2024年共和党政策綱領、トランプ政策の実現可能性は(米国)
法制度からの考察

2024年8月9日

米国のウィスコンシン州で、共和党全国大会が7月15日~18日にかけて開催され、ドナルド・トランプ前大統領が同党の大統領候補として、J.D.バンス上院議員(オハイオ州)が副大統領候補として指名された。同時に、共和党の政策綱領が正式に採択された。政策綱領の一部は、トランプ氏自身が執筆したとされており、実際に同氏がこれまで主張してきた内容が全体的に反映されている。ただし、政策方針を実現するための具体的な法律や制度については示されておらず、依然として詳細は不明のままとなっている。そこで本稿では、政策綱領のうち、主に通商分野について、既存の具体的な制度と照らし合わせながら、実際に政策を履行する際の障壁や、バイデン政権の方針との類似点または相違点を検証する。なお、便宜上、2017年から始まったトランプ政権を1期目とし、仮に11月の大統領選挙でトランプ氏が勝利した場合、2025年から始まる政権を2期目と表現する(注1)。

政策綱領では、共和党が大統領選挙で勝利し、連邦議会上下両院で多数派を獲得した場合を念頭に「速やかに達成する20の約束」を挙げ、1番初めに「国境を封鎖し、移民の侵入を阻止する」、2番目に「米国史上最大の強制送還作戦を実行する」を掲げた(参考1参照)。国境封鎖については、綱領の序文でも最初に触れ、トランプ政権1期目で着手した国境の壁建設の再開や不法移民の強制送還を行うと記しており、優先順位を高くして対応するとの意向が読み取れる。不法移民への対応は近年、米国内で大きな課題の1つとなっている。2024年1月に行われた世論調査では、米国が現在直面している最も重要な課題として、「移民」と回答した割合が35%と最多だった。一般的に、大統領選挙の最も重要な争点は経済であるといわれる中、「インフレ」の32%や「経済と雇用」の25%よりも高かった(注2)。

参考1:共和党の政策綱領で示された、速やかに達成する20の約束

  1. 国境を封鎖し、移民の侵入を阻止する。
  2. 米国史上最大の強制送還作戦を実行する。
  3. インフレを終わらせ、米国に再び手頃な価格をもたらす。
  4. 米国を世界有数のエネルギー生産国にする。
  5. アウトソーシングをやめ、米国を製造大国にする。
  6. 労働者に大幅な減税を実施し、チップには課税しない。
  7. 憲法、権利章典、そして言論の自由、信教の自由、武器を所持する権利を含む基本的自由を守る。
  8. 第三次世界大戦を阻止し、欧州と中東の平和を回復し、わが国全土を覆う巨大な米国製アイアンドーム・ミサイル防衛シールドを構築する。
  9. 米国民に対する政府の兵器化を終わらせる。
  10. 移民犯罪の蔓延(まんえん)を阻止し、外国の麻薬カルテルを解体し、ギャングの暴力を止め、凶悪犯罪者を監禁する。
  11. 首都ワシントンを含む都市を再建し、安全で清潔な美しい都市を取り戻す。
  12. 軍隊を強化・現代化し、疑問の余地なく世界最強の軍隊にする。
  13. 米ドルを世界の基軸通貨として維持する。
  14. 定年年齢の変更を含め、社会保障とメディケア(高齢者・障がい者向け公的医療保険)を削減することなく守り抜く。
  15. 電気自動車(EV)の義務化を中止し、高コストで負担の大きい規制を削減する。
  16. 批判的人種論、急進的ジェンダー・イデオロギー、そのほか不適切な人種的、性的、政治的内容を子供たちに押し付ける学校への連邦政府からの資金援助を打ち切る。
  17. 女性スポーツから男性を締め出す。
  18. ハマス過激派を国外追放し、大学キャンパスを再び安全で愛国的なものにする。
  19. 同日投票、有権者の身分証明、紙の投票用紙、市民権の証明など、選挙の安全を確保する。
  20. 新しく、過去最高レベルの成功をもたらし、国を1つにする

