油価変動が物価高騰要因に(中東)
2020年以降の油価変動を振り返る
2024年3月15日
2020年以降、新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻などの原油価格に対する影響が顕著に見られた。2023年以降も、この年10月に発生したイスラエル・ハマスの武力衝突をはじめとする中東情勢の不安定化により、引き続き原油価格は変動している。
多岐にわたる産業で利用される原油の価格変動は、世界各国の実態経済やインフレ率などにも影響を与える。特に99%以上の原油を輸入に頼る日本経済への影響は大きい。本稿では、昨今の原油価格の変動が世界、ならびに日本に及ぼしている影響を検証する。
地政学的影響を受け、油価は初のマイナスに
2020年以降の原油価格の変動は、主に新型コロナウイルスの流行に伴う需要の減少と、それに対するOPECプラス(注1)の生産量管理によるものだった。
コロナ禍初期は、OPECプラスの協調体制が実現しなかったことや、米国の原油在庫の増加と余剰原油貯蔵能力の減少に伴う市場での購入意欲の低下により、2020年4月にはWTI原油先物価格は史上初めてマイナス価格(先物の売り手が金を払って引き取ってもらう状態)を記録した。その後、OPECプラスの減産措置によって価格は上昇し、コロナ禍により需要拡大が見込めない中でも価格を下支えした。2021年に入ると、コロナワクチンの普及などにより徐々に経済活動が回復するに伴って石油需要も回復し、供給面ではOPECプラスの計画を上回る減産によってさらに価格に上昇圧力がかかり、2021年10月には2014年10月13日以来の最高値を記録した。
その後、2021年末にかけては、オミクロン株の登場により再び世界的に経済活動が停滞すると需要も減少に転じたが、オミクロン株の死亡率があまり高くなかったことに加え、ロシアのウクライナ侵攻の兆候が報じられたことによって上昇することとなった。
図の通り、コロナ渦によるエネルギー需要の変動が落ち着いた2022年以降も、地政学的リスクによる需給の変化が原油価格を変動させ、こうした動きに対応するためOPECプラスや産油国による生産量の調整が継続した。2023年は、2022年と比較すると乱高下は見られなかったものの、依然として生産量の調整、地政学的リスクによる価格変動が見られた。
- 2022年2~3月の高騰と急落
2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受け、大きく上昇。
3月8日には、米国がロシア産原油の輸入禁止措置などを発動(ホワイトハウスウェブサイト参照)。
これを受け、市場では供給量減少の懸念が生じ、価格は同日でWTI、ブレントそれぞれ1バレル当たり123.64ドル、133.18ドルに上昇。 - 2022年6~9月の下落
6月までは月間減産幅を日量43万2,000バレルずつ縮小してきたが、2022年7月と8月には、縮小量を日量64万8,000バレルに修正。
9月にはOPECプラスが減産幅を日量10万バレルに大幅縮小し、市場への供給量を増加させることに合意。
8月3日時点の価格はWTI、ブレントそれぞれ1バレル当たり93.25ドル、101.82ドルだったものの、9月以降は下落し、最安値でWTIは80ドルを切り、ブレントは82ドル台まで落ち込み、それぞれ約17%、約19%の下落。 - 2022年10月の上昇
9月までは小幅ではあったものの増産を続けていたOPECプラスであったが、10月からは減産に踏み切ることに合意。
これを受け、10月に入ると価格は上昇し、WTI、ブレントそれぞれ、1バレル当たり92.58ドル(11月4日時点)、99.87ドル(11月7日時点)まで上昇。 - 2023年4月の高騰と7月までの安定
一部OPEC産油国の自主的追加減産とロシアの自主的減産により上昇。
その後、石油大規模需要国の米中の経済減速により下落するも、サウジが追加減産で下支え。 - 2023年9月、10月の上昇
9月:サウジの自主的追加減産に加えて、中国の石油需要が堅調だったため、価格は上昇。
10月7日にハマス・イスラエル間の軍事衝突。
ブレント価格は、1バレル当たり87.86ドルから91.37ドルまで上昇。
軍事衝突により中東産油国の供給途絶が危惧されたものの、支障が発生していないことから、その後は下落。 - 2023年12月の上昇
11月30日:OPECプラスの複数の加盟国が日量合計220万バレルの追加自主減産決定。
紅海におけるフーシ派による商船への攻撃活動が活発に。
