2024年米大統領選、ハリス民主党とトランプ共和党の政策綱領比較
2024年9月6日
米国イリノイ州シカゴで民主党全国大会が8月19~22日に開催され、カマラ・ハリス副大統領、ミネソタ州のティム・ウォルズ知事がそれぞれ同党の大統領候補、副大統領候補として指名受託演説を行った。同時に、民主党の政策綱領が採択された。一方の共和党は、7月に全国大会を終え、政策綱領を正式に採択している(注1)。政策綱領が事実上、党の公約となるため、2025年以降の米国の政策方針を占うには、政策綱領が重要な資料の1つとなる。本稿では、政策綱領を基に主要な政策を比較し、両党の政策方針を検証する。
民主党の政策綱領は、90ページ強に及ぶ。ジョー・バイデン大統領が選挙戦から撤退する前に民主党全国委員会(DNC)によって承認されたこともあり、基本的にはこれまでのバイデン政権の方針を引き継ぐ内容となっている。DNCの発表によると、経済成長、生活コストの削減、気候危機への取り組みとエネルギー自給の確保、人種間の貧富の格差是正と中小企業への投資、2022年6月に破棄された人工妊娠中絶の権利を認めた連邦最高裁判所の「ロー対ウェイド判決」の復権、銃暴力から地域社会を守り全ての米国人の自由を守ること、国境の安全確保と世界における米国のリーダーシップの強化に至るまで、民主党の上下両院の優先課題に幅広く焦点を当てている(表1参照)。
第1章 | ボトムアップとミドルアウトによる経済成長 |
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第2章 | 富ではなく仕事に報いる |
第3章 | コストの低減 |
第4章 | 気候危機への対応、エネルギーコストの削減、エネルギー自給の確保 |
第5章 | 地域社会の保護と銃暴力への取り組み |
第6章 | 民主主義の強化、自由の保護、公平性の推進 |
第7章 | 国境の安全確保と破綻した移民制度の是正 |
第8章 | 大統領の統一アジェンダの推進 |
第9章 | 世界における米国のリーダーシップ強化 |
注:ボトムアップは貧困層支援による下支え、ミドルアウトは中産階級支援による購買活性化を指す。大統領の統一アジェンダは、オピオイドの過剰摂取抑制、メンタルヘルスケアへのアクセス拡大などを指す。
出所:2024年民主党政策綱領
こうした民主党の政策綱領と、7月に採択された共和党の政策綱領を基に、主要な政策内容を比較したのが表2だ。次項から、主要な政策について、両党の方針の相違点や類似点を検証していく。
項目 | 民主党政策綱領 | 共和党政策綱領 | 相違点/類似点 |
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対中政策全般 |
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関税 |
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輸出管理 |
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投資 |
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通商協定 |
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エネルギー・気候変動 |
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EV(電気自動車) |
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移民 |
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人工妊娠中絶 |
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同盟国との関係 |
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注:トランプ氏は8月下旬に一律の関税率について「10~20%」と発言しており、最終的な案は定まっていない。
出所:民主党と共和党の政策綱領などから作成
