AI規制に大統領令で先手(米国)
法整備にはなお遠く、州ごとの制度相違に懸念も

2024年5月1日

米国で人工知能(AI)の規制に向けた議論が本格化している。2022年11月に米国の新興企業オープンAIが対話型AI「チャットGPT」を一般公開して以降、文章や画像を自動で作る生成AIのサービスが急速に普及した。一方、AIが社会に浸透するにつれ、偽情報など、負の影響も意識され始めた。

AIを巡るリスクにどう対処すべきかを各国が検討する中、AI開発をリードする企業が集積する米国でもジョー・バイデン大統領が大統領令を発令し、本格的な規制の一歩を踏み出した。同時に連邦議会も法案の策定に動くが、優先すべき課題や規制手法でいまだ意見の一致はみられていない。具体的な法整備が見通せない中、各規制当局は当面、既存の権限でAIがもたらす課題に対処していく方針だ。

バイデン政権は、責任あるAI開発・利用を重視

米国の歴代政権のAI政策は、研究開発(R&D)支援を通じた国際競争力の向上に力点を置いてきた。例えば、オバマ政権が2016年10月に策定した「国家AI R&D戦略計画」は、連邦政府がR&Dを支援する上での優先事項を定め、特に公衆衛生や国家安全保障など民間部門が取り組みにくい分野への支援を重視する方針を明記した。同計画はトランプ政権(2019年6月)とバイデン政権(2023年5月)でそれぞれ改訂され、民主、共和両党の政権にとって連邦政府のAI投資を導く文書となっている。ドナルド・トランプ大統領(当時)も2019年2月に発表した「AIにおける米国のリーダーシップの維持」と題する大統領令で、政府機関に対し、R&D予算の要求でAI分野を優先するよう求めるなど、AIへの投資を強化する姿勢を鮮明にした。

一方、AI分野の競争力を維持しつつ、その責任ある開発や利用をより強力に推進する方向にかじを切ったのがバイデン政権だ(注1)。2022年10月には、「AI権利章典のための青写真」を発表。アルゴリズムに基づく差別防止など、AI開発に当たって市民権を保護するための原則を取りまとめた(2022年10月5日付ビジネス短信参照)。AIの倫理面を重視する姿勢は、R&D支援策にも反映されている。政権が2023年5月に発表した7つの「国立AI研究所」の新設では、研究テーマの1つに「信頼性のあるAI」が含まれた。

大統領令で規制に本腰

こうした一連の取り組みを土台に2023年10月に発出されたのが、AIの安全な開発と利用に関する大統領令だ(2023年11月1日付ビジネス短信参照)。大統領令の目的は、AIがもたらす利益を享受するため、AIの無責任な使用による詐欺や差別、国家安全保障上のリスクを軽減することにある(注2)。この目的に向け、大統領令はAIの安全性や連邦政府のAI利用、国際的なリーダーシップなど8つの政策分野にわたり具体的な措置を記した。大統領令は、その内容のほとんどが連邦政府機関の行動を指示するものだ。しかし、企業に対する強制力のあるルールの導入も含まれている。例えば、商務省は特定のAIモデルを開発する企業に対し、AIモデルの安全性テスト(red-teaming)の結果などを報告するよう義務付けた。また、AIモデルの訓練に利用されるクラウドサービスを提供する際の情報開示規則も提案した(2024年1月30日付ビジネス短信参照)。

これらの取り組みをはじめ、バイデン政権のAI政策で中心的な役割を担っているのが商務省だ(表1参照)。米国スタンフォード大学の「人間中心のAI研究所(HAI)」の分析によると、大統領令に定めた指示の数で、商務省所管は24件と、大統領府(25件)に次いで2番目に多い。同省による措置には、産業界の関心も高い。国立標準技術研究所(NIST)がAI開発などに関するガイドライン策定に向けて実施した意見公募(2023年12月22日付ビジネス短信参照)には、テクノロジー関連の業界団体などから200件以上のコメントが寄せられた。また大統領令に基づいて商務省が設立したAI安全研究所コンソーシアム(AISIC)には、200以上の企業、大学、自治体などが参加し、関連ガイドラインの策定などに関与する見通しだ(2024年2月9日付ビジネス短信参照)。

