生産拡大が進む英国産「Wagyu」の評価と将来性

2024年10月29日

「和牛」は、本来的には日本固有の牛の品種を意味する。しかし現在は、海外でも広く生産され、「Wagyu」として流通している。英国のWagyuは、30年ほど前にオーストラリアや米国を経由して、和牛の生体および遺伝資源が英国内に輸入されたことによって広まったとされている。以降、独自に発展を続けてきたが、海外産Wagyu生産国として高い知名度を誇るオーストラリアにおけるWagyuの協会(AWA:Australian Wagyu Association)の取り組みを参考に、2014年、英国Wagyu生産者協会(British Wagyu Breeders Association、以下WBA)が設立された(2020年8月25日付地域・分析レポート参照)。

また、2023年における英国産Wagyuの出生頭数は、前年の1万7,083頭から倍増して3万5,550頭になるなど、英国におけるWagyuの存在感は年々高まっている(2024年2月22日付ビジネス短信参照)。

本稿では、日本産和牛と同じ「Wagyu」の名を持ち、かつ英国の牛肉市場で急速に成長を続ける英国産Wagyuの需給動向を明らかにするとともに、その市場における評価や将来性について報告する。

なお、本稿では、日本が原産地でないものを「Wagyu」と表記し、日本の「和牛」とは区別することとする。

英国産Wagyuの概要

WBAによると、英国産Wagyuの定義はAWAによるオーストラリア産Wagyuの定義と同一であり、WBAは全てのWagyu製品に、英国産Wagyuの定義を記述するよう推奨している(表1参照)。

表1:英国産Wagyuの定義
カテゴリー 和牛遺伝子
交配割合
定義
クロスブレッドWagyu F1 50%以上 例:フルブラッドWagyuの種雄牛に他品種の雌牛を掛け合わせたもの
クロスブレッドWagyu F2 75%以上 例:フルブラッドWagyuの種雄牛にF1の雌牛を掛け合わせたもの
クロスブレッドWagyu F3 87%以上 例:フルブラッドWagyuの種雄牛にF2の雌牛を掛け合わせたもの
ピュアブレッドWagyu F4 93%以上 例:フルブラッドWagyuの種雄牛にF3の雌牛を掛け合わせたもの
フルブラッドWagyu 100% 日本の和牛に由来する祖先を持ち、フルブラッドWagyu同士を掛け合わせたもの

出所:WBA

カテゴリー別の飼養頭数の統計は存在しないが、WBAが掲載する環境・食料・農村地域省傘下の英国畜牛移動サービス(British Cattle Movement Service:BCMS)の発表によると、2023年における出生頭数において、Wagyu純粋種が2,203頭、Wagyu交雑種が3万3,347頭となっており、Wagyuの9割以上が交雑種である(図1参照)。交雑種の交配については、日本同様、ホルスタインなどの乳用種の雌にWagyuの純粋種の精液を掛け合わせる形が一般的である。Wagyuの9割以上が交雑種である背景には、Wagyu交雑種の生産が、生産者の経営改善に寄与することがあるとされている。乳用雌牛が生乳生産を行うために子牛を出産する必要がある中、Wagyuと掛け合わせると、同じ乳用種同士の掛け合わせより初産における母体への負担を軽減することができる上に、Wagyuとすることで子牛の価値を高めることができる。

WBAによると、英国産Wagyuのライフサイクルは、次のとおりである。酪農家で誕生したWagyuは、生後2~4週で育成農家へ販売され、そこで5~6カ月齢まで育成される。その後、牧草肥育農家へ移り、春から秋までは放牧で、冬期は牛舎で肥育される。牧草肥育農家で約19~20カ月齢まで肥育された後、穀物肥育農家にて24カ月齢程度まで肥育された後にと畜場へ出荷される(図2参照)。英国産Wagyuはその肥育期間の多くを牧草中心で肥育されており、これは日本産和牛とは大きく異なる点である。

図1:英国産Wagyuの出生頭数(2023年)
94%にあたる3万3,347頭が交雑種、6%にあたる2,203頭が純粋種。

出所:WBAのデータを基にジェトロ作成

図2:英国産Wagyuのライフサイクル
酪農家で誕生したWagyuは、生後2~4週で育成農家へ販売され、そこで4~5カ月間育成される。その後、牧草肥育農家で13~14カ月肥育された後、穀物肥育農家にて4~5カ月間、24カ月齢程度まで肥育される。

