エネルギー政策と水素動向(英国)
スコットランドにおける再エネの今(1)
2024年10月15日
英国は2050年ネットゼロの達成に向け、洋上風力発電などの再生可能エネルギー(再エネ)の開発を急ぐ。脱炭素推進と再エネの最大限の活用に向けては、その再エネを活用した水素の生産および利用も戦略的に計画している。こうした英国のグリーン政策推進の鍵ともいえる洋上風力および水素の双方に関して、重要な役割を担う地域の1つがスコットランドだ。本レポートでは、スコットランドにおける洋上風力および水素の最新動向について、現地の事例も交えながら2部構成で紹介する。前編の本稿では、スコットランドのエネルギー政策について概説するとともに、水素開発の動向に関して現地関係者へのインタビューも紹介する。
エネルギー政策や戦略の概要
スコットランド政府は、法的拘束力のある独自のエネルギー政策目標を掲げている。英国政府は2050年までのネットゼロ達成を掲げるが、スコットランドはそれよりも5年早い2045年のネットゼロ達成を目標とする(表参照)。
項目 | 英国政府 | スコットランド政府 | EU(参考) |
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脱炭素目標 |
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洋上風力 |
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2030年までに60GW導入 (2050年までに300GW) |
水素 |
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主な政策パッケージ |
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出所:英国政府、スコットランド政府、欧州委員会各資料などを基にジェトロ作成
再エネ導入についても、個別目標を掲げる。洋上風力は2030年までに最大11ギガワット(GW)導入を目標とする(英国全体では50GW)。こうして独自かつ、より野心的な目標を設定できるのは、地域性に裏打ちされた再エネ開発のポテンシャルを備えているためだ。遠浅の海岸に周囲を囲まれていることに加え、石油・ガス産業で整備された港湾インフラがあり、それを転用することが可能だ。人材や蓄積してきたノウハウも整っている。洋上風力の開発に優れた地域的優位性を有している(2024年7月18日付地域・分析レポート参照)。こうした利点を背景に、多数の大型洋上風力開発を軸に、野心的なネットゼロ目標の達成を目指している。大規模な洋上風力発電容量に支えられたスコットランドの再エネに対して550万人という限られた人口のため、地域内の需要は限られている。このため、スコットランド内向けの再エネ供給にとどまらず、対欧州他国を含むスコットランド外へのエネルギー輸出も視野に入れる。
スコットランドの水素全体像
スコットランドのエネルギー輸出において、重要な役割を果たすのが水素だ。豊富な洋上風力をベースにグリーン水素を生産し、産業や輸送向けに供給する(図参照)。前出の政策概要の表のとおり、スコットランド政府は、2030年までに5GWの低炭素水素製造能力の開発を目標に掲げる。英国全体では、2030年までに10GWの低炭素水素能力の開発を目標としており(注1)、スコットランドがその半分を担うことになる。なお、スコットランドの場合、2045年には低炭素水素製造能力を25GWまで引き上げることをすでに目標にしている。
英国政府によるグリーン水素製造支援スキーム、第1回水素アロケーションラウンド(HAR1)で選定されたプロジェクトには、2つのスコットランドのプロジェクトも含まれている(2023年12月18日付ビジネス短信参照)。すでに第2弾の選定プロセスが進んでおり、スコットランドでは15以上のプロジェクトが申請、プロジェクトの大型化も予想されている。さらに、余剰となった水素をスコットランド外へ供給する計画を進める。特にスコットランドから欧州へ、具体的にはオランダやドイツへのパイプライン(海中導管)による供給実現に向けて検討が進められている。また、液体有機水素キャリアー(LOHC、注2)やアンモニアなどによる輸送の検討もされている。LOHCについては、千代田化工建設が、スコットランドとオランダのロッテルダム港間で水素を輸送するプロジェクトの実証を手掛けている。
グリーン(再エネ由来)水素だけでなく、製造時の二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)を伴ったブルー水素の開発にも積極的だ。英国政府が認定する二酸化炭素(CO2)の回収・有効利用・貯留(CCUS)クラスターの1つに、スコットランド北東部ピーターヘッドのエイコーンプロジェクトが含まれている。同プロジェクトは、セントファーガス・ガスターミナルを拠点に、既存のガスパイプラインや枯渇ガス田を利活用してCCSを行うとともに、そのCCSインフラを用いたブルー水素の製造を計画する。エイコーンは、英国のストレッガが中心となり手掛ける。そのストレッガには三井物産が出資している。
