チェコ、ルーマニア、西バルカンの最新動向
現地所長が解説(後編)
2024年10月31日
ジェトロが2024年9月24日に開催したウェビナー「現地所長が語る!中・東欧ビジネスの最新動向」の紹介の後編(前編は「ポーランドとハンガリーのビジネスの最新動向」参照)。本稿では、チェコ、ルーマニア、スロベニア、クロアチア、西バルカン諸国の最新の政治経済動向やビジネス環境を紹介する。
プラハ事務所・志牟田所長「チェコの政治経済概況と注目点」
プラハ事務所の志牟田剛所長は、冒頭、チェコがドイツを始めとする西欧の生産拠点であり、かつ消費市場に地理的に近いこと、また西欧より相対的に安価な労働コストにより、生産拠点としての優位性を有することから、外資系企業の誘致に成功し、多くの日系企業もチェコに進出している点を述べた。同国の政治・経済・貿易・産業・進出日系企業の動向などについて幅広く概説した。
発言要旨
2021年12月から政権を担うペトル・フィアラ政権は一貫して親EU・親NATO路線であり、グリーンディール、対ロシア制裁の主要政策でEUと共同歩調をとっており、チェコの政策の予見可能性は高い。EUとの良好な関係をもとにEUからの補助金を活用し、グリーン、デジタル分野での取り組みを推進中。
経済動向について、実質GDP成長率は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けた2020年から回復傾向にあり、2023年はマイナス成長だったが、2024年はプラスに転換の見込み。約3万ドルの1人当たりGDPは中・東欧で最も高い水準で、消費市場としてのポテンシャルがある。失業率はEUで最低、賃金上昇率も高く、これは消費市場としてはプラスとなる点だが、生産面では労働力不足や生産コスト上昇につながる点である。しかしながら、この点は中・東欧共通の状況と言える。チェコの製造現場ではロボット導入による省人化・自動化の需要の高まりが見込まれるが、チェコにおけるロボット導入率は低く、伸びしろが大きいため、日系企業にとって商機と思われる。主要経済指標は新型コロナ禍前の水準をほぼ回復し、インフレ率も2022年に10%台後半と高い伸びを示したが、2024年に入ってからはチェコ国立銀行(中央銀行)がインフレ目標に定める2%程度に沈静化している。
チェコはEU、NATOと連携し、ウクライナからの避難民受け入れや財政支援を積極的に行っている。政府はウクライナの戦後復興への関与に関し、特にエネルギー、水処理、農業、医療機器の4分野で強い関心を示しており、日本企業との連携可能性も示唆している。
エネルギー情勢については、EUの政策にのっとり、政府は2033年の脱石炭を目指し、原子力と天然ガスを石炭代替のエネルギー源として位置づける。天然ガスは、2020年には100%ロシアからの輸入に依存していたが、ロシアのウクライナ侵攻後に依存度を減らし、ヨゼフ・スィーケラ産業貿易相は2023年2月、ロシアからの天然ガスの輸入がなくなったことを発表した。
貿易では、EU加盟国、特にドイツが主な相手先で、2022年にEU向けは輸出の8割超、輸入の5割超を占めた。品目別にみると、機械類・輸送用機器(特に自動車・電気機器)が輸出入ともに最多。製造業がGDPに占める割合は2022年に約23%で、EU平均(16.8%)より高く、日本と同様「ものづくり」の国であると言える。特に自動車産業はGDPの9%を占める主要産業であると言われている(チェコインベスト、2019年)。チェコでは、フォルクスワーゲン(VW)傘下のチェコ自動車大手シュコダのほか、現代自動車、トヨタの3社が乗用車を生産している。チェコの乗用車の年間生産台数は2023年に約140万台で、EUではドイツ、スペインに次いで3番目の規模となっている。電気自動車(EV)については、シュコダと現代自動車が生産を拡大しており、国内の乗用車生産台数の約13%をEVが占めるなど、生産面でのEVシフトが始まりつつある。隣国のドイツ、スロバキアとチェコを合わせると、乗用車の年間生産台数は600万台を超え、EU域内での生産台数の半分を占める。チェコと周辺地域に自動車産業の集積が拡大しており、チェコに生産拠点を構えることで、年産600万台規模の自動車産業へのリーチが可能なことも、チェコの地理的優位性の1つと言える。
