英国で飲食店を開く際の物件探しの留意点
建築専門家に聞く(1)
2024年9月18日
近年、世界中で日本食レストランが増加しており、英国もその例外ではない。その大部分は非日系のレストランだが、日本からの進出も着実に増えてきている。日本の国内市場が苦戦する中、海外出店は外食産業にとって1つのチャンスであるが、店舗開業までのプロセスが日本とは異なることに留意して進めないと思わぬリスクがある。
賃貸物件の建築・デザインで数多くのプロジェクトを行ってきたアラデザイン(注)社長の荒幾則氏に、英国における飲食店開業の際の留意点について、日本との相違点を軸にして話を伺った(取材日:2024年3月14日)。同氏は、45年以上にわたり日英両国で建築・デザインに関わり、不動産物件探しから建築関係の法規・規制などに関するアドバイスや実務を行っている。前編では、物件探しの留意点について解説する。
- 質問:
- 最近の日本食レストランの傾向は。
- 答え:
- 20~30年前は日本人オーナーの割合が高く、駐在員や日系企業の接待などに使われる店が多かったが、近年はオーナーの国籍が様々で、日本人をターゲットにせず日本人がほとんどいないエリアに出店される店も多い。非日系の日本食は、他の国の料理より価格設定が高くできるため日本食レストランとして開業するという話も聞く。
- 質問:
- ロンドン市内で人気の出店エリアは。
- 答え:
- 繁華街であるソーホーは、平日も休日も人出があり人気が高い。一方、シティも人気だが、ビジネスエリアで休日は人出が少ないため、土日は店を閉じるところもある。新型コロナ禍後は月曜と金曜に自宅でテレワークする人が増えたため、集客に工夫が必要になってきているようだ。高級地区であるメイフェアでは、富裕層向けの、シェフに任せて料理を提供してもらう「オマカセ」の寿司(すし)レストランが多い。一方で、前述のとおり、日本人がいないエリアへの出店も進んできている。
- 質問:
- 英国の不動産契約の特徴は。
- 答え:
- 家主側の力が非常に強い。日本の場合はデベロッパーが早期に物件を販売・賃貸できないと資金繰りに困ってしまうが、英国の場合は国王資産の管理機関であるクラウンエステートをはじめ資金面で余裕がある会社が不動産を持っているので、「条件が悪ければ貸さない」と言える立場にある。
不動産エージェントとソリシターの選定が重要
- 質問:
- 飲食店の物件探しはどのように行えばよいか。
- 答え:
- 英国では、不動産物件が使用用途(Use Classes)ごとに「A3(Restaurants and Café)」「A4(Drinking establishments)」「A5(Hot Food Takeaways)」のように分類されていたが、2020年の法規改正により「E(a)物販店舗」「E(b)飲食店舗」となった。物件を決定する前には通常、不動産エージェント(代理店)のアドバイスを受ける。特にロンドンにおいては、不動産エージェントを通さずに物件を探して交渉するのはかなり難しい。
- 日本における賃貸物件契約の際は、借り主と家主間での話し合いとなるが、英国では基本的に借り主のエージェントと家主のエージェントの間での話し合いとなる。借り主側のエージェントが借り主の希望賃貸額やその他の条件に合致する物件を探すと、要望に合った物件の家主側エージェントが借り主側に提示されるので、希望の物件があれば内見する。
- 物件探しの際には、借り主側のポートフォリオ(自社の事業に関する情報をまとめた資料)を作り、不動産エージェントに渡すとよい。家主としては、一般的には素性がわかっている英国企業に貸したいが、外国籍であっても素性がわかり安心できれば貸しやすくなるためだ。
- 質問:
- 契約締結まではどのように進むのか。
- 答え:
- 賃料、契約期間、フリーレント期間などの条件については、不動産エージェント同士の話し合いである程度決まる。お互いに納得すれば、合意書(Heads of Terms :HOTS)を作り、双方のソリシター(事務弁護士)同士で正式な契約書作成を進める。ただし、ビル自体の家主と希望物件が入っているフロアーの家主が異なるなど、1つの物件に家主が1人(1社)以上いる場合もあり、家主同士の契約までさかのぼって調べる必要があることから、想定以上に時間を要する場合もある。