このように水素生産のポテンシャルを備えるスコットランドは、洋上風力および水素のグリーン経済を確立するとともに、欧州などへの水素輸出地域となることを目指している。
輸出を視野に入れた生産ポテンシャル
このように、スコットランドは水素開発のポテンシャルを備える。ジェトロはスコットランドの水素関係者(政府、投資開発機関、業界団体)へ、同地域の水素開発の現状や日系企業への期待などについてヒアリングを実施した(実施日:2024年5月22日)。
政府、業界ともに、洋上風力をメインとした再エネにより、グリーン水素を安定的に製造できるポテンシャルがある、としている。主な聴取結果をまとめると、以下の通りとなる。
ハイドロジェン・スコットランド(水素関連の業界団体)
当地で生産した水素生産には、初期からオフテイカー(引き取り手)を見込める。具体的には持続可能な化学製品製造やウイスキー蒸留所などを指摘した。前述のHAR1では、スコットランドで発電された再エネ電力による2件のグリーン水素プロジェクトが選定されており、クロマティ・ハイドロジェンのプロジェクトでは、グリーン水素の潜在的なオフテイカーとしてインバーゴードン地域のウイスキー蒸留所が想定されている。
スコッチ・モルト・ウイスキーは通常、瓶詰め前にオーク樽(たる)で10年以上熟成される。ということは、2025年以降にグリーン水素を使用すると、2030年半ばまでにカーボンフットプリントが正味ゼロであるスコッチ・ウイスキーを一般販売することができる。ウイスキー製造工程自体の脱炭素化で、2030年半ばには愛飲家が、完全に持続可能なスコッチ・モルト・ウイスキーを味わうことができるようになる。
また、蒸溜所セクターにおける水素の早期需要には、ウイスキーをスコットランド全土に輸送する大型車両の燃料としての水素利用も含まれる。スコットランド政府は、再エネによる発電容量のさらなる拡大を目指している。それにより、グリーン水素を輸出し、英国内や欧州で持続可能なエネルギーの需要に対応できるようになる。スコットランド政府の水素輸出戦略には、北海のパイプライン網を整備し、オランダ、ベルギー、ドイツなど鉄鋼をはじめとする製造業における低炭素水素の需要が高い国への水素輸送が含まれている。
課題は生産コストも一定の競争力あり
スコットランド開発公社(スコットランドの経済開発機関)およびスコットランド政府水素担当者
当地は製造能力のポテンシャルを有しつつも、製造および輸送のコストは課題になっており、コスト低減に向けた努力がなされている。もっとも、スコットランド政府によると、コストが現状のままでもドイツでは(価格水準が)許容可能と見込んでいる。このことが、前述の欧州への輸送に力を入れる理由の1つになっている。
またスコットランド政府は、当地から水素を輸出するうえでの強みとして、(1)豊富な再生可能資源、(2)需要地への近接性、(3)パイプラインなどの既存インフラなどを挙げている。水素の製造、輸出技術の開発は日々進展がある中、前提条件が変わっていくことも予想されるが、輸出における強みがあることは、製造、輸送ともに開発を進める上での、スコットランドの強みの1つと言えるだろう。
日本勢には生産技術の提供に期待
スコットランド政府の水素担当者によると、今後、水素サプライチェーンを構築、増強していく上で、日本には電解槽およびその技術開発、提供に期待しているとのことだ。また、英国の水素関連スタートアップの新技術と日本企業との協業などにより、工程マネジメントや生産規模の拡大を期待していることを強調した。世界レベルで水素技術の関連技術が進展する中、スコットランドから日本への期待が高まっている。両者の連携強化や日本企業の更なる進出につながるかどうかが注目される。
- 注1:
- 本目標は、保守党政権下で2022年4月に発表された「エネルギー安全保障戦略」によるもの(2022年4月13日付ビジネス短信参照)。2024年7月に政権交代を果たした労働党は、2030年までに10GWのグリーン水素製造能力を目指すとしている。
- 注2:
- LOHCは、液体有機水素キャリアー(Liquid organic hydrogen carriers)の略。化学反応によって、水素を吸収・放出できる有機化合物。
スコットランドにおける再エネの今
- エネルギー政策と水素動向(英国)
- 洋上風力を支える港湾インフラ(英国)
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
菅野 真(かんの まこと) - 2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ロンドン事務所
奈良 陽一(なら よういち) - 2013年、東北電力入社。2023年4月からジェトロに出向し、調査部欧州課勤務を経て、2024年4月から現職。