チェコには日系企業280社が進出し、そのうち105社が製造業(2023年末時点)。2004年のEU加盟前後に日系企業の進出ラッシュを迎えたが、製造業の進出がおおむね一巡した後は、進出企業数は横ばいが続いている。ジェトロが毎年実施している「海外進出日系企業実態調査(欧州編)」によると、チェコにおける経営上の問題点として、これまでは労務面が上位を占めていたが、近年ではインフレ、輸送コスト、調達コスト、エネルギー価格などの上昇を懸念する声も増えている。近年の日系企業の投資動向については、電気機器・自動車分野ですでに進出した企業の追加投資の事例が続く。特に、環境配慮製品と付加価値製品の生産拡大に向けた投資が特徴的だ。
チェコではIT人材の競争力も高く、欧米企業がチェコにソフトウエア開発拠点を設立する事例が増えている(2023年10月13日付地域・分析レポート参照)。
なお、日本人がチェコで長期就労する際、これまでは労働許可と長期滞在許可の両方が必要だったが、2024年7月から日本を含む9カ国の市民は労働許可の取得が免除となった。チェコ政府はこれらの国々からの高度人材受け入れを推進したいとしている(2024年6月10日付ビジネス短信参照)。
ブカレスト事務所・高崎所長「ルーマニア概況~急成長による変貌と今後のビジネス機会~」
ブカレスト事務所の高崎早和香所長は、ルーマニアの政治経済概況、貿易と投資概況、国家補助制度と投資機会、進出企業動向について概説。産業動向、投資動向について、企業、スタートアップの具体的事例を紹介するとともに、ルーマニアにおけるエネルギー戦略を詳しく説明し、今後のビジネス機会について8つのポイントを示した。
発言要旨
ルーマニアは人口、GDPともに中・東欧域内2位で、ポーランドに次ぐ規模。公務員給与の引き上げや10%を上回る最低賃金の引き上げなどによる所得向上に伴い、消費市場としてのポテンシャルも高まっている。アジアの文化、日本食品に対する関心も高く、日本アニメが人気。
2024年は4つの選挙が重なる選挙イヤー。6月には欧州議会選挙と統一地方選挙を同日に実施し、親EUで与党連立政権を形成する、左派・社会民主党(PSD)と右派・リベラル政党の国民自由党(PNL)が圧勝した。11月に大統領選挙、12月に国政選挙と続く。
輸出入ともにEU域内が約7割で、ドイツ、イタリア、フランスが主要な貿易相手国。対日貿易は輸出の約8割がたばこ製品(主に加熱式たばこ)、輸入は自動車、電気機器、機械類が上位を占める。直接投資は残高、フローともに堅調に推移し、主な対内直接投資(残高)の投資国はドイツ、オーストリア、フランスの順。業種別にみると、自動車部品を中心とした製造業が約3割を占める(2022年末残高)。
ルーマニアには自動車産業の集積があり、完成車メーカーとしては、元国営で現在ルノー傘下のダチアと、トルコのオトサンが2022年に買収したフォード・オトサンの2社体制。主に輸出向けで、生産台数は2社合わせて年間50万台強となっている。国内の工場では、EV生産に向けた拡張投資が進んでいる。
自動車分野の投資事例としては、フィンランドのノキアンタイヤが2022年11月、業界初の二酸化炭素(CO2)排出ゼロ工場を設立すると発表(2022年11月10日付ビジネス短信参照)。投資総額は6億5,000万ユーロ。また、ドイツのメルセデスベンツが2024年2月、EVの電気駆動装置の生産施設に1億3,500万ドルの拡張投資を行ったほか、自動車分野ではテストセンターやソフトウエア開発、エンジニアリングセンターなどの拡充に対する投資も多い。
IT産業については、政府がITエンジニアの個人所得税をゼロにするなど大胆なインセンティブを付与したことにより、マイクロソフト、IBM、オラクルなどの大手IT企業がルーマニアに進出。英語、ドイツ語ができる人材が豊富であるため、ITエンジニアの供給源、研究開発拠点として注目を集めている。
スタートアップ動向については、大手IT企業に勤務した後に起業するケースも多く、ドイツ製造業向けの自動化、遠隔化といったデジタルトランスフォーメーション(DX)ソリューション開発を手掛けるスタートアップが多くみられる。
エネルギー動向については、政府が「国家エネルギー・気候統合計画(PNIESC)」のもと、グリーン政策を積極的に進めている(2023年12月7日付地域・分析レポート参照)。総発電容量に占める各電源の割合では2030年までに太陽光と風力を増やす予定で、同分野への投資機会が拡大している。天然ガスはすでに8割を自給しており、EU域内のロシア依存脱却への貢献を目指し、2023年6月から欧州最大級の海底ガス田の開発がすすんでいる。エネルギーに関するインフラ投資には、EU基金から2027年までに最低700億ユーロが配分される予定。原子力開発や水素製造への投資も進んでいる。
