依然として開発途上の南部ハンバントタ地区(スリランカ)
2024年3月19日
スリランカ南部のハンバントタ地区にある港湾は、中国の資金によって開発され、スリランカがその債務返済に窮したため、現在は中国企業とスリランカ港湾局との合弁企業が運営している。西側諸国ではいわゆる「債務の罠(わな)」の例として知られている(注1)。スリランカ政府は現在も、中国の協力下でハンバントタの開発を推進している(2023年11月2日付ビジネス短信参照)。同地では今後、どのような開発が計画され、どのような事業機会があるのか。本稿では、ハンバントタの港湾運営企業や経済団体、政府機関や大学への取材を基に、同地域の経済概況を紹介する。
近年、貧困層の割合が高まるハンバントタ
ハンバントタ県は、ゴール県、マータラ県とともにスリランカ南岸の南部州に属し、面積は2,609平方キロメートル(km2)、2023年央の推計人口は約68万人だ。東西は106キロメートル(km)に及び、南方の沿岸部はインド洋に面している。同地での伝統的な産業は漁業だ。
経済的には、近年、貧困層の割合が高まっている。スリランカ・センサス統計局(DCS)の統計によると、同県は2016年時点では全国25県で3番目に貧困家庭の割合が少なかったが、2019年には、全国平均よりも貧困家庭の割合が高くなった(注2)。市場で野菜を販売する女性は、「地域の消費者の購買力は低い。野菜の売れ残りが多く、仕入れにかかる費用を下回る価格で販売せざるを得ないこともある」と話す(取材日:2023年11月21日)。
整備された交通インフラ
ハンバントタでは、同地域を地盤とするマヒンダ・ラージャパクサ元大統領の大統領就任以降に、港湾や空港、高速道路などのインフラが整備された。高速道路の開通により、中心都市コロンボとの間を3時間30分程度で結ぶ。その他、国際会議場、国際クリケット場、大型病院なども建設された。
ハンバントタ地区商工会議所(HDCC)会頭であり、駐サウジアラビア・スリランカ大使も務めたアズミ・タシーム(Azmi Thassim)氏は、「数年前はハンバントタ地区の住民から、海・空・陸のインフラ整備を通じた戦略的な拠点開発に期待が集まっていた。しかし、2022年春に経済危機に直面したことで、住民は当時のゴタバヤ・ラージャパクサ政権に対して否定的な反応を見せるようになった。適切な開発計画があれば、経済的なハブとして成長できただろう。スリランカは政治的透明性や安定性を確保しなければならない」と語る(取材日:2023年11月22日)。
RORO貿易が拡大するハンバントタ港
ハンバントタ港は、大型船が就航可能な17メートル(m)の深水港だ(注4)。香港を本拠とする中国の招商局港口(China Merchant Port)が70%の株式を保有し、スリランカ港湾局(SLPA)が残りの株式を持つ合弁企業であるハンバントタ・インターナショナル・ポート・グループ(HIPG)が運営している。同社営業・マーケティング部次長のビンドゥ・ラナシンハ(Bindu Ranasinghe)氏にハンバントタ港の現状と開発予定を聞いた(取材日:2023年11月21日)。
同港の主力は、RORO(Roll-on and Roll-off)船(注5)による貿易だ。同港は自動車の積み替えハブとしての機能を担う。開業以来、無事故を誇り、国際認証であるISO9001、ISO14001、ISO45001を取得している。現在、日本、韓国、インドの海運企業が利用しており、取扱量は年々増加している。インド南部チェンナイとは30時間程度で結ばれ、アフリカや中東、南西アジア各国との接続性も高い。実際にハンバントタ港を利用する企業によると、ROROのオペレーションは円滑だという。
現状では、ハンバントタ港のRORO貿易以外の機能は限定的だ。コンテナ船の積み替えはコロンボ港に大きく劣る。液化石油ガス(LPG)船やクルーズ船の就航も少なく、港内には、物流企業が3つの倉庫を構えている程度だ。また、カトゥナヤカ輸出加工区(EPZ)に認められている、民間企業による輸出入手続きを認めるフリーゾーン機能もない(2023年6月1日付地域・分析レポート参照)。
今後、ハンバントタ港では、コンテナ船をさらに呼び込むとともに、RORO船用のスペースを拡張する予定だ。
同氏は、「RORO貿易に注力する本港は、自動車関連サービスなどの企業との親和性が高い。ハンドルの左右組み換えや洗車など付加価値をつけた上で、再輸出をすることもできる。自身は毎年、日本に出張しており、日本企業との関係構築を図っている。ぜひ、日本の中古車関連企業などに進出してほしい」と熱望する。スリランカは2024年2月現在、自動車や二輪車の輸入を禁止しているが(2023年10月12日付ビジネス短信参照)、同港に一時的に自動車を輸入し、加工を経て再輸出することは認められている。
なお、中国政府の介入など政治的な影響については、「同港に、外国船舶はスリランカの税関や外務省の許可なしに入港できない。同港は商業的な目的で運営されているにもかかわらず、政治的に位置付けられ過ぎている」と語った。
自然と両立した開発がカギ
ハンバントタでは、港湾関連事業以外にどのような事業機会があるのか。
