ドバイで高まる日本産水産物の評価と将来性
現地の日本食シェフに聞く
2024年3月28日
アラブ首長国連邦(UAE)は中東地域有数の水産物消費国であり、カナダ農務・農産食品省の調査によると、最大でその9割を輸入に依存している。日本産水産物の輸入量が年々増加していることに加え、中東の商都であるドバイを中心に日本食レストランの出店も相次いでおり、UAEでは近年、日本産水産物の存在感が高まっている。そのような中、中東最大級の食品総合見本市である「ガルフード(Gulfood)2024」のサイドイベント「トップテーブル(Top Table)」(注1)に登壇した、ドバイの有名日本食レストラン 「Zuma」の元ヘッドシェフであるパウエル・カザノウスキ(Pawel Kazanowski)氏に、ドバイにおける日本産水産物の現状や評価などについて聞いた(インタビュー日:2024年2月20日)。
中東有数の水産物消費国であるUAE
UAEは、中東地域有数の水産物消費国である。国連食糧農業機関(FAO)によると、UAEにおける2020年の1人当たり年間水産物消費量は26.5キログラム(kg)と、日本(44.9kg)には及ばないものの、世界平均(20.2kg)を上回っている(図1参照)。またUAEの特徴として、人口における外国人比率の高さが挙げられる。IMFによれば、UAEの人口は2023年時点で約1,006万人であるが、CIA World Factbookによると、UAEは総人口の12%がUAE人で、残りの88%が外国人とされている(2015年推計値、図2参照)。その外国人の出身国の一部が水産物消費量の多い国であるという点も、水産物消費の下支えとなっていると言えよう。UAE在住者の構成国のうち、上位に位置するエジプトやバングラデシュ、フィリピンの1人当たり年間水産物消費量は世界平均を上回っており、エジプトは25.7kg、バングラデシュは26.3kg、フィリピンは28.4kgとなっている。
UAEにおける水産物消費動向について、ガルフードに来場していた現地関係者は「アジア系住民による一定量の消費に加え、近年はアジア系以外も若者を中心に健康志向が広がっており、水産物への注目は高まっている」とコメントし、今後も高い需要の伸びが期待されている。
グローバル・トレード・アトラス(GTA)によれば、2022年における水産物輸入金額は総額約7億680万ドルで、2017年(約5億7,539万ドル)と比較すると2割以上増加している(図3参照)。UAEの主な水産物輸入相手国はインドやノルウェーで、日本は20位に位置している。日本の財務省貿易統計によると、日本からUAEへの水産物輸出金額は9億767万円(2023年)で、品目別の内訳を見ると、ブリ、マグロ、ホタテが中心となっており、全体の約6割を占めている(図4参照)。
高まる日本食レストランの評価
日本産水産物を使ったメニューとしては、一般的に寿司(すし)や刺し身などが挙げられるが、近年ドバイでは、これらのメニューをはじめとした日本食を扱うレストランが年々増加している。ドバイの日本食レストランは、2016年時点で200店程度と言われていたが、2023年には約330店まで増加している。また、英国の食品関連出版社であるウィリアム・リードが発表した「2024年版中東・北アフリカのベストレストラン50(Middle East& North Africa ’s 50 Best Restaurants 2024)」(注2)によると、中東・北アフリカ地域のレストランの中でも「ベスト」とされている全50店のうち18店がドバイに立地し、その約3分の1に当たる7店舗が日本食を扱うレストラン、または日本食に影響を受けたレストランとなっており、日本食全体の評価の高まりがうかがえる。
ジェトロは、2024年2月19~23日にドバイで開催された中東最大級の食品総合見本市である「ガルフード2024」(2024年2月29日付ビジネス短信参照)で、世界的に有名なシェフが料理のデモンストレーションや試食を行うサイドイベント「トップテーブル」に初めてメインスポンサーとして参加し、北海道産ホタテなど日本産水産物のプロモーションを行った。ドバイのトップシェフの1人であるであるカザノウスキ氏を起用し、バイヤーやシェフ向けにホタテの魅力や解凍方法を始め、調理方法のデモンストレーションを行った(2024年3月5日付ビジネス短信参照)。
