待望の間接税簡素化法案が成立(ブラジル)
改正法の評価、今後の課題を探る

2024年3月21日

ブラジルの税制度は長年、複雑すぎると批判されてきた。連邦税、州税、市税が併存し、州税は27州ごとに規制があり、市税は5,568市ごとに規制が存在する。コンサルティング会社のデロイトが2023年3月に公表した報告書によれば、ブラジルでは売上高が71億レアル(約2,130億円、1レアル=約30円)以上の企業は税務管理に年間約4万4,000時間を費やしている。開発商工サービス省(MDIC)が2023年5月に発表した調査では、税規制に対応するためにブラジル企業が負担するコストはOECD平均より2,700億~3,100億レアル高いことが判明した。このように企業を苦しめる税務コストの問題に対して、ブラジル工業連盟(CNI)のリカルド・アルバン会長は、2024年1月17日付のCNI公式サイトで「税務対応によってコストが上昇し、加えて効率性が落ちる。企業にとっては、税の計算ではなく、新商品開発や生産性と売り上げ向上実現のために時間を使うことが重要だ」と指摘している。

このような状況への対応策の1つとして、ブラジル連邦議会は2023年12月21日、消費に係る税制度の簡素化に向けた法案を可決し、12月20日付憲法改正法第132号として公布した。消費に係る税制度の改革案は過去に1987年、1995年、2008年に提出されたが、いずれも実現していなかった。

簡素化が実現しない理由として、ヨーク大学のメリーナ・ロシャ客員教授は、知事や市長が、州や自治体の自立性を確保するため、連邦政府とは別の独自の徴税枠組みを必要としており、州税や市税の改革への抵抗が強いことを挙げている(2023年3月23日付現地紙「バロール」)。ロシャ氏は、今回の憲法改正法も、2019年に最初の法案が通過するまでの道のりは困難だったが、審議の中で多数の特別措置が追加され、抵抗を和らげることが可能となった、と説明している(2023年11月8日付現地紙「バロール」)。

新税制は、企業活動促進につながると期待されている。CNIのリカルド・アルバン会長は、2023年12月15日付のCNI公式サイトで「新しい税制度で産業界の競争力を妨げる問題の多くがなくなると思われる」と述べた。ブラジル銀行連盟(FEBRABAN)のイザック・シドネイ会長も、12月20日付のFEBRABAN公式サイトで「税制改革によってブラジル経済の効率も生産性も相当向上するだろう」と評価した。格付け会社S&Pグローバル・レーティングも、2023年12月に税制改革の実現を大きな理由として、ブラジル長期国債の格付けを「BBマイナス」から「BB」に引き上げた。

本稿では、消費に係る間接税制改革の内容について報告する。

5種類の間接税を2つの付加価値税に簡素化

憲法改正法第132号の主な内容は、間接税に相当する、州税の商品流通サービス税(ICMS)、市税のサービス税(ISS)、連邦税の工業製品税(IPI)、2種類の連邦社会保障負担金である社会統合基金(PIS)および社会保険融資負担金(Cofins)を廃止し、州・市税の代替として財サービス税(IBS)を、また、3つの連邦税の代替として財サービス負担金(CBS)を新たに設け、付加価値税(VAT)として課すものだ(参考参照、注1)。ただし、IPIは完全には廃止されることはない。北部アマゾナス州のマナウス・フリーゾーン(ZFM)の優位性を保護するため、ZFMで生産している製品が他の地域で生産される場合、IPI課税の対象となる(2023年12月25日付ビジネス短信参照、注2)。もともと法案では、ICMS、ISS、IPI、PIS、Cofinsの代替として、これら5種の税金を1つにまとめた新税をつくることが想定されていたが、地方税制の独立性を尊重し、知事や市長の理解を得るため、2つの税を設ける案の支持が高まった(2023年7月4日付ビジネス短信参照)。

参考:税制改革の主な内容

現時点

連邦税:
工業製品税(IPI)
社会統合基金(PIS)
社会保険融資負担金(Cofins)
州税:
商品流通サービス税(ICMS)
市税:
サービス税(ISS)

2033年以降:2つの付加価値税(VAT)

連邦税:
財サービス負担金(CBS)
州・市によって共同運用:
財サービス税(IBS)

出所:上院議会公式サイトからジェトロ作成

IBSは、州および市によって共同運用される。一方、CBSは、連邦政府によって運用される。IBSの徴収や分配などを実施するため、州および市の代表者54人で構成された運営委員会を設立することや、その委員会の構成や議決方法などが憲法改正法第132号に盛り込まれている。運営委員会は州代表者27人、国内の全市から選出された市代表者27人から構成され、カテゴリーごとに多数決で採決をとる。加えて、州代表者のカテゴリーでは、可決に当たり賛成した州代表者らの州人口の合計が全国人口の5割超であることも決定に必要な条件とされている(注3)。

