AI導入機運を受け、各国で取り組み(中東)

2024年8月5日

中東で、AI技術を導入する機運が高まっている。例えばエヌビディア(米国半導体大手)は2024年6月19日、オレドー(Ooredoo、カタールの通信大手)と契約を締結。オレドーのデータセンターに人工知能(AI)技術を提供する。エヌビディアにしてみると、中東市場に本格参入する機会になる。また、同月25日には、サウジアラビアのファイサル・ビン・ファデル・ビン・モフセン・アール・イブラヒム経済・企画相が世界経済フォーラム(WEF)で講演。世界的AI企業が自国進出することを歓迎することに言及した。

AIを振興することにより、国の大きな成長に期待を持つことができる。中東には脱石油経済を目指す産油国が多いだけに、とりわけ経済発展に必要不可欠という見方が根強い。前述のような動きが活発化するのも、そうした期待が各国にあるからだろう。WEFによると、AI導入によって、中東地域で2030年までに最大3,200億ドルの経済的利益が生み出される。また、中東の日系企業もAIを有望ビジネス視している〔ジェトロの海外進出日系企業実態調査(中東地域)〕。

本稿では、AIによる効果と影響や、中東・北アフリカ(MENA)地域諸国の現状、さらに国を挙げたAI戦略についてまとめる。その上で、今後の方向性について考える。

AIのもたらす効果、中東地域ならでは課題とは

世界銀行が2024年4月に発表したところ、AIは2030年まで世界経済を年間1.2%増加させ、生産額を13兆ドル増加させる(2018年時点での予測)。さらに最近では、生成AIの登場により、2兆6,000億ドル~4兆4,000億ドル、経済が拡大するという予測もある。また、世界銀行が2024年6月に発表したAIの効果(例)は次のとおり。

  • 教育:教員不足を解消する。また、AIを活用したツールの使用により、パーソナライズされた個別指導が可能になる(教育の格差是正につながる)。
  • ヘルスケア:医療関係者不足の解消手段になる。AIに診断と治療をある程度まで任せる一方、医師などが患者へのケアの時間を増やすことができる。
  • 公共サービスと金融包摂:AIによって、効率的なガバナンスと金融の新たな基盤整備が可能になる。より具体的には、税金徴収を合理化したり、銀行サービスを拡張したりできる。
  • 生産性:AIによって、タスクを自動化しプロセスを最適化できる。また、意思決定を支援することで、タスクを平均で12%多く完了させることが可能になる。
  • SDGsへの貢献:それだけでなく、持続可能な開発目標(SDGs)169項目のうち、134項目の達成に役立つ可能性がある。

一方で、AIの導入には課題もある。例えば、IMFが2024年1月に発表したデータによると、世界の雇用の約40%がAIに関係。その結果、先進国では約60%、新興市場で40%、低所得国で26%の職業にAIの影響が及ぶ。さらに同年5月には、先進国で30%、新興市場20%、低所得国18%の職業に、AIが取って代わると発表した。

一方、新興市場や低所得国ではAIを活用した経験が少ない。そのため、先進国に比べてAIを導入する準備も十分ではない。さらにその結果として、所得格差も生み出されると指摘する。IMFが同年6月に発表したAI準備指数(IMFウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます、注1)で、MENA諸国とG7を比較してみると図1のとおりになる。

図1:MENA諸国とG7のAI準備指数
IMFが発表したAI準備指数はG7諸国では、米国0.77、日本0.73、ドイツ0.71、フランス0.70、カナダ0.70、英国0.70、イタリア0.62となっているのに対し、中東地域諸国はイスラエル0.73、アラブ首長国連邦(UAE)0.63、サウジアラビア0.58、トルコ0.54、カタール0.53、エジプト0.39、イラン0.38となっている。

出所:IMF資料からジェトロ作成

ここからもわかるように、MEMA諸国でもイスラエルやアラブ首長国連邦(UAE)などではG7の先進国に引けを取らない。しかし、多くの国でAI導入の準備体制が整っていない。

問題はAI準備指数が低いことだけではない。2024年1月にWEFが発表したレポートでは、当該地域で若者の失業率が世界的に高いことを指摘。AIによって雇用機会創出が期待できる一方、慎重かつ先を見据えた取り組みが必要とした。またAIを通じた経済成長を実現するためには、政府や教育機関、市民社会、民間部門が、長期にわたって献身的に取り組む必要があると強調している。

図2:AI人材の割合
OECD AI Policy Observatoryが公表しているデータによると、2022年のG7のAI人材の割合がカナダ45.578%、米国40.323%、英国36.893%、ドイツ31.461%、フランス34.109%、日本28.829%であるのに対し、中東地域諸国では、サウジアラビア30.588%、イスラエル28.175%、トルコ17.297%になっている。

注:AI関連人材でLinkedInに登録している割合。
出所:OECD「AI Policy Observatory」からジェトロ作成

AI人材の不足も課題だ。当該人材の比率についてOECDがまとめたデータによると(図2参照)、MENAにしてはAI準備指数が高いイスラエルやサウジアラビア、トルコでさえ、G7の国に比べてその割合が低い。すなわち、人材が十分でないことがわかる。

さらに、OECDの別データによると、AI人材の(1)年齢層、(2)賃金、(3)学位に相違がある(図3~5参照)。(1)や(2)について、G7諸国では24歳以下の若い世代のAI人材が一定数いて、賃金体系も多様だ。(3)も、上級学位を保有する人材が多い。すなわち、AI人材が活躍できる基盤ができていると見て良い。一方、概して中東諸国では、(1)に関して25歳以上、かつ(3)で学士レベル以下の人材が大宗を占める。(2)の賃金も一定範囲内に収まる(注2)。このことから、AI人材の労働市場の整備という点から今後、改善が必要と考えられる。