同氏に、ドバイにおける日本食の現状やトレンド、日本産水産物の評価や今後への期待について聞いた。
- 質問:
- 日本産水産物はドバイにおいてどのように食べられているか。
- 答え:
- 欧州のようにグリルで焼いた料理が一般的だが、5年ほど前からは刺し身など生の魚を多く食べるようになってきたと感じている。特に日本産水産物は、地元の人から安全だと思われていることから積極的に生で食されており、ドバイでこのような食文化の変化が起こっているのは日本産水産物の安全性のおかげだと思っている。
- とはいえ、家庭ではまだ刺し身の調理法が知られていないので、人々は日本食レストランに行くのだと思う。ドバイには日本食レストランがたくさんあり、近年その数がどんどん増えている。これは、ドバイの人に日本食が健康や身体によく、おいしい食べ物だと知られている証拠だろう。
- 質問:
- 日本産水産物が刺し身や寿司以外に生で食されることはあるか。
- 答え:
- カルパッチョは人気だ。ポン酢やトリュフオイルをかけたものは評判が良い。ただ、消費者の多くは濃い味の食べ物が好きなので、日本人には受け入れられないような食べ方や味付けを好むことがある。その1つが西洋スタイルの巻物だ。サーモンや牛肉、鶏肉などを使った巻き物を多く見かける。味付けの面では、個人的には日本産水産物は本当に素晴らしいので、ぜひとも素材の味を味わってほしいと思っている。日本人が食べるようにシンプルな味付けで提供したいのだが、私の思いとは裏腹に多くの消費者は、それでは足りないということで醤油(しょうゆ)をたくさんかけてしまう。自身が以前勤めていた店でも、醤油や塩をより多くかけて提供していた。日本人が食べたら塩辛くて食べられないだろう。
- 質問:
- 日本産水産物と他国産のものにはどのような違いがあるか。
- 答え:
- 水産物に限らず、多くの農産物において日本産が一番だと思っている。私は何度も日本の生産現場を訪れたことがあるが、日本の生産現場では、農産物をただ育てるのではなく、野菜であれば、きれいな形・大きさとなるよう適切な水分量や日光を与える。和牛であれば、牛にストレスがないような環境づくりを徹底することで、より良い生育を促すような環境づくりにこだわる。一方、欧州の多くの国ではそこまでのこだわりは見られず、ただ単に早く大きく育てばよい、という考えの生産現場が多いと思う。日本の農産物は「質」にこだわっていると感じており、これが日本産と他国産の大きな違いだと思っている。
- 水産物については、例えばマグロの場合、海外では赤身、中トロ、大トロなど部位別に価値がつけられることない。マグロの正しい取り扱い方が理解されないまま、ただの魚として取り扱われている。一方、日本人は魚のさばき方や流通に至るまですべての面について正しく理解している。そのため、レストランや家庭で料理する際、我々は完璧な状態の魚と出会うことができるのだ。
- 質問:
- 日本産水産物は、ドバイの市場においてどの層をターゲットとすべきか。
- 答え:
- 基本的には欧米人向けだろう。ドバイには多国籍企業が進出し、高所得の欧米人が多く、かつ外食文化が根付いている。また、近年はUAE人にも変化が生まれてきている。彼らも欧米人同様に外食を好むことに加え、数年前までは保守的な文化だった。近年は外でパーティーを開くなどの変化が見られる。UAE人は欧米の文化を受け入れようとしており、新しいものを受け入れる風土が出来上がってきている。このような風潮から、ドバイは今やロンドンやニューヨークのような「食の都」にどんどん近づいてきていると感じている。
- 質問:
- カザノウスキ氏はシェフとして、どの日本産水産物を使用してきたか。
- 答え:
- マグロやホタテに加え、ブリやスズキなども使用したが、主な顧客層である欧米人は魚、とりわけ白身魚同士の味の違いの判別が苦手だと感じる。私は彼らにその違いを理解してもらうべく、試食などを通じて多くの白身魚を提供した。中には価格の高さゆえ、メニューに入れても食べてもらえないことがあるなど苦労は多かったが、私は一貫して顧客の「教育」に取り組んでいる。顧客は徐々に「マグロ、サーモン」を好むフェーズから成長しているように思うが、成長の度合いは遅い。これはドバイにおいて日本産水産物を扱うシェフ全体で考えなければいけないことだと思う。ただレシピに沿って作るだけではなく、日本産水産物をお客さんにきちんと理解してもらうよう熱意を持って努力をするシェフが増えてくれればよい。