対中政策:民主党は的絞った対抗措置、共和党は広範囲で強硬
民主党の政策綱領で、対外政策は主に「9章:世界における米国のリーダーシップ強化」にまとめられている。その中で中国に対しては、「競い合いながらも、責任を持って関係を管理」「人工知能(AI)規制など米中が協力できる分野の特定」「不公正な貿易慣行に対抗」「デカップリングではなく、デリスキングの下での的を絞った措置」といった従来の方針をあらためて掲げた。バイデン政権はこれまでも中国を「国際秩序を再構築する意図と、それを実現する経済力、外交力、軍事力、技術力を併せ持つ唯一の競争相手」と位置付けるものの、同時に、気候変動対策やマクロ経済の安定など協力できる分野では協力すると明確に述べてきた。実際に、経済や金融などの分野では、米中の政策担当者間が議論するワーキンググループを設置した。一方で、不公正な貿易慣行に対しては、1974年通商法301条に基づく中国原産品への追加関税の継続や、輸出管理規則(EAR)の強化、ウイグル強制労働防止法(UFLPA)などを用いた強制労働に関連する製品の輸入差し止めなど、対抗措置を取ってきた。ただし、両国経済を切り離す「デカップリング」ではなく、安全保障上重要な分野でのみ規制を強化する「デリスキング」の考えの下で、対抗措置の分野を絞ってきた。2024年5月に発表された、301条に基づく追加関税率の引き上げ対象は、鉄鋼やアルミニウム製品、半導体、電気自動車(EV)、バッテリー、重要鉱物、太陽電池、船舶対陸上クレーン、医療製品などで、民主党の政策綱領では「戦略的に引き上げている」と記している。これら品目の多くは、ジョー・バイデン大統領が就任当初の2021年2月に発表した安全保障上重要な製品のサプライチェーンを強化する大統領令にも含まれている。2025年以降を見据えた政策綱領でも、同方針を根底に据えているといえよう。また、対象を絞った対抗措置を取る方針のため、共和党の政策綱領で記している一律の高関税(いわゆるベースライン関税)賦課は、一般家庭に対して年間1,500ドルの負担、共和党の大統領候補に指名されているドナルド・トランプ前大統領が公言している中国に対する60%の追加関税は、さらに年間1,000ドルの負担になると反対している。なお、共和党の政策綱領では、関税政策のほか、中国に対しては「恒久的正常貿易関係(PNTR)の撤回」「必要不可欠な中国製品の輸入を段階的に停止」といった内容を記している。
これらの政策から、民主党、共和党で対中強硬姿勢そのものは共通しているものの、民主党は安全保障上重要な製品を特定し、当該分野では強硬な姿勢を貫く一方、共和党は安全保障上重要な製品だけでなく、中国に関連する広い分野で制限を設ける姿勢を示していると指摘できよう。
輸出管理:許可申請の審査厳格化に留意
輸出管理については、民主党の政策綱領では、安全保障上の観点から「軍事利用を制限するため、半導体や半導体製造装置、AI、量子コンピューティング技術の中国への輸出管理を強化した」と記している。一方で、共和党の政策綱領では、輸出管理は明記されていない。ただし、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)のエンティティー・リスト(EL)への掲載のように、ELを活用した輸出管理強化はトランプ政権下から活発になった。バイデン政権も引き続きELを活用するとともに、EARの改正を重ねて輸出管理の対象範囲や権限を拡大し、輸出管理強化を経済安全保障政策の代表的な政策に位置付けてきた。従って、輸出管理についても、両党ともに強化していく方針だと指摘できる。ただし、トランプ政権下とバイデン政権下での輸出管理強化の実績を踏まえると、共和党はELなど既存規制の厳格な運用、民主党はELなどの活用に加え、ルール改定も伴う輸出管理の強化といった傾向の違いを指摘できる(注2)。
仮に2025年以降、共和党政権となった場合、対中輸出許可申請の審査が厳格化する可能性があることには留意が必要だ。デリスキングの下で安全保障上問題のない輸出は規制対象としない民主党の方針とは異なり、幅広い分野で対中強硬姿勢を取る共和党が、バイデン政権によって強化されたルールを厳格に運用する可能性がある。なお、トランプ政権下の2018年の対中輸出許可割合が81.5%だったのに対し、バイデン政権下の2022年が71.4%にとどまるのは、EL掲載企業が増加したことやEARが強化されたためと考えられる(図1参照)。特に、中国の半導体最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)が2020年12月にELに追加されて以降、エンドユーザーをSMICとする許可申請が大幅に増えた。2021年の対中輸出許可の申請件数(許可、却下、差し戻しの合計)は6,000件弱と、4,000件に満たなかったそれまでから大きく増加している。
