拡大続ける香港の日本酒市場、その特性とプロモーション事例

2024年2月26日

香港は、日本にとって最大の農林水産物・食品輸出市場の1つである。農林水産省の公表によると、農林水産物・食品の輸出額では2020年まで16年間連続で第1位であり、2021年以降は中国本土に抜かれたものの、第2位と引き続きトップクラスに位置している。香港における日本の農林水産物・食品の人気は不動である。街中の至る所で日本食レストランが営業しており、日系スーパーマーケットは言わずもがな、地元スーパーマーケットや露店でも日本の飲食物が多数、幅広く販売されている。その中で、日本酒は非常に人気が高い。日本酒は香港への主要な輸出品目の1つであり、既に多くの銘柄が流通している上、新規参入を希望する酒蔵も多い。本稿では、香港における日本酒市場の概況とその特性を分析し、今後、市場を拡大していくためのプロモーション方法について探る。

日本酒の対香港輸出数量と金額の推移

香港は日本酒(清酒、注1)においても、日本の主要な輸出先の1つである。農林水産省が公表する「農林水産物輸出入情報」によると、2003年から2023年までの日本からの輸出金額では、輸出先の国・地域として常に香港がトップ3以内に入っている。また、同期間における対香港の輸出数量・金額の推移をみると、2008年にアルコール度数30%以下の飲料に対する酒税が撤廃されたことをきっかけに、2021年のピークまでは、両項目ともに増加傾向が続いていた。2003年では数量1,026キロリットル、金額4億8,500万円であったのが、2021年には数量3,243キロリットル、金額93億800万円にまで増大した(図1参照)。

図1:日本酒の対香港輸出数量・金額の推移(2003~2023年)
2003年の日本酒輸出について、数量は1,026KL、金額は4億8,500万円。2021年がピークとなり数量は3,243KL、金額は93億800万円。2023年の数量は2,328KL、金額は60億2,400万円。2021年のピークに向けて、数量は小幅の増減を繰り返しながらも長期的には右肩上がり、金額はほぼ毎年増加を続けていた。

出所:農林水産省「農林水産物輸出入情報」を基にジェトロ作成

図1が示すとおり、2022年から減少に転じているが、2020年以降は新型コロナウイルス感染症拡大に伴う防疫措置が強化され、飲食店の営業時間や入店人数に制限が生じたことに留意したい。香港の出入境に係る往来制限により、香港市民の域内消費(内食を含む)が活性化した一方で、数カ月にわたり飲食店の営業が制限され、また、入境制限解除の遅れによりインバウンド旅行者や訪問者の回復が停滞した(注2)ことに伴う売り上げの減少など、香港の小売店や飲食店は厳しい影響を受けた。日本酒の販売・消費でも同様の影響を受けたと考えられる。

なお、1リットル当たりの金額について見ると、2003年に473円であったところ、2023年には2,588円と、5倍以上に単価が上昇していることから、高価格帯の日本酒の取り扱いが増加していると考えられる。2023年において香港より上位の輸出先であった中国本土、米国と比較した場合、中国本土は1リットル当たり2,151円、米国は1,398円であり、これら両国と比べても対香港では単価の高い日本酒が輸出されていることがわかる。

香港アルコール飲料市場の中での日本酒

次に、香港のアルコール飲料市場における日本酒の位置付けを確認する。香港政府統計処が公表した、2023年におけるアルコール飲料の輸入金額の内訳は、1位のワインが50.1%、蒸留酒、リキュール、その他アルコール飲料が40.3%とこの2種のみで全体の9割を占めており、3位のビール6.6%に続き、日本酒は4位の1.5%となっている。このように、香港のアルコール飲料市場の中で日本酒が占める割合はまだ小さい(図2参照)。

図2:香港におけるアルコール飲料輸入金額の内訳(2023年)
ワインは50.1%、蒸留酒、リキュール、その他のアルコール飲料は40.3%、ビールは6.6%、日本酒は1.5%、日本酒をの測その他の発酵酒は1.4%、エチルアルコールは0.1%。ベルモットその他のぶどう酒は構成比が0.01%と非常に小さいのでグラフ上でパーセンテージを表示していない。

注:ベルモットその他のぶどう酒の構成比は0.01%未満。
出所:香港政府統計処の輸入統計を基にジェトロ作成

一方で、香港において、消費者が日本酒を入手できる場は多い。日本料理店で食事とともに飲まれるのが一般的だが、香港そごうやイオンストアーズ香港などの日系小売店やアルコール飲料専門店でも獺祭や十四代など有名銘柄をはじめとした多数の日本酒が取り扱われ、幅広い価格帯の商品が購入可能だ。これらの小売店では、専門の販売員が配置されていることも多く、消費者の好みや目的を聞きながらおすすめの日本酒を選定する。また、大手現地スーパーマーケットのWellcome(ウェルカム)やPARKnSHOP(パークンショップ)においても日本酒は取り扱われており、比較的規模の大きい店舗では日本酒専用の棚が設けられていることもある。EC(電子商取引)サイトにおいても購入が可能で、香港の大手ECサイトであるHKTVmallでは、日本酒の分類で300種以上の商品が取り扱われている。

