2023年の対米投資は日本が5年連続の首位、その潮流を読む

2024年9月6日

米国商務省が2024年7月に発表した2023年末時点の米国の対内直接投資残高は、前年比4.4%増の5兆3,941億ドルになった(米国商務省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。外国からの直接投資残高は前年末に比べ2,270億ドル拡大し、低水準にとどまった前年の伸び率(2.0%増)を上回った。国別では、5年連続で日本が最大の投資元となっており、化学、輸送機械、コンピュータ・電子製品、卸売りなどの主要投資先業種において残高の増加がみられた。本稿では、対内直接投資残高統計を用いて2023年における外国からの対米投資動向を概観した上で(注1)、同年に明らかになった日本企業の投資事例を基に、日本からの投資の傾向を検証し(注2)、今後の行方を展望する。

業種別では製造業が4割強

投資元上位5カ国をみると、日本が前年比2.9%増の7,833億ドルとなり、2019年以降、5年連続で首位を維持した。日本に次いでカナダ(12.5%増、7,496億ドル)、ドイツ(7.6%増、6,578億ドル)、英国(4.9%減、6,356億ドル)、フランス(1.0%増、3,705億ドル)の順位となった(図1参照)(注3)。上位5カ国では、前年2位の英国が投資残高の減少により4位に後退。代わって、カナダが2位、ドイツが3位に1つずつ順位を上げた。また、日本からの投資残高の増加幅が221億ドルにとどまったのに対し、カナダとドイツはそれぞれ836億ドル、463億ドルと大きく増加し、残高差は縮小しつつある。この結果、米国の対内直接投資残高に占める国別シェアは、日本が前年の14.7%から14.5%に低下する一方、カナダは13.9%(前年:12.9%)、ドイツは12.2%(同11.8%)に上昇した。2023年におけるカナダ企業による大型の対米投資としては、ウラン採掘企業のカメコなどのコンソーシアムによる米電機大手ウエスチングハウス・エレクトリック買収(79億ドル)、カナダの産業機械オークション企業リッチー・ブラザーズ・オークショニアーズによる米中古車デジタル・マーケットプレイスのアイ・エー・エー(IAA)買収(70億ドル)、カナダのクリーンエネルギー企業パターン・エナジーによるニューメキシコ州とアリゾナ州での送電網構築(40億カナダ・ドル)などの発表があった。ドイツ企業による大型投資としては、フォルクスワーゲン(VW)傘下のスカウト・モーターズによるサウスカロライナ州での20億ドル規模の電気自動車(EV)製造工場建設の発表などが挙げられる。英フィナンシャル・タイムズのデータベース「fDi Markets」によると、製造業の工場建設やインフラ投資などグリーンフィールド分野におけるドイツ企業の対米投資発表件数は、2023年に196件と、前年の141件から増加した。

図1:米国の対内直接投資残高推移(UBOベース)
2010年から2023年までの各年における米国の対内直接投資残高および国別内訳の推移を示した図。対世界は右肩上がりで増加し、2023年に5兆3,941億ドルに達した。国別は日本、カナダ、ドイツ、英国、フランスのデータを表示。日本が2019年以降、5年連続で首位を維持。2023年は日本、カナダ、ドイツ、英国、フランスの順位。2023年には、英国が4位に後退。カナダが2位、ドイツが3位に順位を上げた。

注:投資主体を最終的に所有またはコントロールしている事業体〔最終的な実質所有者(UBO:Ultimate Beneficial Owner)〕が所在する国を基準とした集計値。
出所:米商務省経済分析局統計(BEA)から作成

業種別では、製造業が米国の対内直接投資残高の41.2%を占め、最大の投資先となった(表1参照)。製造業の中では、投資残高の最も多い化学が前年比2.1%増(155億ドル増)の7,667億ドル、これに次ぐ輸送機械が3.3%増(73億ドル増)の2,290億ドルとそれぞれ増加した。非製造業においては、最大の金融・保険業が0.8%減(46億ドル減)の5,738億ドルに減少した一方、2番目に多い卸売業は8.1%増(404億ドル増)の5,412億ドルに拡大した。

