中東の食料事情とUAEの取り組み
中東の食糧安全保障(1)

2024年11月7日

G20農相会合が2024年9月14日にブラジルで開かれ、3年ぶりの合意文書となる共同宣言が発表された。共同宣言では、世界で7億3,300万人が慢性的な栄養不足に陥り、28億人が健康的な食生活を送ることができていないことが指摘され、世界の食糧安全保障には持続可能な農業や食料生産、流通、貿易が重要であることが強調された。2022年2月のロシアのウクライナ侵攻が世界的な食料危機をもたらしたことで、食糧安全保障は改めて各国の中で大きなテーマになった。

小麦由来の食品を主食とする国が多い中東各国もその例外ではなく、食糧安全保障が大きな課題となっている(2022年8月29日付地域・分析レポート参照)。そこで当連載の(1)では中東各国の食料事情をデータで見ていき、その後でアラブ首長国連邦(UAE)を例に、食糧安全保障への対応がどのように行われているのかを概説する。連載(2)では、実際にUAE現地での視察の様子を紹介する。

中東の食料事情と食糧安全保障の重要性

世界銀行が2024年6月に発表した「世界経済見通し」によると、イスラエルとハマスの衝突などの地政学的緊張やOPECプラスの石油減産方針の延長といった要因が存在するものの、中東・北アフリカの主要国の多くで、2025年以降、堅調な経済成長が予測されている(2024年6月28日付ビジネス短信参照)。特に産油国の多い湾岸協力会議(GCC)諸国では、非石油部門の成長が経済成長を下支えすると予測されている(2024年6月4日付ビジネス短信参照)。

一方で、食料生産量は、GCC諸国を中心に依然として限定的である。国連食糧農業機関(FAO)が公表している統計に基づき、2022年の中東主要各国の食料生産・輸出入について以下の表にまとめた。UAEやサウジアラビア、カタールといったGCC諸国は、トルコやイランに比べて、生産量および金額が非常に少なく、主食である麦類などは輸入に頼っている状態である。

