消費の選択肢広がる、好みも多様化(タイ)
サイアム髙島屋に聞くタイ小売市場

2024年4月22日

バンコクの中心部から西に向かい、チャオプラヤー川を渡ったクローンサーン地区に2018年11月、タイ最大級の複合施設「アイコン・サイアム」が開業した。開業に合わせて、タイへの初出店を果たしたのが「サイアム髙島屋」である。日系百貨店のバンコク出店の歴史は長い一方、地場モールとの競争激化、また新型コロナ禍などの影響もあり、タイで営業を続けている日系百貨店は現在、同店のみである。サイアム髙島屋の奥森淳誌マネージングディレクターに、事業の現状やタイの消費市場、今後の事業展開について話を聞いた。(取材日:2024年3月13日)


サイアム髙島屋のおもちゃ売り場の様子(ジェトロ撮影)

バンコク唯一の日系百貨店、選ぶ楽しさを重視した品ぞろえ

質問:
タイへの進出の経緯や店舗の概要は。
答え:
サイアム髙島屋は、チャオプラヤー川の西側に立地する。この地域はもともと、大型の商業施設がなく、商業の空白地だった。タイの不動産・小売り大手のサイアム・ピワットがこの場所に注目し、人々が訪れて時間を過ごせるような滞在型の商業モールを開発したいと考えていた。同社から、日系百貨店ブランドとして豊富な品ぞろえで出店してほしいとの要望を受け、進出を決めた。
アイコンサイアムが49%、シンガポール髙島屋が51%出資し、2015年2月に合弁会社を設立した。その後、2018年11月に、大型複合施設「アイコン・サイアム」内に「サイアム髙島屋」を開業した。髙島屋グループとして、海外店舗は、シンガポール、上海、ホーチミンに次ぐ4店舗目になる。賃貸面積は3万6,000平方メートル、売り場面積は2万5,000平方メートルで、日本の髙島屋の大型店舗と比べて4~5割の規模である。
質問:
事業形態は、また商品の品ぞろえは。
答え:
テナントのリーシングのほかに、自社で日本から商品を輸入・販売している。日本の生活雑貨を取りそろえた「J-Style」や、パーソナルギフトをコンセプトにしたファッション用品などの売り場づくりをしている。また、8割がタイのお客様で、百貨店にご来店いただく一番の関心事は「食」であることから、自社でスーパーマーケットも運営している。
自社で取り扱うブランド数は、開業時に600弱だったが、今は1,700に増やした。床あたりのSKU(注)数をいかに増すかを意識してきた。それによって、店舗で時間を過ごす楽しさ、商品を選ぶ楽しさが生まれる。また、自分のスタイル、自分らしさを大事にして商品を選んでもらいたい。なお、ブランドの国籍は、日本、タイ、インターナショナルがそれぞれ3分の1ずつである。日本の製品だけではタイ人にとってなじみの店にならず、またタイの製品だけでは地場系の商業モールに勝てないだろう。
質問:
バンコクで事業を行うにあたり、意識していることは。
答え:
バンコクの日系百貨店は1964年の大丸進出から長い歴史があり、そごう、伊勢丹、東急など日系百貨店のカルチャーが脈々と引き継がれてきた。コロナ禍が終わり、日系では当社のみが操業している状況である。当店の存在意義は、バンコクの人々に根付いた日本に対する理解、日本食・文化を楽しみたいという欲求に応えることにあると考える。また、商品だけでなく、日本のおもてなしサービスを提供することに注力し、地場の有力デパートとの差別化を図っている。
百貨店はリアル店舗のプラットフォーマーであり、お客様(買い手)と取引先(売り手)が集う場になる。相互の交流を通じて商品需要が生まれ、取引先も自らの価値を提供できるような場としたい。
質問:
出店地域のチャオプラヤー川の西側のお客様をターゲットにしているのか。
答え:
川は心理的な境界になり得る。今でこそ、バンコク中心部からスカイトレイン(BTS)でアクセスできるようになったが、開業時はボートに乗るか、車で橋を渡る必要があった。ただ、西側の地域は、古くはトンブリー王朝が栄えた由緒ある土地であり、今では富裕層のウィークエンドハウスがあり、また実際に居住もしている地域である。この地域の消費者に、川を越えバンコク中心まで行かずとも、ここで日本の商品がそろうというメッセージを発信している。同時に、スクンビットなど開発が進む中心部の地域から、川を越えてでもお客様にご来店いただけるような、特別な価値を提供することも必要だと考える。