表1:大統領令で商務省が主導する主な取り組み
政策分野 取り組みの内容 実施期限
AIの安全性とセキュリティー 安全・安心で信頼性のあるAIシステムを開発するためのガイドラインを策定する(NISTが主導)。 大統領令の発令後270日以内(2024年7月26日)
特定のAIモデルを開発する企業に、AIモデル開発に関する情報や安全性テストの結果などを報告するよう義務付ける。
潜在的に大規模な計算インフラを取得・開発・所有する企業に、その場所や計算能力の報告を義務付ける。
大統領令の発令後90日以内(2024年1月28日)
AIの開発を目的に外国の顧客にクラウドサービスを提供する際に、報告を義務付ける規則を提案する。 大統領令の発令後90日以内(2024年1月28日)
AIが生成したコンテンツの認証、出所の追跡、ラベリング、検出のための規格、ツール、方法について報告する。報告後180日以内に、それらツールなどの採用のためのガイダンスを策定する。 大統領令の発令後240日以内(2024年6月26日)
国際的なリーダーシップ AI規格の促進と策定に関し、国際的な関与のための計画を策定する。 大統領令の発令後270日以内(2024年7月26日)

注:ホワイトハウスの発表(2024年4月29日)によると、大統領令で発令後180日以内の実施を指示された取り組みについては、全て実行が完了している。
出所:大統領令および米国議会調査局(CRS)レポートから作成

商務省以外の政府機関による取り組みも、産業界に影響すると見込まれる。政府調達が、その一例だ。大統領令は、政府がAIを使って作成したコンテンツの認証などに関してガイダンスを策定し、連邦調達規則に反映することを検討するよう、指示している。実際に反映された場合、政府調達に参加する企業はガイダンスの順守を求められる可能性がある(注3)。また、労働省には、政府契約業者が採用活動でAIを利用する際のガイダンス作成を求めた。

連邦政府は巨大な購買力を持つ。大統領令には、こうした力をテコに、企業の責任あるAI利用を促す取り組みにもなっている。

議会は法整備に動くも一致点を見出せず

これまでイノベーション推進を優先して企業活動への介入を控えてきた連邦政府にとって、大統領令は政策の大きな転換点といえる。

しかし、業界に対して本格的に規制を敷くには、立法措置が要る。また大統領令は、法律の裏付けがなければ将来の政権が自由に変更・破棄できる。大統領令の取り組みを実行する上でも、議会による予算手当てが必要だ(注4)。バイデン政権は実際、AIのリスク管理のために「新しい法律、規制、監督が必要になる」との考えを示している。

こうした中、立法府である連邦議会でもAIへの関心は急速に高まっている。HAIが2024年4月に発表した報告書によると、2023年に議会に提出されたAI関連法案は181本と、前年の88本から2倍以上になった。ニューヨーク大学ブレナン司法センターのまとめ(2024年4月1日時点)によると、現在の第118議会(2023年1月~2025年1月)で、AI規制の法案は既に80本以上提出されている。

議会では、(1)幅広いテーマをカバーする包括的な法案作りを進める動きと、(2)特定分野の法整備を目指す動きの両方が進む。

(1)としては、上院民主党トップのチャック・シューマー院内総務(ニューヨーク州)が2023年6月、将来の法案に向けた枠組みとして提唱した「SAFEイノベーション・フレームワーク」が有力だ(2023年6月22日付ビジネス短信参照)。シューマー院内総務を含む超党派議員グループは、同年12月までにテーマ別のフォーラムを9回開催。産業界や有識者から、議会が取るべき措置について意見を聴取してきた。一連のフォーラム開催後、超党派グループのメンバーのマイク・ラウンズ上院議員(共和党、サウスダコタ州)は「今こそ各委員会が実際に介入する時」と述べ、議会が具体的な法案作成に向けた取り組みを加速させることに期待を示した(「ワシントン・ポスト」紙電子版2023年12月7日)。シューマー院内総務は上院で審議する法案を決定する権限を持つため、この枠組みに基づく法案がまとまれば、優先的に審議される可能性が高い。