表:2022年の食料事情

アラブ首長国連邦(UAE)
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 デーツ:40万 デーツ:3億8,600万 精製砂糖:70万 紙巻たばこ:50億7,400万 サウジアラビア:20億 小麦:166万 鶏肉:12億5,300万 インド:27億3,700万
2位 きゅうり:12万 ヤギ肉:2億7,100万 菜種油:53万 全粉乳:6億7,200万 イラク:17億2,500万 菜種/アブラナ種子:103万 加工食品:10億9,700万 ブラジル:20億9,800万
3位 ラクダのミルク:8万 ラクダ肉:1億1,100万 レンズ豆:35万 その他たばこ:6億700万 オマーン:14億9,500万 飼料製品:93万 菜種/アブラナ種子:8億9,100万 オーストラリア:16億7,100万
4位 ヤギのミルク:8万 鶏肉:8,600万 菜種/キャノーラ原油:30万 その他食品:5億9,300万 イラン:14億1,700万 サトウキビ・ビート糖:85万 全粒乳:7億2,600万 米国:14億2,900万
5位 トマト:7万 鶏卵:7,300万 ノンアルコール飲料:28万 チョコレート製品:4億9,500万 ソマリア:9億700万 アルファルファ:75万 アルコール飲料:6億9,900万 サウジアラビア:10億4,800万
6位 鶏卵:6万 牛肉:7,200万 デーツ:26万 菜種/キャノーラ原油:4億9,400万 クウェート:7億8,800万 稲(精米に相当):68万 牛肉:6億7,000万 フランス:7億6,300万
7位 ヤギ肉:6万 ラクダのミルク:5,100万 加工食品:23万 菓子:4億5,800万 中国:6億5,100万 精米:67万 小麦:6億4,800万 中国:7億6,100万
8位 牛乳:5万 きゅうり:4,500万 たばこ:22万 茶葉:4億3,900万 イエメン:5億7,100万 鶏肉:62万 たばこ:6億2,500万 英国:6億5,500万
9位 鶏肉:5万 ヤギのミルク:3,500万 全粒乳:19万 アルコール飲料:4億2,500万 リビア:5億300万 トウモロコシ:55万 菓子:5億7,300万 カナダ:6億2,700万
10位 ラクダ肉:4万 トマト:3,400万 小麦粉:16万 精製砂糖:4億1,200万 アフガニスタン:4億5,000万 大麦:53万 チョコレート製品:5億4,900万 ニュージーランド:5億8,800万
サウジアラビア
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 牛乳:253万 鶏肉:21億7,000万 精製砂糖:40万 菓子:3億2,000万 UAE:9億3,100万 トウモロコシ:460万 トウモロコシ:14億5,700万 インド:33億1,700万
2位 デーツ:161万 デーツ:15億6,600万 果物ジュース:34万 パスタ:2億9,700万 ヨルダン:3億4,700万 大麦:379万 鶏肉:14億3,300万 ブラジル:29億900万
3位 鶏肉:113万 牛乳:10億5,300万 牛の脱脂乳:33万 果物ジュース:2億6,000万 バーレーン:2億6,400万 小麦:188万 大麦:14億100万 UAE:22億2,700万
4位 小麦:80万 鶏卵:4億6,600万 配合飼料:27万 精製砂糖:2億4,200万 オランダ:1億1,100万 サトウキビ・ビート糖:165万 稲(精米に相当):13億7,400万 米国:17億3,100万
5位 トマト:66万 オリーブ:4億1,400万 食品廃棄物:20万 牛の脱脂乳:2億3,700万 インド:1億100万 稲(精米に相当):130万 精米:13億4,800万 オーストラリア:13億9,900万
6位 スイカ:61万 トマト:3億1,400万 全乳:19万 デーツ:2億900万 トルコ:6,900万 精米:128万 加工食品:11億1,600万 アルゼンチン:11億6,500万
7位 ジャガイモ:61万 ラクダ肉:2億3,700万 デーツ:17万 プロセスチーズ:2億400万 エジプト:4,700万 大豆菓子:107万 パーム油:9億9,100万 マレーシア:10億100万
8位 オリーブ:39万 小麦:1億8,900万 パスタ:15万 全乳チーズ:1億3,200万 レバノン:3,300万 大豆:72万 サトウキビ・ビート糖:7億5,600万 オランダ:8億1,500万
9位 鶏卵:38万 ヤギ肉:1億8,800万 ノンアルコール飲料:13万 動物性/植物性油:1億2,200万 インドネシア:2,800万 パーム油:69万 チョコレート製品:7億4,900万 エジプト:8億800万