日本が日常に根付くタイの消費市場、好みも多様化

質問:
タイの消費市場の特徴や、日本への捉え方は。
答え:
30~40代の消費が旺盛で、タイ消費市場を牽引する中心層である。生まれた時から日本の製品が身近にあり、日本食レストランで家族との食事を楽しむ習慣の中で育ってきたため、彼らは日本が特別なものではなく、生活の一部に組み入れられたピース(DNA)であると感じている。
質問:
コロナ禍を経て、消費市場の変化は。
答え:
ライフスタイルの変化を実感する。食においては、「中食」や「内食」が浸透し、当店でもデパ地下グルメの販売が大きく伸びた。食材のほか、キッチンウエア、台所用品が売れるようになり、カッティングボードや保存容器を買って食材を保存する習慣もできてきた。
ヘルスケアも成長市場である。外面では、美白、アンチエイジング、ヘアトリートメント、ヘアガジェット、ドライヤーなど、また、内面の未病対策では、サプリやオーガニック製品、有機野菜などの消費市場が広がっている。
ネット・ゼロ社会への訴求力も感じる。メーカーもリサイクルプラスチックを使うようになり、消費者も、中間層以上はそのような商品を選ぶことがモチベーションになっている。社会課題や、地球環境、サステナビリティに配慮する意識は日本と同レベルだろう。
質問:
キッズ用品市場は。
答え:
キッズ用品は重要な市場の1つである。タイでは、少子化が国全体で進んでいるが、バンコクでは家賃の高騰、高学歴志向により教育費も増えており、より顕著だ。一方で、日本と同様に、両親、その祖父母が1人の子供にお金をかける「6ポケット化」が進んでいる。また、親が使っていた物を代々引き継ぐこともなく、買い替えるようになっている。子供の数は減っても、1人当たりにかけるお金は増え、より良い物に対する消費欲求が生まれている。
質問:
消費者の品質、性能を追求する志向の高まりは。
答え:
品質、性能が良い商品の消費欲求は高まるだろう。その点は日本の製品にアドバンテージがあるが、今や日本の製品だけが優れているわけではない。タイは大陸国で、さまざまな国の文化、商品が入ってきやすい。タイの消費者は各国の商品のベースにある良さを理解した上で、賢く消費をしていると考える。
質問:
タイの消費者も好みは分かれつつあるのか。
答え:
そう思う。欧米のラグジュアリーな物に囲まれて暮らしたいブランド志向の人もいる。他方、シンプルなライフスタイルを追求するミニマリスト志向で、こだわりがある物についてはお金に糸目をつけずに買う人もいる。他人の生き方のコピー的なライフスタイルではなく、求める世界観、生活レベル、価値観を目指して生活できるようになってきた。所得が増え、情報も豊かになり、中間層の多くは自身のライフスタイルを選べるようになってきた。

内外格差の縮小、タイムリーな商品提供を目指す

質問:
今後のタイにおける事業展望は。
答え:
サイアム髙島屋としては、コロナ禍で苦労したが、2021年、2022年、2023年と3期連続で増収、増益を実現した。今後は、銀行や合弁相手のサイアム・ピワットグループなどと連携して顧客の会員化を進めるとともに、「アイコン・サイアム」と連携したプロモーションなどを実施し、お客様との接点を積極的に増やしていきたい。例えば、サイアム・ピワットのグループ会社のつながりを活用し、バンコク中心部にある同グループが運営するモール「サイアムパラゴン」にもサテライト出店している。
質問:
今後の事業において重視することは。
答え:
引き続き、リアル店舗での日本の品質、サービスの提供を追求する。ただ、すべてを日本から輸入するのが良いとは限らない。例えば食品であれば、タイで日本と同じ品質の商品を作ることも地産地消やコスト・炭素削減の観点からも重要である。
また、物流の改善がカギを握ると考える。具体的には、内外価格差の縮小と、タイムリーな販売である。1点目について、現在はコロナ禍前と比べて円安・バーツ高が進行し、タイ人は、日本に行けば、日本人よりも3割引程度の価格感で商品を購入できる状況にある。日本から輸入してタイで販売すると、物流費、関税などが上乗せされるが、自由貿易協定(FTA)を利用するなどして、できる限り日本での販売価格に近づけたい。2点目については、今の時代、必要とされる商品をシームレスに配送し、タイムリーに届けないと、お客様に満足してもらえないと考える。情報社会の中で、需要予測を立てて、先回りして販売できればベストである。先回りが難しい場合でも、例えば1週間で日本から取り寄せ、3日後には売り場にあるなど、日本の商品をすぐに買っていただけるような体制を整えたい。
質問:
企業や団体などとの連携可能性は。
答え:
日本の中小企業のタイでの販路開拓の足がかりになれればという思いがある。例えば1週間だけポップアップ出店して、テストマーケティングの場として活用いただくことも可能である。当店の役割はタイのお客様に買い物を楽しんでいただく舞台を提供することであり、それは、取引先側から見ると、自らを演じることができる場でもある。ぜひ、日本企業にも活用してほしい。また、ピンクリボン・キャンペーン(乳がん予防)など、社会課題解決の一助となるような取り組みや、産学連携の取り組みも歓迎している。こうした取り組みを通じて、日タイ両国間で双方の理解・関心がさらに深まることを期待している。

注:
ストック・キーピング・ユニットの略で、在庫管理上の最小の管理単位を指す。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
山口 あづ希(やまぐち あづき)
2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職