政府、企業の資源調達を支援
海外資源確保を急ぐ韓国企業(1)

2024年8月13日

近年、経済安全保障の観点からサプライチェーン(供給網)強靭(きょうじん)化の必要性が指摘されるようになっている。その背景にあるのは、米中対立や、新型コロナウイルス禍、ロシアのウクライナ侵攻などの問題だ。これらは、韓国にも当てはまる。

韓国は生産に必要な資源の多くを海外に依存している。その中には特定国に大きく依存するケースが少なくない。そのため、韓国政府・企業は、資源の調達先多様化や、出資などによる資源確保を急いでいる。現在、特に関心が高いのが二次電池(リチウムイオン電池)原料や半導体原料だ。本稿では、このうち前者について、韓国政府の企業に対する支援策や、韓国企業の海外資源確保に向けた取り組みを中心に紹介する。

このテーマに関連した過去の地域・分析レポートとして、2023年に掲載した「韓国政府、二次電池のサプライチェーン強靭化を目指す」「原料の脱中国依存を模索」がある。本稿では、その後約1年間の動きをフォローするとともに、取り上げる韓国企業を大幅に増やした。

記事は、2回に分けて記述する。1回目は、尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の海外資源開発政策を中心に概観する。続く2回目は、韓国の主要な二次電池企業、同材料企業、総合商社の海外資源確保に向けた取り組みを概観する(後編「脱「中国依存」を推進」参照)。

減少続いた鉱業分野の対外直接投資が、足元で反転

まず、韓国の直接投資統計をみてみよう。韓国の鉱業分野の対外直接投資は、2000年代後半から2010年代初頭にかけて世界的な資源ブームに乗って急増した。しかし、2011年(85億4,906万ドル)をピークに急減している(図)。急減した理由として、(1)原油価格の下落、(2)資源開発に否定的な国内世論、(3)それを受けた政府予算額の大幅縮小、などが挙げられる。海外資源開発ブーム当時は、韓国石油公社や韓国鉱物資源公社(現・韓国鉱害鉱物公社)などの公的機関が大規模に投資した。しかし、投資回収が不調で、最終的に莫大(ばくだい)な損失の計上を余儀なくされてしまった。(2)は、これに起因する。さらに、その結果として、韓国石油公社の油田開発への出資規模縮小、韓国鉱物資源公社の資源開発事業中止につながった。

その後しばらく、鉱業分野の対外直接投資は停滞し続けた。しかし、2021年を底にして反転し、直近の2023年は2015年とほぼ同じ水準にまで回復した。このように、大きく落ち込んでいた韓国の鉱業分野の対外直接投資は近年、徐々に回復しつつある。

図:韓国の鉱業分野の対外直接投資の推移(実行ベース)
2000年1.4億ドル、2001年0.8億ドル、2002年2.1億ドル、2003年3.3億ドル、2004年3.3億ドル、2005年4.0億ドル、2006年12.9億ドル、2007年18.7億ドル、2008年41.1億ドル、2009年55.6億ドル、2010年75.6億ドル、2011年85.5億ドル、2012年79.6億ドル、2013年75.1億ドル、2014年57.8億ドル、2015年35.1億ドル、2016年29.7億ドル、2017年15.3億ドル、2018年17.9億ドル、2019年26.2億ドル、2020年19.6億ドル、2021年19.2億ドル、2022年24.2億ドル、2023年35.0億ドル。

出所:韓国輸出入銀行データベース

もっとも、韓国経済界からは、まだ不十分という危機意識が聞こえてくる。例えば、韓国で代表的な経済団体の1つ、韓国経済人協会(旧・全国経済人連合会)は2024年5月28日、「データでみる重要鉱物(注1)確保現況」を発表した。同協会は、重要鉱物7品目(銅、亜鉛、鉛、鉄鉱石、ニッケル、リチウム、コバルト)について、(1)世界で韓国企業が持ち分を保有している鉱山数が、米国、中国、日本などに比べてかなり少ない(注2)、(2)韓国の帰属生産量(注3)が全世界の鉱物生産量に占める割合は7品目いずれも1%以下、と指摘した。その上で、同協会は「重要鉱物は経済安保に結びついている。国家戦略の観点から、海外の鉱山の持分を増やし、官民の協力を強化すべき」と提言した。

メディアも危機意識を共有する。例えば、経済紙「イーデーリー」は社説(2024年5月29日)で「重要鉱物の供給網が貧弱なのは『失われた資源開発10年』の結果」「コロナ禍以降、(中略)世界の供給網のリスク要因が大きくなっている。賦存資源が貧弱な韓国の企業は、必要な量を輸入するしかない。今の構造では、韓国が第4次産業革命を成し遂げ、新産業の強国として浮上するのは難しい。供給網リスクを減らさなければならない」と警鐘を鳴らしている。

現政権は海外資源確保に積極的姿勢

韓国政府も同様の考えだ。このことは、尹政権発足から間もない2022年7月に発表された「尹錫悦政権の120大国政課題」からも読み取ることができる。海外での資源確保について、国政課題の21番目として「エネルギー安保確立および新産業・新市場の創出」を挙げた。その中で、具体的に「民間中心で海外資源産業エコシステムを回復」することを明記し、海外で資源確保に積極的に取り組む姿勢を示した。

