ポストチャイナ見据えたインドの製造業振興の可能性

2024年12月10日

インド経済が好調に推移している。アジア開発銀行(ADB)によると、同国のGDPは2024/2025年度(2024年4月~2025年3月)に前年度比7.0%成長、2025/2026年度は7.2%成長を見込む(アジア経済見通し、2024年9月版)。この高い経済成長は、主に14億超の人口による旺盛な個人消費と、企業による設備投資によって支えられている。しかし、こうした巨大な需要を下支えする消費財、生産財、資本財の多くは海外、特に中国からの輸入に大きく依存しており、インドの経済成長が高まるほどに輸入が増え、貿易赤字が拡大する事態となっている。

突出する対中国の貿易赤字

表1は、インドの国・地域別輸出入について、アジア地域を中心に、2000年と2023年との比較で示したものだ。インドの貿易赤字の総計(全世界ベース)は2000年当時、82億7,800万ドルだったが、その後大きく拡大し、2023年は2,388億2,600万ドルと、28.9倍まで増加している。中国、ASEAN(10カ国の合計)、韓国、日本との貿易赤字額は合わせて1,498億3,300万ドル(同62.7%)で、全体の6割を超えるが、中でも中国は833億8,700万ドル、全体の34.9%と突出している。2000年は7億3,300万ドル(同8.9%)、表中には示さないが、2010年は238億1,400万ドル(同18.6%)だったことを考えると、近年、中国に対する貿易赤字額が急拡大している状況が分かる。

表1:インドの国・地域別輸出入の推移 (単位:100万ドル、△はマイナス)
国・地域名 輸出 輸入 収支
2000年 2023年 2000年 2023年 2000年 2023年
金額 金額 構成比 金額 金額 構成比 金額 構成比 金額 構成比
中国 732 16,237 3.8 1,465 99,624 14.9 △ 733 8.9 △ 83,387 34.9
韓国 440 6,288 1.5 816 21,367 3.2 △ 377 4.5 △ 15,079 6.3
日本 1,827 5,082 1.2 2,057 17,511 2.6 △ 231 2.8 △ 12,429 5.2
ASEAN10カ国 2,654 39,812 9.2 4,277 78,749 11.7 △ 1627 19.7 △ 38,937 16.3
階層レベル2の項目シンガポール 783 12,039 2.8 983 22,641 3.4 △ 200 2.4 △ 10,602 4.4
階層レベル2の項目インドネシア 391 7,411 1.7 1,388 21,527 3.2 △ 996 12.0 △ 14,116 5.9
階層レベル2の項目マレーシア 528 6,676 1.5 1,306 12,505 1.9 △ 778 9.4 △ 5,828 2.4
階層レベル2の項目ベトナム 195 5,654 1.3 339 10,198 1.5 △ 144 1.7 △ 4,544 1.9
階層レベル2の項目タイ 525 5,059 1.2 13 9,115 1.4 512 △ 6.2 △ 4,057 1.7
階層レベル2の項目フィリピン 174 1,936 0.4 68 1,280 0.2 106 △ 1.3 656 △ 0.3
階層レベル2の項目ミャンマー 43 761 0.2 179 1,022 0.2 △ 135 1.6 △ 261 0.1
階層レベル2の項目カンボジア 8 196 0.0 1 241 0.0 7 △ 0.1 △ 45 0.0
階層レベル2の項目ブルネイ 3 67 0.0 0 128 0.0 3 △ 0.0 △ 61 0.0
階層レベル2の項目ラオス 3 13 0.0 N/A 92 0.0 N/A N/A △ 79 0.0
その他の国・地域 36,647 364,059 84.4 41,961 453,053 67.6 △ 5314 64.2 △ 88,994 37.3
総計(全世界ベース) 42,299 431,477 100.0 50,577 670,304 100.0 △ 8,278 100.0 △ 238,826 100.0

出所:グローバル・トレード・アトラスを基にジェトロ作成

次に、中国に対して、どのような品目で貿易赤字を計上しているのか、品目構成を見てみよう。表2は、2023年のインドの中国に対する貿易赤字額をHSコードの上位10品目で示したものだ。幅広い品目で多額の貿易赤字を計上している状況が分かるが、総計833億8,700万ドルのうち、電気製品・AV機器(85類)とボイラー・機械類(84類)で全体の59.7%と、ほぼ6割を占めている。加えて、インドは労働人口の半分以上が農業に従事しているといわれるが、そうした基幹産業の農業を支える重要な肥料でさえも、中国からの輸入に大きく依存している様子がうかがえる。

なお、表中には示さないが、中国に対して貿易黒字を確保している品目で代表的なものは、鉱石・スラグ・灰(HSコード:26類、貿易黒字額:33億4,100万ドル)、魚介類(同3類、同12億3,700万ドル)、綿・綿織物(同52類、7億4,100万ドル)、動植物性油脂(同15類、7億1,000万ドル)、塩・硫黄・土石類・石灰(同25類、6億7,300万ドル)など、加工度が比較的低い一次産品が多いことも特徴だ。

表2:インドの中国に対する貿易赤字額(2023年、品目別) (単位:100万ドル、△はマイナス)
HSコード 品目名 金額 構成比
85 電気製品、AV機器 △ 28,735 34.5
84 ボイラー、機械類 △ 21,009 25.2
29 有機化学品 △ 10,630 12.7
39 プラスチック、その製品 △ 5,389 6.5
31 肥料 △ 2,587 3.1
90 光学、測定・医療機器 △ 2,130 2.6
72 鉄鋼 △ 1,835 2.2
73 鉄鋼製品 △ 1,827 2.2
87 自動車、二輪車 △ 1,666 2.0
54 人造繊維の長繊維 △ 1,348 1.6
その他 △ 6,232 7.5
総計 △ 83,387 100.0

