米政権交代時に注目される議会審査法(CRA)
制度の解説と政策への影響
2024年5月30日
米国では、政府が制定した規則を連邦議会による承認の下で失効させられる法律がある。議会審査法(Congressional Review Act、CRA)がそれだ。CRAは、政権交代が起こった際に活用されることが多い。そのため、大統領選挙の年に特に注目を集める。このCRAが最も活用されたのはトランプ政権下で、議会は上下両院ともに共和党が多数を占めていた。11月の大統領選挙で再び政権交代が起きた場合に、インフレ削減法(IRA)などバイデン現政権の主要な政策に方針転換があるのか、選挙が近づくにつれて関心が高まる中、既存の政策の運用に影響を与え得るCRAについて解説する。
規則を無効化するCRAの概要
CRAは、1996年に中小企業規制執行公正法(Small Business Regulatory Enforcement Fairness Act)の一部として制定された(注1)。CRAは、各省庁に対して「規則」を発効する際に議会への報告を義務付けるとともに、議会に対しては、不承認共同決議(Joint Resolution of Disapproval)というかたちで規則を覆す権限を与えている。CRAが定める「規則」の定義は広範で、暫定最終規則(IFR)を含む最終規則に加え、ガイダンス文書や政策覚書なども含まれる。ただし、大統領令や大統領布告などには適用されない(注2)。
この不承認共同決議が上下両院で可決され、大統領が署名した場合、または議会が大統領の拒否権を覆した場合(注3)、規則は失効する。不承認共同決議が成立した時点で規則が既に効力を有していた場合、規則は直ちに効力を失い、発効していなかったものとして扱われる。さらに、不承認共同決議の対象となった規則は「実質的に同一の形式(substantially the same form)」では再発効できない。同様の規則をあらためて制定するには、不承認共同決議が成立した日以降に、再発効を許可する法律を成立させる必要がある。なお、CRAの条文では「実質的に同一」の定義も、誰がその判断をすべきかについても明記されていない。2023年2月時点までで、CRAに基づいて失効した後、再発効した規則は2つある。いずれのケースも、失効に至った議会の意見に基づいて修正することで再発効している。
CRAに基づく不承認共同決議案の手続き
CRAの不承認共同決議は、他の法案と同じように提出されるが、議会が規則を受理した日から60連続会期日までに提出されなければならない。連続会期日数は週末や休日を含む全ての暦日を数える。上院か下院のどちらか一方、または両方が決議に従って3日を超える期間閉会となる場合のみ、この60日から除外される。
ただし、規則が提出されてから60会期日以内に議会が休会した場合は、新しい会期の15日目に、規則が議会に提出され官報に掲載されたものとして扱われる。これは「ルックバック規定」と呼ばれ、議会が規則を審議する期間の確保を意図して設けられている。CRAに基づく共同不承認決議は政権交代後に行われることが多いため、このルックバック規定は、大統領選挙のある年に特に重要な意味を持つという。
下院では、CRAに基づく不承認共同決議において、特段、他の法案提出と比較して特別な手続きはない。一方、上院では、規則が議会に提出され、連邦官報に公示された日から60日間の会期中に共同不承認決議を可決する場合、フィリバスター(注4)の対象外となるなど、他の法案審議と比べて特別な措置が設けられている。
CRAに基づく共同不承認決議の実績
1996年のCRA制定以来、125以上の規則に対して200以上の共同不承認決議が提出された(注5)。共同不承認決議の対象となった規則を発効した省庁などの政府機関は、環境保護庁(EPA)が42件と最多で、その後は保健福祉省、内務省と続いている(図参照)。
そのうち、実際に覆された規則は20件ある。最も多いのがトランプ政権下で、全体の80%に当たる16件の規則が失効した。表1のとおり、対象となった規則は広範に及び、規則を発効した省庁も多岐にわたる。
規則名 | 規則制定省庁 |
---|---|
ブロードバンドおよびその他の電気通信サービスの顧客のプライバシー保護 | 連邦通信委員会(FCC) |
連邦調達規則:公正な賃金と安全な職場 |
国防総省(DOD) 米国共通役務庁(GSA) |
河川保護規則 | 内務省(DOI) |
2007年NICS(銃購入に関するバックグラウンドチェックシステム)改善改正法の実施 | 社会保障局(SSA) |
