洋上風力を支える港湾インフラ(英国)
スコットランドにおける再エネの今(2)
2024年10月21日
スコットランドの再生可能エネルギー(再エネ)を追う連載。「スコットランドにおける再エネの今(1)エネルギー政策と水素動向(英国)」では、先進的な独自の政策と水素生産・輸出に向けた取り組みを扱った。加えて、恵まれた洋上風力開発環境について触れている。
本稿では、その開発環境についてより具体的に解説する。また、最前線に立つ現地関係者にヒアリングした結果も併せて記載する。
独自のリースラウンド制度
スコットランドでは、「スコットウィンド(ScotWind)」と呼ばれる独自の洋上風力向け開発リース権の入札制度を設けている。スコットランドの洋上風力発電事業の開発に関する海域リース権益を対象とした入札であるスコットウィンドは、2022年に実施され、19プロジェクト合計30ギガワット(GW)もの洋上風力発電容量向け権益が確保された。このうち、浮体式が13プロジェクト、19GWとなっており、スコットランドとして浮体式開発にも注力する姿勢が見て取れる。日系企業では、丸紅が英国の再エネ企業SSEリニューアブルズなどと共同で、3.6GW規模の浮体式洋上風力プロジェクトのオシアンで権益を確保した。丸紅は、欧州エネルギー事業子会社の丸紅ユーロパワーがこれらスコットランドでの再エネ事業対応のため、グラスゴーに事務所を開設している。
また、北海沖の石油ガス採掘の脱炭素化などに電力を供給する洋上風力プロジェクト向けの個別ラウンドINTOG(Innovation and Targeted Oil & Gas)では、合計12件、5GW超のプロジェクトが対象になった。この中には、東京電力リニューアブルパワーが買収したフローテーションエナジーによるプロジェクトも含まれている。このように、各種オークションなどを通じたプロジェクト支援が充実しており、発電容量の確保が進められている。
サプライチェーン強化に向けた取り組みとして、英国では、経済安全保障の観点から、洋上風力における一定のローカルコンテント(現地調達)を事業者に期待している。英国内ではこの実現のため、英国内のサプライヤーが連携するサプライチェーンクラスターが国内で複数設立されている(2023年6月22日付調査レポート参照)。スコットランドでは、ディープウィンド・クラスターが設立され、欧州最大の洋上風力サプライチェーンクラスターとして、数百規模のサプライヤーが国内外から参加し、スコットランドの洋上風力サプライチェーン強化に向けて取り組んでいる。
ディープウィンド・クラスターでは、5つの事業サブグループ〔浮体式、運用・保守、パワー・ツー・エックス(水素、注)、調査、ケーブル〕が設定されており、サプライヤー企業の強みに応じた連携や情報共有が進められている。前述の日本企業のほか、住友商事や戸田建設、島津製作所などもクラスターのメンバーとして名を連ねる。
開発建設を支える港湾の今
1GWを超える大規模なプロジェクトが進行し、今後も多数計画されているスコットランド。これらの大型プロジェクトを支えるのは、石油・ガス産業で培った港湾インフラやノウハウだ。製造や組み立て、オペレーションをスコットランドの複数港で実現している。今回、「インヴァネス&クロマティ・ファース・グリーン・フリーポート」最高経営責任者(CEO)のカラム・マクファーソン氏を訪問し、その概要などをヒアリングした(実施日:2024年5月23日)。同氏によると、インヴァネス&クロマティ・ファース地区には、洋上風力向けの戦略的な拠点として、次のとおり3カ所の税制優遇地区(タックスサイト)がある。
- インヴァーゴードン・タックスサイト(クロマティ・ファース)
- ニグ・エナジー・パーク・タックスサイト(クロマティ・ファース)
- アドシア・タックスサイト(モーレイ・ファース)
前述の3港は、いずれもグリーン・フリーポート内のタックスサイトだ(図参照)。
優遇措置も充実している。具体的には、次の措置などがある。
- グリーン・フリーポート制度に基づく優遇措置(注2)
- 各従業員に対する3年間の雇用主国民保険の軽減。
- ビジネスレート(非居住用資産に対する固定資産税)の免除(2026年9月30日までの進出・拡張が対象。免除開始時点から5年間適用)。
- 土地建物取引税の減免。
- 資本手当の強化。
- 製造業者・サプライチェーン活動に利益をもたらす各種関税協定など