製造業では、2023年に特にEVに関連した韓国メーカーよる大型投資の発表が目立った。韓国の現代自動車とLGエナジーソリューションは5月、ジョージア州にEV用バッテリーセルを製造する合弁会社の設立を発表。出資比率は50%ずつで、総額43億ドル以上を投じる予定とした。6月にはゼネラルモーターズ(GM)と韓国のサムスンSDIが30億ドル超を投資してインディアナ州にバッテリーセルの製造工場を建設することが明らかになった。10月にはステランティスとサムスンSDIが32億ドル以上を投じ、インディアナ州で2カ所目のEVバッテリー工場を建設すると発表した。他方、近年、大型投資の発表が続いた半導体関連では、非米系企業による大規模な投資発表はみられなかった(注4)。ただ、非米系半導体メーカーの投資発表は、2024年に入り再び活発化しており、これまでに台湾積体電路製造(TSMC)のアリゾナ州での第3工場建設(第1、第2工場と合わせた投資総額650億ドル以上)や、韓国SKハイニックスのインディアナ州での半導体パッケージ工場建設(39億ドル)などが明らかになっている(注5)。一方、非製造業おいては2023年に、シンガポールの政府系ファンドGICなどによる不動産投資信託(REIT)のストア・キャピタル買収(138億ドル)、先述したカナダのリッチー・ブラザーズ・オークショニアーズによる米中古車デジタル・マーケットプレイスのIAA買収(70億ドル)などの大型M&Aが行われた(表2参照)。

表1:業種別対内直接投資残高(100万ドル)(△はマイナス値)
業種 2021年 2022年 2023年 構成比(%) 前年比(%) 前年差
合計 5,066,419 5,167,142 5,394,095 100.0 4.4 226,953
階層レベル2の項目製造業 2,149,821 2,164,970 2,223,555 41.2 2.7 58,585
階層レベル3の項目食品 111,532 100,590 107,385 2.0 6.8 6,795
階層レベル3の項目化学 817,685 751,112 766,652 14.2 2.1 15,540
階層レベル3の項目金属 95,710 100,614 106,493 2.0 5.8 5,879
階層レベル3の項目一般機械 102,003 112,893 131,933 2.4 16.9 19,040
階層レベル3の項目コンピューター・電子製品 191,614 191,233 194,747 3.6 1.8 3,514
階層レベル3の項目電気機械・部品 72,062 74,108 79,086 1.5 6.7 4,978
階層レベル3の項目輸送機械 213,407 221,733 229,010 4.2 3.3 7,277
階層レベル3の項目その他製造業 545,808 612,686 608,248 11.3 △ 0.7 △ 4,438
階層レベル2の項目卸売業 455,546 500,796 541,203 10.0 8.1 40,407
階層レベル2の項目小売業 174,528 188,356 198,572 3.7 5.4 10,216
階層レベル2の項目情報産業 259,867 254,691 261,295 4.8 2.6 6,604
階層レベル2の項目預金取扱機関 217,500 214,034 238,754 4.4 11.5 24,720
階層レベル2の項目金融(預金取扱機関を除く)・保険 632,465 578,476 573,833 10.6 △ 0.8 △ 4,643
階層レベル2の項目不動産・リース 185,612 191,793 213,329 4.0 11.2 21,536
階層レベル2の項目専門サービス 212,236 227,146 238,732 4.4 5.1 11,586
階層レベル2の項目その他産業 778,844 846,879 904,822 16.8 6.8 57,943

