ASEAN市場との経済統合に踏み出すスリランカ
タイとのFTAに署名

2024年3月18日

スリランカのナリン・フェルナンド貿易・通商・食料安全保障相とタイのプームタム・ウェーチャヤチャイ副首相兼商務相は2月3日、スリランカのコロンボで、スリランカ・タイ自由貿易協定(FTA)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに署名した(2024年2月8日付ビジネス短信参照)。本協定はスリランカにとって、2018年1月23日に署名されたシンガポール・スリランカFTA以来6年ぶりに署名された2国間協定となった。

本稿では、スリランカ・タイFTAの概要とともに、スリランカ政府の狙いを紹介する。

アジア市場へのアクセスと対内直接投資への期待からタイとのFTAを締結

スリランカ・タイ・ビジネス協議会(Sri Lanka Thailand Business Council)は2024年2月15日、スリランカ・タイFTAに関するセミナーを開催した。

FTA交渉の首席交渉官のK.J.ウィーラシンハ氏は、同FTAの要点を次のように解説した。

  • スリランカの国際貿易政策は、欧米・南アジア・東アジアの主要3市場との経済統合を深化し、輸出先の多様化と外国投資誘致を促進することで、経済成長と国民の生活水準を高めることにある。
  • スリランカ政府がFTAを重視する理由は、スリランカの持続可能な経済回復のために、輸出や対内直接投資を通じて債務に依存しないかたちで外貨を獲得し、国際競争により生産性を向上させるとともに、今日の貿易で主流をなすグローバル・バリュー・チェーンへの参画可能性を高めつつ、大規模な対外投資を呼び込む市場の創設が重要であると考えるからである。
  • タイをFTA相手国に選んだ理由は、タイが東アジア市場へのゲートウェイとして機能しているとともに、同国は対外直接投資残高で、ASEANでは第2位の対外投資国であること、タイ企業が海外進出に意欲的であることなどが挙げられる。
  • タイはスリランカにとって39番目の輸出先であり、輸入相手国としては15番目に当たる。スリランカからタイへの輸出額(2023年)は4,677万ドル。主にダイヤモンド、宝石、宝飾品、アパレル・繊維製品、エンジニアリング製品、食品・飼料・飲料、魚介類・水産品、ココナツ・ココナツ系製品、卑金属製品、茶、ゴム・ゴム系製品を輸出している。スリランカのタイからの輸入額(2023年)は2億5,310万ドルで、主な輸入品はゴム・ゴム系製品、アパレル・繊維製品、化学・プラスチック製品、食品・飼料・飲料、エンジニアリング製品、非金属鉱物製品、魚介類・水産品、卑金属製品などだ。
  • 両国ともに、HSコード基準で50%の品目は関税が即時撤廃され、30%の品目は、2025年1月から15年以内に3段階に分けて関税率が引き下げられる。さらに、5%の品目は16年目から引き下げられ、残りの15%の品目は自由化の対象外となっている。個別品目の税率は、タイ側譲許表PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.84MB)およびスリランカ側譲許表PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.32MB)を参照されたい。
  • スリランカからタイへの輸出品で、関税が即時撤廃される例としては、シナモン(MFN税率で20%、注)、伝統的な染織によるシルク製品(MFN税率で17.5%)、繊維のカーペット/ラグ、床敷物、フロアマット(MFN税率で30%)、加硫ゴム製品、漁網、網袋などの特殊織布製品、トレーシング・クロス、画鋲(がびょう)、粘着テープなどの工業用途に適した繊維製品(MFN税率で10%)、カニ、エビ、クルマエビなどの水産加工品、加工食品、ゴム製品、プラスチック製品、 その他の農産品・工業製品(MFN税率で1~5%)などだ。なお、宝石、ダイヤモンド、宝飾品はMFN税率ですでに無税となっている。
  • スリランカからタイへの輸出品で関税割当の対象となる品目例としては、紅茶(割当枠内は関税率30%が即時撤廃、割当数量は625トン、割当枠外はMFN税率で90%)、乾燥ココナツ(割当枠内は関税率20%が即時撤廃、割当数量は2,427トン。割当枠外はMFN税率で54%)などである。
  • スリランカからタイへの輸出品で段階的に引き下げる対象品目としては、衣料品(MFN税率で10~30%)、ゴム製品(MFN税率で7~30%)、プラスチック製品(MFN税率で10~30%)、エビやイカなどの魚介類(MFN税率で5~20%)など。
  • FTAの対象となる品目は、特定製品を除き付加価値基準(QVC)で40%以上の原産地基準およびHS4桁レベルの関税分類変更を満たすことだ。両国にとって相互にメリットのある特定製品については、製品別の基準も合意された。詳細は品目別原産地規則PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(670KB)を参照されたい。
  • 引き続きタイからスリランカへの投資を期待している。タイからスリランカへの、2005年から2022年までのFDI(海外直接投資)の流入総額は9,200万ドルを超え、現在10件の投資プロジェクトが進行しており、600以上の雇用機会も見込まれている。製造業では、電気・電子、自動車部品、加工食品、アパレル、医薬品など、サービス業では、観光、ICT(情報通信技術)、ロジスティクスなどが有望な投資分野だろう。

