香港で何が売れるのか
富裕層に着目したビジネスモデルの展開

2024年3月21日

香港政府の発表によれば、2023年通年の実質成長率は3.2%となり2022年(マイナス3.7)から6.9ポイント回復する一方で、需要項目別では政府消費支出がマイナス4.3%、前年(8.0%)から12.3ポイント低下するなど域内消費の落ち込みも一部にみられた(2024年2月9日付ビジネス短信参照)。また、ジェトロが2024年1月に在香港日系企業などを対象に実施したアンケート調査では、2024年上半期の業績について「悪化」との見通しを示している企業の42.9%が、その理由を「香港市場での売り上げ減少」と回答している(2024年2月2日付調査レポート参照PDFファイル(2.04MB))。香港の消費が落ち込む中、香港へのビジネス展開や、香港を活用したビジネス展開にも新たな視点が求められている。

本稿では、香港の「富裕層」に焦点を当て、富裕層がどのような人々で、そういった人々に対しどのようなモノ・サービスをどのように届けるのか、事例に触れながら紹介する。

日本が身近に感じられる香港の現状

日本企業にとって、巨大な市場である中国へのゲートウェイ、テストマーケティングの地として位置してきた香港は、一般的に対日感情も極めて良好である。その象徴として、日本食や日本レストランは街にあれている。アニメや漫画のキャラクターがファストフード店をはじめとした飲食店のプロモーションに使われることもあり、日本の小売店の進出も進んでいる。

また、地理的に日本との距離が近いこともあり、日本に旅行する香港人も多い。日本政府観光局(JNTO)の訪日外客統計データ(時系列推移表、2024年2月末時点)によると、2023年の香港からの訪日客数は約211万人を超え、新型コロナウイルス感染拡大前の2019年の約230万人に迫る。その数は、訪日客数そのものでは世界4位だが、人口比でみると世界1位に躍り出る(表参照)。

表:国・地域別の訪日客数と人口に占める割合
順位 国・地域名 訪日客数(人) 人口(人) 人口に占める割合
1 韓国 6,958,500 51,325,000 13.56%
2 台湾 4,202,400 23,420,000 17.94%
3 中国 2,425,000 1,409,670,000 0.17%
4 香港 2,114,400 7,498,100 28.20%
5 米国 2,045,900 333,800,000 0.61%
6 タイ 995,500 70,000,000 1.42%
7 フィリピン 622,300 112,000,000 0.56%
8 オーストラリア 613,100 26,000,000 2.36%
9 シンガポール 591,300 5,920,000 9.99%
10 ベトナム 573,900 100,300,000 0.57%

出所:日本政府観光局(JNTO)「2023年訪日外客数(総数)」、UNFPA(国連人口基金)、台湾政府資料を基にジェトロ作成

しかし、こうした訪日旅行回復の影響により、香港での売り上げ拡大が難しくなっている商品・業種もあるという。ジェトロが2024年1月、主に日本のサプリや化粧品を輸入販売するバイヤーに行ったヒアリングによると、「日本への旅行が可能になったことに円安が加わり、小型で比較的安価なものでは、香港で売り上げを伸ばすのは難しい」との声が聞かれた。

富裕層の実態

香港で、親日という要素以外に着目すべきは「富裕層」だ。当事務所にも「香港の富裕層向けに自社商品を売りたい」という貿易投資相談が寄せられる。ただ、香港の富裕層の定義、嗜好(しこう)、動きを正しく理解した上で、商品マーケティングができていないケースも多い。

富裕層の定義の1つとして、High Net Worth Individual(HNWI)がある。投資可能資産が100万米ドル(約1億5,000万円)以上の個人を指す。香港の2022年のHNWIは62万9,535人(注1)で、総数では米国や日本に後塵(こうじん)を拝すが、20歳以上の人口が641万3,200人(注2)であることに鑑みると、約10人に1人がHNWIであることになる。

さらにその上位概念である、Ultra High Net Worth Individual (UHNWI)でみた場合、純資産が3,000万米ドル(約45億円)以上の超富裕層という定義では、都市別でみると香港は1万2,615人で、ニューヨークの1万1,845人を上回り、世界で最も多い(注3)。これら富裕層が所有する贅沢(ぜいたく)資産(luxury assets)について、資産価値が高い時計やジュエリー、アート〔20万米ドル(3,000万円)以上〕、別邸〔500万米ドル(7億5千万円)以上〕、車、ヨット、ジェット機を挙げる(注4)。