投資:CFIUS強化の方針は同じ
対内投資審査についても、基本的に強化する方針は同じだと考えられる。米国では、安全保障上の懸念がある投資には、対米外国投資委員会(CFIUS)が審査する。民主党、共和党ともに政策綱領ではCFIUSについて明記していないものの、共和党の政策綱領には「中国による米国の不動産や産業の買収を阻止する」と記載された。民主党の綱領に同様の趣旨の記載はないが、バイデン政権はCFIUSの規則を改定し、米軍施設に隣接する不動産取引を禁止する規則案を発表していることなどから、中国など米国政府が指定するいわゆる懸念国からの安全保障上懸念のある投資に厳しい態度で臨むとの姿勢は同じといえるだろう。ただし、CFIUSの勧告に基づく大統領による買収差し止めは、トランプ政権になった場合、ハリス政権よりも増える可能性があることには留意が必要だ(注3)。
なお、米国は対米投資、特に雇用を創出する投資は経済を成長させるとの考えの下、安全保障に影響のない投資は原則として制限していない。対米投資誘致イベントのSelectUSA投資サミットがオバマ政権で発足し、トランプ政権下を経てバイデン政権下でも続いていることから、この点でも両党の考え方は一致しているといえる。また、バイデン政権が積極的に進めてきたCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)に基づく半導体の製造拠点などの誘致については、共和党の綱領でも「重要なサプライチェーンの米国回帰」と記載しており、雇用を創出する投資につながるため、大きな反対はないと考えられる。ただし、共和党は減税も主要な政策目標の1つに据えているため、共和党政権になれば、いわゆるCHIPS2.0のような、新たに補助金を拠出する枠組みが創設される可能性は高くないだろう。
対外投資については、民主党は「対外投資を規制し、中国の軍事力向上に資する最先端技術へのアクセスを制限」するとして、具体的には、軍事・監視能力を開発する技術を例示した。ここでも、的を絞ったアプローチであることを強調している。一方で、共和党の政策綱領に対外投資規制に関する記載はない。対外投資規制については、共和党内で意見が一致していない。共和党で対外投資規制の法制度化に積極的なのがジョン・コーニン上院議員(テキサス州)だ。同議員は民主党のボブ・ケイシー上院議員(ペンシルベニア州)とともに、懸念国への特定の投資に対して財務省への情報開示を求める対外投資透明性法案を、2024会計年度国防授権法案(NDAA)の修正案として提出した。同修正案は、上院で91対6の圧倒的多数で可決されたが、共和党が多数を占める下院の反対により、対外投資透明性法案は最終的にNDAAから除外された。下院では、金融サービス委員会のパトリック・マクヘンリー委員長(共和党、ノースカロライナ州)が、産業別の対外投資規制は投資を通じて生み出される米国の影響力を制限しかねないといった理由で反対している。ただし、マイク・ジョンソン下院議長(共和党、ルイジアナ州)は2024年秋に、対外投資規制を含む米中間の貿易・投資に関する幾つかの法案の審議を検討しているともされ、当該分野の法制度化については、党派間の隔たりではなく、共和党内の意見の相違が障壁といえるだろう(注4)。
通商協定:民主党政権では通商協定を利用した気候変動対策を実行か
通商協定については、民主党は「インド太平洋経済枠組み(IPEF)、グローバルインフラ投資パートナーシップ(PGII)、経済繁栄のための米州パートナーシップ(APEP)のような複数国が参加する協定のほか、米国・ケニア戦略的貿易・投資パートナーシップ(STIP)などの2国間イニシアチブにより、世界のクリーンエネルギー開発と高い労働基準を備えた重要なインフラに投資を進めてきた」と記した。一方で、共和党の政策綱領では「失敗した協定を再交渉する」と記した。実際にトランプ政権下では、米韓自由貿易協定(FTA)や北米自由貿易協定(NAFTA)が再交渉された。また、英国とのFTA交渉も実施された。これらを対比させると、民主党はこれまでのバイデン政権の方針どおり、伝統的なFTAは追求せず、複数国間の協定を通じた相手国の労働条件や環境基準の改善を重視する一方、共和党は既存協定の再交渉を含むFTA交渉を想定していると指摘できる。市場アクセスを含むFTAの交渉可能性が民主党と共和党の違いの1つといえよう。