出所:米商務省経済分析局統計(BEA)から作成

表2:対米クロスボーダーM&A上位10件(2023年)
実施
年月
(完了ベース)
買収企業 被買収企業 金額
(100万ドル)
買収後出資比率(%)
企業名 国籍 業種 企業名 業種
2023年2月 投資家グループ シンガポール 投資会社,証券業,信託 Store Capital Corp 投資会社,証券業,信託 13,817 100.0
2023年11月 投資家グループ バミューダ諸島 投資会社,証券業,信託 Westinghouse Electric Co LLC 一般機械 7,900 100.0
2023年3月 Ritchie Bros Auctioneers Inc カナダ 卸売(耐久消費財) IAA Inc 卸売(耐久消費財) 6,988 100.0
2023年8月 Aurora Acquisition Corp 英国 投資会社,証券業,信託 Better Holdco Inc ソフトウェア 6,626 100.0
2023年2月 武田薬品工業株式会社 日本 医薬品 Nimbus Lakshmi Inc ビジネスサービス 6,000 100.0
2023年7月 アステラス製薬株式会社 日本 医薬品 IVERIC bio Inc ビジネスサービス 5,316 100.0
2023年7月 Saudi Arabia サウジアラビア ソフトウェア Scopely Inc ソフトウェア 4,900 100.0
2023年6月 ASSA ABLOY AB スウェーデン 修繕サービス Spectrum Brands Holdings Inc-Hardware & Home Improvement Segment 修繕サービス 4,300 100.0
2023年9月 John Swire & Sons Ltd 英国 投資会社,証券業,信託 Swire Pacific Holdings Inc 食料品 3,900 100.0
2023年12月 Thales SA フランス 航空宇宙・飛行機 Imperva Inc ソフトウェア 3,600 100.0

注:(1)買収企業の国籍は最終的な親会社の国籍、(2)1回の取引金額によるランキング、(3)業種はワークスペース(LSEG)の定義に基づく。
出所:ワークスペース(LSEG)から作成

医薬、EV関連で日本企業による大型投資

日本からの直接投資残高(7,833億ドル)の内訳をみると、最大のシェア(20.6%)を占める化学が前年比4.0%増(62億ドル増)の1,617億ドルとなった(表3参照)。同業種では、2023年に武田薬品工業による米バイオ医薬品企業ニンバス・ラクシュミ買収(60億ドル、マサチューセッツ州)や、アステラス製薬による同アイベリック・バイオ買収(53億1,600万ドル、ニュージャージー州)、味の素による遺伝子治療薬の医薬品開発製造受託機関(CDMO)フォージバイオロジクス買収(5億5,400万ドル、オハイオ州)、などのM&Aが行われた(表4参照)。うち、武田薬品工業とアステラス製薬による買収案件は、2023年に行われた外国企業による対米M&Aの金額上位5位、6位にそれぞれ位置づけられる。2024年に入っても、4月に小野薬品工業が米バイオ医薬品企業のデシフェラ・ファーマシューティカルズ(マサチューセッツ州)を約24億ドルで買収しており、日本の製薬企業による米企業買収が続いている。

グリーンフィールド投資では、富士フイルムが細胞治療薬のCDMO(開発・製造受託)を展開するウィスコンシン州、カリフォルニア州の拠点への設備投資(約2億ドル)を発表したほか、旭化成メディカル米子会社(カリフォルニア州)のバイオ医薬品CDMO能力増強などが明らかになった。富士フイルムは、2021年にノースカロライナ州でバイオ医薬品製造拠点の建設(20億ドル)、2022年に同州での生産拠点新設(1億9,000万ドル)、さらに2024年4月にも同州のバイオ医薬品製造施設に12億ドルの追加投資を発表しており、4年続けて大型投資を公表している。そのほか、2023年には、協和キリン(ニュージャージー州)、アステラス製薬(マサチューセッツ州)、日本新薬(マサチューセッツ州)など、日本の製薬企業による米国内での協業やイノベーション創出を目的とした拠点開設の発表が続いた。米国内における慢性疾患の増加、高齢化の進行に伴う医薬品需要の高まり、自社開発パイプラインや人材拡充の必要性、あるいはバイデン政権による研究・開発予算増額や医薬品サプライチェーン強靭(きょうじん)化の取り組みなどを背景に、日本企業が米国内各地で医療関連ビジネスを拡充する動きが広がっている。