10位 玉ねぎ:31万 羊肉:1億5,600万 菓子:11万 配合飼料:1億1,700万 カタール:2,500万 飼料製品:52万 小麦:7億3,200万 ドイツ:7億2,600万
カタール
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 トマト:4万 鶏肉:4,800万 動物性/植物性油:8,000 その他動物:2,400万 サウジアラビア:1,300万 大麦:22万 鶏肉:3億800万 インド:5億8,800万
2位 デーツ:3万 デーツ:2,900万 飼料・食品廃棄物:800 動物性/植物性油:1,200万 UAE:1,200万 稲(精米に相当):18万 加工食品:1億9,600万 トルコ:3億100万
3位 鶏肉:3万 トマト:2,100万 バナナ:800 馬:400万 オランダ:500万 精米:18万 羊肉:1億6,700万 ブラジル:2億8,400万
4位 きゅうり:2万 鶏卵:1,500万 トマト:700 牛乳バター:300万 英国:300万 小麦ぬか:16万 牛肉:1億4,800万 米国:2億5,300万
5位 ラクダのミルク:2万 ラクダのミルク:1,100万 牛乳バター:600 ソーセージ:200万 バーレーン:300万 鶏肉:14万 稲(精米に相当):1億4,400万 オーストラリア:2億1,800万
6位 鶏卵:1万 羊のミルク:700万 ココナッツ:300 バナナ:60万 マレーシア:200万 玉ねぎ:8万 精米:1億4,400万 オランダ:1億9,200万
7位 羊のミルク:1万 きゅうり:700万 ソーセージ:300 飼料・食品廃棄物:50万 クウェート:200万 小麦:8万 羊:1億3,700万 オマーン:1億5,600万
8位 ヤギのミルク:1万 ヤギのミルク:400万 鶏卵:300 アイスクリーム:40万 ベルギー:200万 穀類:8万 菓子:1億1,500万 フランス:1億400万
9位 カボチャ:1万 唐辛子・ピーマン:300万 レタス:200 その他食料調製品:30万 オマーン:200万 トウモロコシ:7万 チョコレート製品:1億1,400万 マレーシア:1億
10位 牛乳:1万 牛乳:300万 コーラナッツ:200 鶏卵:30万 フランス:100万 精製砂糖:7万 馬:1億600万 南アフリカ共和国:9,800万
イスラエル
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 牛のミルク:164万 鶏卵:10億6,100万 ジャガイモ:15万 デーツ:3億3,000万 米国:4億5,100万 小麦:179万 牛肉:9億8,100万 ブラジル:7億8,700万
2位 鶏肉:55万 牛乳:6億8,400万 人参とかぶ:10万 その他加工食品:2億7,100万 フランス:2億5,700万 トウモロコシ:156万 小麦:6億1,700万 米国:7億1,400万
3位 ジャガイモ:49万 牛肉:4億8,800万 みかん:10万 みかん:1億2,800万 オランダ:2億4,800万 大豆菓子:34万 トウモロコシ:4億7,700万 アルゼンチン:5億6,500万
4位 トマト:29万 鶏卵:2億1,300万 加工食品:8万 粗製有機物:1億1,800万 ロシア:2億3,300万 大麦:34万 その他食品:4億2,600万 ロシア:4億7,300万
5位 アボカド:19万 七面鳥:1億9,600万 デーツ:7万 菓子:1億1,600万 英国:1億2,400万 醸造/蒸留の残渣物:31万 牛:3億3,200万 イタリア:4億5,300万
6位 バナナ:18万 アボカド:1億7,300万 グレープフルーツ:6万 アボカド:9,600万 ドイツ:7,9000万 大豆:28万 たばこ:2億5,000万 ポーランド:4億4,700万
7位 グレープフルーツ:18万 オリーブ:1億4,700万 アボカド:5万 ジャガイモ:7,300万 中国:7,700万 精製砂糖:28万 チョコレート製品:2億3,400万 トルコ:4億3,800万
8位 鶏卵:17万 トマト:1億3,800万 唐辛子・ピーマン:4万 唐辛子・ピーマン:6,900万 日本:7,300万 トウモロコシぬか:26万 アルコール飲料:2億3,100万 ウクライナ:3億8,600万
9位 みかん:17万 ジャガイモ:1億2,200万 その他野菜:4万 ワイン:6,500万 スロベニア:6,100万 菜種かす:26万 大豆:2億2,700万 ドイツ:3億2,000万
10位 人参・かぶ:16万 羊肉:8,600万 菓子:3万 グレープフルーツ:6,400万 イタリア:5,700万 稲(精米に相当):20万 精製砂糖:1億9,900万 オランダ:3億1,200万
トルコ