なお、ハリス氏は連邦上院議員時代、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定や米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の批准に際して、環境条項が不十分だったことを主な理由として反対票を投じた(注5)。USMCAは、NAFTAのサイドレターで約束されていた環境について、協定本文に組み込むことで「格上げ」すると同時に、オゾン層の保護や大気汚染、海洋ごみなど、NAFTAでは規定されていなかった条項を設けた(表3参照)。それでも、ハリス氏は気候変動対策に関する条項の欠如を指摘して反対票を投じた。そのため、ハリス政権になった場合は、通商政策を利用した気候変動対策が取られるとの見方が多い。具体的には、USMCAで定められ、労働基本権の侵害が疑われた場合に事業所単位で解決を図る「事業所特定の迅速な労働問題対応メカニズム(RRM)」のような制度を環境分野にも設立するのではないかとの指摘がある(注6)。
条 | USMCA条文(第24章) | TPP条文(第20章) |
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1 | 定義 | 定義 |
2 | 範囲と目的 | 目的 |
3 | 保護範囲 | 一般的な約束 |
4 | 環境保護法の施行 | 環境に関する多数国間協定 |
5 | 公衆情報と参加 | オゾン層の保護 |
6 | 手続事項 | 船舶による汚染からの海洋環境保護 |
7 | 環境影響評価 | 手続事項 |
8 | 環境に関する多数国間協定 | 公衆の参加のための機会 |
9 | オゾン層の保護 | 公衆の意見の提出 |
10 | 船舶による汚染からの海洋環境保護 | 企業の社会的責任 |
11 | 大気環境 | 環境に関する実績を向上させるための任意の仕組み |
12 | 漂流ごみ | 協力の枠組み |
13 | 企業の社会的責任と責任ある事業活動 | 貿易及び生物多様性 |
14 | 環境に関する実績を向上させるための任意の仕組み | 侵略的外来種 |
15 | 貿易及び生物多様性 | 低排出型及び強靱な経済への移行 |
16 | 侵略的外来種 | 海洋における捕獲漁業 |
17 | 海洋における天然捕獲漁業 | 保存及び貿易 |
18 | 持続可能な漁業管理 | 環境に関する物品及びサービス |
19 | 海洋生物の保護 | 環境に関する小委員会及び連絡部局 |
20 | 漁業補助金 | 環境に関する協議 |
21 | 違法・無報告・無規制漁業 | 上級の代表者による協議 |
22 | 保存及び貿易 | 閣僚による協議 |
23 | 持続可能な森林管理と貿易 | 紛争解決 |
24 | 環境に関する物品及びサービス | — |
25 | 環境に関する協力 | — |
26 | 環境に関する小委員会及び連絡部局 | — |
27 | 執行事項に関する提出 | — |
28 | 事実記録と関連協力 | — |
29 | 環境に関する協議 | — |
30 | 上級の代表者による協議 | — |
31 | 閣僚による協議 | — |
32 | 紛争解決 | — |
出所:USTRによるUSMCAの条文、日本の外務省によるTPPの条文から作成
エネルギー:民主党は再エネへの投資拡大で、共和党はあらゆるエネルギー源を利用してコスト削減