表3:日本からの業種別対内直接投資残高(UBOベース)(100万ドル)(△はマイナス値)
業種 2021年 2022年 2023年 構成比(%) 前年比(%) 前年差
合計 758,357 761,180 783,261 100.0 2.9 22,081
階層レベル2の項目製造業 358,037 361,155 375,680 48.0 4.0 14,525
階層レベル3の項目食品 5,777 5,975 6,287 0.8 5.2 312
階層レベル3の項目化学 155,547 155,502 161,653 20.6 4.0 6,151
階層レベル3の項目金属 11,166 12,236 13,110 1.7 7.1 874
階層レベル3の項目一般機械 19,781 20,688 22,240 2.8 7.5 1,552
階層レベル3の項目コンピューター・電子製品 39,797 41,606 43,757 5.6 5.2 2,151
階層レベル3の項目電気機械・部品 2,594 3,508 4,265 0.5 21.6 757
階層レベル3の項目輸送機械 72,620 66,351 66,641 8.5 0.4 290
階層レベル3の項目その他製造業 50,755 55,289 57,728 7.4 4.4 2,439
階層レベル2の項目卸売業 125,897 133,715 141,589 18.1 5.9 7,874
階層レベル2の項目小売業
階層レベル2の項目情報産業 15,771 16,476 17,130 2.2 4.0 654
階層レベル2の項目預金取扱機関 32,523 32,982 32,812 4.2 △ 0.5 △ 170
階層レベル2の項目金融(預金取扱機関を除く)・保険 127,011 105,098 100,646 12.8 △ 4.2 △ 4,452
階層レベル2の項目不動産・リース 28,362 31,349 34,469 4.4 10.0 3,120
階層レベル2の項目専門サービス 11,002 11,095 11,306 1.4 1.9 211
階層レベル2の項目その他産業

注:表中の「-」は個別企業のデータ保護のため非公表。
出所:米商務省経済分析局統計(BEA)から作成

表4:日本企業による対米クロスボーダーM&A上位10件(2023年)
実施
年月
(完了ベース)
買収企業 被買収企業 金額
(100万ドル)
買収後出資比率(%)
企業名 業種 企業名 業種
2023年2月 武田薬品工業株式会社 医薬品 Nimbus Lakshmi Inc ビジネスサービス 6,000 100.0
2023年7月 アステラス製薬株式会社 医薬品 IVERIC bio Inc ビジネスサービス 5,316 100.0
2023年12月 東京ガス株式会社 石油・天然ガス (石油精製 ) Rockcliff Energy II LLC 石油・天然ガス (石油精製 ) 2,700 100.0
2023年12月 投資家グループ 投資会社,証券業,信託 Silicon Carbide LLC 電子・電気機器 1,000 25.0
2023年10月 富士フイルムホールディングス株式会社 精密機器 KMG Chemicals Inc 化学製品関連 700 100.0
2023年12月 味の素株式会社 食料品 Forge Biologics Inc ビジネスサービス 554 100.0
2023年7月 ソフトバンクグループ株式会社 電気通信 Symbotic Inc ソフトウェア 500 29.0
2023年11月 大塚ホールディングス株式会社 食料品 Bonafide Health LLC ヘルスケアサービス(保健) 425 100.0
2023年10月 サンケン電気株式会社 電子・電気機器 Crocus Technology Inc 一般機械 420 100.0
2023年11月 株式会社みずほフィナンシャルグループ 投資会社,証券業,信託 Greenhill & Co Inc 投資会社,証券業,信託 371 100.0

注:(1)買収企業の国籍は最終的な親会社の国籍、(2)1回の取引金額によるランキング、(3)業種はワークスペース(LSEG)の定義に基づく。
出所:ワークスペース(LSEG)から作成

