香港でのイノベーション-研究開発とテック企業に対する魅力

2024年3月28日

香港投資推進局(インベスト香港)が実施した香港スタートアップ調査(注1)によると、2023年の香港のスタートアップ企業数は前年比7%増の4,257社で、2019年(3,184社)より33.7%の大幅増となった。

急成長を支えるスタートアップ企業育成専門機関は不可欠な存在だ。政府系研究開発施設である香港サイエンスパーク(HKSTP)は、香港最大規模のイノベーション支援機構である(表1参照)。2023年年末時点でHKSTPに入居中の企業は約1,700社超である。ヘルステック、AI(人工知能)とロボティックス、フィンテック、スマートシティテックなど幅広い分野のスタートアップ企業を受け入れる。

表1:香港サイエンスパークの概要
項目 内容
設立 2002年
所在地 香港沙田
職員数(R&D職員数) 2万1,000人超(1万4,000人超)
入居企業数 1,700社超
設立目的 香港のイノベーションとテクノロジーのエコシステムを構築し、知識の移転と人材の育成を目的とする
開催イベント エレベーター・ピッチ・コンペティション(EPiC)
関連施設
  • InnoCentre
    サイエンスパークから車で20分
    都心に近い九龍でコワーキングスペースとオフィススペースを提供
  • InnoCell
    HKSTPのテナントの従業員が入居できる寮
  • 将軍澳InnoPark
    データテクノロジーおよび先端製造に専念
  • 元朗InnoPark
    マイクロエレクトロニクスに専念
  • 大埔InnoPark
    医薬品および医療薬品に専念

出所:香港サイエンスパーク

HKSTPのバイオテクノロジー系スタートアップ向けの補助金プログラム「Incu-Bio」に、初の日系企業として採択されたCogSmart Asiaをはじめ、富士通、日立、ロートなど数多くの日系企業が HKSTPに入居した理由とメリットは一体何か(2024年2月9日付地域・分析レポート参照)。HKSTPインキュベーション・アクセラレーション部のDerek Chim(デレク・チム)最高責任者に、日系企業が香港に進出すべき理由やHKSTPの支援内容について話を聞いた(2024年1月12日)。