尹政権の海外資源確保に関する一連の取り組みを整理した(表1参照)。

法的枠組みとしては、「経済安保のための供給網安定化支援基本法」を2023年12月26日に制定し、2024年6月27日に施行した(2023年12月13日付ビジネス短信参照)。同法の施行を受け、早速、政府の各部長官(日本の各省大臣に相当)や学識経験者などをメンバーとする「供給網安定化委員会」を発足させた。また、従来の政府中心で運用していた早期警報システム(EWS)を民間部門などに拡張する。さらに、「供給網安定化基金」を設立し、関係企業を支援することとなった。次いで2024年2月6日に「国家資源安保特別法」を制定した(2024年1月17日付ビジネス短信参照)。これは「核心資源」(石油、天然ガス、石炭、ウラニウム、重要鉱物など)に関して、韓国企業が(1)海外生産企業に資本参加する場合や、(2)備蓄を拡大する場合、(3)代替財を開発する場合などに、政府が支援するための根拠法となる。施行日は制定から1年後の2025年2月7日だ。

一方、政策面では、前述の「120大国政課題」を含め、終始一貫して、企業の海外資源獲得を支援する姿勢を取ってきた。その背景には、政権の危機感がある。危機感をここまで深めたのは、以下のような問題に直面してきたからだ。

  • 新型コロナウイルス感染拡大時、サプライチェーンの断絶に見舞われた(例えば、ワイヤハーネスや尿素の中国からの輸入が滞った)。
  • 米中対立の激化により、サプライチェーンの見直しが必要になった。また、特に二次電池は、鉱物資源の需要が世界的に増加する一方で、資源賦存が特定国に偏重しているため、サプライチェーン断絶のリスクが高まった。
  • 中国が黒鉛の一部品目の輸出管理を強化する措置を取った。
表1:資源確保に向けた尹政権の主な取り組み
年月日 取り組み
2022年7月27日 「尹錫悦政権の120大国政課題」を発表
  • 120に及ぶ課題の1つに「エネルギー安保確立および新産業・新市場の創出」を挙げ、「民間中心で海外資源産業エコシステムを回復」することを明記した。
2022年8月31日 資源に関連する公的機関の財務を改善するため、「財政健全化計画」を策定。
  • 対象は、韓国石油公社、韓国ガス公社、大韓石炭公社、韓国鉱害鉱業公団など。
2022年12月29日 「金属(非鉄・希少)総合備蓄計画」を策定・発表
  • レアメタル備蓄を拡大する。供給不足時の対応体制を強化する。
2023年2月27日 「先端産業グローバル跳躍のための重要鉱物確保戦略」を発表
  • 重要鉱物33品目を選定し、そのうち、半導体・二次電池などのサプライチェーン強靭化に必要な10品目を集中管理する。
  • 供給不足時の早期警報システムを構築する。備蓄を拡大し、国際協力・再資源化・技術開発を推進するのが狙い。
2023年4月27日 「第15回長期天然ガス需給計画(2023年~2036年)」を公告
2023年6月20日 「素材・部品・装置産業競争力強化および供給網安定化のための特別措置法」を改正(同年12月21日施行)
  • 法律名に「供給網安定化」を追加した。サプライチェーン強靭化に焦点を置く狙い。
  • 特定国からの輸入依存度が高い品目などを「素材・部品・装備供給網安定品目」に選定、重点的に支援する。
2023年11月28日 「重要鉱物供給網強化のための再資源化ロードマップ」を発表
  • 再資源化産業を育成することを通じ、重要鉱物などのサプライチェーン強靭化基盤を構築する。
2023年12月13日 「産業供給網3050戦略」を発表
  • 合計185品目〔二次電池19品目(人造・天然黒鉛など)、半導体17品目を含む〕に及ぶ「供給網安定品目」について、特定国への依存度を2022年平均70%から2030年までに50%以下に引き下げる狙い。
  • 特に海外で資源を確保する上では、資源保有国と協力する上での基盤を拡充し、民間プロジェクトを支援する。
2023年12月26日 「経済安保のための供給網安定化支援基本法」を制定(2024年6月27日施行)
  • 供給網安定化委員会を設置する。これにより、サプライチェーン管理を全政府レベルに拡大・強化する。
  • 経済安全保障品目を指定、早期警報システム(EWS)を運営する。危機対策本部を設置する。
  • 供給網安定化基金(5兆ウォン)を韓国輸出入銀行に設立する。経済安全保障品目の需給安定化に寄与する企業に優遇金利を適用する。
2024年2月6日 「国家資源安保特別法」を制定(2025年2月7日施行)
  • 石油、天然ガス、石炭、ウラニウム、重要鉱物などを「核心資源」に指定する。
  • 資源安全保障コントロールタワーを構築する。
  • 「核心資源」について、海外生産企業への資本参加、備蓄拡大、代替財開発などを進める韓国企業を支援するための根拠法として、整備する。
  • 緊急時における海外開発資源の国内導入命令、備蓄資源放出などを実施する。
2024年3月21日 「民官協力海外資源開発推進戦略」を発表
  • 海外資源開発を活性化するために、基本戦略と推進課題を提示した。
2024年6月27日 「経済安保のための供給網安定化支援基本法」を施行
「供給網安定化推進戦略」を発表
  • 同戦略の中で、海外での重要鉱物確保について、(1)海外子会社を通じて海外資源を取得する場合の投資税額控除支援の要件を緩和すること、(2)鉱山開発持分投資などに対して「供給網安定化基金」に基づく支援を推進すること、を規定した。
  • 「供給網安定化委員会」が発足した。