資源採掘企業による支払いの開示 | 証券取引委員会(SEC) |
連邦・州失業補償プログラム:2012年中流階級税救済・雇用創出法の失業補償申請者の薬物検査に適切な職業を定める条項 | 労働省(DOL) |
プロジェクト受領者による再委託先の選定におけるタイトルX要件の順守 | 保健福祉省(HHS) |
資源管理計画 | 土地管理局(BLM) |
1965年初等中等教育法(「生徒一人ひとりが成功するための法」による改正後)-説明責任と州計画 | 教育省(ED) |
教員養成の問題 | 教育省(ED) |
各州が非政府職員のために設ける貯蓄制度 | 労働省(DOL) |
適格な州の政治的下部組織が非政府職員のために設立する貯蓄制度 | 労働省(DOL) |
アラスカの国立野生生物保護区における野生生物の非自給自足的捕獲および住民参加と閉鎖手続き | 魚類野生生物局(FWS) |
記録可能な負傷・疾病の正確な記録を作成・維持する雇用主の継続義務の明確化 | 労働省(DOL) |
仲裁合意 | 消費者金融保護局(CFPB) |
間接的な自動車貸し出しと信用機会均等法の順守 | 消費者金融保護局(CFPB) |
注:規則名は仮訳。
資料:ジョージワシントン大学規制研究センター
CRAに基づく共同不承認決議は、政権が制定した規則を覆す権限を議会に与えている性格上、いずれも、政権交代直後の議会で成立している(表2参照)。また、上下両院での可決が求められることから、共同不承認決議の成立可否では議会構成も重要となる。16件の共同不承認決議が成立したトランプ政権(共和党)下の第115議会は、上下両院ともに共和党が多数党だった。3件が成立したバイデン政権(民主党)下の第117議会も、上下両院ともに民主党が多数党だった。なお1件が成立したブッシュ政権(共和党)下の第107議会は、共和党側が共同不承認決議案を提出した時点で、上院は民主、共和両党の議席数が50議席同士で拮抗(きっこう)しており、民主党側は共和党側から造反が出ない限り、共同不承認決議を否決できない状態だった(注6)。
項目 |
第106議会 (1999-2001年) |
第107議会 (2001-2003年) |
第114議会 (2015-2017年) |
第115議会 (2017-2019年) |
第116議会 (2019-2021年) |
第117議会 (2021-2023年) |
---|---|---|---|---|---|---|
CRAによって覆された規則数 | ー | 1件 | ー | 16件 | ー | 3件 |
大統領 | クリントン(民) | ブッシュ(共) | オバマ(民) | トランプ(共) | トランプ(共) | バイデン(民) |
上院多数党 | 共和党 | 民主党(注) | 共和党 | 共和党 | 共和党 | 民主党 |
下院多数党 | 共和党 | 共和党 | 共和党 | 共和党 | 民主党 | 民主党 |
注:第107議会の上院は、2年間に議員の党派鞍替えや補欠選挙などにより多数党が民主→共和→民主→共和と3度入れ替わった。
出所:ホワイトハウス、議会ウェブサイトから作成
2025年のCRA
大統領選挙に向け、民主党からはジョー・バイデン大統領、共和党からはドナルド・トランプ前大統領が早々にそれぞれ、党からの候補者指名を確実にした。両候補は夏に行われる各党の全国大会で正式に指名される見通しだ(注7)。両候補の主張が異なる点は幾つかあるが、その中で注目を集めている政策の1つがIRAだ。予算の8割が気候変動対策に充てられているIRAは、政権が史上最大の気候変動対策と位置付けるほど、バイデン大統領の肝いりの政策となっている。一方で、トランプ前大統領は気候変動に懐疑的だ。既にIRA撤廃も示唆している。IRAは立法化されたものであるが故、撤廃するには新たな法律が必要との見解が支配的だが、前述のとおり、CRAを利用することで、必ずしもIRAを撤廃せずともその運用に影響を与えられると考えられる。例えば、IRAに基づく先端製造業に対する税額控除(内国歳入法45X)に関する規則案は、2023年12月に発表されたが、まだ最終規則化されていない。IRAの45Xは、太陽光発電コンポーネントや風力発電コンポーネント、インバーター、系統蓄電池、鉱物、電気自動車(EV)用バッテリーなどを米国内で製造・販売した場合に、その販売量に応じて税額控除を受けられると規定している。