製造業で化学に次いで多い輸送機器の投資残高は0.4%増(3億ドル増)の666億ドルとなった。バイデン政権が2022年に成立させたインフレ削減法(IRA)に基づくEVなどクリーンビークルの普及策(購入や製造に係る税額控除など)、これに後押しを受けた完成車やバッテリーメーカーの生産拠点新増設の動き、新車販売市場の回復とEV・ハイブリッド車のシェア上昇などを背景に、2023年に日系メーカーによる投資発表が続いた(注6)。完成車メーカーでは、トヨタ自動車が6月にケンタッキー州の生産拠点での2025年EV生産開始(注7)、およびミシガン州の研究開発本部にEVバッテリー試験施設の増設(5,000万ドル)を発表したほか、11月にはノースカロライナ州に建設中のEV用バッテリー工場への80億ドルの追加投資を発表した。今回の追加投資により、トヨタの同州バッテリー工場への累計投資総額は約139億ドルに達し、5,000人以上の雇用を創出することとなる。他方、部品メーカーによる投資としては、同年にトヨタ紡織のケンタッキー州での新工場建設(2億2,500万ドル)や、日立アステモのケンタッキー州生産拠点の電動化に向けた拡張投資(1億5,300万ドル)、OTICSのテネシー州での拡張投資(1億4,700万ドル)、東プレのオハイオ州およびテネシー州での拡張投資(1億4,000万ドル)、豊田自動織機のジョージア州での新工場設立(6,900万ドル)、デンソーのミシガン州製造施設への追加投資(6,300万ドル)などが明らかになった。

前年に続き、EVバッテリーに関連したメーカーの投資も複数みられ、大日本印刷が2億3,300万ドルを投じてノースカロライナ州にバッテリーパウチ製造の工場建設を発表したほか、旭化成がノースカロライナ州でのリチウムイオン電池用セパレータ塗工能力の増強、東洋インキがケンタッキー州での北米第2拠点設立を発表した。これら事例から分かるように、自動車関連の投資の大部分が中西部から南東部にかけての地域に集中する。同地域に立地する州は、投資額や雇用者数に応じて助成金や税優遇を提供するなど、州知事を筆頭に投資誘致に熱心に取り組んでいる。なお、自動車以外の輸送機器としては、ホンダエアクラフトによるノースカロライナ州の施設への投資と新型ビジネスジェット機の製造(5,570万ドル)、空飛ぶクルマの開発を手掛けるスカイドライブによるサウスカロライナ州への拠点設立、コマツによるミシガン州のEV用バッテリーメーカー買収などが同年に明らかになった。

半導体、食品、不動産などにも動き

その他の主要業種では、コンピュータ・電子製品の投資残高が5.2%増(22億ドル増)の438億ドルに拡大した。バイデン政権は2022年に成立させたCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)の下、総額390億ドルの助成金を梃に国内の半導体製造能力増強を進めており、これに応じた大手半導体メーカーによる生産拠点の新増設、人工知能(AI)の普及や自動車の電動化に伴う国内の半導体需要増などに対応した日系企業の投資発表が近年みられる。2023年に明らかになった投資案件としては、デンソーと三菱電機のシリコンカーバイド・ウエハー製造などを手掛ける米事業会社への出資(計10億ドル、デラウェア州)、富士フイルムの半導体用プロセスケミカル事業買収(7億ドル、テキサス州)、レゾナックのカリフォルニア州シリコンバレーでの半導体後工程R&D拠点新設、ミタチ産業のミシガン州での半導体・電子部品など販売子会社設立、Nippon Expressホールディングスのアリゾナ州での半導体専用倉庫開設などがあった。台湾や韓国の半導体大手がCHIPSプラス法に基づく助成金や融資、投資税額控除などの受給を前提に、巨額を投じて半導体工場建設を進めるのに対し、日本からは半導体サプライチェーンの上流に位置する素材や化学品、半導体製造装置・部品を供給するメーカー、あるいは製造関連サービスを手掛ける企業による投資が主流となっている。