紅海を避けるため南アフリカ共和国の喜望峰ルートに変更した影響により、輸送コストが増加。
2023年末の12月29日はWTI、ブレントそれぞれ1バレル当たり71.89ドル、77.69ドルに上昇。
混乱する世界経済
原油価格変動の実態経済への影響について、実質GDP成長率とインフレ率を主要国間で比較し、どのような影響を受けているのかを分析する(注2)。
IMFが2023年10月に発表した世界経済見通しによると、実質GDP成長率は、世界全体では2021年の6.3%から2022年は3.5%に減速し、2023年はさらに鈍化して3.0%となっている(表1参照)。
産油国は2022年に原油価格の高騰によってGDPを大幅に成長させた。
しかし、2023年にはOPECプラスの減産による価格の上方修正・安定化によって大きく減速し、サウジアラビアは2022年の8.7%成長から2023年には0.8%成長と伸び幅を大きく縮めた。OPEC主要国として積極的に行った自主的減産の影響が及んだと思われる。また、イラクについては、IMFは2023年12月19日付のプレスリリースにおいて経済活動は回復し2023年の非石油GDPは5%の成長が予想される一方で、石油の減産が全体の成長を圧迫しているとし、実質GDP成長率は2022年の7%から2023年はマイナス2.7%と大きく後退した。
一方、産油国でありながらも他産業の収入をより多く保有する中国、米国は油価の変動を受けにくい構図であることが見て取れる。
国名 | 2021年 | 2022年 | 2023年 |
---|---|---|---|
米国 | 5.9 | 2.1 | 2.1 |
サウジアラビア | 3.9 | 8.7 | 0.8 |
ロシア | 5.6 | △2.1 | 2.2 |
カナダ | 5.0 | 3.4 | 1.3 |
イラク | 1.6 | 7.0 | △2.7 |
中国 | 8.5 | 3.0 | 5.0 |
UAE | 4.4 | 7.9 | 3.4 |
世界 | 6.3 | 3.5 | 3.0 |
出所:IMFから作成
同報告書による世界のインフレ率を見ると、2022年は原油価格高騰の影響を受け、世界的には物価が上昇したことがわかる(表2参照)。一方で、サウジアラビアなど中東産油国では前年と比べてインフレ率に減少傾向が見られた。ただし、アラブ首長国連邦(UAE)はOPEC加盟国でありながらも消費国と同じく、2021年から2022年にかけてインフレが拡大し、2022年から2023年にかけては縮小の動きを見せた。これは、UAEでは2015年から燃料の小売価格に対する規制を撤廃し、燃料価格を国際価格と連動する変動制に移行したため、非OPECプラスの国々と同様、原油価格高騰がインフレ率に影響することが要因と考えられる。また、ロシアは、産油国ではあるものの、経済制裁などの影響でインフレ率は際立って上昇している。
国名 | 2021年 | 2022年 | 2023年 |
---|---|---|---|
米国 | 4.7 | 8.0 | 4.1 |
サウジアラビア | 3.1 | 2.5 | 2.5 |
ロシア | 6.7 | 13.8 | 5.3 |
カナダ | 3.4 | 6.8 | 3.6 |
イラク | 6.0 | 5.0 | 5.3 |
中国 | 0.9 | 1.9 | 0.7 |
UAE | △0.1 | 4.8 | 3.1 |
世界 | 4.7 | 8.7 | 6.9 |
出所:IMFから作成
99%原油輸入の日本、油価がインフレに影響
日本は原油のほとんどを海外からの輸入に依存しており、2021年と2022年がともに99.7%と輸入依存度が極めて高い(表3参照)。とりわけ、中東への依存度が高く、2022年は原油輸入量の約94.1%が中東からだった(表4参照)。国別では、2021年、2022年ともにサウジアラビアが最多、次いでUAEが多く、両国だけで輸入量全体の約8割を占める。この傾向は、資源エネルギー庁によって石油統計が公表されている1988年から継続しており、かつてはUAEが最大の輸入元国だったが、2005年からはサウジアラビアが最大の輸入元になっている。
2023年の日本の中東からの原油および粗油の輸入は10兆7,570億円であり、日本における同品目の輸入額の95.3%を占めた。石油製品(揮発油を含む)は前年比1.6%増の1兆2,414億円で、日本の同品目の輸入額の46.7%を占めている (2024年1月25日付ビジネス短信参照)。
年 | 生産 | 輸入 | 合計 | 輸入依存度 |