シティバンク(City Bank)が公表しているレポート(注5)によると、香港の富裕層[ここでの富裕層の定義は、純資産1,000万香港ドル(約1億9,000万円、1香港ドル=約19円)かつ流動資産100万香港ドル(約1,900万円)]は約40万人、うち1,700人以上に対して行ったアンケート調査では、70%の富裕層が「自分の子供たちのために家を買う」と回答しており、こうしたことから、多くのビジネスパーソンが、香港の富裕層の多くが所有する住宅関連ビジネスに注目している。

現地デザイナーと日本メーカーのコラボで日本の建築資材や家具を導入

香港の面積は東京都の約半分で、日本で最も小さい都道府県である香川県よりも狭い。うち約4割が自然保護区のため、残る6割の土地に、人口約750万人が住んでいることになる。そのため、不動産価格は高騰し、一軒家をもつことは難しいといわれているが、香港の富裕層の多くはデザイナーに自分好みの内装・外装を依頼し、一軒家を建てることが多いという。最近のトレンドの1つとして、日本のデザイン・機能性などの良さと香港の生活様式を熟知した香港人デザイナーに、日本の家具や建材を使ってもらい「日本式の香港の家」を設計してもらうというものがある。

富裕層を顧客にもち、日本式の住宅のデザインを手掛けるヒンテグロ デザイン(Hintegro Design)のキース・チャン(Keith Chan)氏 によると、富裕層は家を建てる際、オーダーメイドの家具や建材の使用を希望するという。日本の製品は往々にして高品質で価格が高いといわれるが、高品質のさらに上をいく、「一点モノ」が富裕層の住宅には求められることが多い。例えば、日本の温泉や銭湯が好きな富裕層から、自宅の風呂場を限りなく日本式にすべく、日本の温泉旅館の浴室と同じ高さの椅子、洗い台などの設計を要望されたこともあるそうだ。また、ドアノブなどの建材についても、既製品を使うのではなく、同デザイナーが日本のメーカーとコラボレーションしてデザイン・製造した事例もある。家具についても、香港の富裕層のライフスタイルに合致しつつ、日本の要素を取り入れたものが求められている。


日本式を取り入れた香港の家(Hintegro Design提供)

今まで、家具やデザイン製品においては、一般消費者向けの商材が多く、日本企業にとっては、販売代理店を開拓し、輸出し、小売店で売るという手法がメインであった。これに対して、富裕層の住宅に現地デザイナーとのコラボレーションを通して商材を入れていくというのは、従来の販売チャンネルに比べ、物量自体は多くないが、香港の富裕層に新たな価値を提供するという点で支持を受けている。日本企業側には、商品をアレンジできるか、小規模ロットで対応ができるか、という点も求められるが、価格競争にさらされ、なかなか売りきることができない状況を打開する方法として、新たなビジネスチャンスとなる可能性がある。


日本のメーカーとのコラボレーションでできたドアノブ(Hintegro Design提供)

富裕層に焦点を当て、新たなビジネスチャンスを

日本企業にとって商機がありそうなものは他にもある。例えば、日本企業からの輸出相談が多い化粧品だが、香港の小売店やオンラインでの販売を志向する日本の化粧品メーカーが多い中、日本製品は韓国製などに比べ、価格が高いという一般的な指摘がある。これに対し、富裕層向けのエステなどにターゲット顧客と分野を絞り、サービスとともに売り込んでいくという手法が考えられる。

富裕層の子女やペットなどに関連する財・サービスにも商機がありそうだ。香港では、子女教育にはお金をかける風潮があるほか、ペットの世話のみを仕事とするヘルパーを雇う富裕層がいる。

前述したUHNWIに関する調査レポート(注6)によると、富裕層は慈善活動を積極的に行い、スポーツへの関心も高いことが示されているため、関連分野にもビジネスチャンスが広がっているとの見方がある。

香港の「富裕層」がどのようなものに価値を見いだし、何を欲するのかを理解した上で、どうアプローチしていくのか。単に販売代理店を探すだけではない展開の方法を模索することが、今後より重要になっていくと思われる。


注1:
出所:Statista“Number of high net worth individuals (HNWI) in Hong Kong in 2022, by wealth range group”
注2:
香港政府“population census”から当該人口を抜粋。
注3:
出所:ALTRATA“World Ultra Wealth Report 2023”
注4:
出所:ALTRATA“World Ultra Wealth Report 2022”
注5:
Citibank“Hong Kong Affluent Study 2022/2023”
注6:
出所:ALTRATA“World Ultra Wealth Report 2023”
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
平井 志穂(ひらい しほ)
本部産業技術部、生活文化産業部、大阪本部を経て2023年10月から現職。