米国向け自動車生産活発化をチャンスにメキシコ進出
将来需要増をにらみ生産体制拡大へ

2024年5月1日

米国向け自動車の生産拠点として、自動車関連企業の集積が進むメキシコ。2023年の自動車生産台数は前年比14.2%増の377万9,234台、輸出は15.2%増の330万876台、国内販売も24.4%増の136万1,433台となり、2023年を通してメキシコの自動車業界全体が好調だ(2024年1月10日付ビジネス短信参照)。ジェトロが毎年実施しているアンケート調査「2023年度 海外進出日系企業実態調査(中南米編、注1)」でも、在メキシコの日系自動車関連企業(注2)の56.4%が、今後1~2年の事業を「拡大」すると回答しており、これはインド、ブラジル、南アフリカ、ベトナムに次いで第5位であった(注3)。こうした調査結果からも、同国での事業拡大意欲が高いことがうかがえる。

大阪府堺市に本社を構える置田鉄工所は、自動車およびベアリング用鍛造品・旋削品の製造・販売を行っている。自動車生産が拡大するメキシコに魅力を感じ、2018年に進出した。新しい市場に挑戦しているメキシコ拠点(OKT de Mexico)の南本敦工場長、太田景子営業担当マネジャー、テジェス・ルシア氏に、進出時の状況や最新のビジネス環境について聞いた。(取材日:2024年2月21日)。


左から、太田マネジャー、ルシア氏、南本工場長(ジェトロ撮影)

中国に次ぐ海外拠点としてメキシコ選択

質問:
メキシコでの事業概要は。
答え:
メキシコには2018年に現地法人を設立し、2022年から生産を開始した。海外拠点は中国に続く2カ国目で、北米、中南米向けの生産拠点として設立した。生産品目は、軸受け(ベアリング)が8割、その他自動車部品が2割となっている。顧客からの要望に応じて、さまざまな素材や形状の製品を製造・販売し、メキシコでは少ない横型熱間鍛造機を使った高速・大量生産を強みとしている。2023年に工場を拡張し、新しい機械を導入するなど生産体制を強化した。
原材料となる鉄と特殊鋼は、鋼材商社を通して8割を輸入している。鋼材については客先指定のために輸入とすることは致し方ないものの、安定的な供給やリードタイムを考えると工具鋼は現地調達に切り替えたい。しかし、現地調達は高額になるという問題がある。例えば、原材料費は輸入に比べて2.5倍と高額だ。また、機械設備も現地調達の方が高額になる傾向がある。現地調達化に向けた困難は少なくない。
質問:
メキシコに進出した理由は。
答え:
特定の完成車メーカー(OEM)の傘下に属している訳ではなく、米中対立を発端としてNAFTA〔北米自由貿易協定、現在はUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)〕圏内のメキシコで自動車生産が活発化していたことをチャンスと捉え、メキシコへの進出を自社で判断した。当初、中国に次ぐ進出先として東南アジアも検討していたが、原材料の鋼材の調達を中国に頼るリスクがあったことや、既に多くの日系企業が東南アジアに進出しており、新規参入が難しかったことなどを踏まえ、最終的にメキシコを選んだ。
質問:
進出の際に苦労したことは。
答え:
最も苦労したのは、複雑な税務・労務関連の手続きへの対応だ。既に進出している日系企業から情報収集したが、当時は何を聞けばよいのかも分からない状態だった。特に労働時間や労働条件が複雑で、今も日々変わっていく制度に試行錯誤しながら対応している。メキシコの付加価値税(IVA、注4)の還付もこれから1回目の申請を行うところで、5、6人のプロジェクトチームを設置して対応している。こうした手続きは言語のハードルも高いことから、長期的には日本人駐在員ではなく、メキシコ人従業員に任せられる体制を作りたいと考えている。

メキシコ工場で製造しているベアリング(ジェトロ撮影)

人材確保のため労働環境改善も

質問:
人材の確保はどうしたのか。
答え:
当初は日系の大手人材会社を通して日本人やメキシコ人を中心に雇用していた。しかし、それだけでは十分な人材が確保できなかったりコストが合わなかったりしたため、日系企業にこだわらなくてもいいのではと考え、現地の人材会社に切り替えた。メキシコ人はおおらかで、仕事も真面目に取り組む人が多く、特に不自由はしていない。
質問:
人材の定着状況は。
答え:
現在の従業員数98人に対する離職率は4%ほどだ。従業員数が50名人ほどの時代は1%程度だった。工場の規模が大きくなり、従業員数が増えるにつれ、人間関係も複雑になり、定着させることが難しくなっている。また、メキシコは最低賃金の上昇が続いており(注5)、人材確保のためにも賃金を上げざるを得ないのが現状だ。
質問:
人材定着のための取り組みは。
答え:
農村地帯のため専門職が特に不足しており、少し離れた都市から呼び寄せている。また、作業場に工場長への質問・意見箱を設置し、従業員とコミュニケーションが直接取れる環境を整えた。技術的な問題などに対して積極的な意見や質問が出ており、従業員の考えを知ることができる点で効果を感じている。

メキシコ工場(グアナファト州アバソロ、ジェトロ撮影)

今後は生産を質・量ともに拡大

質問:
メキシコ自動車市場の現状は。
答え:
日系、外資ともに取引があるが、日系、外資を問わず、企業の引き合いは1年前と比べると落ち着いている印象だ。以前はUSMCAの枠組みを利用するため、コストが高くてもメキシコで部品を調達したい顧客が多かった。現在は為替が円安・ペソ高という状況もあり、USMCA内の関税削減メリットを考慮しても、日本やインドから調達した方がコストを抑えられると考える企業が増えている。反対に、欧米系企業はメキシコでの現地調達を進めようとする動きが続いており、実際に引き合いもある。
質問:
今後の見通しや課題は。
答え:
メキシコ工場はグループ内での売上比率はまだまだ低いが、米中対立を背景としたメキシコへの生産移管の需要増加をにらみ、生産体制を拡大する予定だ。今後は鍛造だけでなく、旋削機能を強化し、在メキシコ顧客からの要望も多い、鍛造から旋削までを鍛旋一貫で対応できる体制を整えたい。具体的には、現工場の隣に、日系の旋削メーカーと合弁会社を設立する予定だ。特定のOEMの傘下にはないため、どの企業とも自由に取引ができる利点を生かし、日系や外資を問わずに受注を増やしていきたい。

注1:
ジェトロは2023年8~9月にメキシコを含む中南米7カ国(メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、ペルー、ベネズエラ)に進出している日系企業を対象に、アンケート調査を実施し、その結果を取りまとめた。
注2:
業種として「輸送用機器部品(自動車/二輪車)」「輸送用機器(自動車/二輪車)」を選択した企業。
注3:
設問「今後1~2年の事業展開の方向性として、最も適当な項目をお選びください」に対し、選択肢「拡大」「現状維持」「縮小」「第三国(地域)へ移転、撤退」のうち「拡大」を選択した企業。
注4:
商品・サービスの国内販売と輸入の際に課税される間接税。商品・サービスの仕入れ時(輸入時)に支払ったIVA(仮払いIVA)を商品の販売時に顧客から徴収したIVA(仮受けIVA)から控除して国税庁(SAT)に収める。仮払いIVAの方が仮受けIVAよりも多くなった場合、SATに還付申請を行うことができる。
注5:
2024年の引き上げ率も20%となっている(2023年12月15日付ビジネス短信参照)。
執筆者紹介
ジェトロ調査部調査企画課
加藤 遥平(かとう ようへい)
2023年、ジェトロ入構。同年4月から現職。