これらのインセンティブは、2034年まで利用可能だ。3カ所のグリーン・フリーポートでは、石油・ガス産業の拠点として開発されてきた港湾を、洋上風力開発向けに転用しているという。既存インフラの強みを生かし、大規模な製造、組み立てや保管にも適した港湾になっている。ニグ港敷地内には、住友電工が海底電力ケーブル工場の建設を発表。2024年5月に着工した。スコットランドだけでなく、欧州へのケーブル輸出の役割も持つ予定であり、スコットランドの洋上風力サプライチェーンの一翼を担うことが期待されているとした。
東部アドシア港では、深さの異なる岸壁を開発し、幅広い用途に利用できる環境を目指すという。同港の所有者であるハベントスに対し、スコットランド国立投資銀行や英国インフラ投資銀行、さらに米国投資機関クォンタム・キャピタル・グループからの出資が決定しており、期待の高い洋上風力拠点として今後の開発動向にも注目される。
英国外プレーヤーのプロジェクト動向事例:オーシャンウィンズ
英国外のプレーヤー(デベロッパー)が、スコットランドで洋上風力プロジェクトを手掛ける事例として、オーシャンウィンズ(以下、OW)にヒアリングを実施。同社スコットランドの開発環境の評価や今後の方向性などを聞いた(実施日:2024年5月22日)。
OWは、スペインのEDPリニューアブルズとフランスのエンジーによる合弁の洋上風力デベロッパーだ。英国では2022年4月から稼動中のモーレイ・イースト〔発電容量950メガワット(MW)〕、現在建設中のモーレイ・ウエスト(発電容量882MW)、開発中のカレドニア(発電容量2GW)などを手掛けている。これらは、いずれもスコットランド沖のプロジェクトだ。モーレイ・イーストは、関西電力やINPEXを通じて、日本の国際協力銀行(JBIC)などからの融資を受けている。OW英国エリアダイレクターのアダム・モリソン氏は、プロジェクト開発を進める中で、規制や制度の枠組みが安定している点がメリットの1つであり、開発を進める要因になっている、と説明した。スコットウィンドの一環として確保したスコットランド北部の海域でのアーベンプロジェクトを含む、将来のスコットランドでの浮体式プロジェクトに取り組んでいきたいとのことだ。アーベンは、メインストリームとリニューアブルパワーの50/50の合弁事業であり、浮体式プロジェクトとして計画されている。前述のカレドニアプロジェクトの一部では、浮体基礎を何基か設置することも計画されている。
スコットランドの再エネ開発環境の整理
(1)(2)を通じて、スコットランドの水素および洋上風力開発環境についてヒアリング結果を紹介した。それぞれの分野の特徴や強み、課題、そして日本への期待を表に整理した。スコットランド国際開発庁の企業誘致担当は、日本への期待について、洋上風力に関しては、日本での浮体式洋上風力の実証事業を踏まえた経験や、造船の知見はスコットランドにとって有益だ、と述べた。特に、大量生産に適した浮体構造物の詳細設計の部分に期待しているという。また、スコットランドとして不足している領域として、HVDCケーブルや直流変電設備を挙げた。前編で紹介した水素の電解装置や技術領域と合わせ、スコットランドのニーズに即した戦略的な日本企業の進出や投資が期待されている。
項目 | 洋上風力 | 水素 |
---|---|---|
特徴・強み |
|
|
課題 |
|
|
日本への期待 |
|
|
出所:各関係者ヒアリングに基づきジェトロにて作成
- 注1:
- 電力により、水を電気分解して水素を生成する技術の総称。
- 注2:
- 英国のフリーポート制度およびそれに基づくスコットランドのグリーン・フリーポート制度については、日本からの進出に関する制度:外資に関する奨励を参照。
スコットランドにおける再エネの今
- エネルギー政策と水素動向(英国)
- 洋上風力を支える港湾インフラ(英国)
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ロンドン事務所(執筆当時)
菅野 真(かんの まこと) - 2010年、東北電力入社。2021年7月からジェトロに出向し、海外調査部欧州ロシアCIS課勤務を経て、2022年6月から現職。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ロンドン事務所
奈良 陽一(なら よういち) - 2013年、東北電力入社。2023年4月からジェトロに出向し、調査部欧州課勤務を経て、2024年4月から現職。