- 不動産エージェントの手数料は、年間賃料の10~12%程度となっているようだ。また、ソリシターについては、拘束時間単価300ポンド(約5万7,000円、1ポンド=約190円)以上になるが、契約までの所要時間がわからない場合が多いため、契約までの一連の業務をパッケージ料金で提示している弁護士もいる。すべてをカバーできるとうたっている不動産エージェントでも得意不得意があったりするので、しっかりとした不動産エージェントとソリシターを探すことが重要だ。
契約締結前に十分な調査をしないと予想外の追加費用に
- 質問:
- 賃貸契約を締結する前の留意点について教えてください。
- 答え:
- 賃貸契約を結ぶ後ではなく、結ぶ前に、施工全般に関する各種調査が必要だ。英国には古い建物が多くあること、また、物件によっては規制やルールも異なってくるので、該当する各調査事項について理解し、対応することが重要である。
- 例えば、建物の調査(Building Survey)は、建物の状態を評価し懸念事項を特定するために行うもので、コスト管理にも関わってくるので重要事項だ。近い将来にビルのエレベーターの工事などが行われる場合は、建物の全体の修繕費用は借り主間で貸主に払うサービス料金として共同負担するので、契約前に建物の状態を調査し、想定費用に関する調査を行う。事前の修繕が必要な場合は、契約前に家主側で修繕してもらうことが可能な場合もあり、この調査結果は賃貸契約時の交渉材料となるため、契約を結ぶ前に行われる。商業用建物の調査に関わる費用は、該当の店舗だけでなくビル全体の調査が必要なので、大手調査会社だと5,000ポンド以上になるようだ。
- 英国でも、建築物へのアスベストの使用が禁止になっているが、ロンドンは古い建物が多く、隠れたところにアスベストが使用されているケースが少なくない。アスベストサーベイをもとに契約前に家主に除去依頼をする方法もあるが、その調査費用の負担についても交渉前にしっかりと話し合う必要がある。
- 敷地や建物の寸法を測定し、正確な縮尺の図面を作成するため、測量調査も必要な場合もある。日本では、家主に言えばすぐに図面をもらえ、建物も図面どおりになっているため、この調査はほとんど必要ないが、英国の場合は、古い建物が多く、また、昔の建物を何度も壊して直すのを繰り返しているため、床や壁が真っすぐでないのは当然で、それを含めて測量の専門家に実測してもらうことも必要な場合がある。
- 質問:
- 他にはどのような調査が必要になるのか。
- 答え:
- 特に大きな物件を借りるときには、実行可能性調査(Feasibility Study)が必要になってくる。施工の必要費用や時間を見積もるため、該当する物件のインフラ設備が適しているかどうか、契約を結ぶ前に調べる必要がある。通常、この調査は建築家や設備会社によって行われる。調査内容は、基本的な電気・ガスの容量のほか、給排水、ダクト、空調、騒音、床の積載荷重、ごみの処理方法、これら関連設備について役所に届けられているかどうか、過去の実績からレイアウトが適しているか、設計にいくらかかるのか、着工から開業までのタイムスケジュールの検討などで、契約前に査定を行い調べておく必要がある。例えば、ガス設備が入っていないケースが多々あり、電力会社を通して電気の容量を増やすにも数カ月かかる。ダクトを新たに外部に出さなければならないようであれば、施工はもとより、自治体に申請しなければならないなど一筋縄にはいかない場合が多い。つまり、家主との交渉は契約前にすることが基本で、物件を借りてから何らかの欠陥を見つけても遅い。これらすべての事項について、物件を借りる前に包括的に調査をして、必要に応じて契約前に家主と交渉しておかないと、予想外の追加費用や時間がかかってしまうこととなる。日本においては、これらの調査は不要である場合が多いためか、英国も同様に考えてしまうケースも多々見受けられるので、注意が必要だ。
- 注:
- 荒氏は、1978年から日本の著名なデザイン会社Casappo & Associatesでインテリアデザイナーとして働いた後、1981年に独立。1986年に渡英、Fitch Designなどを経て2002年にアラデザインを英国で設立。これまでに外務省の対外発信拠点ジャパン・ハウス・ロンドンをはじめとした、多数のレストラン店舗、小売店舗、オフィスの設計プロジェクトに関わった実績を有する。
建築専門家に聞く
- 英国で飲食店を開く際の物件探しの留意点
- 英国で飲食店を開く際の設計・施工の留意点
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
尾崎 裕子(おざき ゆうこ) - 2008年よりジェトロ・ロンドン事務所勤務。