サウジアラビア市場における日本産和牛の現在地
2024年8月29日
サウジアラビアに日本産和牛の輸出が始まって1年半が経過した。本稿では、同国の牛肉消費のトレンドと、日本産和牛の普及状況について報告する。
2023年にサウジアラビア市場向け輸出を開始
2023年1月、日本産和牛のサウジアラビア向け輸出が始まった(2023年1月24日付ビジネス短信参照、注)。日本とサウジアラビア、両国政府間で輸出条件や輸出検疫証明書様式に合意したのが、2020年6月。これを受けて2022年10月、三田食肉センター(兵庫県)が初めて、サウジアラビア当局が認めるハラール食肉処理証明書発行機関からハラール認証を受けた。その後、熊本中央食肉センター・杉本本店(熊本県)、にし阿波ビーフ(徳島県)も同様の認証を受け、2024年8月時点で日本国内では3施設がサウジアラビア向け輸出牛肉取扱施設として認定されている。
日本側の統計によると、2023年通年の日本産和牛のサウジアラビア向け輸出額は合計248万ドルだった。品目別には、「かた、うで、もも(冷凍)」が93万ドルで最多。「ロイン(冷凍)」が71万ドル弱で続いた(図参照)。流通しているのは、高額なA5クラスのものがほとんどだ。品目別にみると、生鮮ものも扱われているが、賞味期限が長い冷凍ものが主流になっている。輸入された日本産和牛は国内複数の高級ホテルやレストランのほか、主要都市(首都リヤド、西部ジッダ、東部ダンマン、アルコバールなど)の富裕層向け小売店で販売されている。小売店関係者によると、購入するのは地元富裕層が最多。次いで、欧米の消費者が多いそうだ。
中東地域で既に20年近くにわたって日本産和牛が輸出されてきた国と言えば、アラブ首長国連邦(UAE)がある。そんな同国と比較しても、「ロイン(生鮮)」「ロイン(冷凍)」「かた、うで、もも(冷凍)」以外は、サウジアラビア向けが上回る(表1参照)。当地市場の可能性が大きいことを示すデータといえるだろう。流通関係者によると、王族などを中心に国内富裕層で評価が高い。市内の富裕層向けスーパーマーケットの中には、消費者への訴求を目的に「和牛統一マーク」が置かれている店舗もある(写真参照)。
国名 |
かた、うで、もも (冷凍) |
ロイン (冷凍) |
ばら (冷凍) |
その他 (冷凍) |
かた、うで、もも (生鮮) |
ロイン (生鮮) |
ばら (生鮮) |
その他 (生鮮) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
サウジアラビア | 930,393 | 709,065 | 460,923 | 120,715 | 116,710 | 79,843 | 48,706 | 13,688 |
UAE | 1,144,823 | 3,842,535 | 343,950 | 86,726 | 26,688 | 134,400 | 2,348 | 0 |
注1:2023年に対サウジアラビア輸出実績のあった全品目。HSコード(9桁)に基づく。
注2:日本の財務省貿易統計を基に、GTAの採用した為替レートで換算。
出所:グローバル・トレード・アトラスからジェトロ作成
一方、2024年のサウジアラビア向け輸出をみると、上半期は「ロイン(冷凍)」だけにとどまる。2023年下半期以降、取扱店舗数も減少気味だ。例えば、富裕層向けスーパーマーケット大手「ダヌーブ」の場合、店舗ごとに取り扱いを判断している。複数の卸売・小売店関係者にヒアリングしたところ、「一部の富裕層による日本産和牛の評価は依然として高い」ものの、「高価格がネックで、取り扱いが十分拡大していない」ようだ。
日本産和牛レシピの普及に期待
では、日本産和牛は他国産と比較し、どの程度高額なのか。富裕層向けスーパーマーケットで小売り販売されている「ストリップロイン(サーロイン)」部位で、他国産和牛と比較してみる。
直接競合するオーストラリア(豪州)産WAGYUの高等級のキログラム単価は、399.95リヤル(約1万5,598円、1リヤル=約39.0円)。これに対し、日本産和牛(A5)は1,150リヤルと、3倍近い価格がついていた。また、豪州産アンガス、ブラジル産(当地で最も普及)はそれぞれ210リヤル、77.95リヤルにとどまる。日本産和牛の価格の高さが際立つ(表2参照)。他の主要部位も、2023年時点でほぼ同様の価格差だった。
品目 | 価格(リヤル) | 円貨(円) |
---|---|---|