また、他業種に比べ規模は小さいものの、食品の投資残高が5.2%増(3億ドル増)の63億ドルに拡大した。2023年にはヤクルトのジョージア州での製造拠点設立(推定3億500万ドル)、日清食品のサウスカロライナ州での工場新設(2億2,800万ドル)、旭酒造のニューヨーク州での酒造開設などの発表があった。M&Aでは、大塚製薬の米子会社が女性の健康分野に特化した製品の製造販売を行うボナファイドヘルスの買収を発表した(4億2,500万ドル、ニューヨーク州)。近年、南東部や中西部を中心に日本の食品メーカーによる工場建設が活発化しており、上記以外にも、2022年にキユーピーがテネシー州での生産拠点新設(6,200万ドル)を発表したほか、2024年に入りキッコーマンが1月にウィスコンシン州に米国第3工場建設(5億6,000万ドル)、森永製菓が7月にノースカロライナ州に第2工場建設(1億3,600万ドル)を発表している。こうした動きの背景には、日本食の人気拡大や長期的な人口増で成長持続が見込まれる米国市場の取り込み強化に加え、新型コロナウイルスによるパンデミック下のサプライチェーン混乱を経験し、さらなる地産地消を進めたいメーカー各社の戦略がある。

一方、非製造業においては、2023年に最大の卸売業の投資残高が5.9%増(79億ドル増)の1,416億ドル、次いで金融・保険が4.2%減(45億ドル減)の1,006億ドル、不動産・リースが10.0%増(31億ドル増)の345億ドルとなった(注8)。これら業種のうち、前年からの伸びが最も高い不動産・リースでは、2023年7月に三菱地所と大成建設がジョージア州アトランタ市で賃貸住宅を中心とする大規模複合開発事業(総事業費約525億円)への参画を明らかにするなど、人口増加が続くサンベルト地帯と呼ばれる南部を中心に日本の不動産事業者、住宅メーカーが住宅開発を手掛ける動きが近年、活発化しつつある。2024年4月には積水ハウスが米国での戸建て住宅の供給体制強化のため、米住宅会社のM.D.C.ホールディングス(コロラド州)を約49億ドルで買収した。このほか、不動産関連では同年に、九州電力のイリノイ州での物流施設開発事業参画や、NRSのアリゾナ州での総合物流拠点新設、大創産業のテキサス州での物流センター開設、などが発表された。大創産業は2023年7月に米国100店舗目をオープンさせており、2030年までに米国内の店舗数を1,000店舗に拡大する目標を掲げる。パンデミック後の国内の堅調な消費や物流量の増大に対応した動きが進展している。

日本企業の投資意欲は高水準も、政策変更リスクに留意

既述の投資事例で見てきたように、2022年成立のIRA、CHIPSプラス法などバイデン政権による安全保障上の戦略分野(EV・バッテリー、半導体、製薬、再生可能エネルギーなど)を対象とした国内産業振興策、新型コロナ・パンデミック後の国内需要の急回復、あるいは地政学リスク回避を目的とした企業による地産地消の推進などを背景に、製造業を中心とするグリーンフィールド投資は高水準を維持する。前出の英フィナンシャル・タイムズのデータベースによると、グリーンフィールド分野における外国企業の対米投資発表件数は2022年に1,984件と、データを取得可能な2003年以降の過去最高を記録し、2023年も1,975件とほぼ横ばいで推移した(図2参照)。2024年1~5月の投資発表件数は1,121件と、既に前年の年間実績の半数を超えており、このペースを維持すれば過去最高値の更新が視野に入る。日本企業による投資発表も2022年の109件から2023年に125件に増加し、2024年1~5月は66件と、既に前年の半数を超えた。世界のグリーンフィールド投資が2024年に入り減少に転じている中、米国の状況は突出している。

