アジアの製造業の給与水準、10年で大幅上昇も都市間の差は拡大
2024年4月15日
ジェトロは毎年、「海外進出日系企業実態調査(アジア・オセアニア編)」(以下、日系企業調査)を実施している。同調査で、「従業員の賃金上昇」が在アジア日系企業の経営課題に挙げられて久しい。また、ASEANでは昨今、諸外国からASEANへの投資が活発化する中、人材獲得競争が厳しいという声も聞かれる。アジアにおける日系企業の給与水準はこの10年、また直近数年で、どのように変化してきたのか。本稿では、日系企業調査の結果を基に考察する。
製造業の給与水準は10年で大幅上昇
日系企業調査では、2008年度から職種別の月額基本給(以下、給与)と年間実負担額について、個社の給与データを基に平均値を計算し、ドル建てに換算して比較してきた。また、個社データにはバラつきがあるため、2019年度以降は、平均値に加えて中央値も確認し、現地の一般的な給与水準を調査してきた(注1)。
この10年で製造業・作業員(正規雇用の実務経験3年程度の一般工と定義)の給与の平均値がどう変化したかを示したのが図1だ。カンボジアはアジア地域内で比較的廉価な給与水準だが、10年前と比べて2.5倍と、上昇率が最も高かった。この期間、同国の最低賃金(注2)は80ドルから200ドルに上昇し、この動きに連動しているといえる。また、中国(576ドル、53.6%増)、インドネシア(377ドル、61.1%増)、インド(337ドル、55.3%増)、ベトナム(273ドル、68.5%増)、ミャンマー(112ドル、57.7%増)で、上昇率は1.5倍を上回った。他方、パキスタン、ラオス、スリランカでは、ドルベースの基本給は10年前より廉価になっている。ただし、これは2022年以降に進行した現地通貨安の影響よるもので、現地通貨ベースで見ると、それぞれ2.6倍、2.2倍、2.0倍に上昇している点に留意する必要がある。
国名 | 2013年 | 2019年 | 2023年 |
---|---|---|---|
スリランカ | 130 | 130 | 104 |
バングラデシュ | 86 | 104 | 114 |
ミャンマー | 71 | 159 | 112 |
ラオス | 137 | 160 | 129 |
パキスタン | 154 | 129 | 144 |
カンボジア | 101 | 196 | 257 |
ベトナム | 162 | 236 | 273 |
フィリピン | 248 | 236 | 271 |
インド | 217 | 278 | 337 |
タイ | 366 | 446 | 410 |
インドネシア | 234 | 348 | 377 |
マレーシア | 429 | 414 | 451 |
中国 | 375 | 493 | 576 |
出所:日系企業調査(2013年度、2019年度、2023年度)
直近5年は中国で大幅上昇、所得水準の低い国々で低廉さ維持
続いて、直近5年の給与の平均値と中央値を比べるとともに、どのような変化があったかを見てみる。図2は製造業・作業員の給与の中央値(上段)と平均値(下段)の推移を2023年の給与水準に応じて3グループに分類し、グラフに示したものだ。
まず、平均値と中央値を比較すると、全体的に中央値の方が平均値よりも低い傾向がみられる。両者の差がとりわけ大きかったのは中国とマレーシアで、2023年の中央値は平均値と比べてそれぞれ66ドル、48ドル低かった。年によって状況は異なるが、5年間で平均してそれぞれ66ドル、62ドル低い計算になる。これらの国では給与が幅広いレンジで分布しており、高い給与水準での雇用がみられるなど、企業によって雇用している人材のレベルに大きなばらつきがあることがデータで確認されている。
次に、2019年から2023年にかけての給与の変化を国ごとに見る。この期間、最も給与水準の上昇が大きかったのは中国だ。中国の給与は足元の1~2年、やや低下しているが、5年前と比べた給与の上昇幅は中央値が69ドル、平均値が83ドルだった。また、ASEAN主要国(マレーシア、インドネシア、タイ、ベトナム、フィリピン)では、タイを除く全ての国で中央値、平均値ともに上昇した。なお、タイは通貨バーツ安の影響で低下したが、2023年のバーツベースの給与は2019年より4.7%上昇した。インドも、5年前と比べた給与の上昇幅は中央値が41ドル、平均値が56ドルと比較的大きかった。