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 牛乳:1,991万 牛乳:82億8,600万 小麦粉:321万 ヒマワリ油:18億8,800万 イラク:52億4,000万 小麦:891万 小麦:33億5,600万 ロシア:54億4,300万
2位 小麦:1,975万 牛肉:65億8,900万 パスタ:125万 小麦粉:15億7,000万 米国:18億3,800万 トウモロコシ:340万 綿糸:32億700万 ウクライナ:34億3,000万
3位 てんさい糖:1,900万 トマト:61億9,000万 ヒマワリ油:108万 鶏肉:10億6,700万 ロシア:18億3,100万 大豆:304万 ヒマワリ油:22億400万 ブラジル:28億700万
4位 トマト:1,300万 小麦:46億7,700万 みかん:88万 その他加工食品:9億8,600万 ドイツ:17億2,900万 大麦:159万 大豆:20億5,000万 米国:20億1,000万
5位 大麦:850万 鶏肉:46億4,600万 大豆ケーキ:86万 ヘーゼルナッツ:9億6,900万 シリア:10億8,300万 ヒマワリ油:145万 パーム油:12億600万 マレーシア:12億7,700万
6位 トウモロコシ:850万 ぶどう:35億6,800万 食品廃棄物:71万 菓子:9億4,100万 イタリア:7億8,500万 小麦ぬか:137万 トウモロコシ:11億6,600万 アルゼンチン:8億6,500万
7位 ジャガイモ:520万 オリーブ:31億7,500万 鶏肉:66万 パスタ:8億7,900万 英国:6億3,700万 大豆菓子:136万 大豆菓子:8億1,400万 インドネシア:8億300万
8位 りんご:482万 ヘーゼルナッツ:26億2,800万 レモン・ライム:59万 チョコレート製品:8億3,900万 UAE:5億8,300万 綿花:115万 ヒマワリの種:6億4,800万 中国:6億900万
9位 ぶどう:417万 茶葉:25億800万 トウモロコシ:55万 砂糖菓子:7億9,100万 オランダ:5億7,400万 パーム油:102万 加工食品:5億9,800万 ドイツ:4億8,400万
10位 スイカ:339万 綿:24億7,700万 トマト:51万 加工ナッツ:7億6,900万 リビア:5億6,000万 ヒマワリ種子:83万 天然ゴム:5億9,000万 オランダ:4億5,100万
イラン
順位 生産 輸出 輸入
量(トン) 金額(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル) 量(トン) 金額(ドル) 国(ドル)
1位 小麦:1,000万 鶏肉:40億1,500万 スイカ:38万 ピスタチオ:3億2,400万 UAE:2億3,700万 トウモロコシ:757万 トウモロコシ:25億6,200万 ブラジル:48億1,200万
2位 サトウキビ:800万 牛乳:31億2,000万 トマト:33万 デーツ:1億3,800万 トルコ:2億1,700万 大豆:275万 大豆:18億2,300万 インド:29億6,200万
3位 牛のミルク:750万 小麦:23億6,800万 デーツ:27万 砂糖菓子:1億600万 ドイツ:1億6,000万 大麦:207万 稲(精米に相当):13億600万 UAE:15億7,000万
4位 てんさい糖:500万 トマト:16億1,900万 りんご:18万 その他香辛料:1億200万 インド:1億4,300万 小麦:190万 精米:13億500万 マレーシア:7億5,500万
5位 トマト:340万 ピスタチオ:15億700万 玉ねぎ:16万 粗製有機物:9,700万 中国:9,300万 大豆菓子:131万 ヒマワリ油:11億8,300万 ドイツ:6億5,500万
6位 大麦:300万 牛肉:12億6,200万 トマトペースト:13万 レーズン:8,700万 アルメニア:9,300万 稲(精米に相当):126万 大豆:7億9,100万 トルコ:4億100万
7位 ジャガイモ:260万 ぶどう:12億1,500万 人参・かぶ:10万 トマトペースト:7,600万 アゼルバイジャン:8,000万 精米:126万 小麦:7億2,700万 カザフスタン:3億5,100万
8位 その他野菜:233万 羊肉:11億8,900万 砂糖菓子:10 りんご:6,300万 パキスタン:7,700万 サトウキビ・ビート糖:110万 大豆菓子:7億1,100万 アルゼンチン:3億4,100万
9位 オレンジ:232万 くるみ:11億2,100万 きゃべつ:9万 トマト:4,400万 カタール:7,200万 ヒマワリ油:67万 パーム油:6億5,100万 カナダ:3億100万
10位 鶏肉:209万 デーツ:10億100万 その他野菜:9万 乾燥いちじく:4,200万 カザフスタン:7,100万 パーム油:46万 サトウキビ・ビート糖:5億6,100万 ルーマニア:2億2,300万