このほか、リチャード・ブルーメンソール(民主党、コネティカット州)、ジョシュ・ホーリー(共和党、ミズーリ州)両上院議員も2023年9月、超党派法案のための包括枠組みを発表している(ブルーメンソール議員ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。両議員が幹部を務める上院司法委員会のプライバシー・技術・法小委員会は、産学の有識者を招いて「AIの監視」と題する公聴会を連続して開催。AI分野のルール形成について議論を深めてきた。同枠組みは、AI開発企業を監査する独立機関の設立など5つの柱で構成する。

一方、(2)個別分野の法案を推進する議員は、合意形成に時間がかかる包括的な法案よりも、国家安全保障など喫緊の課題を優先すべきという立場を取る。とりわけ、米国では2024年11月に大統領・議会選挙を控え、ディープフェイク(AIを使って作られた偽の画像・動画・音声)が選挙に与える影響に懸念が強まっている。こうした状況に対し、政治広告でAIを利用する場合に情報開示を義務付ける法案や、候補者を偽って描写するような広告を禁止する法案が提出されている。シューマー院内総務も、合意できた分野から進めることに前向きな姿勢を示し、特に選挙におけるAI対策に優先的に取り組む必要性を強調している。

規制の手法も大きな論点だ。ブルーメンソール議員らの枠組みにあるような規制機関の新設を求める声がある一方で、共和党議員の間では、それが新たな行政手続きを生んだり、政府の歳出増につながったりすることへの警戒感が根強い。新たな規制によりイノベーションを阻害するリスクも心配される。下院中国特別委員会のマイク・ギャラガー委員長(共和党、ウィスコンシン州、当時)ら中国との技術競争に配慮する議員は、過度な規制は米国の競争力を損なうと警告する。民主党内でも、急速に発展するAIに対する十分な理解がないまま、性急に規制を講じることを懸念する声が上がる。下院のAIに関する超党派タスクフォース(2024年2月28日付ビジネス短信参照)の共同議長を務めるテッド・リュー議員(民主党、カリフォルニア州)らは、具体的な規制に動く前に規制のあり方を検討するため、官民合同委員会を設立する超党派法案を提出している(リュー議員ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

米連邦取引委「AIに法令の適用除外なし」

議会の動きが見通せない中、規制当局は既存の権限でAIのリスクに対処する姿勢を鮮明にしている。それが特に顕著なのが、消費者保護や競争政策を担う連邦取引委員会(FTC)だ。FTCは2023年4月、司法省などと共同声明を発表し、企業が雇用や住居、融資などの個人の権利や機会に影響を与える決定を行う際にAIを利用することで、違法な偏見や差別を生む可能性があると指摘。こうした問題に対し、既存の法令を厳格に適用する方針を明確にした。2024年1月には、マイクロソフトなどテクノロジー企業5社を対象に、生成AIに関わる各社の投資や提携が競争環境にもたらす影響に関する調査を開始している(2024年1月29日付ビジネス短信参照)。

FTCは、AI製品に関する誇大宣伝や企業による個人情報の不適切な利用なども問題視する(表2参照)。こうしたビジネス慣行には、既にFTC法などに基づいて企業の取り締まりに動いている。例えば2023年8月には、AIを使って電子商取引で高収益を得られると根拠なく主張することで消費者から資金をだまし取ったとして、米国企業とその幹部を提訴した。最終的に同幹部らには類似サービスの提供禁止や2,000万ドルを超える資産の引き渡しなどが科された。FTCのリナ・カーン委員長は、「AIだからといって法令の適用除外はない」との立場を明確にし、「ニューヨーク・タイムズ」紙(2023年5月3日)への寄稿でも、FTCは「急速に発展するAI分野によって前面に押し出された課題を扱う法的権限を十分に備えている」と強調した。