出所:2024年共和党政策綱領

米国の労働者と農民を不公正貿易から守る

トランプ氏が大統領在職時から重視し、今回の選挙戦でも繰り返し言及している貿易赤字への対策や対中政策は、20の約束には含まれなかった。他方、政策綱領では20の約束に加え、10項目の政策方針も記された(参考2参照)。そのうち、通商については主に第5章「米国の労働者と農民を不公正貿易から守る」にまとめられ、「共和党は愛国的な米国第一の経済政策を掲げ、米国の労働者、農民、産業を不公正な外国との競争から守るための強固なプランを提供する」と記された。その上で、「貿易のリバランス」「中国からの戦略的独立の確保」「米国自動車産業の救済」「重要なサプライチェーンの米国回帰」「バイアメリカン・ハイヤーアメリカン」「製造業大国になる」の6項目が列挙された。

参考2:10の政策方針

  1. インフレを打破し、全ての物価を速やかに引き下げる。
  2. 国境を封鎖し、移民の侵入を阻止する。
  3. 歴史上最大の経済を構築する。
  4. アメリカンドリームを取り戻し、家族、若者、そして全ての人にとって、再び手の届くものにする。
  5. 米国の労働者と農民を不公正貿易から守る。
  6. 高齢者を守る。
  7. 若者のための素晴らしい仕事と生活につながる、優れた幼稚園から高校(K-12)を育成する。
  8. 政府に良識をもたらし、米国文明の柱を刷新する。
  9. 人民の、人民による、人民のための政治。
  10. 力による平和への回帰。

出所:2024年共和党政策綱領

WTO違反はブレーキにならず

「貿易のリバランス」では、貿易赤字は年間1兆ドルを超えるとし、「共和党は外国製品に対するベースライン関税を支持し、トランプ互恵通商法を成立させ、不公正な貿易慣行に対応する」とした。また、「外国生産者に対する関税が上がれば、米国の労働者、家族、企業に対する税金は下がる」とも記載した。

貿易赤字を通商分野の政策方針の最初に記載したのは、財貿易の赤字を問題視するトランプ氏の主張が反映されているといえる。米商務省によると、2023年の米国の財貿易は国際収支ベースで1兆596億ドルの赤字だった。サービス貿易は2,798億ドルの黒字だが、財とサービスの貿易収支は7,798億ドルの赤字となっている(図参照)。

ベースライン関税については、政策綱領では詳述されていないものの、トランプ氏が公言している全世界からの輸入に一律10%の関税を課すことを指していると考えられる。同様にトランプ互恵通商法は、米国へ輸出する国がある製品に対して課している関税率と同じ関税率を、米国輸入時にも課す法案を指していると考えられる。同盟国も含め一律に関税を引き上げようとする姿勢は、現在のバイデン政権との違いの1つといえるだろう。

図: 財・サービス貿易収支推移(国際収支ベース、季節調整済み)
。貿易赤字は、2006年に7,635億ドルを記録した後、リーマンショックの影響により2009年には3,948億ドルに減少。その後、貿易赤字は再び拡大する傾向にあり、2022年は最高値の9,512億ドルとなった。2023年は輸出(財・サービス)が前年比1.1%増の3兆518億ドル、輸入は3.5%減の3兆8,316億ドルとなった。輸入の減少幅が輸出の増加幅を上回ったことから、貿易赤字額は1,714億ドル減少し7,798億ドルとなった。前年比でみた赤字額の下げ幅は2009年来最大となる 