香港市民の飲酒傾向

一般的に、香港市民はアルコールをあまり飲まないと言われている。日本の「飲み会」のような場で多量のアルコールを飲んで楽しむ習慣はなく、家族や友人などと集まる場合も食事とお茶を楽しみ、飲酒を交えないことも多い。香港市民のアルコール飲料の消費状況を見ると、香港衛生署が公表した2021年の1人当たりの飲酒量は2.37リットルで、OECD加盟国全体の平均値8.6リットルと比較して少ない。なお、同公表において、日本は6.6リットルであり、日本人と比較しても香港市民の飲酒量が少ないことがわかる。このような香港市民の飲酒傾向から、日本酒を日常的に購入している消費者は日本酒に詳しいファンなどに限られると考えられる。多くの香港市民が日本酒に触れるのは、主に日本料理店で料理と共に飲んだり、祝いの席で振る舞われたりする場面などであろう。このような状況を踏まえ、日本酒の輸出を拡大するには、新しく顧客となるターゲット層を絞り、食事と日本酒を組み合わせて提案する戦略が必要と考えられる。

香港での日本酒プロモーション事例

各都道府県など日本の地方自治体は、地酒の輸出促進のための取り組みとして、レストランを活用した試食・試飲イベントを実施している。福岡県は、県産食材を使う日本料理店にバイヤーなど関係者を招聘(しょうへい)し、ペアリングとして料理とともに6社の酒蔵の地酒を試飲提供した。また、同イベントでは、オンライン酒蔵ツアーが実施され、オンライン会議サービスを利用して香港の試飲会場と日本の酒蔵の映像をつなぎ、参加者は酒蔵の施設内部を見学しながら製造法の特徴、酒蔵の歴史、造り手のこだわりなどについて説明を受けた(2022年12月15日付ビジネス短信参照)。

また、茨城県は、日本酒の日本料理以外との組み合わせにも可能性を見いだした。2024年1月29日~2月28日(2月13日、14日除く)の期間限定の提供であるが、ミシュラン1つ星を持つ広東料理店で、日本酒とのコラボレーション・メニューを提供した。イベント期間中は、特徴的な風味を持つ地酒5種が広東料理とのペアリングとして提供された。初日にバイヤーなど関係者向けに試食会が実施され、その後約1カ月間にわたりレストランのメニューとして提供された。

著名な品評会での受賞実績も、有効な購入動機となる。栃木県は2023年10月、世界最大級の野外グルメイベント「香港ワイン&ダイン・フェスティバル(香港美酒佳肴巡礼)2023」に販売ブースを設け、同年のアジア最大級の日本酒コンクール「Oriental Sake Awards 2023」で最高賞「Sake of the Year」に選ばれた銘柄を販売した。同銘柄は、世界各国・地域のアルコール飲料や料理が集まった同イベントの中でも強い人気を博した(2023年11月10日付ビジネス短信参照)。

新規の購入者層の開拓も重要だ。ジェトロは日本酒になじみの薄い若い女性やカップルが日本酒に興味を持ってもらうことを目的として、バレンタインデーと日本酒を組み合わせたイベントを、香港のショッピングモール内で実施した。来場者に特徴ごとに5つのカテゴリーに分別した日本酒約50銘柄の試飲機会を提供したほか、チョコレートとのペアリング提供も行った(2023年2月17日付ビジネス短信参照)。


茨城県のイベントでペアリング提供された地酒(ジェトロ撮影)

まとめ

これまで述べてきたように、香港は日本酒の主要な輸出先であり、数量・金額ともに今後も拡大が期待される。また、スーパーマーケットや専門店、ECサイトなど、香港で日本酒を購入できる小売店は多い。しかし、日本酒が香港のアルコール飲料市場の中で占める割合はまだ小さく、シェアを拡大していく余地は十分にある。より多くの日本酒ファンを獲得し、市場を拡大するためには、日本料理店など飲食店でのプロモーションのほか、ジェトロや各自治体などの組織がターゲットを絞って戦略的に実施しているプロモーションの活用や、日本酒の既存のイメージから離れ、新規の客層から注目を得るような、新しいペアリングなどの体験を提案していくことが重要となるであろう。


注1:
日本の「酒税法」によれば、「清酒」とは海外産も含めコメ、米こうじおよび水を主な原料として発酵させたものをいう。「日本酒」は「酒類業組合法」基づく「酒類の地理的表示に関する表示基準」により、清酒のうち原料に日本産米を用い、日本国内で醸造したものを「日本酒」と呼ぶが、本稿においては共通して「日本酒」と呼ぶ。
注2:
2022年夏ごろから各国・地域が入境制限を撤廃し、香港市民が域外への旅行を再開する中で、香港政府が入境後3日間は飲食店の利用を制限する措置を取ったことにより、インバウンド旅行者による飲食店利用の回復が見込めなかった。また、入境制限の撤廃後も、中国本土の旅行者が景気停滞により旅行を控える傾向にあり、飲食業の回復は限定的であった。
執筆者紹介
ジェトロ・香港事務所
横田 覚(よこた さとる)
茨城県庁入庁後、2021年10月より研修生としてジェトロ派遣。2022年4月から現職。