基本的な事項は内国歳入法で定めているものの、米国内製造の定義や具体的な部品の解釈、IRAに基づく他の税額控除との関係など、運用上必要となる細則は規則案で示されている。従って、当該規則が発効しなければ、実際には運用が難しい。こうした規則の最終化が遅れれば、2025年以降の新政権および新議会の下で、CRAによる不承認共同決議の対象になる可能性がある。ジェトロの在米日系企業に対するアンケート調査(1.98MB)(2023年9月実施)では、「プラスの影響がある連邦政府の政策」で最も多かった回答が「気候変動対策」(47.8%)だった。IRAに基づく助成を前提に事業計画を立てていると話す日系企業もあり、急激な方針転換となれば、対米ビジネスのリスクとなり得る(注8)。
議会選挙の動向にも注目
選挙の年は、どうしても大統領選挙に多くの注目が集まる。だが、大統領の政策の実行可能性を占うには、議会の構成にも同程度、注目する必要がある。CRAに関して言えば、前述のとおり、議会の承認をもって既存の規則を失効させる制度のため、議会構成が重要な要素の1つとなっている。選挙予測サイトの270toWinによると、11月の連邦議会選挙では上院、下院ともに共和党がやや優勢だ。仮に、政権と上下両院ともに共和党が制することになれば、トランプ前大統領が民主党から政権を奪還することも含め、過去最多となる16件のCRAによる共同不承認決議が成立した2017年と同じ状況となる。そうなれば、2025年以降の米国では、CRAに基づく規則の失効が一定数みられるかもしれない。僅差となりそうな上院では、フィリバスターを認めないといった特別な手続きが共同不承認決議の成否に影響してくるだろう。こうした観点から、2025年以降の米国の政策の行方を占うには、大統領選挙とともに、議会選挙も注視する必要がある(注9)。
- 注1:
- CRAの概要は、議会調査局(CRS), “The Congressional Review Act (CRA): A Brief Overview”, February 27, 2023を主に参考にした。
- 注2:
- 大統領令で定めたルールは、大統領令によって無効化することができる。例えば、バイデン大統領は、トランプ前大統領が大統領令で承認したカナダのアルバータ州と米国のネブラスカ州を結ぶキーストーンXLパイプラインの建設計画を、異なる大統領令で撤回した(2021年1月22日付ビジネス短信参照)。
- 注3:
- 大統領は共同決議案に対して、拒否権を発動できる。ただし、議会は大統領の拒否権に対して、上下両院の3分の2以上の賛成で決議案を再可決できる。再可決されると、当該決議案は大統領の署名なしで成立する。
- 注4:
- 上院では通常、法案可決にはフィリバスター(議事妨害)を抑え込むため、クローチャー(討論終結)決議に必要な60票の賛成が必要となる。
- 注5:
- 全米州議会議員連盟(NCSL)による。
- 注6:
- 上院では採決が可否同数の場合、議長役の副大統領が決定投票を行うため、大統領選に勝利した党が多数党となる。第107議会でCRAに基づく共同不承認決議が提出された際、上院は議席数が民主党と共和党で50議席同士だったため、政権与党の共和党が多数政党となっていた。
- 注7:
- 共和党は7月にウィスコンシン州で、民主党は8月にイリノイ州で党大会を予定している。
- 注8:
- 2025年以降の気候変動対策の見通しなどは、2024年4月4日付地域・分析レポートも参照。
- 注9:
- CRA以外でも、インフラ投資雇用法(IIJA)、CHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)、IRAといったバイデン政権の主要な経済政策は全て、上下両院ともに民主党が多数政党だった2022年11月の中間選挙前に成立していることから、議会構成の重要性がうかがい知れる。ねじれ議会となった第118議会の下で、バイデン政権は大型の経済政策を成立させられていない。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査担当ディレクター
赤平 大寿(あかひら ひろひさ) - 2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)、調査部米州課課長代理などを経て2023年12月から現職。その間、ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)の日本部客員研究員(2015~2017年)。政策研究修士。