気候変動対策やエネルギー政策は、両党によって大きな違いがみられる分野だ。民主党の政策綱領では、「米国で太陽光、風力、バッテリーなどクリーンテクノロジーを開発、製造できるよう、民間セクターから4,000億ドル以上の投資が約束された」「クリーンエネルギーの研究開発への投資も継続する」「エネルギーの生成と貯蔵、排出量削減、気候変動へのレジリエンス向上などを支援するため、気候高等研究計画局(ARPA-C)を発足した」などと記している。また、こうした施策やインフレ削減法(IRA)に基づく税額控除などにより、「家庭や中小企業のエネルギーコストを引き下げている」とも記した。そのほか、「パリ協定に再加盟し、2050年までに排出量ネットゼロ目標を掲げた」「米国のリーダーシップを活用して、クリーンエネルギー・サプライチェーンを構築し、多国間開発銀行を通じて開発金融における気候変動とクリーンエネルギーの優先順位を向上する」など、国際協調の下で気候変動対策を進めていく姿勢も示した。
これに対し、共和党は、「エネルギー生産に対する規制撤廃」「グリーンニューディールの廃止」「石油、天然ガス、石炭、原子力などあらゆるエネルギー源を活用して、エネルギー価格を引き下げ」などと記載した。エネルギー価格の引き下げは両党に共通しているものの、民主党はクリーンエネルギーへの投資拡大により、気候変動対策を実行しながら、価格引き下げを目指す一方で、共和党は化石燃料を含む広範なエネルギー源をもとに、規制撤廃を交えて価格引き下げを提案していると対比できる。IRAについては、民主党は同法に基づいた投資の成果を積極的に強調していることから、引き続き、優遇税制の提供などを積極的に行っていくだろう。共和党の綱領では、直接的にIRA廃止といった文言はないものの、上述のとおり、気候変動対策と逆行するような記載が多く、トランプ氏も気候変動に懐疑的なため、何らかの変更が想定される。ただし、IRAなどに基づくクリーンエネルギー投資は、共和党への支持が強い州に多いことから(図2参照)、全てが廃止されるとも考えづらい。従って、共和党政権となった場合、現実的には、政権発足時点で確定しているIRAに基づく補助金などは継続する一方、規則が決まり切っていない未執行分については変更される可能性があると指摘できよう。なお、IRAによる優遇税制などの動向を見通すには、議会審査法(CRA)にも留意が必要だ。IRAは法律のため、廃止するには法的措置が必要との見方が一般的だが、IRAによる税額控除などの要綱を定める規則は、議会承認などCRAによる一定の条件の下で失効させることができる。IRAは現状、幾つかの主要な規則が定まり切っていない。IRA自体は破棄されずとも規則が定まらない場合は、税額控除などの運用が進まないといった事態が想定される。過去に最もCRAが活用されたのは、トランプ政権下だった(注7)。そのほか、共和党の政策綱領では、液化天然ガス(LNG)のFTA非締結国向け輸出許可の発給再開も示唆しており、この点も民主党との違いだと指摘できよう(注8)。
EV:中国製EVの流入阻止は両党で一致
気候変動対策に関連して、EVへの対応でも、両党によって差がみられる。民主党は綱領に「IRAにより再生可能エネルギーやEVの米国内工場建設に世界最大規模の投資を実施」「2030年までに米国で販売される新車の50%をEVとすることを目標」「電動スクールバス購入インセンティブの導入で、ぜんそくに関連するディーゼル公害から子供を保護」といった内容を記した。一方で、共和党の綱領では「自動車産業に対する有害な規制の撤回」「EV購入義務などの取り消し」などを記載した。気候変動対策の観点からEV普及を推し進めるバイデン政権に対して、共和党はEV普及を進めるような規則や環境規制の撤廃を提案しており、EVを巡る政策方針では、両党で大きな違いがある。ただし、EV大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がトランプ氏支持を表明した後、トランプ氏はEV支持を示唆するような発言をしている。こうしたことから、共和党政権になった場合、EV購入を義務化するような目標や規制は撤廃されるものの、EV購入自体を阻むような極端な規制は敷かれないのではないかとみられている。