質問:
海外企業やスタートアップが香港に進出するメリットは。
答え:
メリットとして、以下の4点を強調したい。
  1. 研究開発(R&D)成果と成果の事業化経験が豊富:
    香港には世界トップクラスの優秀な研究者が集まり、特にAIおよびロボット工学分野における国際競争力が強い。また、研究開発の成果を事業化することも重視している。HKSTPは、「リサーチ・イノベーション・ファイナンス」(R-I-F)というバリューチェーン(価値連鎖)を掲げている。具体的には、応用研究開発を通じて「0(ゼロ)から 1へ」(研究開発成果を生み出す)、そして研究開発成果の事業化を通じて「1 から N へ」(研究開発成果を事業化して収益を生み出す)という2段階の支援で、入居企業を成功に導くとともに、業界の変革を目指している。
  2. 優位性の高いビジネス環境と政府支援:
    香港では資本市場が確立されていることから資金調達へのアクセスが容易で、簡素な税制と低税率を享受できる。また、中国本土に隣接しており、中国本土との往来が便利なうえ、アジアの主要都市へのアクセスも良い。さらに、政府および他機関からの支援など、ビジネス環境と政府支援が充実している。香港政府が2022年12月に発表した「香港創新科技発展藍図(香港のイノベーションとテクノロジー発展の青写真)(注2)」で、香港を国際的なI&T(イノベーション&テクノロジー)センターにすべく長期の支援計画と目標を掲げ、人材・企業誘致や補助金などを提供する。
  3. 独立した司法、一国二制度の実施:
    防衛・外交を除き、香港に高度な自治を認める「一国二制度」に基づいた健全な通貨管理(基軸通貨の米国ドルにペッグしたドルペッグ制)、政治および法制度(コモン・ロー)を維持している。
  4. 高度日本語人材を育成する教育機関の存在:
    香港の最高学府である香港大学と香港中文大学では日本研究プログラムと日本語コースを開設しており、毎年、高度な日本語能力を持つ現地人材を輩出している。
質問:
HKSTPに入居するメリットは。
答え:
各プログラムで支援内容は異なるが、いずれの入居企業も、資金援助、コワーキングスペース、研究開発のための設備など享受できる(表2参照)。
例えば、「Incu-Bio」プログラムに参加した日系スタートアップ企業(2024年2月9日付地域・分析レポート参照)は、最大600万香港ドル(約1億1,400万円、1香港ドル=約19円)の助成金を活用可能である。入居1年目のコワーキングスペースの賃料は免除、2~4年目は半額となる。HKSTP内の先端研究設備も使用可能である。また、展示会への出展、商品発表の場、メディアインタビューなど宣伝の機会もある。
質問:
外部企業などと連携した提供サービスはあるか。
答え:
HKSTPは、入居企業に対して、1,000社超の投資家(ベンチャーキャピタルなど)や300社超の現地企業、政府機関と連携したネットワークを形成している。入居企業に専担メンター(入居企業を専門に担当するメンター)を配置しており、入居企業の成長に向けて、幅広い分野の専門家との連携、人材支援、ビジネスマッチングの機会を設けることができる。加えて、日系企業へのサービス経験が豊富な専門家サービス(コンサルティング会社、会計事務所など)の提供も可能。
質問:
入居にあたり資本制限を設定しているのか。
答え:
資本制限はないが、現地での法人設立と銀行口座の開設が入居条件となる。香港で銀行ビジネスを行う日系銀行が、ビジネスバンキング・サービスを提供している。香港の大手銀行に加えて口座開設の選択肢となりうるだろう。HKSTPは銀行口座開設支援をする。なお、日系大手銀行はHKSTPのパートナーでもある。
質問:
銀行口座開設支援のほかに、海外企業向けのサービスはあるか。
答え:
人材雇用、現地人材とのマッチング、労働ビザの取得支援がある。
質問:
HKSTPのプログラムの申し込む前に、特に熟慮すべき点は。
答え:
まず、香港への進出理由を熟慮いただきたい。単に資金調達支援を得るため、香港を通じて中国本土や東南アジアへの事業拡大のためなど、香港現地での事業展開を重視しない場合は事業を成功に導くのは難しいだろう。
次に、香港でどのような研究開発をしたいのか考えるべきだ。HKSTPは入居申請の審査において次の2点を重視する。1つ目は、半数以上の雇用職員が研究開発に従事すること。 2つ目は、必ずしも最先端の科学研究開発である必要はないが、研究開発成果の実用化および事業化をすること。香港からどのような研究開発、製品機能、製品のサブ機能を構築したいのか、アイデアを持っておくことが重要。
各企業育成プログラムとも研究開発を重視するため、香港を単に営業拠点や販売代理店として利用したい企業には向かない。各プログラムの具体的な募集要項はHKSTPウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに掲載されている。
質問:
中国全域および広東・香港・マカオグレーターベイエリア(粤港澳大湾区、以下、大湾区、注3)市場に対する見方は。
答え:
中国はポテンシャルの高い市場だ。2023年7月に公表されたIMFレポートによると、2023年の中国のGDP成長率は5.2%と予測された。同年5月に公開されたIMFレポートによると、香港のGDP成長率は3.5%と予測された。大湾区市場は、総人口8,700万、GDP総額1兆7,000億米ドル規模の巨大な市場であり、第14次5カ年規画において極めて重要な役割を担っている。大湾区は、国際的なイノベーションハブ、グリーン移行の国家的ベンチマーク、体系的なサプライチェーン発展のための先駆的モデルとなり、ハイレベルのプラットフォームを構築することが期待されている。さらに、大湾区は国際イノベーションハブおよび新興テクノロジー集積地に位置付けられており、事業提携の場も豊富である。中国本土で事業展開を希望する高成長ハイテク・ベンチャー海外企業にとって、香港は理想的な出発点といえる。
質問:
HKSTPは今後、大湾区とどのように連携する予定なのか。
答え:
HKSTPは、香港政府と深セン市政府の支援を受けて2023年に深セン福田区分室の運営を開始した。深セン分室は2棟6階建てビルで構成された延べ床面積約3万1,000平方メートルの広い施設である。同分室は、将来の大湾区においてI&T(イノベーション&テクノロジー)リーダーを育成するという重要な役割を持つ。大湾区へビジネスを拡大する企業に対し、資金調達・融資、人材採用・育成など幅広い支援を提供している(2023年9月15日付ビジネス短信参照)。
また、香港北部に所在する、深セン市との境界沿いの香港落馬洲ループにある「香港・深センイノベーション&テクノロジーパーク(HSITP)(注4)」の建設も順調だ。現時点で、2024年末以降に段階的に完成する見込みである。HKSTPの完全子会社であるHSITP有限公司は、HSITPの運営、施設維持、管理を担当する。
HSITPは、大湾区の研究開発拠点の集積地に位置付けられる。世界中から優良企業、研究開発機関、高度教育機関を誘致するため、関連する高等教育や専用施設の提供など補完的な支援も行う。
質問:
香港進出を目指す日系企業やスタートアップに伝えたい点は。
答え:
2点ある。1つ目は、国際市場向けの商品やソリューションを準備しておくことだ。香港は国際都市であるため、顧客の価値観やニーズは大きく異なる。ニーズに応じてローカライズするのか、または国際化するのか、あらかじめ決めるべきだ。
2つ目は、香港の市場調査において必ず現地関係者に確認することだ。HKSTPはもちろん、インベスト香港、ジェトロなどの機関は、香港進出に必要な情報と支援を提供してくれるだろう。

注1:
同調査は、香港内に拠点を有するコワーキングスペースの提供会社や、インキュベーター、アクセラレーターの計65社を対象に実施した。
注2:
政府は2022年12月に、I&T発展の青写真で4つの開発方針のもとに8つの主要戦略を策定。香港を国際的なI&Tセンターとして発展させると発表した。
注3:
2つの特別行政区(香港、マカオ)と、広東省の特定9都市(広州、深セン、珠海、仏山、中山、東莞、恵州、江門、肇慶)で構成する地域を指す。
注4:
香港政府と深セン市政府が共同で、「深セン・香港科技イノベーション協力区」を設置した。香港側には「香港・深センイノベーション&テクノロジーパーク(HSITP)」、深セン側には「河套深港科学技術革新協力区深セン園区」を建設し、国際的なイノベーション・テクノロジーハブを構築する。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
何樂晴(エスター・ホー)
2021年香港大学文学部日本研究学科卒業。2021年11月から現職。