生産している。また、航空機エンジンのメンテナンスでは、ロイヤル・エア・マロック(Royal Air Maroc)とパートナーシップを持っている。政府は実現を目指す「Vision2025」の中でエコシステムの拡充を掲げており、サフランとの覚書でもMRO(Maintenance and Repair Operation、注2)の事業拡大で合意している。
将来を見据えたエコシステムの拡充と、人材育成の面でも、欧米企業との連携を利用し、航空産業の成長を加速させたい。
質問:
今後の展望や日本企業の参入機会は。
答え:
モロッコの航空産業は「Vision2025」の実現を目指しており、その中で次の事項を重視して将来を展望している。
  • エンジニアリング(電気・電子装備の開発、設計、製造)、MROのエコシステム強化
  • 脱炭素化
  • 航空機インテリア、エンジン、複合材料、防衛、宇宙分野の開拓
  • 研究開発分野の強化
先ほど述べたように、多様な部品を製造しているが、まだ開拓されていない分野がある。政府も積極的に外国企業を誘致し、航空宇宙産業として、より完全にカバーするエコシステムを目指したい。その過程で、例えば、機内インテリア(機内の椅子やテーブルなど)や複合材料の分野では、日本企業と協業する機会があるだろう。また、今後強化していきたいエンジニアリング、MROエコシステムでも新規参入を期待したい。カサブランカのテクノパークやタンジェ・エアロスペース・シティーはMRO企業向けの施設の代表例で、誘致企業がメンテナンスサービスを実施するのに理想的な環境を提供している。
今後は、エンジニアリングや研究開発にも力を入れ、航空機生産のブレーンのシステム開発、航空機デザインに従事する人材も育てていきたい。

続いて、モロッコの航空産業の生産拠点となっているヌアサー航空産業フリーゾーン(ミッドパーク)を紹介する。ミッドパークは、2013年9月にグランドオープンした航空産業専用のフリーゾーンだ。政府系金融機関CDG(Caisse de Dépôt et de Gestion)の子会社MedZが開発し、運営している。カサブランカ空港に隣接し、2023年には12万5,000平方メートルに施設面積を拡張した。ミッドパーク事務局長のアレフ・ハッサーニ(Aref Hassani)氏に運営状況や関連企業の動向、モロッコの強みなどを聞いた(取材日:2024年2月26日)。


ミッドパーク事務局長アレフ・ハッサーニ氏(ジェトロ撮影)

地理的優位性を活かした投資誘致

質問:
モロッコが航空産業に着目する背景は。
答え:
航空産業は非常に新しい産業だ。約20年の歴史しかないため、伸びしろと機会が潜在する。自動車産業の製造拠点として2022年にモロッコは約50億ドル輸出しているが、同じ流れを航空産業へ展開したい意図があった。
2000年に、ロイヤル・エア・マロック(Royal Air Maroc)、ボーイング、サフランのジョイントベンチャーから始まったモロッコの航空産業は、2023年には143の企業を誘致するに至った。主にフランス、そして米国やカナダの企業が操業しており、近年はスペインやドイツ、英国からも参入している。
モロッコの航空産業は現在、4つのエコシステムに注力している。
  • 組み立て作業
  • MRO
  • 自動相互接続系統(EWIS:Electrical Wiring Interconnection System
  • エンジニアリング
今後、2つのエコシステムも強化していきたい。
  • エンジン
  • 複合材料
モロッコで生産される航空機部品の70%がシングルソース(注3)であり、モロッコでのみ生産されている。エコシステムの展開によりシングルソースの割合をさらに高めたい。
質問:
モロッコの航空産業の強みは。
答え:
6つある。まず1つ目に、政府と企業との連携が挙げられる。サフランやボーイングといった主要企業とは、共通の価値観の下、強い関係を築いている。
2つ目は、企業と従業員間で倫理的価値観を共有できていることだ。従業員は業務の中で安全性に対する責任を自負し、企業の倫理保持につながっている。
3つ目に、モロッコの地理的位置は、欧州と北米の2大マーケットへのアクセスに有利なことだ。船で北米へ10日、中国へは20日、トラックではフランスへ24時間、ドイツへ3日、飛行機では南米へ7時間の距離にある(地図参照)。隣接するカサブランカ空港は70の国・地域と国際線で結ばれており、アフリカ、欧州、北米、中東へ毎週高頻度で主要都市(パリ:70便、ロンドン:28便、フランクフルト:24便、ドバイ:14便、ニューヨーク:24便)にアクセスできる。また、モロッコは50以上の国・地域とFTA(自由貿易協定)を締結しており、活用が可能だ。
地図:モロッコからの主要市場へのアクセス
モロッコの地理的位置は、欧州と北米の2大マーケットへのアクセスに有利だ。船で北米へ10日、中国へは20日、トラックではフランスへ24時間、ドイツへ3日、飛行機では南米へ7時間の距離にある。