一方で、中国製EVの米国市場への流入懸念に対しては、両党で対応方針がおおむね一致している。民主党の綱領では「中国の不公正な通商慣行に対抗するため、中国製EVへの追加関税を引き上げた」、共和党の綱領では「中国車の輸入阻止」と記載し、ともに対抗措置を取ることを記している。中国製EVへの対抗措置は、現時点では大きく3つに分類されよう。1つは、中国から米国へ直接輸入されるEVへの対処だ。これに対しては、既に引き上げが決まっている追加関税などでの対処が考えられる。2つ目は、第三国、特にメキシコを経由した流入だ。これについては、2026年に予定されているUSMCA見直し時に原産地規則(ROO)の一層の厳格化が挙げられる。実現可能性は不透明だが、IRAで定められた税額控除要件とUSMCAのROOを統合すべきというような意見が出ている(注9)。3点目は、EVを情報通信技術サービス(ICTS)と見なした対抗措置だ。バイデン大統領は2024年2月、商務長官に対して、中国など懸念国のICTSを利用している自動車の安全保障上のリスクを調査し、必要な対応を取るよう指示した。これは、トランプ前大統領が2019年5月に発表したICTSのサプライチェーンの安全確保を目的とした大統領令に基づいている。この大統領令は、商務長官に対して、米国の安全保障または米国人に容認できないリスクをもたらす、米国の司法権の対象となるICTS取引に、禁止またはリスク緩和措置を課す権限を与えている。バイデン大統領は、最近の自動車のほとんどは「コネクテッド」で、「車輪のついたスマートフォンのようなものだ」とし、「中国のコネクテッドカーは、米国民やインフラに関する機密データを収集し、そのデータを中国に送り返す可能性がある」と、安全保障上の懸念を説明している。現時点ではどのような対抗措置が出されるかは不明だが、パブリックコメントは4月末に締め切られている。ここで重要な点は、これら3つの方針は、いずれも民主党、共和党とで一貫した措置であることだ。1点目については、トランプ政権から続いた追加関税をバイデン政権が引き上げた。2点目については、トランプ政権時に発効したUSMCAに、バイデン政権で成立したIRAの要件を組み込むことが取りざたされている。3点目については、トランプ政権時に制定された規則をバイデン政権で初めて活用した。従って、2025年の政権をどちらの政党が担うかにかかわらず、中国製EVの流入に対しては厳しい措置が取られると予測される。なお、2点目の第三国からの流入懸念に関して、米国はUSMCAによって経済圏を同じにするカナダとメキシコに対して、米国と同程度の措置を取るよう求めているとされる。実際に、カナダは「主要な貿易相手国と足並みをそろえ」、中国製EVへの関税率引き上げを決めた。メキシコに対しても、例えば、バイデン政権はCFIUSのような仕組みを設けるよう働きかけている(注10)。
移民:不法移民対策強化では一致、非移民ビザの発給日数の推移に注目
今回の大統領選の争点の1つともされる移民政策については、国境警備強化の必要性で両党の方針は一致している。ただし、民主党は「ドリーマー(注11)など有資格者に対する市民権取得を支援」「国境をより安全にすると同時に、合法的な移民を拡大」「キューバ、ハイチ、ニカラグア、ベネズエラ人(CHNV)に対する人道的仮釈放プロセス(注12)を確立」「移民と保護に関するロサンゼルス宣言を通じて、各国と協調した不法移民の取り締まり、合法的な移民経路の開発などの支援」「武力紛争や自然災害など、危機に見舞われている国の個人を救済する一時的保護資格(TPS)の維持・拡大」といった、人道的措置や合法移民の保護に積極的な姿勢を示している。国境警備の強化については、「不法移民への対処のため、人員増員などを議会に要求(国境警備隊、移民審査官、亡命担当官の増員、移民を保護する自治体への資金援助など)」し、議会の関与の必要性を記した。対して、共和党は「国境を封鎖し、移民の侵入を阻止(国境の壁完成、移民法執行機関の拡大、国境監視強化、軍による南部国境警備など)」「米国史上最大の強制送還作戦を実行」「不法入国とビザ期限切れの不法滞在に対する罰則強化、入国審査強化、聖域都市(注13)への連邦資金の拠出停止」といった、より強硬な措置を提案している。
なお、日系企業にとっては、移民政策のみならず、駐在員交代の観点から、非移民ビザの発給方針の違いも注視しておくべきだろう。バイデン政権下の2023年度(2022年10月~2023年9月)は、日本企業の利用が多いL1(企業内転勤者)ビザやE1(貿易駐在員)ビザの却下率はそれぞれ3.3%、7.8%だが、トランプ政権時の2018年度(2017年10月~2018年9月)はそれぞれ18.0%、24.5%に上っていた(図3参照)。また、最終的にビザが発給されても、想定以上の日数がかかった場合、スムーズに駐在員の交代ができず、米国事業のオペレーションに支障を来す場合がある。そのため、却下率だけでなく、発給までの日数にも留意が必要だ。例えば、Lビザなどの申請に必要なI-129(注14)の処理にかかった月数の中央値は、トランプ政権下の2019年度(2018年10月~2019年9月)は4.7カ月と、バイデン政権下の2024年度(2023年10月1日~2024年7月31日まで)の2.0カ月の倍以上となっている(図4参照)。仮に共和党が非移民ビザの発給に厳しい態度をとる場合には、日系企業は駐在員の交代について、現状よりも余裕を持って対応することが必要となろう。