出所:WBAへのヒアリングに基づきジェトロ作成

英国産Wagyuの需給動向

まず、牛肉全体の需給動向を概観する。2023年における牛肉の生産量は前年比2.4%減の90万3,790トンと、前年からわずかに減少した。英国農業園芸開発理事会(AHDB)は、これは、肉用牛の繁殖牛群が減少していることに加え、12月に大雨の影響でと畜頭数が大幅に減少したことにより発生した混乱によるものだとしている。一方、EU諸国と比較すると、フランス、ドイツに次ぐ生産量となっており、欧州全体で見ても英国が主要な牛肉生産国であることがわかる(図3参照)。英国内の需給動向は表2のとおりであるが、特筆すべき点は、2023年の1人当たり牛肉消費量が15.7キログラム(kg)と、同年の日本の9.7kg(出所:農林水産省 食料需給表)を大きく上回っていることである。英国ではローストビーフをはじめとした伝統的な英国料理がいくつかあり、日曜日には「サンデーロースト」という、ジャガイモや野菜などの付け合わせとともにローストビーフ中心のブランチを食べる食文化が存在するなど、伝統的な牛肉消費国としての一面が色濃く表れている(写真1参照)。


写真1:サンデーロースト(ジェトロ撮影)
表2:英国牛肉需給動向の推移
項目 2019年 2020年 2021年 2022年 2023年
生産量(1,000トン) 917.1 936.7 909.5 926.4 903.8
輸入量(1,000トン) 317.2 307.1 321.5 297.4 288.2
輸出量(1,000トン) 167.1 147.7 131.7 153.5 132.0
消費量(1,000トン)(注2) 1,067.2 1,096.1 1,099.3 1,070.3 1,060.0
1人当たり消費量(kg)(注3) 16.0 16.4 16.4 15.8 15.7

注1:枝肉重量ベース。
注2:消費量=生産量+輸入量ー輸出量。
注3:1人当たり消費量は消費量÷人口。2023年の人口は未発表のため、2022年推計値6,760万人で計算。
出所:英国国家統計局

図3:欧州各国の牛肉生産量(2023年)
フランス130万トン、ドイツ100万トン、英国90万トン、スペイン70万トン、イタリア62万トン、アイルランド60万トン、ポーランド52万トン、オランダ44万トン、トルコ41万トン、ベルギー24万トン、オーストリア21万トン。

出所:eurostat,英国統計局

英国産Wagyuの需給動向について、WBAによると、英国産Wagyuのほとんどが英国内で消費されており、輸出は中東や香港向けにごくわずかにある程度とのことだった。つまり、生産量イコール英国内流通・消費量とみなすことができる。

2023年の英国産Wagyuの出生頭数は、前年比約2倍で、2019年と比較すると6倍強と大幅に増加している(図4参照)。WBAによると、この要因は、前述の母体負担軽減や経営改善のメリットを狙って、酪農家が子牛生産を乳用種からWagyu交雑種に切り替えたことが大きい。一部の大手Wagyu生産企業は、Wagyuの精液を用いて生産された生後2~4週間の交雑種の子牛を、1頭につき200ポンド(約3万8,600円、約1ポンド=193円)程度で酪農家から購入しているという。加えて当該企業は、専門家による繁殖面での指導とサポートも実施しており、酪農家への手厚いサポート体制を敷くことで、出生頭数の増加につなげている。

また、BCMSのデータによると、2023年のWagyuおよびその交雑種のと畜頭数は1万1,289頭である。これに英国国家統計局(ONS)が発表している平均枝肉重量を乗じることで、英国産Wagyuの生産量は約3,600トンと推計される。牛肉全体の生産量と比較すると1%にも満たないが、前述のとおり英国産Wagyuの出生頭数は年々増加しており、今後も生産量増加が予想される。

また、生産量の増加およびそれに伴う販売先の拡大について、英国産Wagyuを取り扱っている卸売企業に尋ねたところ、「レストランやブッチャーに卸している高級部位だけでなく、ひき肉やバーガー用のパテになるような部位まで幅広く英国産Wagyuは人気であり、その需要は年々高まっていると感じている。そのため、現在さらなる取扱量の拡大を図るべく、Wagyu生産企業と連携して、新たにWagyuを生産してくれる農場を探しているところであり、良いパートナーが見つかればすぐにでも取扱量を拡大したいと考えている」と語った。

図4:英国産Wagyuの出生頭数の推移
2019年6,000頭、2020年9,000頭、2021年1万3,0000頭、2022年1万7,000頭、2023年3万5,000頭。

出所:WBA

英国産Wagyuの格付け

英国では、1週間に150頭以上をと畜する牛肉パッカー(食肉処理加工業者)は、英国政府が定める牛枝肉分類(Beef Carcass Classification(BCC))に基づき枝肉を登録・分類しなければならない。分類は、「枝肉の形態」を輪郭のふくよかさの良い順からE、U、R、O、Pの5段階で、「枝肉の脂肪の付着具合」を脂肪の付着がほとんどないものから順に1、2、3、4、5の5段階で評価することとなっている。