- 質問:
- 今回のトップテーブルでは日本産のホタテを使用したが、その感想は。
- 答え:
- フランス産やアイルランド産のホタテも過去に使用したことがあるが、やはり日本産がベストだ。香りがよく、味わいも素晴らしいのが大きな理由だが、それは日本が水産物の扱い方にたけていることによる。ホタテの関連従事者はその正しい扱い方を全て知っており、凍結・解凍から提供までの時間、コールドチェーンに至るまで完璧だ。かつて欧州で働いていたとき、欧州産の冷蔵殻付きホタテを使用していたことがあるが、流通面の問題からか、満足できる品質でないことがしばしばあった。その点、日本産でそうした問題が起こったことはなく、日本産のほうが冷凍であっても圧倒的に品質がよいと感じている。
- 質問:
- ホタテをどのようなメニューで取り入れたことがあるか。
- 答え:
- 刺し身、寿司、カルパッチョはもちろんだが、個人的にはホタテをはちみつ、梅干しと合わせてバター焼きにした料理が気に入っている。日本の皆さんもぜひ試してほしい。このコンビネーションは最高だ。
- 質問:
- 今後、日本産のホタテがドバイに広がっていくにあたり、懸念点は。
- 答え:
- 日本産のホタテはとても品質が良いので、価格と品質のバランスは忘れないでほしい。中には、大規模なホテルチェーンなどで、品質への理解が薄い管理部門の人が不当に値下げを求めてくることがあるかもしれないが、それに負けてはいけない。ドバイの消費者が品質をより理解するようになれば、適正な価格を支払うことにきっと抵抗はないはずだ。
- 質問:
- ドバイ以外の中東の都市においては日本産水産物やホタテをどのようにアプローチすべきか。
- 答え:
- ドバイと、アブダビやリヤドなどの他の都市を比較すると、ドバイは大きく進んでいると言える。その他の都市では外食文化もドバイほど広がっておらず、いまだに大皿に盛られたライスやチキンを中心とした伝統的な食事が大半だ。現状では、ドバイと同じように市場に入り込むのは難しいだろう。
カザノウスキ氏のインタビューの最後の質問で語られた、中東地域におけるドバイのポジションについて、あるドバイの日本食レストランの料理長は「ドバイは様々な人種が存在しており、中でも高所得者層の多くは、ドバイに居を構えつつ世界各国を渡り歩き、グローバルに働いている。つまり、ドバイにおいて日本食を広めることは、世界各国に日本食を広めていることと同じ意味を持つ」と分析している。このようにドバイは、日本産水産物を普及させることにおいて、世界的に重要な位置づけを持つ都市であり、日本企業にとっても販路開拓を考えるにあたり重要な都市であると言える。
- パウエル・カザノウスキ氏
- ポーランド出身。英国ロンドン市内の日本食レストラン「Yoshino」でキャリアを開始し、2006年にロンドンの「Zuma」に加入した後、2008年にドバイ店に異動、2013年からはアブダビ店のヘッドシェフを務めた。2015~2016年はラスベガス、ローマ、ニューヨーク、マイアミなどの新店舗開店に従事した後、2016年からはMET(中東・トルコ)地域のエグゼクティブ・シェフに就任。日本には度々訪問経験あり。現在はZumaから独立し、自身のレストランを開店準備中。
- 注1:
- 世界的に有名なシェフが料理のデモンストレーションや試食を行うサイドイベント。ジェトロは今回初めてメインスポンサーとして参加し、ドバイのトップシェフであるカザノウスキ氏を起用して、北海道産ホタテなど日本産水産物のプロモーションを行った。
- 注2:
- ドバイに限らなければ、日本食を扱っているレストラン、または日本食に影響を受けたレストランは13店ランクインしている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ農林水産食品部商流構築課
佐藤 宏樹(さとう ひろき) - 2014年、農畜産業振興機構入構。調査情報部南米担当、農林水産省出向、経理部経理課勤務を経て2023年7月からジェトロに出向し現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ドバイ事務所
高橋 建朗(たかはし けんろう) - 1997年、農林水産省入省。2022年6月からジェトロに出向し現職。