出所:商務省データを基に作成

なお、新たな関税の導入にはWTO協定との整合性というハードルがある。WTO加盟国は、ある一定率以上の関税を課さないことを約束する譲許税率を定めている。WTOによれば、2022年の米国の譲許税率の平均は3.4%となっており、10%はこれを大きく超えるため、ベースライン関税はWTO協定に抵触する可能性が高い。また、WTOには最恵国(MFN)待遇の原則があり、自由貿易協定(FTA)などWTOで認められている例外に該当しない限り、最も低い関税率を適用している国と同じ関税率を他の加盟国にも適用しなければならない。トランプ互恵通商法は、譲許税率に加え、この点に抵触する可能性がある。しかしながら、WTOの紛争解決機関は、現在、審議に必要な上級委員会の委員を選定できておらず、機能不全に陥っている(注3)。そのため、仮に米国がこれら関税を導入して、他の加盟国がWTO違反だと申し立てたとしても、米国に是正を促すことは難しい状況にある。実際に、1974年通商法301条に基づく中国原産品に対する追加関税や、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税に対する申し立ては、パネルによって、関税および貿易に関する一般協定(GATT)1条(一般的MFN)やGATT2条(譲許表)などに違反するとの判断がでているが、上級委員会による審議は行われていない。加えて、近年の連邦議会はWTOを重視していないとする見方もあり、トランプ政権2期目において、WTO違反であるとの指摘は、これら関税の導入抑止には効かない可能性がある。トランプ氏がこれまで追加関税の導入を繰り返し強く主張してきた経緯や、同氏の支持層へのアピールといった観点も踏まえると、何かしら新たな関税の導入は、実現可能性が高いと考えられる。

なお、サービス貿易については、政策綱領で言及はなく、トランプ政権1期目においても特段、大きな議論はみられなかった。米国内で続く、デジタル貿易を巡る議論についても触れられていない。米通商代表部(USTR)は2023年に、WTOの共同声明イニシアチブ(JSI)会合での越境データフローなどへの支持撤回や、その直後のインド太平洋経済枠組み(IPEF)の閣僚会合でのデジタル貿易の協議先送りなどを決定した。一方で、米国商工会議所は、これらの決定は一部の業界団体や議員の意向に従ったものだとして批判するなど、米国内で意見が割れている(注4)。

PNTR撤回は関税戦争をさらに高い次元に

通商分野の政策方針の2番目に挙げられた「中国からの戦略的独立の確保」では、「中国のMFN待遇を撤回し、必要不可欠な商品の輸入を段階的に停止し、中国による米国の不動産や産業の買収を阻止する」と記した。

米国の関税体系は、恒久的正常貿易関係(PNTR)のステータス(いわゆるMFN待遇)を与えた国など向けの関税率(コラム1)と、それ以外の特定国向けの関税率(コラム2)に分かれている。米国は2001年に、中国のWTO加盟に伴い、同国にPNTRのステータスを与えた。コラム2に該当するのは、2024年7月時点でベラルーシ、キューバ、北朝鮮、ロシアの4カ国のみとなっている。コラム2の関税率はコラム1よりも高く設定されており、例えば自動車(HSコード8703)はコラム1の2.5%に対して、コラム2は10%となっている。ただし、PNTRを撤回し、MFN税率以上の関税率を適用した場合、中国はWTO加盟国であるため、前述のMFN原則に違反する可能性がある。従って、米国の対中輸出においても対抗措置をとられ得ることになり、対中輸入・対中輸出双方向において、高関税が課される状況が想定される。既に301条に基づいて追加関税が課されている上、トランプ氏が公言している中国からの輸入に対する60%の関税も加味すれば、米中間の貿易が高関税にさらされる可能性がある。