HDCCのタシーム氏は、「人材育成に向けた職業訓練校が必要だ。本地域はサファリで知られるヤラ動物公園や野鳥公園、エレファント・コリドーといった観光資源を抱え、スリランカ南部や東部のビーチとのアクセスも良好であるため、観光業はさらなる発展の余地が大きい。だが、ホスピタリティ分野の訓練施設が少なく、観光分野で教育を受けた人材が不足しているため、ホテルなどの開発も進まず、現状では地域での雇用機会が限られる」と指摘する。
スリランカ投資庁(BOI)はハンバントタを医薬品製造地区に指定しており、輸入代替による国内製造医薬品で、2025年までに国内需要の40%を満たすことを計画している。400エーカー(約1.6km3)の広大な土地を特徴とし、進出企業は、医薬品製造時に必要な環境規制の認可が取得しやすいことや、国内で販売する際の医薬品規制機関(National Medicines Regulatory Authority:NMRA)への登録を迅速に進められるという利点がある。また、ハンバントタ内にはミリッジャウィラ(Mirijjawila)輸出加工区(EPZ)がある。
BOIのミリッジャウィラ輸出加工区副所長のセーナカ・アベーセーカラ(Senaka Abeysekara)氏は、ハンバントタの投資環境について、「ハンバントタは、まだ開発途上にある。決して本開発自体が経済に悪影響を及ぼしたわけではなく、本地区は産業用地として適している。交通網が整っている一方で渋滞の心配はなく、人口集中による大気汚染など都市問題もないため、今後開発区域を広げる予定だ」と語る。
投資の現況や条件については、「本地区にはあらゆる分野の企業が投資可能であり、化学、食品加工、機械、鉱業、木材や物流分野などが有力だ。進出条件や優遇策は個別に対応する。また、日本企業も中国企業も公平な条件で同様に歓迎したい」と述べた。同地区には、中国石油化工(SINOPEC)が製油所の設置を決定しており、今後、セメント企業、鉄鋼企業、自動車修理関連企業やプラスチック関連企業なども同地に進出を検討しているという。
他方、ハンバントタはこれまで十分に開発されていなかったからこそ、事業機会があるともいえるだろう。国立大学のコロンボ大学農業研究所では、ハンバントタ地域の農業生産性向上や、化学肥料の使用量を減らした持続可能な農業経営を目指し、固有種の植物や農作物に関する研究や教育を行っている。
同研究所長のチャンパティ・グナティラカ(Champathi Gunathilake)氏は、「当地で自生しているある固有種の植物は抗酸化作用があり、病気を予防する医薬品として近年、注目されており、将来的な輸出も期待できる。ハンバントタはスリランカで最も降水量が少ない地域であり、そうした環境を耐え抜く植物のメカニズムには未解明な部分も多い。開発が進んでいなかったからこそ固有種の植物が保全されており、今後の研究の進展が期待されている。日本の大学や企業ともぜひ共同研究を進めたい」と強調した。
- 注1:
- 中国の「債務の罠」をめぐる議論については、荒井悦代「(アジアに浸透する中国)99年租借地となっても中国を頼るスリランカ」2018年10月、アジア経済研究所。榎本俊一「中国の一帯一路構想は「相互繁栄」をもたらす新世界秩序か?」2017年7月、経済産業研究所。Parks, B. C., Malik, A. A., Escobar, B., Zhang, S., Fedorochko, R., Solomon, K., Wang, F., Vlasto, L., Walsh, K. & Goodman, S., “Belt and Road Reboot: Beijing’s Bid to De-Risk Its Global Infrastructure Initiative”, November 2023, AidData at William & Mary.
- 注2:
- 県別で貧困世帯の基準は異なり、国民消費者物価指数によって算出される。
- 注3:
- コロンボ近郊からハンバントタの南部高速道路、ミリガマからクルネーガラの中部高速道路の区間以外の高速道路は開通していない。
- 注4:
- ハンバントタ港の詳細については、安永健太「中国「真珠の首飾り」戦略 スリランカ ハンバントタ港」『港湾』2021年3月、62-63ページ。
- 注5:
- RORO船は、車輪の付いた貨物を運ぶために設計された貨物船のこと。例えば、自動車、オートバイ、トラック、セミトレーラートラック、バス、トレーラー、鉄道車両などを輸送する。船上と船外の移動には、付属する車輪、あるいは自走式モジュール運搬車などのプラットフォーム車両を使う。港で貨物を効率的に転がすために、RORO船にはしばしばランプウェイやフェリースリップが内蔵されている。または、近くの港の陸上に設置されたものを利用する場合もある。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・コロンボ事務所長
大井 裕貴(おおい ひろき) - 2017年、ジェトロ入構。知的財産・イノベーション部貿易制度課、イノベーション・知的財産部スタートアップ支援課、海外調査部海外調査企画課、ジェトロ京都を経て現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー - 2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。