海藻のサプライチェーン構築で豊かな暮らし実現へ(シンガポール)
シンガポール発スタートアップのシードリングの挑戦
2024年10月23日
シードリング(Seadling、本社:シンガポール)はマレーシア東部のボルネオ島を拠点に、海藻の研究・開発(R&D)から養殖や機能性食品原料の加工まで、サプライチェーンの構築に取り組むスタートアップだ。海藻由来の機能性食品の開発を通じ、人やペットの健康づくりに貢献するとともに、海藻養殖に関わる人々の暮らしの向上を目指している。東洋製罐グループホールディングスの出資を受けて、海藻由来のペットフード添加剤の本格生産に取り組む予定で、日本への進出も計画している。
海藻のR&Dから加工品生産までサプライチェーン構築へ
海藻は日本でなじみ深い食品だが、欧米や東南アジアでは近年、環境に優しく、ミネラルやビタミンなどの栄養価の高い「スーパーフード」として、あらためて注目を集めている。国連食糧農業機関(FAO)によると、2020年の世界の海藻類の総生産(3,508万トン)地域別内訳では、アジアが99.5%を占めた。アジアの中で最大の生産国の中国に次いで海藻の生産量が多いのが、インドネシアだ(図参照)。ただ、インドネシアを中心に東南アジアの海藻生産の現場は、昔ながらの素朴な生産方式を続ける小規模な海藻農家によって支えられているのが実態だ。
こうした海藻の生産現場を取り巻く課題解決に、シードリングは取り組んでいる。サイモン・デービス社長はジェトロのインタビューで、「海藻に着目したのは8年前のことだ。栄養価が高く、極めて持続可能な素材に魅了された」と語った。ただ、「インドネシアの海藻生産の現場を3年にわたって調査した結果、わかったのはテクノロジーの導入が限定的ということだ」と説明する。このため、「テクノロジー導入を通じて貢献ができることがあると思い、2018年にシードリングを創業した」と述べた。
シードリングは現在、海藻のR&Dから、ハッチリング(ふ化)、栽培、収穫、機能性食品の加工生産まで、一貫したサプライチェーンの構築を進めている。同社はマレーシア東部ボルネオ島のサバ州コタキナバルで、海藻のR&Dから、厳選した海藻株を手の平サイズまで大きくするという「ふ化」、最終製品の加工までを行っている。また、海藻の養殖と収穫については、同州東部センポルナ沖の海藻養殖農家に委託している。
海藻養殖産業の活性化で、漁民の暮らし向上へ
総合包装容器メーカーの東洋製罐グループホールディングス(東洋製罐HD、本社:東京都品川区)は2024年7月、シードリングが構築する海藻のサプライチェーンに注目して、出資を決めた。東洋製罐HDは2019年、東京とシンガポールを拠点に、社会課題を解決して持続可能な暮らしを目指すオープンイノベーションプロジェクト「OPEN UP!(オープン・アップ!)」を開始した(2020年10月5日付ビジネス短信参照)。シードリングへの出資は同プロジェクトを通じた8件目の案件となる。
東洋製罐HDシンガポール支店で事業開発をリードする田島克海氏はジェトロのインタビューで、シードリングへの出資の理由として「海藻の育成、生産現場から、その先の流通、保存など複数の社会課題に関わる機会」があることを挙げた。ただ、出資に当たって懸念されたのが、ボルネオ島の海藻の養殖現場で働く滞在許可証を持たない外国人移民(undocumented immigrant)の存在だ。同社は出資を前に、サバ州政府関係者やマレーシア国民大学(UKM)マレーシア国際研究所(IKMAS)の研究者、大手企業などと外国人移民の問題を議論した。その結果わかったことは「(移民問題に対する)簡単な解決策はないという現実だ」と田島氏は語る。
シードリングのデービス社長は「サバ州の漁民たちは1970年代からずっと海藻養殖に携わってきた」と述べる。その上で、「マレーシアや東南アジア全体の海藻養殖の生産性は低く、不安定なため、養殖事業者の収入が低くなってしまう。(テクノロジー導入で)生産性を向上させ、海藻の収穫量を増やし、収入を向上させたい」と語った。田島氏も「海藻産業全体を持続可能なかたちで活性化し、グローバル産業として認められれば、海藻養殖に携わる人々の暮らしが向上し、世界からの認識も変わると思う」との考えを示した。
シードリングは東洋製罐HDから調達した資金を海藻の加工生産能力の拡大に充てる計画だ。同社としては今後、工場の新設とともに、製品の加工プロセスやパッケージングを含めたノウハウを提供していきたい考えだ。
海藻由来のペットフード添加剤、日本展開を目指す
田島氏はスタートアップの集積拠点としてのシンガポールについて、「(米国の)シリコンバレーとの違いは、アジアの社会課題解決に特化していることだ。シードリングはマレーシアなど東南アジアの課題解決のため、シンガポールで資金調達をしており、そこに東洋製罐HDとして参画できた」と語った。デービス社長はシンガポールを本社とする理由について、「産業リーダーが集積する拠点」ということを挙げた。また、今後、インドネシアやフィリピンなどへの事業拡大も計画しており、地域の中心地シンガポールに拠点を置く意味がある」と説明した。
シードリングの海藻由来の製品の第1弾は、同社が開発した発酵技術を用いたペットフードの添加材「サイコ・バイオ(PhycoBio)」だ。デービス社長によると、海藻はミネラルやビタミンが豊富な自然素材で、ペットフードに添加することで、犬や猫の毛並みや歯の健康改善につながる効果がある。同添加剤に対しては、欧米の大手ペットフードメーカーからの引き合いもあるという。同社は2024年9月に大阪で開催された展示会「インターペット大阪2024」に出展するなど、ペットフードでの日本参入も目指している。同社長は「日本には極めて大きなペットフード産業がある」と期待を寄せている。また、長期的には日本で海藻の共同研究を行う機会にも期待している。同社長は「(シードリングの)海藻の栽培技術は南国特有のものだが、海藻の加工技術は日本でも応用できる可能性がある」と指摘した。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ) - 総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。