日本産和牛 | 1,150.00 | 44,850 |
豪州産Wagyu | 399.95 | 15,598 |
豪州産アンガス牛 | 210.00 | 8,190 |
ブラジル産 | 77.95 | 3,040 |
注:いずれも、キログラム当たりの単価。1リヤル=39.0円で試算。
出所:リヤド市内スーパー小売価格(2024年8月時点)からジェトロまとめ
他国産との価格差を考えると、日本産和牛の普及拡大に価格差の縮小が必要なのは間違いないだろう。それだけでなく、業界関係者が加えて指摘する課題が、素材を生かした適切な調理方法(レシピ)の普及だ。
砂漠気候のサウジアラビアでは、食肉として古くから鶏肉、羊肉、ラクダ肉が消費されてきた。ただし近年は、欧米料理の普及に伴い、牛肉ステーキやハンバーガーなどが市民の人気を集めつつある。とはいえ、一般家庭料理で牛肉の普及は発展途上だ。リヤド市内で確認する限り、牛肉を取り扱わないスーパーマーケットもある。調理方法も、ステーキや串焼きなどシンプルなものが多いようだ。ステーキや串焼きとして調理する際には、しっかり焼いて食べるのが一般的で、ステーキハウスなどでもサウジアラビア人は「ウエルダン(Well-done)」で注文する場合が多い(当地ではワインを含むアルコール飲料が認められていないため、外国人でも「よく焼く」傾向がある)。一方、サシが多い日本産和牛の場合、「焼き過ぎ」はうまみを台無しにしかねない。このため、牛肉文化が発展途上ということを含め、日本産和牛の魅力を十分に生かせていないと指摘する声を、業界関係者からよく聞く。
日本産和牛をさらに普及させることを期し価格を引き下げるには、商量を増やして価格引き下げることに加えて、A5クラス以外の肉の需要を増やしたり、ロイン系部位以外の消費を増やしたりすることが近道になる。そのためには、調理方法の普及・啓発が不可欠だ。
新たな調理方法の普及には、レストランなどにメニューを提供していくことが重要になる。しかし、この点でも課題が多い。中東地域のレストラン事情に明るい識者の1人は「UAE(ドバイ)に比べて、リヤドの外食産業ではシェフのレベルが低い。日本産和牛の良さを引き出せる人の数が少ない」という。その裏返しで、リヤド市内で新規に開店した日本食レストランのシェフは、ドバイのレストランで経験を積んだ者が多い。ある高級日本食レストランでは、A5クラスの日本産和牛をバターで焼いて提供しているようだ。シェフが日本産和牛の特徴を理解せず、むざむざうまみを損ねているケースと言えるだろう。
展示会などを通じ普及・啓発を
これまで述べてきたように、日本産和牛の輸出を拡大するための課題は少なくない。しかし、新たな食文化の普及には、そもそも時間を要するのが通例だ。例えばUAEでも、日本からの輸出開始後10年以上が経過した2010年代半ばに、輸出額が大幅に拡大する局面を迎えた。とりわけ、リヤド地域は「食」に保守的と言われている。その浸透には時間を要すると考えるのが妥当だろう。
幸いなことに、業界全体は活況を呈している。例えば、サウジアラビア国内で食品や調理に関して企画される展示会やイベントは増加。豪州、米国、欧州などの食肉業者が積極的に販売促進している。日本産和牛もこうした場を同様に利用し、その魅力や強みをしっかりと訴求していくことが重要になる。
- 注:
- 日本の貿易統計上、1995~1996年にサウジアラビア向けに牛肉の輸出記録が残っている。しかし、実績はこの両年に限られる。また、どのような背景で輸出されたかも不明。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・リヤド事務所長
秋山 士郎(あきやま しろう) - 1995年、ジェトロ入構。ジェトロ・アビジャン事務所長、日欧産業協力センター・ブリュッセル事務所代表、対日投資部対日投資課(調査・政策提言担当)、海外調査部欧州課、国際経済課、ジェトロ・ニューヨーク事務所次長(調査担当)、海外調査部米州課長、海外調査企画課長などを経て2021年11月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・リヤド事務所
林 憲忠(はやし のりただ) - 2005年、ジェトロ入構。市場開拓部、ジェトロ大阪、ジェトロ・プノンペン事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、農林水産部、国税庁、海外調査部中東アフリカ課を経て、2022年8月から現職。