航空産業の脱炭素化に向けて(英国)

2024年4月18日

英国経済では、サービス産業が占める割合が大きい。しかし製造業も、2022年の英国全体の輸出額のうち5割を占めている。こうしてみると、製造業が果たしている役割も大きい。英国政府は、同国経済の成長には製造業の成長が密接に関連しているとして、製造業を積極的に後押ししている。

政府が注力する製造業分野の1つに航空産業がある。本レポートでは、当該産業への支援内容や脱炭素化に向けた取り組みについて、英国企業へのヒアリング(2023年10月12日)なども踏まえて概観する。

重要8分野への支援を発表

英国政府は、英国を先端製造業の研究開発のための最適な場所とすべく、2023年11月に「先端的な製造業戦略(Advanced Manufacturing Plan)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表。同国のビジネス環境と国際的競争力の維持という目標を達成するため、(1)製造業の長期的な未来への投資、(2)国際的な協力およびサプライチェーンの強靭(きょうじん)性の確保、(3)競争力向上のためのコスト削減と障壁の除去、を優先するとした。

同戦略は、それに先立ち発表されていた、製造業に対する5年間で総額45億ポンド(約8,595億円、1ポンド=約191円)の投資計画(2023年11月24日付ビジネス短信参照)により支えられる。対象は、政府が経済成長に向けて特に重要とする8分野〔 (1)自動車、(2)航空宇宙、(3)ライフサイエンス、(4)二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用・貯留(CCUS)、(5)配電網、(6)水素、(7)原子力、(8)風力発電〕だ。(1)~(3)は、英国が世界において先導的な地位にある産業だ。中でも(2)は、(1)とともにネットゼロに向けた世界的な変革を進める上でも、重要性が高い。この分野で最先端であり続けるために、根本的な変化に直面している産業と位置付けることがわかる。(4)~(8)は、ネットゼロに向けた変革を通して、英国が成長機会を捉えるべく投資を行う産業だ。

当地航空宇宙産業の裾野は広い

英国の航空宇宙産業は成熟している。2021年の売上高は224億ポンド、うち輸出が152億ポンド。世界最大を誇る規模だ。経済的中心地のロンドンに限らず、英国全土に関連産業があることも特徴だ。ミッドランド、北西イングランド、南西イングランド、スコットランド、北アイルランド、ウェールズなどにクラスターが構築されている。主要な英国企業として、(1) BAEシステムズ(防衛・航空宇宙産業関連機器)、(2)ロールス・ロイス(航空機・船舶エンジン)、(3)メギット(自動車・航空部品のGKN、装備品、2022年に米国のパーカー・ハネフィンが買収)、などが挙げられる。世界最大級の国際航空見本市「ファーンボロー・インターナショナル・エアショー外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」も、定期開催されている(フランスの「パリ・エアショー」と交互に隔年実施)。2022年には、44カ国から1,200超の企業・機関が出展。102カ国から、約7万5,000人の来場者が訪れた。

持続可能なかたちでこの産業が発展することを目指すため、政府は脱炭素化に向けて取り組みを進めている。脱炭素化に向けた企業の研究・開発・製造を支援するのは、その一例だ。政府系研究機関であるイノベートUK が先端技術の商用化支援を目的として設立した研究開発センター「カタパルトセンター」や、政府が企業や大学と連携して設置した研究施設などを通じた支援がある。そのほか2022年7月には、航空業界が2050年までにネットゼロを達成することを期し、「ジェットゼロ戦略」を発表(2022年7月28日付ビジネス短信参照)。その達成手段として、「システムの効率性」「持続可能な航空燃料(SAF)」「ゼロ排出航空」「炭素市場と温室効果ガス(GHG)除去」「消費者への働きかけ」「CO2以外の排出への対応」の6つを示した。政府は関連機関とともに、それらに資するプロジェクトに資金提供している 。具体的には、(1)回収した二酸化炭素(CO2)と再エネ電力に由来するグリーン水素をSAFに変換する実証(パワー・ツー・リキッド(PtL))〔対象企業:カーボン・ニュートラル・フュエル(SAF開発)〕や、(2)液体水素を燃焼させるジェットエンジンの開発(同ロールス・ロイス)、(3)軽量バッテリーの開発〔同バーティカル・エアロスペース(電動航空機製造)〕、などの実施例がある。