「ルーマニアのビジネス機会と展望」の8つのポイントとして、(1)グリーン開発などへのEU基金支援の最大の恩恵国の1つ、(2)地政学的重要性の高まり、(3)ウクライナ復興支援パートナー、(4)物流の改善、(5)製造業の生産拡大、(6)IT分野における投資拡大、(7)消費市場としてのポテンシャル、(8)西欧諸国に比べて競合が少ない市場、が挙げられる。
ウィーン事務所・神野所長「スロベニア、クロアチア、西バルカンの政治経済と日系企業動向」
最後に講演したウィーン事務所の神野達雄所長は、EU加盟国のスロベニア、クロアチアおよびEU加盟国以外の旧ユーゴスラビア諸国(セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、コソボ、モンテネグロ)とアルバニアから成る西バルカン諸国の経済概況を紹介した。
発言要旨
西バルカン諸国は異文化の交差点。特に象徴的なのはボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで、オスマントルコとハプスブルク・オーストリアの両方の影響が街並みに残る。国境と関係なく、多様性に満ちた民族、言語、宗教が混ざり合っていることがこの地域を複雑にしている。
2024年の西バルカン諸国のGDP成長率は、前年から0.6ポイント増の3.2%、2025~2026年にはそれぞれ3.4%、3.6%に増加する見通しであり、EU平均に比べると高水準で推移している。背景には外国企業の直接投資(ニアショアリング)、また2027年開催のセルビア万博関連の公共投資の増加、観光業の好況があるとみられる。西バルカン諸国の失業率は軒並み10%以上で、失業率の低いチェコやポーランドと比較すると労働力が確保しやすい状況となっている。
EU加盟へのプロセスは、各国がEUに対して加盟申請をし、EUから加盟候補国の認定を経て、交渉が開始される。各国の進捗状況については、2022年7月に北マケドニアとアルバニアが加盟交渉を開始した。また、同年12月にボスニア・ヘルツェゴビナが加盟候補国となり、2024年4月に交渉がスタートした(2024年4月2日付ビジネス短信参照)。一気に進展した背景にはロシアのウクライナ侵攻がある。EUに対する西バルカン地域の求心力がなくなることを懸念するEUは、立て続けに加盟交渉を開始したとみられる。モンテネグロ、セルビアはそれぞれ2012年、2014年から加盟交渉中で、モンテネグロは新政権の下、進展がみられる。コソボは2022年に加盟申請を行っている。
企業の進出状況に関しては、EU加盟国のスロベニアとクロアチアについては、自動車部品や産業ロボット関連の日系企業が進出している。これらの国はすでに労働コストが高く、今後の製造業のグリーンフィールド投資にはあまり向かない一方、イノベーションや現地企業を買収するかたちでの進出にはビジネスチャンスがある。
西バルカン諸国は、欧州のなかで最も経済的に遅れている地域。外資系企業ではドイツやオーストリア企業が目立つ。日系企業はセルビアに偏っており、自動車産業、IT・ソフトウエア企業が進出している。現在、西バルカン諸国のなかで最もグリーンフィールドのポテンシャルがあるのはセルビアで、他には北マケドニアが挙げられる。北マケドニアについては、日系製造業の進出はまだないものの、欧米や台湾の企業が進出している。一方、ボスニア・ヘルツェゴビナは、技術的には優れたものがあるが、民族間の葛藤があり政治的に不安定なため、グリーンフィールド投資を決定するには難しい状況にある。委託生産や現地企業を買収するかたちでの進出には勝算があると考えられる。
現地所長が解説
- ポーランドとハンガリーのビジネスの最新動向
- チェコ、ルーマニア、西バルカンの最新動向
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部欧州課
田中 春彦(たなか はるひこ) - 商社勤務などを経て2024年8月、ジェトロ入構。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部欧州課
岩田 薫(いわた かおる) - 2020年5月から調査部欧州課勤務。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ調査部欧州課 リサーチ・マネージャー
伊尾木 智子(いおき ともこ) - 2014年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ・プラハ事務所、調査部国際経済課を経て2024年から現職。