注:1ウォン=約0.11円(2024年7月末時点)。
出所:各種韓国政府発表資料を基に作成

直近では、産業通商資源部(日本の経済産業省に相当)が2024年3月21日、「民官協力海外資源開発推進戦略」を発表した。同部は策定の理由として、(1)韓国はエネルギー・天然資源需要の90%以上を海外に依存し、海外リスク要因に脆弱(ぜいじゃく)、(2)ロシアのウクライナ侵攻や資源保有国による資源の「武器化」などで、世界のサプライチェーンの不確実性が増大している、(3)電気自動車(EV)、二次電池など需要拡大により、重要鉱物(リチウム、コバルト、ニッケル、希土類など)の需要拡大が続く見通しになっている、といった点を挙げた。

その上で、同戦略は「民間主導の資源開発・産業エコシステム活性化」「国家資源安保機能強化」「政策の一貫性確保」の3点を基本軸とし、8項目の推進課題を示している(表2)。狙いは、民間主導の海外資源開発を通じ、重要鉱物のサプライチェーンを強靭化することだ。

ちなみに、「国内資源開発活性化」のうち「東海岸の沖合を中心にした資源探査・ボーリングを実施」について、6月3日に尹大統領が「韓国南東部の慶尚北道浦項市沖に、最大140億バーレルの石油・天然ガスが埋蔵されている可能性が高い」と明らかにしている。今後、試掘作業に着手する予定だ。

表2:「民官協力海外資源開発推進戦略」における8項目の推進課題
項目 内容(主要例)
財政支援の拡大
  • 公的機関の油田開発出資を支援。
  • 民間・公的機関の共同探査支援事業を新設。
税制支援の強化
  • 鉱業権取得のための投資に対する税額控除制度を再導入。
  • 重要鉱物の供給に関連し、製錬・精錬・再資源化技術に対する投資について税額控除を拡大。
人材養成プログラムの新設
  • 資源開発技術教育大学を指定。学部・大学院を統合的に支援する。
  • 企業在職者の実務教育を拡大。
技術開発拡大
  • 重要鉱物の特性に合わせ、技術開発を支援。
  • 既存の資源開発技術にビッグデータ、クラウド、AIなどを融合。技術を高度化。
国内資源開発の活性化
  • 東海岸の沖合を中心に、資源探査・ボーリングを実施。
  • 有望地域で公的機関の調査を先行。その後、民間のボーリングを実施することで、民間中心の鉱山開発を推進。
資源外交の強化
  • 資源国と協力了解覚書(MOU)を締結。こうした取り組みを通じて、民間企業の長期供給契約、油田・ガス田・鉱山確保などを支援。
  • これまでのMOU締結実績は、以下のとおり:(1)オーストラリア(重要鉱物協力実務グループ新設、2021年12月)、(2)インドネシア(企業間重要鉱物事業支援協力、2022年2月)、(3)ベトナム(重要鉱物の探査・開発・加工協力、2022年12月)、(4)モンゴル(レアメタル協力委員会の設立・運営、2023年2月)、(5)カナダ(BtoB、GtoGの協力体制構築、2023年5月)。
公的機関の役割強化
  • 民間の資源開発投資に対する人的・情報・技術支援を強化。
  • 供給不足時の対応のための主要な資源の戦略備蓄を強化。
法的・制度的基盤の整備
  • 「国家資源安保特別法」に基づく国家資源安保体制を構築。
  • 一貫性のある資源開発政策を推進。

出所:産業通商資源部「民官協力海外資源開発推進戦略」(2024年3月21日)を基に作成


注1:
韓国語の原文を漢字表記すると「核心鉱物」となる。
注2:
韓国企業が持ち分を保有している鉱山は36カ所。対して、米国は1,976カ所、中国1,992カ所、日本134カ所。
注3:
韓国の帰属生産量は、「韓国企業が持ち分を保有する36鉱山それぞれの生産量×韓国企業の持ち分率」の合計値。

海外資源確保を急ぐ韓国企業

  1. 政府、企業の資源調達を支援
  2. 脱「中国依存」を推進
執筆者紹介
ジェトロ調査部中国北アジア課
百本 和弘(もももと かずひろ)
ジェトロ・ソウル事務所次長、海外調査部主査などを経て、2023年3月末に定年退職、4月から非常勤嘱託員として、韓国経済・通商政策・企業動向などをウォッチ。