IBSおよびCBSは2026年に導入され、ICMS、ISS、PIS、Cofinsは2033年までに段階的に廃止される予定。IPIは2027年以降、ZFMで生産している製品が他の地域で生産される場合のみ課税されることとなる。

また、IBSとCBSの税率は今後、上院によって定められる。ただし、IBSの場合、州の税率と市の税率が個別に設定され、各州および各市には上院が定めた税率とは異なるものを設定することができる。これによって、州および市の連邦構成単位としての自立性を保つことができるとされている。

IBS・CBSの税率はまだ設定されてないものの、今回の税制改革には現制度下の徴収水準を維持する目的があるため、その水準を参考に今後の税率を推測する試みがみられる。例えば、CNIは2023年12月13日付公式サイトで、IBSとCBSを合わせて税率が約27.5%になる見通しを発表した。また、2023年11月3日付現地紙「グローボ」によると、財務省は25.95%~27.5%との見通しにたどり着いた(注4)。

例外分野の増加

財務省は、税制改革法案が下院を通過した2023年7月にIBS・CBSの税率を試算し、8月に25.45%~27%との数値を発表した。この数値が2023年11月時点で25.95%~27.5%に上昇したのは、11月に法案が上院で可決された際、例外分野(減税対象、あるいは対象外になる商品およびサービス)が増加したためだ。例えば、下院で可決された法案では、基礎的食糧品および生活用品や医療品などは免税、交通機関や農産物などは通常の税率から6割の減税対象となった。また、燃料や金融サービスなどはIBS、CBSの対象外とされた。11月13日付上院公式サイトによると、7月時点では例外分野は33であったが、11月に上院で可決された法案では例外分野が42に増加した。例えば、上院で追加された、弁護士、医師、技師などが提供するサービスに係るCBS、IBSを3割減税とする項目はその一例だ(2023年11月30日付ビジネス短信参照)。

CNIは11月9日付公式サイトで、例外分野の増加を批判した。CNIは、減税や免税など例外分野が多くなると、IBSおよびCBSの一般的な税率が高くなり、経済成長の制約になると懸念している。一方、財務省のベルナール・アピー税制改革局長は11月11日付現地紙「グローボ」のインタビューで、「例外分野が少ないほうが理想だが、(上院議員の理解を得るために)そのコストを負うしかなかった」と述べた。また、アピー税制改革局長は11月13日付日付情報サイト「BBCニュースブラジル」のインタビューで、現制度下で消費に係る税の税率を合わせると、34.4%の総税率が得られるため、IBS・CBSの税率の見通しがやや高くなったとしても現時点の水準を下回ることになる、と強調した(注5)。

さらに、憲法改正法第132号には、増税を抑えるメカニズムも組み込まれている。2027~2028年のCBSの負担割合の平均値が2012~2021年のIPI・PIS・CofinsのGDP比の負担割合の平均値を超えた場合、2030年に上院がCBSの税率を引き下げる義務がある。また、2029~2033年のIBS・CBSの負担割合の平均値が2012~2021年のIPI・PIS・Cofins・ICMS・ISSのGDP比の負担割合の平均値を超えた場合、2035年に上院がIBS・CBSの税率を引き下げる義務もある。

州間税制戦争の収束を目指して

ブラジルでは、多くの州政府が州税のICMSを減税し、工場建設などを誘致している。こうした企業誘致を推進する州政府間の減税競争は「税制戦争」と呼ばれている。世界銀行シニアコンサルタントのクリスチアーネ・シュミット氏によると、税制インセンティブを与えることで財政面で苦しむ自治体が多い(2023年12月9日付現地紙「フォーリャ」)。しかし、今回の税制改革で、税制戦争問題が解決されることが期待されている。IBSの導入でICMSが廃止になっても、各州には他の州とは別の税率を設定できるが、ICMSとは異なり、IBSは商品の生産地ではなく消費地で課税するため、生産地の州政府が企業に税制優遇を与える意味が薄れてしまう。

ところが、この構想に対して、多くの州知事から批判が上がった。例えば、元上院議員でゴイアス州のロナウド・カイアド知事は、2023年8月4日付現地誌「ベージャ」のインタビューで「税制改革法案は(地方税制の自立性を相対化するため)ブラジルの連邦制を壊そうとしている。また、税制戦争という否定的な表現にも問題があり、ブラジルでしか使われていないものだ。米国でも同様のことが行われているが、税制戦争ではなく税制競争と呼ばれている。例えば、米国のテキサス州がカリフォルニア州より税率を低く設定すると、企業がそのインセンティブを得るためにテキサスに移動する。それはただの開発政策だ」と述べた。

