Web3.0でbitgrit、アブダビから世界に
イノベーションハブ・UAE(2)
2024年8月7日
アラブ首長国連邦(UAE)は中東のイノベーションハブとして成長著しく、世界中からスタートアップ(SU)が進出している。イノベーション分野で政府主導の成長戦略を打ち出しているUAEで、政府系機関の存在感は大きい。本稿の前編では、政府系アクセラレーション施設の取り組みについて紹介した。後編では、日系SUの活動事例として、アブダビのHub71に入居する、bitgrit(ビットグリット)の最高経営責任者(CEO)の向縄嘉律哉(さぎなわ・かづや)氏を通じて、アブダビを舞台に奮闘するbitgritの取り組みを聞いた(取材日:2024年2月19日、3月8日、4月18日)。
なお、同氏は2023年11月にアブダビで開催された「アブダビ・ファイナンスウイーク2023」に登壇し、政府関係者や投資家を前にピッチを披露している(2023年12月6日付ビジネス短信参照)。
- 質問:
- bitgritを立ち上げた経緯は。
- 答え:
- キヤノンでの特許技術者としての経験を通じて、発明者であるエンジニアが収益を得られる仕組みを自動化・透明化したいと考えた。その折、出張の際に中国でブロックチェーンについて偶然知ったことで、スマートコントラクトを用いた透明性・公平性を担保しながらビジネス化できる仕組みに感激。退社後の2017年にbitgritを立ち上げた。
- 質問:
- bitgritの事業内容は。
- 答え:
- AI(人工知能)の民主化をテーマとしており、Web3.0(注)技術を活用して、データサイエンティストが集まるプラットフォームを形成し、AIマーケットプレイスを通じてAIソリューションを提供することで、データサイエンスの活用を進めている。
- bitgritは、企業がAIモデルをクラウドソースし、データサイエンティストのコンペティションを通じてカスタムAIモデルを作り、優秀な人材をリクルートし、コミュニティーが開発したAIをマーケットプレイスでライセンスすることができるエコシステムだ。
- AI開発者は自身のモデルを簡単にbitgritにアップロードして収益化できる。これらのモデルはAIマーケットプレイスにリストアップされ、企業やbitgritのコミュニティーによって見つけられる。また、AI開発者は既存のモデルをカスタマイズしたり、特定のビジネス課題を解決するためにデータセットを接続するアプリケーションを作成したりすることも可能だ。bitgritのAIマーケットプレイスは「AIのApp Store」のようなもので、開発者が大規模な市場向けのAIを構築しリリースしやすくする場所となっている。
- 企業はこのマーケットプレイスからAIモデルをライセンスし、APIを通じてすぐに利用できる。また、自社のデータセットを使用してモデルを微調整することも可能で、外部のAI開発者とデータを共有する必要がない。さらに、企業はモデルを買い取って社内で使用することもできる。使った分だけ支払うシステムを採用しているため、実験がしやすく、AI開発者やデータセット提供者、bitgritもすぐに報酬を得ることができる。
- カスタムAIが必要な場合、企業はbitgritのコミュニティーを活用してモデルをクラウドソースするためのコンペティションを開催できる。数千人のデータサイエンティストが賞金を目指して解決策を提出し、その精度がリアルタイムで評価される。コンペティション終了後、最良のモデルが企業に展開される。この方式により、企業は大規模なタレントプールにアクセスでき、社内チームに頼ることなく、高品質なAIモデルを得ることができる。
- また、一部の企業はbitgritを利用して特定のAIコミュニティーにアクセスし、スキルを評価、データサイエンティストの人材リクルートをしている。プラットフォームでコンペティションを開催するほか、社内のトレーニングやテストのために、プラットフォームをホワイトラベルで提供することも可能だ。
- さらに、bitgritの全プラットフォームはAIの価値を可視化し、コラボレーションを透明に追跡し、異なるAI間の相互通信を可能にするWeb3.0技術と接続されている。bitgritのBGRトークンは、AIソリューションとしてデータサイエンティストから企業へ、企業からデータサイエンティストへと、価値が公平かつ透明に伝達されることを保証している。最終的には、異なるAIモデル間の相互通信を可能にし、bitgritを分散型のクラウドブレインとして、AIの進化を推進することを目指している。
- 質問:
- 現在、何人体制で仕事をしているか。
- 答え:
- bitgritは20人だが、中東に来ているのは3人で、日本人2人、インド人1人だ。そのほかは7カ国に分散している。
- 質問:
- なぜUAEを拠点に選んだか。
- 答え:
- bitgrit創業時から暗号資産(トークン)を発行することは決めていたが、日本では制約が多く、3~4年腰を据えて取り組む過程で苦労したこともあり、2020年ごろに国外に目を転じ、シンガポールやUAEのドバイなどを候補としていた。
- 一方で、創業当時に20カ国以上のデータサイエンスコミュニティーを訪問する中で、非常に熱心な人材の多かったインドと交流を深め、インド工科大学と提携するまでになっており、インドのコミュニティーからアブダビのHub71の存在を聞いて応募したという経緯がある。結果的に入居が決定したため、Web3.0の分野に力を入れるアブダビに軸足を置くことを決断して、現地に住居を移した。
- UAEは「大陸のへそ」と言われる交通の要衝だ。地理的な優位性、フライトも多く、インフラも整っていて安全なところから、アフリカなどの他の地域も見られる利点がある。住みやすいし、医療水準も高い。
- 質問:
- UAEでデータを扱う上での課題は。
- 答え:
- 法律が徐々に整えられる中、規制について当局と直接話し合いができることは有益だ。また、Hub71のような政府関連機関からの支援を受けることで、政府の仕事を受注することもできるため、UAE政府のデータを扱うような機会にも恵まれる。データの活用については、日本よりも前向きだと思うが、データそのものがまだ少ないという印象を持っている。
- また、収益性があれば、政府系ファンドからの投資も得られる。伝統的なビジネスをしている会社は暗号資産を取り扱えないが、その場合にはWeb3.0のファンドを通じて資金調達する道もある。
- 質問:
- シンガポールとUAEの制度面で異なる点は。
- 答え:
- シンガポールはWeb3.0を許容はするが、推進はしておらず、暗号資産に関係する会社は銀行口座を作ることができない。一方、アブダビでは銀行口座を作れるし、トークンの発行も可能だ。シンガポールではトークンの発行はできないが、アブダビはDLT Foundationという座組(ざぐみ)を用いて公式に発行できる。そのため、アブダビはWeb3.0の中心地となっている。ただし、トークン発行については新しく整備された法律なので、発行実績がまだない。当社が発行第1号案件の候補として現在、鋭意準備中だ。
- 質問:
- ドバイではなく、アブダビだったのはそうした理由か。
- 答え:
- そのとおり。また、ドバイにはWeb3.0の日本人コミュニティーがあるが、あえて先駆者が少ない環境が良いと思ったためだ。アブダビでHub71以外にはまだ拠点を設立するのに好ましいアクセラレーション施設はなく、そのため、Hub71にリソースが集中している。今年の審査で日本のSUが通過したと聞くので、日本のSUが増えるのは喜ばしい。
- 質問:
- ビジネスに関係する資金は全て暗号資産を使用しているのか。
- 答え:
- 場合による。社員には現金を好む人も多いので、現金で払わないといけないこともある。中東では暗号資産も現金もさほど違いはない。売却しても税金がかからないので、売り買いしても何も変わらない。日本だとクリプト(暗号資産)を発行して課税され、売って課税される。また、現金をクリプトに交換する際もP2P取引で交換可能だ。
- 質問:
- Hub71入居の審査基準は。
- 答え:
- アブダビに何を提供できるか、Hub71のエコシステムに何を持ち込めるかがカギとなる。自身が審査に通過した当時は、データサイエンスの分野で、かつ日本企業がいなかったのも一因と思われる。ほとんどがMENA地域のSUなので、親日的なUAEでは日本のSUであることがプラスに働いたと想像する。
- また、日本での実績だけでは弱く、グローバルカンパニーであることに大きな意味合いがある。幣社ではソフトバンクやNASA(米国航空宇宙局)との協業実績が強みとなっている。
- 質問:
- HUB71に居ることの利点はあるか。
- 答え:
- 信用を得られる点が大きい。UAEのビジネスでは、人と人とのつながりが大事だ。2年半経ってローカルの知り合いも増えてきた。データを取り扱う会社なので、信用は肝になる。苦労もあったが、地道に実績を積み重ねてネットワークを築き、周囲の信頼を獲得している。
- 質問:
- UAEの政府機関と仕事はしているか。
- 答え:
- 大学との取り組みは複数ある。モハメド・ビンザイードAI大学やカリファ大学とデータサイエンスの分野の協業や、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の衛星データを使った現地大学との協業実績もある。天候などのデータを分析する政府案件については、時間をかけて準備中だ。
- 質問:
- 2年半のアブダビ生活を通じて、中東のSU事情をどのように見ているか。
- 答え:
- 中東のビジネスでは中小企業という存在は希薄で、大企業か国営企業という印象だ。国から大企業に資金が流れ、ムバダラ投資会社(アブダビ政府100%出資の投資会社)によってHub71が作られるような現実の下で、UAEの大企業はグローバルカンパニーの商品を使いたがる傾向にある。こうした背景の中では中東のSUは生まれにくく、そのためにHub71が作られたとも聞く。つまり、外からSUを呼び込み、常に水を与えるための給水装置として、Hub71が存在する。国の仕事を受けやすい状態にあるので、Hub71に入居し、守られた環境でビジネスに集中できる。 日本からSUが来るだけではなく、オープンイノベーションをしている大手企業にとっても、UAEは面白い土地だろう。中東、アフリカという売り先があることがよいし、日本のモノづくりをしている大手企業が来ることは、中東のSUからしても有難いことと想像する。
- 質問:
- どれくらいのスパンでアブダビのビジネスを考えているか。
- 答え:
- 長いスパンで考えている。個人の所得税がなく、オイルマネーで潤っている土地だ。金利は5.5%と高い。通貨ディルハムがドルとペッグされているので、為替が大きく動くことがなく、取引がしやすいと感じる。環境の大きな変化がない限り、当面は腰を据える予定だ。
- 注:
- Web3.0(ウェブスリー)は、ブロックチェーン上で暗号資産などのトークンを媒体として、「価値の共創・保有・交換」を行う経済を指す。
イノベーションハブ・UAE
- 政府系アクセラレーション機関の動き
- Web3.0でbitgrit、アブダビから世界に
- 執筆者紹介
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ジェトロ横浜 所長代理
堀田 萌乃(ほった もえの) - 金融機関、外務省、在ザンビア日本国大使館(専門調査員)を経て、2014年4月にジェトロ入構。海外調査部中東アフリカ課、企画部海外地域戦略班(アフリカ担当)などを経て、2021年8月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ドバイ事務所
清水 美香(しみず みか) - 2010年、ジェトロ入構。海外調査部中東アフリカ課、海外調査企画課、ジェトロ埼玉などを経て、2023年9月から現職。