AHDBは、この分類に対応する市場の需要を示すマーケット・シグナル(図5参照)という指標を公表しており、市場でより高値で取引される緑色の部分を狙って生産するよう生産者に呼び掛けている。

図5:マーケット・シグナル(AHDB)
市場の需要を緑色、黄色、赤色で示している。緑色が一番評価が高く、次に評価が高いのが黄色、赤色が一番評価が低い。

出所:AHDBホームページ

ただし、WBAによると、英国産WagyuはBCCに基づく分類もされるが、価格設定においてはこの結果は考慮されないとのことである。これは、BCCでは脂肪の付着具合が高い英国産WagyuのほとんどがMarket Signalのレッドゾーンに分類され、Wagyuにおいては正しい評価がなされないためである。英国産Wagyu市場では、AWAでも採用されている格付けシステムを踏襲し、脂肪交雑を0から9までの等級で評価しているという(図6参照)。また、英国産Wagyuをと畜する食肉処理場では、ミート・イメージ・ジャパン(Meat Image Japan、MIJ)という枝肉撮影システムを使用して、脂肪交雑度合いを測定している(写真2参照)。

図6:オーストラリア牛肉の脂肪交雑基準
脂肪交雑を0から9までの等級で評価している。

出所:オーストラリアの格付機関オズ・ミート(AUS-MEAT)「オーストラリア牛肉の枝肉評価」


写真2:MIJによる測定の様子(WBA提供)

WBAによると、英国産Wagyuの場合、枝肉の約60%が5~6等級、20%が3~4等級、残りの20%が7~9等級に分類されるという。一般的に、3等級の取引価格をベース価格として、4等級だと+10ペンス(=0.1ポンド)/kg、5等級だと+20ペンス/kgといった形で、9等級まで段階的にプレミアムが付与されていく仕組みとなっている。これについて、WBAは「英国の消費者は伝統的に赤身肉を好む傾向があるが、我々は9等級が最も素晴らしい牛肉であると理解しており、よりプレミアムなWagyuを生産していくため、生産者が9等級を目指して生産するようモチベーションを上げていきたいと考えている」と語った。

英国市場におけるWagyuの評価

英国内における英国産Wagyuの評価は高い。英国産Wagyuが英国内で広く食されるようになってから10年以上経過していることもあり、消費者から英国産Wagyuは高級牛肉として一定の認知がなされている。ロンドン市内においては、高級スーパーマーケットやデパート、ステーキレストランやオンラインショップなどで英国産Wagyuを目にすることができる。加えて、2020年にドイツ系のディスカウントスーパーであるアルディ(ALDI)が、また、2023年に高級スーパーマーケットであるウェイトローズ(Waitrose)が、それぞれ英国産Wagyuの取り扱いを開始したことで、その知名度が大きく上がったとされている。

2024年5月には、WBAの会員で、ALDIとパートナーシップを締結している英国最大のWagyu生産企業であるWarrendale Wagyuが、「これまで副産物であった乳用種の子牛に付加価値を与えるなど、持続可能な食肉・酪農産業に貢献した」との理由で2024年英国国王賞イノベーション部門を受賞しており、今後のさらなる消費拡大が見込まれている。

英国産Wagyuを取り扱っている卸売企業は、英国産Wagyuの特長について「他国産Wagyuと比較して、国外輸送がない分、より環境にやさしく、味も他国産Wagyuよりコクや風味があっておいしいと思う」と語った。加えて、英国産Wagyuを取り扱っている精肉店の店主に取材をしたところ、「英国産Wagyuは赤身肉として最高の商品であり、日本産の和牛とは異なるおいしさがあると考えている。赤身を好む英国人にとっては、プレミアムな牛肉の最上級が英国産Wagyuだと思う」と話し、英国産Wagyuへの信頼感がうかがえた。

一方、英国産Wagyuの課題について、前述の卸売企業は、(1)パッカーの技術不足、(2)取扱部位の付加価値向上の2点を挙げた。(1)について、Wagyuの取り扱いに慣れていない一部のパッカーは、卸売企業が求めるレベルのカッティング技術を満たしておらず、不満を感じることが多いとのことだった。(2)については、英国のスーパーマーケットで販売される部分肉が、ステーキカットやローストビーフ用のブロック肉に限られ(写真3参照)、その他の部位はひき肉やハンバーガー用のパテに加工されてしまっていることから、英国では牛肉の多様な部位を消費する文化が根付かなかったという。そのため、英国産Wagyuにおいても、本来もっと付加価値をつけることができる部位もパテなどに回されている現状があり、それを改善できれば、産業としてさらに成長が期待できるだろう、と語った。