出所:FAO統計からジェトロ作成

また、商品輸出に占める食料輸出額の割合を見ると、最新の発表(2020年~2022年の平均)では、最も高いイランが14%であるのに対して、最も低いカタールは3%となっており、その差10ポイント以上になる(図1参照)。

図1:総商品輸出額に対する食料品輸出額の割合の推移
アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタール、イスラエル、トルコ、イラン各国の2000年から2022年までの総商品輸出額に対する食糧品輸入額の割合の推移を示している。最新の統計ではイランが14%であるのに、カタールは3%と10ポイント近く差がある。

注:3年平均で算出された数値を採用。
出所:FAOからジェトロ作成

さらに、世界銀行が公表している各国のGDPに占める農業・林業・漁業の割合を見ても、GCC3カ国(UAE、サウジアラビア、カタール)は中東・北アフリカ(MENA)地域の平均値を下回っている(図2参照)。いわゆる第一次産業の経済の中での比重が、他のMENA地域に比べて、GCC3カ国は低いことがわかる。

図2:GDPに占める農業・林業・漁業の割合の推移
アラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、カタール、イスラエル、トルコ、イラン各国と、中東・北アフリカ地域の、GDPに占める農業・林業・漁業の割合の推移を示している。UAEやサウジアラビア、カタールは中東・北アフリカ地域の平均を下回っている。

注:アラブ首長国連邦(UAE)、カタールについては2023年の、イスラエルについては2022年、2023年のデータはなし。
出所:世界銀行からジェトロ作成

MENA地域では、人口の増加も見込まれている。2024年7月の国連の発表では、MENA地域の人口(注1)は2024年に5億8,148万人、30年後の2054年には8億1,929万人まで増加すると予測されている。イランやトルコなど既に1億人近い人口を抱える国だけではなく、サウジアラビアやUAEなど、これまで人口規模がそこまで大きくなかった国々でも、国際移住が要因で、2054年の人口増加率は20%を超え、さらなる人口の急増が予測されている(2024年7月19日付ビジネス短信参照)。急激な人口の増加は食料調達を難しくさせる要因となる。

多くの地域が乾燥した気候の下にあり、淡水資源が限られるアラビア半島は、耕作に適した土地が希少である。FAOが公表している中東各国の耕地可能面積(ヘクタール:ha、注2)が総面積に占める割合は次のとおり。

  • カタール:2万ha(1.7%)
  • UAE:9万ha(1.1%)
  • イスラエル:47万ha(21.3%)
  • サウジアラビア:364万ha(1.7%)
  • イラン:1,759万ha(10.7%)
  • トルコ:2,387万ha(30. 6%)

アラビア半島に位置するUAEやサウジアラビア、カタールは、総面積に占める耕地可能面積が1~2%ほどにとどまり、今後急激な増加が見込まれる人口の食料を確保するには耕作に適した土地が不十分であると考えられる。


砂漠地帯の広がるUAEの様子(ジェトロ撮影)

食糧安全保障確保のために

世界銀行によると、食糧安全保障は「全ての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的、社会的及び経済的 にも入手可能であるときに達成される」と定義されている。そして、2024年9月にリリースされた世界経済フォーラム(WEF)の報告では、食糧安全保障は政府機関だけではなく、民間企業や個人消費者が共同で取り組まなければならない課題であることが強調された。その中で紹介されている各セクターの役割については次のとおり。

