Next100-地場テクノロジーCVC
ベトナムDXのキーパーソンに聞く(12)

2024年3月27日

イノベーションエコシステムのキーパーソンへのインタビューを通じ、ベトナムにおけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の動向や事業機会を探る本シリーズ。第12回は、ベトナム地場企業のコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)であるネクスト100ベンチャーズ(Next100 Ventures、以下「Next100」)を取り上げる。

Next100は、2001年創業の地場テクノロジー企業、ネクストテックグループが設立したコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)だ。2019年の設立以降、アーリーステージのスタートアップへの投資を行っている。同グループが有する20年以上の知見と、ベトナムおよび東南アジアの幅広いネットワークを生かし、スタートアップの競争力向上や長期的な成長を支援している。Next100の投資部門責任者(インベストメント・ディレクター)のドアン・バン・トゥアン氏に、現在の注目分野や、ベトナムのスタートアップエコシステムの特徴と課題、日本企業への期待について聞いた。(取材日:2024年2月19日)


ドアン・バン・トゥアン投資部門責任者(Next100提供)

ロゴマーク(Next100提供)

新型コロナ禍で投資戦略を見直し

質問:
現在の注力分野とその理由は。
答え:
Next100の主な投資先となるベトナムのスタートアップは、求人サイトを提供するTopCV、男性用アパレルに特化したEC(電子商取引)プラットフォームを提供するクールメイト(Coolmate)、農産品販売のECプラットフォームを提供するフードハブ(FoodHub)、デジタルマーケティングのラディページ(LadiPage)などだ。 新型コロナ禍以前は、テック系やSaaS(Software as a Service)のスタートアップへの投資に注力していた。しかし、2021年以降、新型コロナ禍で需要が高まっていたEC市場のなかでも、「DtoC(Direct to Consumer、注1)」の分野に重点を置くことにした。ネクストテックグループのエコシステムには金融(決済)、EC、ロジスティクス、倉庫、デリバリーなどの事業を行う関連企業があり、これらを活用できると考えた。AI(人工知能)のような先端技術もトレンドだが、莫大(ばくだい)な開発資金が必要で、収益化が難しい。売り手と買い手を直接マッチングさせるDtoCビジネスは、中間コストが削減され、消費者がよりリーズナブルな価格で購入できるようになるため、より効果的で需要があると判断した。戦略的にDtoCにシフトしたことで、現在、CVCとして業界で良いポジションを確立できていると認識している。
質問:
投資先企業の選定基準は。
答え:
投資先企業を選定する際に重視しているのは、持続可能な事業として利益を出せるか、早く成長できるかといった点だ。また、Next100はアーリーステージのスタートアップへの投資に特化しているので、投資先企業の成長性を見込む上で創業者の能力や資質が非常に重要になる。オープンマインドでビジネスに情熱があるか、金融の知識やソフトスキルがあるか、良いビジネスプランがあるか、パートナーや投資家と良い関係が築けているかなどに注目している。

優秀な人材は多いが、起業家は不足

質問:
ベトナムのスタートアップの強みは。
答え:
起業家精神が強く、専門分野の学習意欲が高い人材が多い点、テクノロジー分野で優秀な人材が多い点、新しいトレンドに適応するのが早い点が挙げられる。ベトナムの大学は実務を重視し、即戦力のテクノロジー人材を育成している。こうした人材が専門性を磨き、起業や事業開発をしている。
質問:
ベトナムのスタートアップエコシステムの課題は。
答え:
第1に、ベトナムスタートアップに投資する場合、投資家もベトナム国内で投資登録証明書(IRC)を取得する必要があり、時間がかかることだ。このため、資金のベトナム国内への流入が遅れ、ベトナムスタートアップの成長の障壁になっている。現状、ベトナムのスタートアップがスムーズに外国投資資金を受け入れるためには、ベトナム国外に法人を設立する必要がある。その設立には、多大なコストと時間がかかり、スタートアップ企業にとって大きな負担となっている。第2に、ベトナムのマーケット規模は中国やインドのような大国と比べると小さいことである。第3に、経営、財務、ソフトスキルに関する一般的な知識が欠けている創業者が多いことだ。そのような知識不足により、外国人投資家とのコミュニケーションが困難になる場合もある。
質問:
近年、製造業だけでなく、小売り・卸売りやITなどの非製造業分野でもベトナムに進出する中国企業が増えているが、ベトナムのスタートアップエコシステムに与える影響は。
答え:
これは、ベトナムのスタートアップエコシステムにとってチャンスであると同時に課題でもある。ベトナムの企業やマーケットが中国投資家からより多くの資金を受け入れることができる半面、中国企業がベトナム市場に参入し、ベトナム企業と競合することもあるからである。

足元の環境は厳しいが、将来に期待

質問:
ベトナムのスタートアップエコシステムの今後の展望は。
答え:
短期的には、景気減速の中で米国の金利が高止まりしており、多くの海外投資家は投資に慎重になってきている。スタートアップが持続的に成長できるか、投資家の目は以前にも増して厳しくなってきており、スタートアップにとってはますます資金調達が難しくなっている。 長期的には、ベトナムは発展途上にあり、人々のモチベーションは高く、テクノロジーに強みがあることから、スタートアップ投資は今後も続いていくと考えられる。 スタートアップが価値を高めるには、マーケットとビジネスモデルが不可欠な要素だ。すなわち、十分な規模のマーケットで、プロダクトマーケットフィット(PMF、注2)を実現させることで、グローバル企業に成長する可能性が高まる。 ベトナムでは、今のところ破壊的イノベーションが起こる可能性は高くない。根本的な課題は、研究開発に割ける資金の制約だ。例えばAI分野でブレイクスルーを起こすには、巨額かつ長期の資金が必要になるが、多くのベトナムスタートアップは収益面を優先せざるを得ず、研究開発に投じるリソースは限られる。しかし、グローバルのトレンドを捉え、テクノロジーのアップデートを続けていくことで、将来、ベトナム発の革新的なグローバルスタートアップが生まれることにも期待したい。
質問:
日本企業への期待は。
答え:
ネクストテックグループは現在、ベトナム市場で成功を収めている企業の1つだ。強みは広範なネットワークにある。EC、フィンテックを中心に展開し、国内約20万店の顧客ネットワークを有しているほか、決済事業も運営しているため、金融機関とのコネクションも強い。また、海外には東南アジア5カ国(インドネシア、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、タイ)と中国にも拠点を構え、市場の理解に努めている。ネクストテックグループや出資先スタートアップと連携することで、日本企業がベトナムビジネスへの理解を早め、市場参入を果たすことにもつながるはずだ。

注1:
DtoC(Direct to Consumer)とは、メーカーなどが自社のECサイトなどから消費者に直販するビジネスモデル。
注2:
マーケットに適した製品を提供できている状態を指す。
執筆者紹介
ジェトロイノベーション部ビジネスデベロップメント課
高森 俊輔(たかもり しゅんすけ)
2023年、ジェトロ入構。同年4月から現職。