注:HSコード2桁ベース、上位10品目を抽出。
出所:グローバル・トレード・アトラスを基にジェトロ作成

道半ばの「メーク・イン・インディア」

このように、インドは中国に対して、多くの一次産品を輸出し、逆に加工品を中心に巨額の輸入を行う構図となっている。インド政府は、中国に対して貿易赤字を計上し続ける状況を改善し、「自立したインド」の強固な基盤を築くべく、2014年に製造業の振興策「メーク・イン・インディア」を発表した。資源の切り売りではなく、国内で付加価値を付けた上で加工度を高くした製品の輸出を増やし、同時に、中国を中心に輸入を低減させることを目標にしている。具体的な数値として、GDPに占める製造業比率を2014年当時の14%から、将来的に25%まで引き上げると公言している。しかし、10年近く経った現在でも、その比率は14%からほぼ変わっておらず、大きな成果は表れていない。逆に、前述のとおり、中国を筆頭に貿易赤字幅はますます拡大を続けており、現時点で「メーク・イン・インディア」政策は成功しているとは言い難い状況だ。

折しも、米国のドナルド・トランプ前大統領が次期大統領に復帰することが決まり、インド国内メディアでは、中国からの代替生産基地としてインドの存在感が増すといった論調も見られる。しかし、足元では、インド標準規格局(BIS)がさまざまな品目に対して、インド標準規格認証の取得を義務付けるようになっており、インド国内工場での生産に必要な各種部材の輸入に際し、大きな障壁となっている。また、2023年にはインド商工省外国貿易部(DGFT)がノートPC、タブレットなどの各種IT機器の輸入に対し、許可制への切り替えを発表したことで、国内外で大きな混乱が生じたことも記憶に新しい(その後、時限的な登録制に規制を緩和)。いずれも、中国を中心に輸入を少しでも低減させたいインド側の思惑があるが、こうした保護主義的な方針が示されるたびに、ポストチャイナとしての将来的なインドの可能性に対して、外国企業からも疑問の目が向けられている。

製造業の振興に向けインドに必要なこと

「自立したインド」実現の下、国内の製造業をさらに進展させ、GDPに占める製造業の割合を25%まで高め、中国を筆頭に拡大を続ける貿易赤字を低減させるにはどうすればよいのか。

まず1つは、製造企業が一定の品質を保ちつつ、安定的な製品の供給を可能にするための基礎インフラの整備だ。中でも、安定した電力や十分な水量などを確保できる工業団地の整備が最も重要となろう。筆者が住むベンガルール(カルナータカ州)では現在、多くの日本企業が新規あるいは追加投資のための新たな工場の候補地を探している。しかし、州内には十分な用地を備えた工業団地が限られており、多くの取りこぼしが生じている。

現在は中央政府や各州政府が主導するかたちで、各地域で工業団地の整備が進められているが、カルナータカ州では、ASEAN諸国のような外国企業や地場企業による民間ベースの工業団地開発が限られている。背景には、州内でまとまった広さの土地を確保するのに一般的に数年単位の年月が必要と言われており、地場の開発企業でさえ、州政府からの用地取得の手続きに大きな困難を抱えていることがある。今後、州政府側で用地取得に向けた手続きのスピードを上げ、各種インフラに不安の少ない工業団地を官民挙げて整備していくことが肝要となろう。

2つ目に、各種インセンティブのさらなる拡充が挙げられる。代表的なものには、中央政府が国内製造業の振興を図るために2020年度に導入した生産連動型優遇策(Production Linked Incentive:PLI)がある。特定14分野の新規投資が対象で、一定額の投資と売上高増を達成した場合、5年程度の期間に当該売上高増加分に一定の比率を掛けたインセンティブ(補助金)を受け取ることができる仕組みだ。加えて、各州政府が自州に誘致したい業種を中心に、独自のインセンティブを設けているケースもある。ただし、各管轄省庁や各州政府が定める適格基準が複雑かつ分かりにくいという声が多くあり、より分かりやすいユーザーフレンドリーな基準を作り上げる努力も必要となろう。

最後に、不透明な根拠を基に突然、追加的に税金や各種ペナルティーを科すケースなども多く、こうした政府による場当たり的な運用リスクを指摘する声も多く上がる。この辺りの改善も重要だ。2022年に端を発し、外国企業のインド出向中の従業員に関する給与や経費の払い戻しに対する物品・サービス税(GST=Goods and Services Tax)課税への対処を巡っては、多くの日本企業が多大な労力を掛けながら、その対応に追われている現状がある。GST以外にも、税関での関税支払いを巡るトラブルや、各地域の税務当局から唐突に課税請求などが生じることもあり、現地のジェトロ事務所でも日本企業からそうした類いの相談を受けることが多い。請求金額の算出根拠を求めても開示されないことが多く、対応に苦慮するケースが後を絶たない。こうした事例が重なることで、インドでのビジネス展開には大きな困難を伴うという論調が高まり、日本企業によるインド進出意欲をそぐ可能性があることをインド側も忘れてはならない。

インドで製造業がさらに進展するには依然多くの高いハードルがあるが、14億人を擁する伸びゆく市場は世界中の企業から熱い注目を集めている。経済が好調に推移する今こそ、「自立したインド」実現に向け、また、ポストチャイナの筆頭候補として、将来のさらなる成長に向けた種まきを余念なく行うことが重要となるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所長
水谷 俊博(みずたに としひろ)
2000年、ブラザー工業入社。2006年、ジェトロ入構。ジェトロ・ヤンゴン事務所、海外調査部、アジア経済研究所を経て、現職。