今回公布された憲法改正法第132号には、州知事の理解を得るため、いくつかの特別措置が組み込まれた。その1つとして、既存のICMSの税制優遇措置を2032年まで認める項目が含まれている。各州の減税分をカバーするために税制優遇措置補償基金が設立され、2025年から2032年まで連邦政府から1,600億レアルが拠出され、各州政府の優遇措置に補填(ほてん)される。また、ICMSの減税によるインセンティブ付加ができなくなる各州への対応策として、「地域開発基金」を設ける構想も同法案に含まれており、連邦政府は2029年から2042年までに5,700億レアル、2043年以降は毎年600億レアルを地域開発基金に拠出する(2023年7月25日付ビジネス短信参照、注6)。

税制改正への批判

幅広い支持を得るため、数多くの妥協点を採用せざるを得なかったものの、今回公布された税制改正の内容に対する不満の声はいまだに少なくない。例えば、ゴイアス州のカイアド知事は、税制改革の違憲性を訴えるために最高裁判所に訴訟を起こすことを検討している(2023年12月18日付情報サイト「マイス・ゴイアス」)。

サービス業界においても批判がみられる。例えば、会計・企業補佐・鑑定・情報・調査サービス企業全国連盟(FENACON)の戦略・立法政策担当のジオゴ・シャムン氏は、2023年12月26日付同連盟公式サイトで「サービス業の負担は増加するだろう」と懸念を表明した。付加価値税として導入されるIBS・CBSは生産の各段階で課税する一方、各供給業者が支払った税金について控除を認めることにより、生産のサプライチェーンが長い製造業にとっては大きな利点があるが、サプライチェーンの短いサービス業は得られる控除の幅が限られている。それでも製造業とサービス業に対して一律にIBS・CBSの同じ税率が適用されると、サービス業が厳しい立場に置かれる、とシャムン氏は指摘する。2023年7月20日付サンパウロ州商業連盟(Fecomercio-SP)の公式サイトによれば、サービス業の中規模の事業者に対する消費に係る税の平均総税率は8.65%(ISS:5%、PIS・Cofins:3.65%)である。CNIなどの予想のようにIBS・CBSの税率が27.5%と設定されれば、大きな上昇となる。

今後の課題

IBS・CBSの税率やIBSの運営委員会の詳細など、今後、補完法で定めるべき点が数多くある。2024年2月19日付現地紙「グローボ」によると、連邦政府および上下両院はそれらを優先課題とみているが、10月に統一地方選挙(市長および市議会議員)が実施される予定で、下半期には上下両議員のほとんどがキャンペーンに加わることとなるため、税制改革関連の法案の審議は実質、上半期中にしか行えない。

また、今回の改革は消費に係る税を対象にしたが、憲法改正法第132号には、連邦政府が3月までに所得税改革法案を国会に提出する義務も組み込まれている。フェルナンド・アダジ財務相は、1月2日付現地紙「グローボ」のインタビューで、消費に係る税と所得税の関係性について言及し、「所得税が実現すれば、消費に係る税の負担を減らすことができる。VATの税率を引き下げることができる。所得税を引き上げ、消費への負担を引き下げる。しかし、全体的な負担は変わらない」と説明した。ただし、「地方選挙があるので、2024年に所得税の法案を可決に持ち込むのは簡単ではない」と、下半期の選挙が審議の妨げになる恐れへの懸念を示した。

財務省のベルナール・アピー税制改革局長は、2月16日付現地誌「エザーメ」のインタビューで、IBS・CBSなど消費に係る税関連の法案が財務省にとって優先順位が高い、と説明した。また、所得税改革を怠るつもりはなく、いくつかの提案が作成されている最中、と強調している。長年待望されていた税制改革を実施するためのさらなるルール作りがいかに進んでいくか注目される。


注1:
IBSとCBSのほか、「選択税」と名付けられる、健康や環境に有害な商品に対する税も設けられる。
注2:
審議の中で、IPIを完全に廃止し、ZFMの優位性を保護するために新しい税を導入する案もあった。
注3:
2023年7月に下院で可決された案では、州代表者のカテゴリーでは可決に当たり賛成した州代表者らの州人口の合計が全国人口の6割超であることが条件だった(2023年7月19日付ビジネス短信参照)。
注4:
CNIは、2020年におけるICMS、ISS、IPI、PIS、そしてCofinsのGDP比の負担割合(12.04%)を参考にしている。一方、2023年11月2日付現地紙「グローボ」によれば、財務省は2012~2021年のGDP比の負担割合の平均値(12.5%)を参考にしている。
注5:
財務省が8月に発表した資料によると、消費に係る税の総税率は最高で34.4%である。
注6:
2023年7月に下院で可決された案では、連邦政府は2029年から2032年までに800億レアル、2033年以降は毎年400億レアルを地域開発基金に拠出する予定だった。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
エルナニ・オダ
2020年、ジェトロ入構。現在に至る。
執筆者紹介
ジェトロ・サンパウロ事務所
中山 貴弘(なかやま たかひろ)
2013年、ジェトロ入構。機械・環境産業部、ジェトロ三重、ジェトロ・サンティアゴ事務所、企画部海外地域戦略班(中南米)、内閣府などを経て、2023年7月からジェトロ・サンパウロ事務所勤務。