米国の不動産や産業の買収阻止については、対米外国投資委員会(CFIUS)を念頭においていると考えられる。米国では、外国企業による米国企業の買収が安全保障へ影響を及ぼすかどうかをCFIUSが案件ごとに審査する。CFIUSが審査によって脅威を認定すれば、大統領に勧告を行い、大統領は取引を阻止するか否かを判断する。CFIUSの権限はトランプ政権1期目から強化されており、2019年に成立した外国投資リスク審査法(FIRRMA)によって、米国企業が保有する機密性の高い技術情報へのアクセスが可能になる場合などは、少額投資であってもCFIUSの審査対象となった(注5)。このCFIUS強化の流れはバイデン政権になっても変わらず、2024年4月には、CFIUSが取引当事者に提出を求められる情報の拡大などを定めた規則案が出された。さらに7月には、59の米軍施設をCFIUSの審査対象に追加するなど、不動産取引の審査対象を拡大する規則案が出されている。従って、共和党の政策綱領にある「中国による米国の不動産や産業の買収を阻止する」との方針は、現在のバイデン政権と同じ路線にあると考えられる。ただし、トランプ政権2期目になれば、中国企業による買収阻止の事例は、現政権が継続するよりも増えるかもしれない。これまでCFIUSの勧告に基づき大統領によって買収が阻止された案件は全部で8件あり、そのうち半数の4件がトランプ氏によるもので、バイデン大統領は1件にとどまる。なお、差し止められた案件は、何らかのかたちですべてに中国が関与している(表参照)。

表:CFIUSの勧告に基づく大統領による買収差し止め事例
実施年 大統領 買収企業国籍 概要
1990年 ブッシュ(父) 中国 中国宇宙航空技術輸出入公司(CATIC)によるシアトルの航空機部品メーカーMAMCOの買収につき、契約解消を指示。買収により輸出規制の対象技術をCATICが入手する可能性があることが理由
2012年 オバマ 中国 中国系企業ロールズ・コーポレーションなどによるオレゴン州の風力発電関連企業4社の買収について、契約解消を指示。ロールズ・コーポレーションが計画していた風力発電事業の所在地が、同州の米海軍訓練施設近くの飛行制限空域内にあることが理由
2016年 オバマ 中国 中国系投資ファンド福建芯片投資基金による米国資産を持つドイツ半導体企業アイクストロンの買収差し止めを指示。議会調査局は、アイクストロン社の技術や実績が軍事転用される可能性が理由との報道内容を紹介
2017年 トランプ 中国 投資ファンドのキャニオン・ブリッジ・ファンド(CBFI)などによる米半導体企業ラティスセミコンダクターの買収の差し止めを指示。CBFIには中国政府関連ファンドが出資しており、買収案件は米国の安全保障の脅威となり得ると判断
2018年 トランプ シンガポール ブロードコムによる米半導体企業クアルコムに対する敵対的買収を阻止。買収された場合、第5世代ワイヤレスネットワーク(5G)技術のリード企業が米国に存在しなくなり、ファーウェイなど中国企業に5Gを支配されるとの懸念に基づき阻止
2020年 トランプ 中国 トランプ大統領は中国IT企業の北京中長石基信息技術(Beijing Shiji Information Technology)に対し、同社が2018年に買収した米同業ステインタッチ(StayNTouch)の売却を命じる大統領令を発表。トランプ政権がステインタッチの保有する顧客情報が中国に流出することを懸念した可能性がある
2020年 トランプ 中国 TikTokを提供するByteDanceとの取引禁止を指示。TikTokが利用者の位置情報や閲覧・検索履歴などを収集し、それらが中国政府に渡ることが安全保障上の脅威となる可能性を指摘。ただしその後、米連邦地裁が表現の自由を害するとして一時差し止め。バイデン大統領が取引禁止を撤回する大統領令を発出。
2024年 バイデン バージン諸島 マインワン・クラウド・コンピューティング・インベストメントが、2022年にワイオミング州の空軍基地から1マイル以内の施設を購入。基地との近接性、購入施設の特殊設備(特殊な暗号通貨のマイニング作業)が安全保障上の懸念に該当。同社は、最終的には中国人が所有する企業とされる。