図2:外国企業による対米クロスボーダーM&A、グリーンフィールド投資の推移
2005年から2024年(年初来)までの各年における対米グリーンフィールド投資件数、対米M&A件数、対米M&A金額を示した図。対米グリーンフィールド投資件数は2022年に1,984件と過去最高を記録し、2023年もほぼ横ばいで推移。一方、対米M&A件数は2021年のピークから2022~2023年は減少が続き、2023年は1,923件、同金額は1,737億ドルとなり、件数、金額とも前年を下回った。

注1:2024年はM&Aが1~6月、グリーンフィールド投資が1~5月までの数値。
注2:グリーンフィールド投資は発表ベースの件数。
出所:ワークスペース(LSEG)(2024年8月8日時点)、fDi Markets (Financial Times)から作成

一方、米国企業を対象としたクロスボーダーM&Aは低調な状況が続く。2023年の対米M&A件数は1,923件、同金額は1,737億ドルとなり、いずれも前年(1,960件、2,364億ドル)を下回った。2024年1~6月の対米M&A件数は779件と、前年同期の1,065件を大きく下回っており(金額は前年同期比6.5%増)、2024年内の急回復は見通せない状況だ。M&Aは例年、投資残高増加への寄与が大きいが、2023年には買収額が100億ドルを超える大型買収が1件にとどまった(表2参照)。近年のドル高や高金利による資本コスト上昇、持続するインフレ、企業買収審査の厳格化、世界景気後退への懸念、地政学リスクの高まりなど複合的な要因により、国境を超えたM&Aは世界的に低調な状況が続いており、2023年の対内直接投資残高の近年としては比較的低い伸びにつながったとみられる(注9)。ただ、こうした状況下にあって、日本企業による対米M&Aは2023年に208件、214億ドルと、件数、金額ともに前年(171件、91億ドル)から増加し、日本企業の投資意欲の底堅さを示した。2024年1~6月も件数(前年同期104件→73件)は減少したものの、金額は前年同期比63.4%の大幅増となった。資本コストやインフレの低下など既述の要因が解消に向かえば、さらなる増加の可能性はある。

米国は2024年11月に大統領選挙を控え、その結果次第では、IRAに基づく助成金や税額控除などの投資インセンティブ、金利水準、企業買収・合併審査、法人税制、環境・労働などの各種規制、関税政策、移民政策といった米国の投資環境と密接にかかわる政策に大きな変更が生じ得る。既述のとおり、外国企業による対米投資は2023年に、グリーンフィールド投資は堅調さを維持した一方、M&Aは低調に推移した。こうした中、日本企業は世界販売における米国市場を重視し、いずれの投資形態においても対米投資を加速している。2023年12月に明らかになった日本製鉄によるUSスチールの買収発表はその象徴的な事例の1つであろう。足元で対米外国投資委員会(CFIUS)の審査が進むが、実現すれば日本企業による過去最大級の対米M&Aとなる。対米投資に関する日本企業の方針については、ジェトロのアンケート調査においても、今後1~2年に米国事業を拡大する在米日系企業の割合上昇や、今後の事業拡大先として、ベトナムや中国を抑えて米国を挙げる日本企業(日本本社)が最も多いことが確認されている(注10)。11月の大統領選の結果がもたらす政策変更リスクを折り込みつつ、日本をはじめとする各国の企業の対米投資が今後どのように進展するのか注視される。