---|---|---|---|---|
令和3年(2021年) | 490,195 | 144,662,684 | 145,152,879 | 99.7% |
令和4年(2022年) | 420,775 | 158,641,580 | 159,062,355 | 99.7% |
出所:資源エネルギー庁「石油統計確報2023年11月」を基にジェトロ作成
年 | 合計 | 中東 | 中東依存度 |
---|---|---|---|
令和3年(2021年) | 144,662,684 | 134,068,585 | 92.7% |
令和4年(2022年) | 158,641,580 | 149,271,694 | 94.1% |
注:中東:イラン、イラク、サウジアラビア、クウェート、中立地帯、カタール、オマーン、アラブ首長国連邦、その他
出所:資源エネルギー庁「石油統計確報2023年11月」を基にジェトロ作成
日本のインフレ率は、2022年に2014年以来の2%台を記録し、さらに2023年には3.2%と1991年以来の3%台の上昇になった(表5参照)。インフレ率は、様々な事象が影響するため、原油価格の影響のみを抽出することは困難だが、日本銀行は、日本の消費者物価の変動の海外要因の1つとしてエネルギー価格(注3)を挙げている。物価への影響の中にはエネルギー価格の変動が含まれているとし、2021年から上昇傾向にある近年のインフレ率の背景の1つに、エネルギー価格の高騰があると分析した。
原油価格の変動は、物価に影響を与え、生産活動や消費行動を通じて実質GDP成長率へも影響を及ぼす。しかしながら、日本は石油製品産業による収入はほぼなく、加えて先に触れた米国や中国と同様に、産業構造が多角化しているために、産油国と比較すれば原油価格の変動がもたらす直接的なGDPへの影響は小さい。
項目 | 2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
インフレ率 | 0.3 | 2.8 | 0.8 | △0.1 | 0.5 | 1.0 | 0.5 | 0.0 | △0.2 | 2.5 | 3.2 |
成長率 | 2.0 | 0.3 | 1.6 | 0.8 | 1.7 | 0.6 | △0.4 | △4.2 | 2.2 | 1.0 | 2.0 |
出所:IMFからジェトロ作成
原油価格は、コロナ禍後も、ロシアによるウクライナ侵攻やハマス・イスラエル間の武力衝突、フーシ派による商船への攻撃など地政学的リスクに起因する需要の変動と、それに対するOPECプラスを中心とする産油国による供給管理が相互に作用しあって、影響を及ぼし続けてきた。経済への影響は、中東産油国と石油消費国ではその内容や程度は異なるが、インフレ率、GDPともに日本を含む世界全体の経済に影響を与えていることは明らかである。
OPEC、IEA(国際エネルギー機関)は共に、2024年の石油需要の拡大を見込んでいる(2024年2月22日付、2024年3月1日付ビジネス短信参照)。石油需要の拡大は、各国のエネルギー価格やインフレ率、引いては経済活動全般に影響するだろう。
- 注1:
- サウジアラビア、UAEなどOPEC加盟国と、ロシア、メキシコなど非加盟の産油国で構成される。
- 注2:
- 比較する国は、原油の生産量、輸出量、輸入量が多い国を選定。
- 注3:
- エネルギー価格とは、原油価格とは異なり国内でのエネルギーの価格を指す。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
吉田 柚葉(よしだ ゆずは) - 2023年10月~2024年3月、海外調査部中東アフリカ課にインターン生として在籍。上智大学総合グローバル学部3年生。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課長
松村 亮(まつむら まこと) - 1993年、ジェトロ入構。展示部、ジェトロ名古屋、ジェトロ・ダルエスサラーム事務所、企画部、輸出促進部、ジェトロ・上海事務所、ジェトロ大分、アジア経済研究所勤務などを経て、2023年5月から現職。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部中東アフリカ課
久保田 夏帆(くぼた かほ) - 2018年、ジェトロ入構。サービス産業部サービス産業課、サービス産業部商務・情報産業課、デジタル貿易・新産業部ECビジネス課、ジェトロ北海道を経て2022年7月から現職。