人工妊娠中絶:企業はスタンスの明確化を
今回の選挙では、2022年6月に女性の人工妊娠中絶権を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」が連邦最高裁によって破棄されて以降、人工妊娠中絶を原則として認めない州が出てきたことから、中絶の権利も争点の1つとなっている。民主党は綱領で「生殖に関する自由」を掲げ、「連邦議会でのロー対ウェイド判決の法制度化」を訴えた。また、「体外受精(IVF)を行う女性の権利保護」「米国食品医薬品局(FDA)が承認した中絶薬へのアクセス支援」「科学を尊重するFDA長官の指名、基本的自由を支持する最高裁判事の指名」などと記した。一方、共和党は「遅い時期の中絶は反対」と記した。共和党は中絶反対を強く支持するキリスト教保守派の支持を受けているため、より厳しい内容の記載を検討していたが、無党派層の支持獲得が重要な大統領選を考慮して、政策綱領では文言を和らげたという。トランプ氏は現時点では、中絶禁止を決めるのは各州との立場を崩していない。共和党の綱領ではそのほか、「妊婦検診、避妊具へのアクセス、IVFを推進する母親と政策を支援」とも記載している。人工妊娠中絶そのものが日系企業の米国でのビジネスに関連している例は多くないと想定されるが、人材の採用に当たって、人工妊娠中絶についてどのような立場なのかを明確にしなければならないとの指摘もあり、企業は対応方針を確定させる必要があろう(注15)。
同盟国:民主党は同盟国と連携、共和党は米国第一
特定の産業分野や政策領域とは異なるが、同盟国との関係性は、両党の政策綱領で異なる分野だ。民主党の政策綱領は「米国の繁栄と同盟国の繁栄は、補強し合う」「同盟国の企業は米国内に最先端の工場を建設し、米国人の雇用を創出している」「同盟国は、気候変動目標を達成するために世界が必要とする重要な材料、専門知識、製品を提供する」「公正な条件での同盟国との貿易は、米国の成長を促進し、同盟関係を強化する」と記しているのに対し、共和党の政策綱領では「同盟国が共同防衛への投資義務を果たすことを保証」「インド太平洋地域で、強く主権ある独立国家を支持し、平和と商業の繁栄を目指す」としている。民主党は、安全保障上重要な製品のサプライチェーン強化で、米国への投資のみならず、同盟国と連携してグローバルなサプライチェーンを構築する、いわゆるフレンドショアリングも志向している。一方で、共和党はベースライン関税のように、関税政策では同盟国も米政府が指定する懸念国もまとめて一律に適用対象とするなど、米国第一を重視する姿勢が見て取れる。米国以外の国に対して、負担を強いるような政策を同盟国と懸念国との区別なく実施しようとする姿勢は、民主党との大きな違いといえるだろう。
予見可能性が低い中での戦略立案
共和党の全国大会が7月に、民主党の全国大会が8月に終わり、これで両党の候補者と公約が正式に出そろった。これから11月の選挙本番に向け、各候補はこれら政策を自らの言葉で語り、より一層、支持を募っていく。大統領候補の発言は影響力が大きく、今後の政策方針にも影響し得る。時には政策綱領と異なる趣旨の発言もあるだろう。しかし、大統領1人だけでは全ての政策を実現することはできず、大部分は連邦議会と協力して実施していくことになる。議会には、上下両院合わせて500人を超える議員がおり、その指針となるのが政策綱領だ。予見可能性の低下が米国のカントリーリスクと捉えられるからこそ、大統領候補の発言に一喜一憂することなく、冷静な経営戦略の策定が求められる。そうした状況下では、政策綱領が2025年以降の米国の政策を占う羅針盤の1つとなり得るのではないだろうか。
- 注1:
- 共和党の政策綱領のうち、主に通商政策を中心とした政策分析は、「2024年共和党政策綱領、トランプ政策の実現可能性は―法制度からの考察―」(2024年8月9日付地域・分析レポート)を参照。