  • 政府機関:変革の基盤を築く
    国家の課題の中で、食糧安全保障を優先するだけではなく、持続不可能な慣行や消費パターンを改善するため、経済の抜本的な変革を促進する。例えば農業研究への補助金や食料生産や貯蓄のための最先端の施設への投資などが挙げられる。バングラデシュの気候変動に強いコメの品種導入成功や、インドの世界最大の穀物貯蔵計画、ブラジルの農業セクターのイノベーション加速で農産物の主要輸出国のひとつに浮上したことは、この取り組みが前進している例である。
  • 民間企業:イノベーションの促進
    イノベーションを受け入れ、資本を動員し、政府が掲げる目標を実現する。通常これは、長期的な視点で比較的リスクの高いビジネスの決定を行うことを意味する。チリのリンゴ園での収穫ロボット導入はこの例であり、同国では人工知能(AI)を活用した農業技術が定着し始めている。
  • 個人消費者:持続可能な選択の支持
    意識的な選択をすることで、日常的に食品廃棄の防止に大きく貢献できる(注3)。例として、責任ある消費、地元産の商品を購入すること、家庭での廃棄物の削減、持続可能な慣行を提唱して情報を広めることが挙げられる。

この報告の中でWEFは、民間企業と個人消費者のそれぞれのセクションで、成功例としてUAEの取り組みも挙げている。そこで次章では、WEFが重要性を強調する、政府機関、民間企業、個人消費者の協力による、UAEの食糧安全保障を目指す取り組みを見ていく。

国・民間企業・個人が共同で取り組むUAEの食糧安全保障

UAEの気候変動・環境省が発表した「UAE食糧安全保障ガイド2023外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」によると、UAEは、砂漠気候のため農地は国土の5%、農業部門のGDP寄与率は0.1%にとどまり、食料の90%を輸入に頼っている。一方で、国連の2024年7月の発表によれば、2054年のUAEの人口は、2023年の約1,000万人から約1,600万人まで増加することが見込まれ、気候変動・環境省は食糧安全保障を国の課題として挙げている。こうした状況を踏まえ、同国では2018年、7つの国家戦略を発表し、「国家食糧安全保障戦略(National Food Security Strategy )2051外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」がそのうちの1つとされた。この戦略では、次の目標が設定された。

  • UAE を世界食糧安全保障指数で、2021年までに上位 10カ国、2051年までに世界最高にする(注4)
  • 近代技術を活用し、持続可能な食料生産を可能にすることを基盤とした包括的な国家システムを構築する
  • 国内生産を強化する(注5)
  • 食料源を多様化するための国際的なパートナーシップを構築する
  • 栄養改善に貢献する法律や政策を施行する
  • 廃棄物を削減するための法律や政策を施行する

本戦略により、食糧危機や緊急事態に対処できる強力な基盤が確立され、地域の貿易拠点としての重要性を損なうことなく、食料の輸入への依存を減らす戦略を積極的に推進していくことができるとしている。同省は、長期的な食糧安全保障実現のため、革新的な農業技術と持続可能な農業慣行のための投資を積極的に行い、国内生産を最大化し、外国への依存を減らすとしている。また、国内の食品製造と加工の促進を推奨して、食品産業強化を図る。さらに、法整備も進められている。食料の戦略的備蓄の規制に関する連邦法2020年第3号では、経済省に報告書や統計、研究、食品の経済評価の作成、消費量の推定、食料余剰もしくは不足の判断、食品の生産と供給に関するデータベース作成の権限を付与し、食糧安全保障の実現を目指している。他にも、気候変動・環境相が議長を務め、複数の省庁が参画する国家食糧安全保障評議会(注6)や食品と農業分野の国内企業による食糧安全保障同盟が存在しており、国を挙げての政策だけでなく、民間企業も巻き込んだ動きが活発なことがうかがえる。