注1:
米商務省が作成する外国企業の直接投資に関連した統計としては、(1)国際収支統計に基づく外国直接投資取引外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ネット、フロー)および対内直接投資残高外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ストック)に関する統計、(2)在米外資系企業を対象に実施する調査から得たデータに基づく新規外国直接投資外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます多国籍企業の米関連会社の活動外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますに関する統計がある。これらのうち本稿では、国際的に統一された投資計上基準に基づき作成され、特定企業の活動の結果を過度に反映せず、かつ投資主体の最終的な実質所有者を示すなど、より各国の対米投資の実態を表したデータが取得可能な対内直接投資残高統計を用いることとする。
注2:
対内直接投資残高(簿価ベース)には、(1)外国企業の米国企業に対するM&Aやグリーンフィールド投資などが含まれる「株式資本」、(2)外国企業の本社と米子会社・関連会社間の資金貸借や債券の取得処分などを示す「負債性資本」、(3)外国企業の米子会社の内部留保などにあたる「収益の再投資」を含んでおり、各年における直接投資残高の増加と企業が公表する投資額(1)の積み上げは必ずしも一致しない。また、グリーンフィールド投資では、企業が公表した投資額がプロジェクト完工に至る複数年度にわたって投資残高に計上されることもある。
注3:
上位5カ国が、米国の対内直接投資残高全体の59.3%を占める。これら5カ国に次ぐ主要投資元として、アイルランド、スイス、オランダが続き、アジア大洋州地域ではオーストラリアが9位、韓国が12位、中国が20位に位置している。
注4:
米国の半導体メーカーでは2023年に、テキサス・インスツルメンツのユタ州での半導体工場建設(110億ドル)、アムコー・テクノロジーのアリゾナ州での半導体パッケージング・テスト施設建設(20億ドル)などの発表があった。
注5:
米商務省はこれら半導体メーカーの投資に対するCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)に基づく助成金の発表を進めており、2023年12月の英BAEシステムズES(助成額3,500万ドル)を皮切りに、台湾積体電路製造(TSMC)(66億ドル)、韓国のサムスン電子(64億ドル)、台湾のグローバルウェーハズ(4億ドル)、韓国のSKハイニックス(4億5,000万ドル)など16社への助成を公表済み(2024年8月30日時点)。
注6:
業種分類は北米産業分類システム(NAICS)に基づくが、投資プロジェクトの内容によっては、化学や一般機械、コンピュータ・電子製品、電気機械・部品など、輸送機械以外の業種に分類されるものもあると考えられる。
注7:
同社はその後、2024年2月にEV生産に向けケンタッキー工場に13億ドルの追加投資を発表、4月にはインディアナ州工場でのEV・バッテリーパック生産に14億ドル投資を発表している。
注8:
表3では、その他製造業やその他産業(金額非公表)に分類されるとみられるが、2023年には南部を中心に日本企業によるエネルギー分野での投資発表も続いた。東京ガスがテキサス州 ・ルイジアナ州における天然ガス開発・生産事業会社を27億ドルで買収(12月)したほか、伊藤忠商事のテキサス州での新設風力発電所出資(2月)、三井物産のテキサス州でのシェールガス・タイトガス開発・生産事業参画(4月)、大阪ガスのテキサス州での太陽光発電所開発(5月)、商船三井のルイジアナ州でのクリーンアンモニア生産・輸送プロジェクト出資(6月)などが明らかになった。背景には、バイデン政権のIRAに基づく風力、太陽光など再生可能エネルギー開発支援に加え、AI普及に伴うデータセンター増設や自動車の電動化により、世界的に電力需要の拡大が見込まれる中、より低炭素のエネルギー源が求められていることなどが要因として挙げられる。
注9:
2010年~2023年における対内直接投資残高の平均増加率は7.1%。
注10:
ジェトロは2023年9月に在米の日系企業1,694社(有効回答率42.7%)を対象に活動実態に関するアンケート調査を実施。今後1~2年で米国事業を拡大する企業の割合は、49.9%となった。また、2023年11月中旬~12月中旬に、海外ビジネスに関心の高い日本企業(本社)9,384社(有効回答率34.1%)を対象にアンケート調査を実施。今後の海外事業拡大先に、米国を挙げる企業の割合は2021年から3年連続で最多となっている。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 次長
米山 洋(よねやま ひろし)
1997年、ジェトロ入構。ジェトロ北海道、ジェトロ・マニラ事務所、海外調査部国際経済課長などを経て、2020年9月から現職。共著に『ジェトロ世界貿易投資報告総論編(2013年~2020年版)』『南進する中国とASEANへの影響』『ASEAN経済共同体』『FTAガイドブック2014』『分業するアジア』(ジェトロ)など。