出所:米政府発表資料、議会調査局(CRS)資料、報道情報などから作成

EV販売割合を定めた大統領令は就任後すぐに撤回される可能性

「米国自動車産業の救済」では、「バイデン政権で課された有害な規制を撤回し、電気自動車(EV)購入義務などを取り消し、中国車の輸入を阻止することによって米国の自動車産業を復活させる」とした。自動車に関係する規則のうち、例えば排ガス規制については、米国環境保護庁(EPA)が2024年3月に、2027~2032年モデルを対象とした温室効果ガス(GHG)と大気汚染物質の排出基準に関する最終規則を発表している。当該規則は2027年モデルから対象となるため、それまでの間に異なる規則の制定などを行うことが考えられる。当該規則に対しては、最終規則の施行により10年足らずで米国市場からほとんどの新型ガソリン車と従来のハイブリッド車が排除されることになるなどとして、一部の業界団体は、EPAに対する訴状を首都ワシントンの裁判所に提出している。

EVについては、バイデン大統領が2021年8月に、新車販売の50%以上を2030年までにEVを含むクリーン・ビークルとする大統領令を発表している。大統領令は、異なる大統領令によって打ち消すことが可能であるため、政策綱領の方針の実現に向けた法律や規則上のハードルは高くない(注6)。トランプ氏は共和党全国大会の大統領候補者指名受託演説で、就任初日にEVを義務化する制度の廃止を述べており、EVなどの販売割合を定めた大統領令は、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)からの離脱のように、就任後すぐに撤廃されるかもしれない。

中国車の輸入規制については、既にバイデン政権がトランプ政権1期目からの路線を引き継ぐかたちで、301条に基づく関税率を100%にまで引き上げると発表している。また、メキシコなど第三国経由でのEV流入を懸念して、2026年に予定される米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の見直しにおいて、自動車原産地規則の一層の厳格化などが既に取り沙汰されている。これらより、EVを巡る環境規制や販売目標は現政権から大きな方針転換があると予測されるものの、中国製EVの流入阻止については、中国からの直接輸入、メキシコなどの第三国を経由した輸入を問わず、トランプ政権2期目でも大きく方針が変わることはないだろう。

CHIPSプラス法には反対する理由が見つからず

「重要なサプライチェーンの米国回帰」では「国家安全保障と経済的安定を確保するとともに雇用を創出し、米国人労働者の賃金を引き上げる」、「バイアメリカン・ハイヤーアメリカン」では「雇用を外部に委託する企業の連邦政府との取引を禁止し、バイアメリカンおよびハイヤーアメリカン政策を強化する」、「製造大国になる」では「米国の労働者を不当な外国との競争から守り、米国のエネルギーを解き放つことで、米国の製造業を回復し、雇用、富、投資を創出する」と記した。

これらの方針は、安全保障上重要な分野での対米投資を促進し、サプライチェーンの強靭(きょうじん)化と雇用創出を同時に目指す、バイデン政権の方針と一致する。例えば、バイデン政権の主要な経済政策の1つであるCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)は、安全保障上重要な製品である半導体のサプライチェーンを強化すべく、米国内での製造拠点や研究開発施設の建設を助成するとともに、米国内での雇用拡大を目的としている。同方針に、トランプ氏が大きく反対する理由は見つからず、トランプ政権2期目になってもCHIPSプラス法は継続されるだろう。ただし、トランプ氏は大規模な減税を公約の1つに掲げている上、共和党は伝統的に小さな政府を志向しており、大型の補助金拠出には慎重だ。従って、CHIPSプラス法については、現時点の枠組みの履行を続ける一方で、いわゆるCHIPS2.0と呼ばれるような、新たな財政出動を伴う補助金プログラムの実現可能性は高くないと考えられる(注7)。

バイアメリカンについては、バイデン政権は強化に向けて、行政管理予算局(OMB)内へのメード・イン・アメリカ室(MIAO)の新設や連邦調達規則の改正などを行っており、共和党の政策綱領が示す方針と大きな違いはないだろう。