出所:AMDIE提供

4つ目に、低コストで実現できる高い品質は、世界の航空産業の生産ハブと比較して高い価格競争力を持っている。北米市場の生産拠点とされるメキシコや、アジアの生産拠点とされるインドと比べ、欧州の生産ハブであるモロッコの価格競争力は高い。
5つ目に、ミッドパークなどのオフショアクラスター(注4)を政府が整備している。
6つ目に、人材の質が高い。国を挙げ、技術と倫理的価値観を兼ね備えた人材育成を進めている。
質問:
ミッドパークに製造拠点を設ける利点は。
答え:
次のような多様な優遇措置を受けることができる(ジェトロ資料「外資に関する奨励:モロッコ」参照)。
税金や関税の免除
  • 会社設立、資本金の増資、土地取得に係る登記手数料の免除
  • 事業税を15年間免除
  • 都市税を15年間免除
  • 法人税は最初の5年間は免除、その後は国内・輸出売り上げのいかんに関わりなく、15%の税率を適用(税率は2023年から2026年にかけて段階的に20%に引き上げ)
  • 非居住者所得に係る株式配当などの所得に対する非課税
  • 2,000万ユーロを超える投資プロジェクトの実現に必要な資本財(製造に必要な材料、部品など)、設備、工具の輸入に対する付加価値税と輸入関税の免除
    産業加速ゾーン(ミッドパークを含む)で生産され、国内消費に供される商品については、年間輸出売上利益の30%を上限に、2.5%の軽減輸入関税率を適用
投資援助
  • ハッサン2世基金(注5)からの設置に対する補助金(最大総投資額の15%、最大300万ユーロ)
  • 従業員1人当たり最大5,500ユーロの研修助成金
  • IMAによる従職業訓練補助など
質問:
オフショアクラスターとしてミッドパークが担う役割・意図は。
答え:
ミッドパークは、誘致企業の生産環境整備を一任されている。特に、中小企業に対しては、長期的に持続可能なビジネスプランとするためにコンサルティングを提供している。具体的には、必要な認可申請を代行し、生産場所の長期リースの提供で施設整備への初期投資を軽減する。また、中小企業には電力を優遇価格で提供している。さらに、政府系金融機関CDG(ミッドパークの運営会社MedZの親会社)が投資も行っている。
グリーン移行に取り組む大企業に対しては、CDGがエネルギー効率性、再生可能エネルギーの導入、脱炭素化で支援する。エネルギー消費の効率化、ソーラーパネルを使用した再生可能エネルギーへの移行など、企業から企業へ、ミッドパークでもグリーンな生産組み立てを迅速に進めている。
質問:
海外企業を誘致する一方で、モロッコ企業の競争力をどう高めていくのか。
答え:
現在、ミッドパークで操業する143社の企業のうち、モロッコが一部もしくは全体を所有する企業は5社にとどまる。欧米企業の投資を誘致するのみでなく、ジョイントベンチャーやモロッコ企業への投資を増やし、そこに欧米企業の資金と技術を入れることも進めている。
例えば、モロッコで現在8社の関連企業を構えるサフランは、モロッコの航空産業を担う人材開発で協力する同意書にサインし、エンジニアセンターを設立した。カサブランカにはサフランが運営するサフラン大学があり、毎年1,500から2,000人のエンジニアを育てていく。モハメッド6世工科大学(UM6P)は、航空産業に限らず、教育機関が産業セクターに特化したトレーニングを開発している良い例だ。

次稿では、ミッドパークで操業するベルギー企業とモロッコ企業の動向をまとめる。


注1:
ローカルインテグレーション:部品製造でのモロッコ国内のサプライチェーン利用を指す。
注2:
MROとは、Maintenance(整備)、Repair(修理)、Overhaul(オーバーホール)の略で、航空機の整備や修理に関わる事業のこと。
注3:
シングルソースとは、オーダーメード型の多品種少量生産の多い航空産業で、製造の担い手となる企業が少ない状況を指す。本稿では、モロッコで生産されている航空機部品の70%が、モロッコでのみ製造されているとの意。
注4:
オフショアとは、コスト削減を目的に、自社の業務を人件費の安価な海外企業や海外子会社に対して委託・移管することを指す。モロッコ政府は、海外企業によるモロッコのオフショア利用を促進するため、ミッドパークなどのオフショアクラスターの環境整備を進めている。
注5:
ハッサン2世基金は2016年に設立された。対象は自動車、航空機、電子産業、化学、製薬、ナノテクノロジー、マイクロエレクトロニクス、バイオテクノロジーに関する製造活動。申請要件は、1,000万モロッコ・ディルハム(MAD、税別、約1億5,000万円、1MAD=約15円)以上の投資で、そのうち設備投資が500万MAD(税別)以上の新規・拡張事業となる。要件を満たす場合、投資総額の15%以内で、土地購入・事業用ビル建設、ビル購入に係る投資額、土地賃貸料、事業用ビル賃貸料、新しい資本財の購入費に対して、補助を受けられる。(2019年7月31日付地域・分析レポート参照

変更履歴
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年5月15日)
第2段落
(誤)モロッコ投資開発庁(AMDIE)
(正)モロッコ投資貿易開発庁(AMDIE)
文章中に誤りがありましたので、次のように訂正いたしました。(2024年5月8日)
リスト「投資援助」
(誤)最大300ユーロ
(正)最大300万ユーロ
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
吉川 菜穂(よしかわ なほ)
2023年、ジェトロ入構。中東アフリカ課でアフリカ関係の調査を担当。