他方、後発開発途上国をはじめとした労働集約型産業が集積する国々では、経済・政治情勢が国によってさまざまなため、一概に比較できないが、バングラデシュは好調な経済成長に比して、低廉な給与水準を維持していると言えるだろう。カンボジアについては、平均値が2019年に200ドル近くで、後発開発途上国の中でも給与水準が突出していたが、2023年には250ドルを超え、さらに上昇した。一方、中央値は3年連続で210ドルとなり、高い給与水準の企業が一部あるものの、多くの企業が210ドル前後の水準を維持しているとみられる。
また、これらの国々の中には、通貨安の進行により、5年前よりドル建て給与が低下した国も見られる。ラオスでは、通貨キープ安により、ドル建て給与が大幅に低下した。キープ建て給与は上昇したが、それでも物価の高騰に追い付かず、給与は実質的にマイナスとなっている。周辺国への出稼ぎ労働者が増加する中、手当や給与水準の見直しなどを通じて、日系企業は人材の定着を図っている(2024年3月21日付地域・分析レポート参照)。
図2:製造業・作業員の月額基本給の推移 (397KB)都市別で給与水準に差、マクロ・ミクロ両面での調査が重要
ここまで、国の給与の平均値や中央値の変化を見てきたが、多くの国で省・州・都市圏など地域別に最低賃金が定められており、日系企業の給与水準にも差がみられる。作業員の給与を地域別にみると、表2のとおりになった。ベトナムは、国全体の中央値が251ドルとなっているが、北部のハナム省やハイズオン省、中部ダナン市では209ドルにとどまる。これはカンボジアのプノンペン首都圏と同水準だ。一方、北部ハノイ市、南部のビンズオン省やドンナイ省では中央値が272ドルで、国全体の中央値より約20ドル高かった。さらに、北部ハイフォン市は293ドルと、フィリピンのマニラ首都圏(303ドル)に迫る水準となっている。
インドネシアも、東ジャワ州の328ドルとジャカルタの394ドルで70ドル近く差がある。タイは、バンコクが500ドルを超え、マレーシアで製造業が集積するセランゴール州(434ドル)を上回った。他方、その他〔バンコクおよび東部経済回廊(EEC)以外の地域〕は343ドルで、バンコクとの差は160ドルと大きい。
順位 | 国・地域名 | 地域(省・州・都市圏) | 中央値 | 平均値 |
有効 回答数 |
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金額 | 前年比 | |||||
1 | バングラデシュ | バングラデシュ | 104 | 5.1 | 114 | 16 |
2 | ミャンマー | ミャンマー | 110 | 35.8 | 112 | 16 |
3 | ラオス | ラオス | 110 | 23.6 | 129 | 15 |
4 | パキスタン | シンド州 | 133 | 2.3 | 135 | 10 |
5 | カンボジア | その他 | 204 | 1.0 | 213 | 13 |
6 | ベトナム | ハナム省 | 209 | 11.2 | 207 | 15 |
7 | ベトナム | ダナン市 | 209 | △ 5.0 | 226 | 14 |
8 | ベトナム | ハイズオン省 | 209 | △ 1.4 | 228 | 15 |
9 | カンボジア | プノンペン | 210 | △ 1.4 | 280 | 25 |
10 | ベトナム | ロンアン省 | 223 | △ 23.6 | 249 | 13 |
11 | ベトナム | フンイェン省 | 230 | △ 6.5 | 253 | 28 |
12 | ベトナム | バクニン省 | 231 | 2.2 | 234 | 13 |
13 | フィリピン | セブ島 | 231 | 14.4 | 269 | 15 |
14 | インド | タミル・ナドゥ州 | 242 | △ 2.8 | 277 | 11 |
15 | インド | ハリヤナ州 | 242 | △ 13.6 | 343 | 12 |
16 | フィリピン | カラバルソン | 243 | 14.6 | 242 | 30 |