一方で、「製造大国」の箇所で触れられている「エネルギーを解き放つ」は、通商に関連したバイデン政権のエネルギー政策の中では、液化天然ガス(LNG)のFTA非締結国向け輸出許可の一時発給停止を指していると思われ、この点は現政権と異なると考えられる。バイデン大統領は、気候変動対策の観点から、燃焼することで二酸化炭素(CO2)を排出するLNGの輸出に一定の制限をかけたとしている。だが、気候変動に懐疑的な立場をとるトランプ氏は「ドリル・ベイビー・ドリル」(注8)の立場に立ち、化石燃料の国内生産拡大を掲げている。また、共和党議員の多くが輸出許可の一時発給停止に反対している。仮に共和党が政権を担えば、LNG輸出の制限は解除される可能性が高いと考えられるだろう。

FTA交渉の再開は通商政策の1つの転換点

共和党の政策綱領では、通商について、前述の第5章に加え、第3章「歴史上最大の経済を構築する」でも触れている。第3章の3点目に「公正で互恵的な貿易取引」として、「米国第一の通商政策を推進し不正を働く国に立ち向かう、外国の外注業者よりも米国の生産者を優先する、重要なサプライチェーンを自国に戻す、米国の通商政策を転換し、米国の生産者を保護する」などと列記されている。おおむね、第5章で述べている点を包括している内容だが、最後に第5章にはない「失敗した協定を再交渉する」と記されている。トランプ氏は、しばしば自由貿易体制を批判する発言をしてきた。だが、1期目でとられた政策をよくみると、FTAそのものには必ずしも反対していないことがわかる。トランプ氏は、以前の政権が交渉し成立させたFTAは「米国民にとって悪い」ものであり、それを再交渉することによって、「米国民にとって良い」協定に作り替えたと主張している。トランプ政権下では米韓FTAが再交渉され、米国はトラックに対する関税25%の撤廃時期を2021年から2041年に延期した。また、米国が韓国に自動車を輸出する際に、米国・連邦自動車安全基準(FMVSS)を満たした車両が、韓国自動車安全基準(KMVSS)を充足したとみなされる台数を、年間2万5,000台から5万台に拡大した。北米自由貿易協定(NAFTA)は米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に改定され、過去のFTAでは類を見ないほど厳しい原産地規則が自動車に対して設定された。トランプ氏は、加盟国以外の「フリーライド」(注9)を阻止する協定に作り替えたとしている。その他にも、日米貿易協定の発効やEUを離脱した英国とのFTA交渉なども、トランプ政権1期目で行っている(注10)。バイデン政権は、市場アクセスを中心とした従来の通商政策から脱却し、サプライチェーンの強靭化や労働者の権利保護を通商政策の中心に据えており、伝統的なFTA交渉は行っていない。そのため、FTAはバイデン政権とトランプ政権とで大きく方針が異なる分野といえよう(注11)。

政策の実現可能性とスピード感の観点を

米国では、議員は政策綱領に拘束されないにもかかわらず、82%の高率で政策綱領に従って投票するという過去の研究結果もあり、今後の党の方針を検討する上で、政策綱領は重要な資料となる。共和党の今回の政策綱領は全体で16ページと少なく、冒頭で述べたとおり具体性に乏しい箇所も散見されるが故、大統領選挙後を見据えさまざまなリスクへの備えを行っている企業は、政策の実現可能性と綱領で示された方針が法制度上実施可能なのか、実現する場合にはどれだけのスピード感で具体化されるのか、といった視点を有しておくことが必要だろう。

なお、大統領には法案提出権限はなく、立法行為を伴う規制の制定や撤廃には、議会の協力が不可欠となる。立法行為にまで至らずとも、既存の規則の無効化などを行う議会審査法(CRA)などの仕組みを利用する場合でも、議会の協力は必須だ(注12)。そのため、政策綱領の実現可能性を図るには、これまでみてきた法制度の面からの考察に加え、選挙後の議会構成についても留意しておくべきだろう。