前述のガイドで、UAEの気候変動・環境省は、農業分野の研究・開発に多額の投資を行うことで、研究機関のネットワーク構築や能力向上、政府機関と民間企業、国際的な研究機関との相乗効果の構築を図るとしており、既にすすむ政府機関と民間企業の連携の具体例を報告している。例えば農業イノベーションの分野では、垂直農法や水耕栽培、有機農法や環境制御農業などの最先端の技術と栽培方法を活用して、国内農業生産の増加と、農作物の品質向上を目指す取り組みが始まっている。2019年にアブダビ投資局(ADIO)が2億7,200万ドル相当の農業技術開発プログラムを導入し、民間企業7社との提携を発表した。これらの企業は既に計1億4,000万ドルのインセンティブを受け取っており、UAEの食糧安全保障のためのイノベーションを促進することが期待される。

加えて、水の使用量と炭素排出量が大幅に少ない垂直農法を、UAEにおけるアグリテックで重要な分野とし、これらの技術を使ってフルーツや野菜の生産能力を増やす企業の取り組みを紹介している。前述のWEFの民間企業の成功例としても、大規模な屋内農業施設で革新的な技術が導入され、垂直農法や水耕栽培によってUAEで生産、消費されるフルーツや野菜の割合が高まっていることが言及されている。

また、UAE政府が2019年に開始した「フードテック・チャレンジ」も、民間企業と政府機関とのパートナーシップが重要な役割を果たしている例として、WEFに挙げられている。同コンテストでは革新的な農業技術に賞金や助成金などが授与され、これまでにいくつかの技術が中東やその他地域に試験的に導入されている。これにより、有望技術の発展が促進され、食糧安全保障のためのイノベーションの原動力になっていることが報告されている。

さらに、WEFの個人消費者の項目では、国家イニシアチブ「Ne’ma(National Food Loss and Waste Initiative)」が成功例として挙げられている。このイニシアチブはSDGsの12番目の項目である「つくる責任、つかう責任」に沿い、2030年までに国内の食品廃棄物を半減させることを目標とする。農場から生産者、流通業者、小売業者、レストラン、家庭と、生産から消費までの全ての関係者で食品ロスと廃棄に取り組むために2020年に発表された。気候変動・環境省はNe’maを通じて、日々の活動の中で国民が持続可能な食生活を身につけることの重要性を訴えようとしている。

ここまで、中東の食料事情と土地柄から食糧安全保障が非常に重要であること、そしてUAEでは、政府機関、民間企業、個人消費者が連携して、食糧安全保障確保に向けて取り組んでいることが分かった。後編となる「中東の食糧安全保障(2)」では実際の視察を通じたUAE現地の状況を紹介する。


注1:
アルジェリア、エジプト、リビア、モロッコ、チュニジア、イラン、バーレーン、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、レバノン、オマーン、カタール、サウジアラビア、シリア、トルコ、アラブ首長国連邦(UAE)、イエメン。
注2:
耕地(Arable land)と(恒久作物地)Permanent cropsの2022年の合計値。
注3:
世界銀行のレポートによると、世界で生産される食料の3分の1がライフサイクルを通して失われる、もしくは廃棄されていると推定されている。その量は年間約13億トンで、価値として1兆ドルにおよぶ。
注4:
エコノミストインパクト社が策定する、世界および各国の食糧安全保障の状況を指数化したもの。2022年のUAEは世界で23番目となっている。
注5:
果物(リンゴ・バナナ・レモン・デーツ・オレンジ)、野菜(葉物・トマト・ピーマン・ジャガイモ・キュウリ・タマネギ)、穀物(豆類、コメ、小麦、砂糖)、乳製品(赤肉、家きん、ミルク、卵)、魚、その他(油、粉ミルク、茶、コーヒー)の24品目を消費・生産・栄養の3つの面の主要品目としている。
注6:
気候変動・環境省、外務・国際関係省、産業・先端技術省、保健予防省、経済省、エネルギーインフラ省などが参画。

中東の食糧安全保障

  1. 中東の食料事情とUAEの取り組み
  2. UAEでミッション実施、現地視察の様子を紹介
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと)
2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。