17 | ベトナム | ホーチミン市 | 256 | △ 15.0 | 296 | 30 |
18 | ベトナム | ハノイ市 | 272 | 5.4 | 291 | 36 |
19 | ベトナム | ビンズオン省 | 272 | 5.4 | 293 | 41 |
20 | ベトナム | ドンナイ省 | 272 | △ 0.7 | 296 | 45 |
21 | ベトナム | ハイフォン市 | 293 | 20.1 | 289 | 20 |
22 | フィリピン | マニラ首都圏 | 303 | 22.2 | 343 | 13 |
23 | 中国 | 東莞市 | 317 | △ 7.6 | 351 | 11 |
24 | インドネシア | 東ジャワ州 | 328 | △ 0.3 | 317 | 15 |
25 | タイ | その他 | 343 | 5.9 | 385 | 98 |
26 | インドネシア | バンテン州 | 360 | △ 1.6 | 401 | 14 |
27 | タイ | 東部経済回廊 | 371 | 7.8 | 398 | 80 |
28 | マレーシア | ペナン州 | 380 | △ 1.3 | 376 | 12 |
29 | インドネシア | 西ジャワ州 | 387 | 5.4 | 380 | 115 |
30 | インドネシア | ジャカルタ | 394 | 1.8 | 417 | 31 |
31 | インド | カルナータカ州 | 397 | 3.7 | 431 | 12 |
32 | マレーシア | ジョホール州 | 403 | 8.0 | 429 | 11 |
33 | マレーシア | セランゴール州 | 434 | 9.6 | 482 | 52 |
34 | 中国 | 青島市 | 483 | △ 5.8 | 483 | 21 |
35 | 中国 | 大連市 | 490 | △ 8.9 | 507 | 20 |
36 | タイ | バンコク | 503 | 9.3 | 506 | 35 |
37 | 中国 | 蘇州市 | 552 | △ 6.6 | 589 | 32 |
38 | 中国 | 天津市 | 591 | 3.7 | 746 | 14 |
39 | 中国 | 成都市 | 690 | 10.0 | 689 | 14 |
40 | 中国 | 広州市 | 690 | △ 3.1 | 721 | 13 |
41 | 中国 | 上海市 | 853 | △ 14.4 | 832 | 23 |
42 | 台湾 | 台北市 | 1,257 | 3.5 | 1,323 | 21 |
43 | シンガポール | シンガポール | 1,814 | △ 1.7 | 1,936 | 42 |
44 | 香港 | 香港 | 2,045 | △ 6.4 | 2,138 | 12 |
注:有効回答数10社以上の地域のみ。
出所:日系企業調査(2022~2023年度)
アジアの給与水準はこの10年で大きく変化した。所得水準が低い国々を中心に、依然として低廉な労働力が得られることが分かった。また、ASEANやインドでは給与水準は上昇しているものの、中国と比べると、引き続き廉価な水準にある。本稿は、人件費に焦点を当ててその変化を分析したものだが、各国のビジネス環境を比較する上では、人材の豊富さや、求めるレベルの人材の確保のしやすさが異なる点に留意する必要がある。また、各国の最低賃金や労働需給に加え、政府の産業政策、日本を含めた外資企業の進出動向なども給与水準に影響する。製造拠点の設置に当たっては、人材を取り巻く環境をマクロ・ミクロの両面で調査をするのが重要になるだろう。
- 注1:
- 給与水準の中央値と平均値を分析した過去のレポートは、2020年4月15日付、2021年5月12日付、2022年7月4日付地域・分析レポートを参照。
- 注2:
- カンボジアの最低賃金は、縫製業と製靴業が適用業種となっているが、他分野の製造業もこれにならうことが通例となっている。
- 執筆者紹介
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ジェトロ調査部アジア大洋州課
山口 あづ希(やまぐち あづき) - 2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職