注1:
なお、本稿は2024年11月の大統領選挙において、共和党の勝利を予測するものではない。
注2:
2,346人の登録有権者を対象に2024年1月17~18日に、ハーバード大学アメリカ政治研究センターおよびハリス・インサイト・アンド・アナリティクスが実施。2023年末から2024年初にかけて、過去最高の不法移民が流入したとされ、そうした状況が反映した可能性がある。
注3:
米国は、1962年通商拡大法232条に基づく鉄鋼・アルミニウム製品輸入への追加関税措置を「戦時その他の国際関係の緊急時」としていたが、2022年にパネルがそれを認定しないと判断したことや、WTO協定上は先例拘束性を有しないにもかかわらず、上級委員会の判断が事実上の先例となり協定解釈を拡大していることなどを問題視している。これらの理由から、米国は上級委の新委員の選任を拒否し、その結果、2019年12月に、上級委員会の委員数が審理に最低限必要な3人を割ったことで機能停止に陥った。
注4:
米国商工会議所は、巨大IT企業による市場独占への反対を主要ミッションの1つに掲げている団体のリシンク・トレード(Rethink Trade)、オープン・マーケット(Open Markets)、パブリック・シチズン(Public Citizen)、およびエリザベス・ウォレン上院議員(民主党、マサチューセッツ州)がUSTRの決定に影響を与えているとする調査結果を発表している(2024年6月6日付ビジネス短信参照)。また、下院監視・説明責任委員会も同様の調査を行っている(2024年7月16日付ビジネス短信参照)。
注5:
それまでは、米国企業が「支配」(control)される取引が、CFIUSの審査対象だった。
注6:
例えば、バイデン大統領は、トランプ前大統領が大統領令で承認したカナダのアルバータ州と米国のネブラスカ州を結ぶキーストーンXLパイプラインの建設計画を、異なる大統領令で撤回した。
注7:
半導体の製造拠点や研究開発拠点の建設を支援する「商務省製造インセンティブ(予算枠390億ドル)」は既に予算枠を消化しており、募集が行われていない。研究開発費の補助などは、引き続き申請を受け付けている。
注8:
もともとは石油採掘を促す、2008年の共和党大会での選挙スローガン。2023年5月にCNNが主催した集会で、トランプ氏が、ガソリン価格を下げるために必要な対策として発言した。
注9:
FTA締結国でなくとも、FTAによる特恵関税の恩恵を受けることを指す。FTAでは、一定の付加価値をFTA締結国で生産することで特恵関税が適用される原産地規則を定める。この域内原産割合が低ければ、結果的に、締結国以外からの供給でもFTAの関税削減メリットを受けることができ、しばしば批判の対象となっている。
注10:
日米貿易協定は、第1段階の協定が、トランプ政権下の2020年1月に発効した。英国とのFTAは、トランプ政権下の2020年5月から交渉が開始されたが、バイデン政権下の2022年3月に、市場アクセスを交渉しない新たな貿易・投資枠組みである「大西洋貿易の未来に関する対話」として新たに進められた(2022年3月17日付ビジネス短信参照)。
注11:
産業界では、市場アクセス交渉を取り扱わず、労働者中心の通商政策に対するフラストレーションがたまっているとみられ、米国経済全体を代表する40以上の業界団体が2024年7月に、バイデン政権に対して、「商業的に有意義な交渉」を追求するよう要請する書簡を送っている(2024年7月17日付ビジネス短信参照)。トランプ政権からバイデン政権に続く米国の通商戦略の変遷については、「NAFTAからTPP、USMCA、そしてIPEFへ‐米国の通商協定戦略と中国の台頭」(2024年2月9日付地域・分析レポート参照)参照。
注12:
CRAの仕組みを用いて過去最も規則を失効させたのは、トランプ政権1期目となっている。CRAの詳細については、「米政権交代時に注目される議会審査法(CRA)‐制度の解説と政策への影響」(2024年5月30日付地域・分析レポート)参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。