講演するK.J.ウィーラシンハ氏(ジェトロ撮影)

輸出品目の多角化を産業界に求める

財務省・経済安定化・国家政策省貿易投資政策局長のK.A.ヴィマリーンティララージャー氏は、貿易政策の観点から同FTAを解説した。

  • スリランカの輸出額のGDPに占める割合は、2000年代初頭に40%近くに達したが、近年は20%弱で推移しており、輸出が停滞している。
  • スリランカからタイへの輸出では、輸出額の57.1%を貴金属が占めるなど少数品目に集中しており、輸出品目を多様化する必要がある。
  • タイがスリランカから輸入する際には、HSコードで3品目の例外を除き輸入関税しかかからないが、スリランカがタイから輸入する際には、輸入関税のほかにHSコードで2,633品目に輸入税(CESS)、HSコードで5,634品目に港湾・空港開発税(PAL)、HSコードで201品目に物品税(Excise Duty)がかかる。
  • スリランカ政府からタイ政府側に関税自由化を要望した品目の選定基準は、(1)利害関係者の要望、(2)輸出可能性(タイのスリランカからの輸入、スリランカからタイ以外の世界への輸出、タイのスリランカ以外の世界からの輸入を考慮)、(3)スリランカのシンクタンクである政策研究所(Institute of Policy Studies of Sri Lanka:IPS)からの推薦順に準じている。

講演するK.A.ヴィマリーンティララージャー氏(ジェトロ撮影)

2024年末までのインド・インドネシア・マレーシア・ベトナム・中国とのFTA締結に意欲

スリランカは、これまでにインド、パキスタンおよびシンガポールとそれぞれ2国間FTAを締結している。インドとは2国間の経済・技術協力協定(Economic and Technology Cooperation Agreement、ETCA)につき2018年10月から、中国とは2国間FTAについて2017年3月から交渉している。また、多国間自由貿易協定では、2023年6月に地域的な包括的経済連携(RCEP)への加入を申請している。

スリランカのM.U.M.アリ・サブリー外相は2024年2月6日の記者会見で、スリランカの経済の安定性を確保し、将来の景気後退を防ぐために、他国とのFTAの締結を推進すると強調した。具体的には、2024年末までにインド、インドネシア、マレーシア、ベトナム、中国とそれぞれFTAを締結するというスリランカ政府の計画を説明した。

サブリー外相は、スリランカの問題点として、ベトナムやバングラデシュと比べて輸出額が少なく、GDPに占める輸出額の割合が15%にとどまっている点を指摘した。また、今後、スリランカ企業がFTAを通じて新たな海外市場を開拓し貿易を促進することで、輸出の拡大や外国投資の呼び込みも活性化され、同国の経済成長につながるという構想を示した。

ラニル・ウィクラマシンハ大統領は2024年1月にコロンボ市内で開催された式典で、ミャンマーやラオスとも経済連携を強化する構想を示しており、東アジア各国との連結性を高める構えだ。

他方、産業界からは、海外に輸出可能な製品を十分にそろえた上で、外貨を十分に保有しないスリランカとしては、輸入をコントロールする手段を保有しながらFTA交渉を進めるべきだという声も上がっている。

実際、スリランカの外貨準備高は2023年12月末に、2021年4月以来2年8カ月ぶりに輸入3カ月分に達したに過ぎず、現状、安定的な水準とはいいがたい。また、自動車やバイクは依然として輸入が規制されており、基本的に輸入することはできない。スリランカ政府は当面、外貨準備高の制約の下で経済自由化を進めていく状況が続くだろう。


在スリランカの外交団などに貿易の拡大を呼びかけるM.U.M.アリ・サブリー外相(ジェトロ撮影)

注:
MFN(Most Favored Nation:最恵国)税率とは、各国で法律に基づいて定められている国定税率(事情に変更のない限り長期的に適用される基本税率または一定期間基本税率に代わって適用される暫定税率)とWTO加盟国・地域に対して一定率以上の関税を課さないことを約束(譲許)しているWTO協定税率のいずれか低い税率のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき)
2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。