脱炭素化進展に、海外企業・政府との協業を

企業が脱炭素化に資する研究開発や製造を進めるためには、英国内で企業・機関が連携するだけでは足りない。他国企業などとの協業も重要だ。2023年9月、政府はEUの研究開発支援プログラム「ホライズン・ヨーロッパ」への参画について、欧州委員会と政治合意したと発表した(2023年9月11日付ビジネス短信参照)。ホライズン・ヨーロッパは、国際共同研究を支援するEUのプログラムだ。支援分野は、医療、デジタル、宇宙、気候変動・エネルギー、モビリティー、食料安全など、幅広い。英国のEU離脱(ブレグジット)をめぐる対立の中で、EUは英国が同プログラムに参画することに慎重だった。しかし、今回の合意により、英国に拠点を置く科学者や研究機関が「アソシエイト加盟国」になった。すなわち、同プログラムにEU域外から参加できるということだ。条件は、イスラエルやノルウェーなど他のアソシエイト加盟国の研究者と、原則として変わらない。2024年以降、プログラムへ資金申請が可能となり、EUやこれらの国との協力の可能性が開かれた。

英国で水素燃料航空機を開発・製造する企業にヒアリングをしたところ、9月に発表されたこのニュースを歓迎する声が聞かれた(2023年10月聴取)。航空機に使用する部品の多くは、英国輸入時の関税率が0%だ。この点では、当該企業はブレグジットの影響をそれほど受けずに済んでいた。ブレグジットの最も大きな負の影響はホライズン・ヨーロッパへ参画できなくなっていたことだという。「今回の合意により、EUに拠点を有する企業・機関との新たな協業が容易になる」という。また当該企業は、英国外の企業から部品調達することにも積極姿勢を示す。調達部品に求める技術基準が高いため、基準を満たす高品質製品なら、英国からの距離や納期を問わずに仕入れたいという考えだ。すなわち、EUに限らず、日本を含めたアジアの企業にも熱心に目を向けている。

政府も、他国政府との連携を模索している。2023年5月、米国政府と実施した航空業界における排出量削減に向けての協業に関する議論の中で、SAFについて、お互いの経験の共有と、2カ国でのSAF産業の成長に向けてより緊密な協力を図るとした。

SAFの使用促進に向け、目標を設定

サステナブル・アビエーション(英国の当該業界団体)は、ネットゼロに向けたコミットメントを表明している。その試算によると、英国の空港発の航空機によるCO2排出量のうち、97%が民間旅客機からの排出だ(2018年時点)。英国政府は、旅客機の脱炭素化につながるSAFの開発支援にも力を入れている。開発プロジェクトに対する資金提供に加え、2023年9月にはSAFの収益性確保のためのメカニズムについて政策文書を発表した。この文書は、メカニズム導入に向け、2026年までのロードマップを示すものだ。その狙いは、SAF関連に投資する上での懸念(将来の収益が不確定)を取り除き、さらなる民間投資を促すところにある。

2022年7月に発表した前述の「ジェットゼロ戦略」には、(1) 2025年から燃料事業者にSAFの使用を義務付ける、(2) 2030年までには、使用割合を最低10%にする、ことが盛り込まれた。2023年3~6月には、2025年以降の義務付け割合に関して意見公募を実施。その際、異なる野心レベルに応じた案(「低」「中」「高」3段階)を提示した(表参照)。政府は今後、どの段階を採用するのか見解を発表する予定だ(2024年3月現在で未発表)。なお義務割合は、いずれにせよ5年ごとに見直すことになっている。

表:義務化割合の提案 (単位:%)
野心レベル段階 2025年 2030年 2035年 2040年 2050年(注2)
ベースライン(注1) 0.5 2 3 4 10
0.5 10 13 17 30
2 10 15 22 50
4 10 18 32 100

注1:SAFの使用が義務化されず、現状が進展した場合。
注2:2040年までの加速傾向が2050年まで続いた場合の想定。
注3:2023年3~6月の意見公募では、「2025~2030年」と「2030年以降」、それぞれごとに義務付け割合が問われた。この表では便宜上、その2つをまとめて表示している。
出所:英国政府発表資料を基にジェトロ作成

ネットゼロ戦略が追求する時間枠の中で、航空業界は完全な脱炭素化を達成できるのか。最も難しい分野の1つというのが一般的な認識だろう。英国の官民を交えた取り組みで、国際的な協業を通した進展が期待されるのは、そのためだ。

執筆者紹介
ジェトロ調査部欧州課
牧野 彩(まきの あや)
2011年、ジェトロ入構。企画部情報システム課、ジェトロ福島、ジェトロ・ロンドン事務所を経て、2022年5月から現職。