写真3:スーパーマーケットでの牛肉販売の様子(2024年9月にロンドン市内小売店にてジェトロ撮影)
注1:赤枠内は、ステーキカット。青枠内は、挽(ひ)き肉。黄枠内は、ミートボール、バーガー用パテ。緑枠内は、ローストビーフ用もも。
注2:そのほかの商品は、仔(こ)牛肉、加工品(ミートプディンクなど)。
注3:味付け肉、ソーセージなどは別の棚に陳列。

英国における市場価格

小売店などにおける英国産Wagyuなどの価格の調査結果を表3に示す。

表3:小売店などにおける牛肉の価格
取扱店舗 種類 部位 カット 単価
(ポンド/kg)
単価
(円/100g、1ポンド=約195円)
ロンドン市内高級デパート 日本産和牛 ヒレ ステーキ 775.00 15,113
日本産和牛 ストリップロイン ステーキ 600.00 11,700
豪州産Wagyu リブアイ ステーキ 320.00 6,240
豪州産Wagyu ストリップロイン ステーキ 300.00 5,850
ロンドン市内高級ブッチャー 日本産和牛 リブアイ ステーキ 288.00 5,616
日本産和牛 サーロイン ステーキ 288.00 5,616
英国産Wagyu サーロイン ステーキ 113.00 2,204
英国産Wagyu デンバーカット ステーキ 72.00 1,404
英国産牛肉 ヒレ ステーキ 77.50 1,511
英国産牛肉 リブアイ ステーキ 56.00 1,092
ロンドン市内オンラインショップ 日本産和牛 リブアイ ステーキ 236.67 4,615
日本産和牛 ストリップロイン ステーキ 236.67 4,615
英国産Wagyu リブアイ ステーキ 106.67 2,080
英国産Wagyu ストリップロイン ステーキ 130.00 2,535
スーパーマーケット(ALDI) 英国産Wagyu デンバーカット ステーキ 16.63 324
英国産Wagyu ショルダーブレード ステーキ 16.63 324
英国産牛肉 ランプ ステーキ 15.04 293
英国産牛肉 サーロイン ステーキ 21.98 429

出所:ジェトロによる調査(2024年9月上旬時点)

小売店などにおける牛肉の価格は表3の通りで、表3に示した小売店以外にも複数の店舗を回ったが、郊外ではアルディを除くと、英国産Wagyu、日本産和牛ともに見つけることができなかった。これについて、ロンドン市郊外のバーネット区の精肉店に話を聞いたところ、「英国産をはじめとするWagyuはあまりに高価格で、在庫を持つのがリスクであることから、当店では取り寄せでしか扱っていない。また、家庭用のサイズ(100g単位)では取り寄せておらず、最低取り寄せ数量は5kg前後。品質の良さは知っているが、経営リスクを鑑みると、このやり方を今のところ変えるつもりはなく、注文自体もそこまで多くはないのが現状。英国産Wagyuですらこのような状況なので、それ以上に高価な日本産和牛の取り扱いは今のところ検討していない」と語った。現時点では、英国産Wagyu、日本産和牛ともに、ロンドン郊外での販売促進は価格面から難しく、その需要はロンドン中心部に限定されていることがうかがえた。

おわりに

英国産Wagyuは近年、急速に生産量を増加させており、今後も英国の牛肉市場において存在感が高まっていくものと思われる。その結果、小売店やレストランで英国産Wagyuの商品を見る機会も増えることになろう。

一方、日本産和牛と同じ「Wagyu」の名を持つ英国産Wagyuは、英国の牛肉市場で高品質・高価格でプレミアムなものと評価されているが、純粋種である日本産和牛と、ほとんどが交雑種である英国産Wagyuとでは、種の違いや肥育方法の違いにより、その特徴が大きく異なっている。これについては、WBAをはじめ英国産Wagyu関係者も理解しており、調査に当たってヒアリングした関係者全員が口をそろえて「両者は別物」と話していた。

ウェイトローズで販売されているWagyuソーセージのパッケージには、「和牛は日本発祥かもしれないが、Warrendale Wagyuは英国産にこだわっています(Wagyu beef may have originated in Japan, but at Warrendale Wagyu we’re all about British!)」と記載されており(写真4参照)、英国産Wagyuは自国産であることを前面に出して販売し、自国産を嗜好(しこう)する消費者にアピールしている。日本産和牛の英国での普及と輸出拡大を図っていくためには、こうした市場を理解して取り組んでいく必要がある。


写真4:ウェイトローズで販売されているWagyuソーセージ(ジェトロ撮影)
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
佐藤 宏樹(さとう ひろき)
2014年、農畜産業振興機構入構。2023年7月からジェトロに出向し、農林水産食品部商流構築課勤務を経て、2024年5月から現職。