- 注2:
- トランプ政権下では、輸出管理は、安全保障上の懸念のある特定の品目に絞って管理を強化するといった方針ではなく、基本的に対中輸出全般を規制するべきとの考え方で検討が進められていたという。ただし、全ての品目に対して輸出管理を強化するといった考えは伝統的な輸出管理政策と乖離し、また、経済的な影響も大きくなることから、結果としてルール改定が進まなかった。従って、共和党はルール改定ができなかったために、既存ルールを厳格運用したとの見方もできる。
- 注3:
- CFIUSが安全保障上問題ありと判断した場合、大統領はCFIUSの勧告に基づき、買収を阻止するか否かを判断する。CFIUSの勧告に基づいて大統領が阻止した案件はこれまで全部で8件あり、そのうち半数の4件がトランプ氏によるもので、バイデン大統領は1件にとどまる。詳しくは、上述の地域・分析レポート「2024年共和党政策綱領、トランプ政策の実現可能性は―法制度からの考察―」参照。
- 注4:
- また、共和党を支持する層でも意見が集約されていない。保守派シンクタンクのヘリテージ財団は、対外投資透明性法案に賛成していた。一方で、財務省が発表した対外投資規制プログラムに対して、主要な産業団体は、米国の一方的な措置は他国との競争環境上不利になると慎重な姿勢を示している。なお、マクヘンリー議員は11月の議会選挙には立候補せず、今期限りで引退することを表明している
- 注5:
- ワシントンのシンクタンク、ケイトー研究所がハリス氏の通商政策に関する主要な発言をまとめて公開している。
- 注6:
- ニューヨークにある進歩派のシンクタンク、ルーズベルト研究所のトッド・タッカー氏が米通商専門誌「インサイドUSトレード」のインタビューで答えた。Hannah Monicken, “Analyst: Biden has set a trade foundation likely to be kept by successors”, Inside U.S. Trade, August 20, 2024.
- 注7:
- 議会審査法については、「米政権交代時に注目される議会審査法(CRA)-制度の解説と政策への影響-」(2024年5月30日付地域・分析レポート)を参照。
- 注8:
- 気候変動対策に積極的なバイデン政権は、FTA非締結国向けのLNG輸出に慎重な姿勢は崩していないものの、7月のルイジアナ連邦地裁による決定を受け、8月にFTA非締結国向けのLNG輸出を認可した(2024年9月5日付ビジネス短信参照)。
- 注9:
- 例えば、労働組合などは、USMCAのROOについて、新車や商用車購入時の税額控除を定めたIRAの内国歳入法セクション30Dや45Wの要件にも加えるよう提案するなど、IRAとUSMCAのROOを連動させるようとする意見がある。なお、USMCAの見直しは、自動車のROOだけではなく、協定全体を対象に行うことや、既にUSMCAのROOが相当程度厳しいことなどから、大きな修正は行われないのではないかとの見方も根強い。
- 注10:
- ただし、メキシコのフアン・カルロス・ベイカー元経済省通商担当次官は、6月に米国のシンクタンクで行われたウェビナーで「メキシコでは、中国を切り離すという政治的要因は存在しない」「中国という課題にメキシコも対処しなければならないが、ワシントンが有する先入観を同じように持つ必要はない」と否定的なコメントを述べている(2024年6月28日付ビジネス短信参照)。
- 注11:
- 幼少期に親に連れられて米国に不法に入国した子供や若者を指す。
- 注12:
- 米国内にスポンサーがいるなど、身元調査に合格した場合、2年間の滞在を認めるもの。
- 注13:
- ニューヨークやシカゴ、首都ワシントンなど、不法移民の保護に寛容とされる都市。
- 注14:
- LビザやHビザは、まず移民局にI-129というフォームを使って申請書を提出し、その認可を得た後に、ビザ申請をする。いわゆるビザ申請に質問がきたというのは、このI-129の申請に対して。
- 注15:
- 人工妊娠中絶を禁止している州に拠点を構えている企業の場合、認めている州への交通費などを支給するなどの対応をしているケースもある。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。