表2:FTCが問題視する主なAI関連のビジネス慣行
慣行 内容
差別や偏見 人種差別などを助長するアルゴリズムの利用は、不公正または欺瞞(ぎまん)的な慣行を禁じるFTC法の適用対象になる。
誇大宣伝 AI搭載製品の機能に関する虚偽または根拠のない主張は、FTCによる取り締まりの対象。
ディープフェイクによる詐欺 詐欺や恐喝などに利用されるAIツールの製造・販売は、たとえそれが意図していない場合でもFTC法上の不公正または欺瞞的な慣行に該当する可能性あり。
不公正な競争 生成AIに不可欠な要素(データ、人材、計算リソースなど)を少数の企業が支配することで、市場での競争を弱めたりゆがめたりする可能性がある。
プライバシー侵害 事前に同意を得ずにAI開発などに消費者データを利用することは、FTCによる取り締まりの対象になり得る。

出所:FTCの企業向けガイダンスから作成

既存権限の範囲内で、新たなルール作りも進んでいる。FTCは2024年3月、企業や政府機関へのなりすましを禁止する規則の改定案について、意見公募を始めた。個人へのなりすましも禁止するほか、なりすましに悪用されると知りつつ企業がAI製品・サービスを提供することも禁じる方針だ。カーン委員長は規則改定の背景に、ディープフェイクなどを用いた詐欺の増加を挙げた。

産業界は規制に賛意も統一ルールを望む

政府によるルール形成の必要性には、産業界もおおむね賛同している。オープンAIのサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)は2023年5月の議会公聴会で、最先端のAIモデルの開発に安全性要件を定めることなどを提起した。米国のテクノロジー企業などで構成する情報技術産業協議会(ITI)は政権に対し、機密情報を保護しつつ、AIシステムの利用者にその正確性などを情報開示する仕組みづくりを提案している。一方、規制機関の新設などを巡っては、産業界でも意見が分かれているようだ。

産業界が懸念するのは、連邦議会での議論が滞る中で、各州が独自規制に動くことだ。ソフトウエア企業の業界団体BSAの分析によると、2024年2月までに40州以上で計400本を超えるAI関連法案が提出された。このうち半数近くが、ディープフェイク対策に関わる法案という。AI企業が多く集まるカリフォルニア州でも、AIモデルの開発に当たってサイバーセキュリティー対策を義務付ける法案などが審議されているほか、州政府が生成AI製品の調達ガイドラインを定めた(2024年3月29日付ビジネス短信参照)。米国商工会議所は、州ごとにルールが異なる「規制のパッチワーク」が、とりわけ中小企業にとって法令順守の負担を重くし、イノベーションを阻害する要因になると警告している。

AI分野で圧倒的な存在感を示す米国でのルール形成は、同国内だけでなく世界のビジネス現場に影響を与える公算が大きい。米国政府は同盟・パートナー国との政策協調を進めつつ、自国産業界を巻き込んで世界のモデルとなり得る規制のあり方を追求していく見通しだ。


注1:
AIの責任ある開発・利用を巡っては、トランプ大統領も2020年12月の大統領令外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますで連邦政府機関が順守すべき諸原則(「米国の価値観の尊重」や「安全・安心・強靭(きょうじん)性」など)を定め、行政管理予算局(OMB)に対し同原則を実施するためのガイダンスを策定するよう指示していた。そのため、バイデン政権が初めてAIの倫理的側面に焦点を当てたわけではないことに留意。
注2:
大統領令で、AIは「人間が定義した所定の目的のために、現実または仮想環境に影響を与える予測、推奨、または決定を行うことができる機械ベースのシステム」と定義されている。
注3:
OMBは大統領令に基づいて2024年3月に発表した政府のAI利用に関する指針(2024年3月29日付ビジネス短信参照)で、連邦政府のAI調達におけるリスク管理のための一連の勧告も明記した。OMBは今後、政府契約がこれらの勧告に合致していることを確実にするための措置を講じる予定。
注4:
バイデン政権が2024年3月に発表した2025会計年度(2024年10月~2025年9月)の予算教書では、大統領令の実施などのために30億ドル以上を充てた。これにはAI安全研究所(AISI)を含む商務省向けの予算(6,500万ドル)などが含まれる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
甲斐野 裕之(かいの ひろゆき)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部対日投資課、海外調査部米州課、ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕を経て、2024年2月から現職。