図3:AI人材の年齢層
OECD AI Policy Observatoryが公表しているデータによると、G7諸国ではAI人材の年齢層が幅広い年齢層に分布しているのに対し、中東地域諸国ではイランやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などの国でAI人材の年齢層が一定範囲内に収まっている。

出所:OECD「AI Policy Observatory」からジェトロ作成

図4:AI人材の賃金体系
OECD AI Policy Observatoryが公表しているデータによると、G7諸国ではAI人材の賃金体系が幅広いのに対し、中東地域諸国ではイランやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)などで賃金体系が一定範囲内に収まっている。

出所:OECD「AI Policy Observatory」からジェトロ作成

図5:AI人材が取得した学位の構成比
OECD AI Policy Observatoryが公表しているデータによると、G7ではAI人材の学位が幅広い層に広がっているのに対し、中東地域諸国ではサウジアラビアやイランなどで、一定の学位のみとなっている。

出所:OECD「AI Policy Observatory」からジェトロ作成

中東各国が国家戦略を策定

冒頭で言及したWEFでは、AIが同地域にもたらす経済的な利益を3,200億ドルと試算している。他の調査レポートでも、AIがもたらす経済的な効果は大きい。例えば、経営コンサルタント大手のプライスウォーターハウスクーパース(PwC)がまとめたデータによると、中東地域でAIの貢献度は年間20~34%増加する。特に(1) UAEでは2030年に96億ドル(GDPの13.6%に相当)、(2)サウジアラビアで135億ドル(同12.4%)、AIが経済利益をもたらす見込みと予測した。

そうしたこともあって、AIに関連してイベントが続いた。2024年に入ってからだけでも、UAE(2024年2月29日付ビジネス短信参照)やサウジアラビア(2024年3月15日付ビジネス短信参照)、イスラエル(2024年5月29日付ビジネス短信参照)の例がある。

このように、AIには、将来の経済に大きな利益をもたらす期待感がある。そのことから、MENA諸国は国を挙げて、AIを行政や経済部門に統合し発展させようと取り組んでいる。その根幹にある各国のAI国家戦略を見ていこう。総じて、各国でAIに関する取り組みが加速していることが見えてくる。

UAE

AI相を任命し、域内でAI分野の最前線と言われている。2017年10月には、「UAE AI国家戦略2031外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表した。この戦略を制定した狙いは、AIとそのアプリケーションへの投資を通じて、政府のパフォーマンスの向上や革新的かつ生産性の高い環境を整備するところにある。国営エミレーツ通信(WAM)は、この種の戦略として「世界初」と報じた。また、ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム首相は「UAEはAI技術と法的規制を開拓する上でハブになることを目指す」「AIの応用が利益と国内経済に新たな機会をもたらす」としている。

この戦略では、8つの目標(注3)を設定。その中には、人材確保も含まれる(この目標が重要なことは、既述のとおり)。

UAEでは、特に政府、製造、建設などの主要部門で、43%の仕事が自動化される(AIに置き換わる)。自国民(注4)の約70%が政府部門に従事している現状から、「戦略」では自国民がAIを活用する訓練が必要と指摘した。そこで同国では、自国民に向け専門のトレーニングや教育などの機会を設けている。その一環として、英国のバーミンガム大学と共同で、専門のトレーニングプログラムを導入済みだ。

なお、「AI国家戦略」では、経済全体への効果にも触れた。部門ごとの生産額増は、図6の予測になっている。

図6:UAEでAIを適用することでもたらすと推定される部門別生産額
アラブ首長国連邦(UAE)のAI国家戦略2031によると、AIの適用により、金融・専門・その他サービスが1億300万ディルハム、鉱山8,600万ディルハム、建設3,900万ディルハム、小売り3,900万ディルハム、貿易3,300万ディルハム、物流1,900万ディルハム、製造1,800万ディルハム、ICT1,400万ディルハム、政府・公共サービス1,300万ディルハム、ユーティリティ500万ディルハム、ホスピタリティ300万ディルハム、農業200万ディルハムの増加の生産が見込まれている。

注:1ディルハム=約43円。
出所:UAEのAI国家戦略からジェトロ作成

サウジアラビア

UAEと同様に、AIによる影響が大きいと見込まれる。

データAI省(SDAIA)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは2020年7月、「データAI国家戦略(NSDAI)」外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを策定した。NSDAIは、ムハンマド・ビン・サルマン・ビン・アブドゥルアジーズ・アール・サウード皇太子が最終承認済み。石油依存脱却を目指し、AI分野で先駆的な立場を築くのが、その目的。その中で設定した目標と優先分野は、表のとおりになる。

続いて、政府は同年10月、「グローバルAIサミット」を主催。当該サミットでは「技術、政策、規制、投資、研究、イノベーション、協業体制などについて段階的で多角的な計画を実行する」との声明を発表した。

表:サウジアラビアのAI国家戦略に見る目標と優先分野

目標
項目 内容
野心 データとAIのハブになり、AIで世界トップ15入りする。
技術 データとAIのスペシャリストとエキスパートを2万人創出。
政策・規制 オープンデータ分野で、世界トップ10入りする。
投資 データとAI分野に最大750億リヤル(3兆1,500億円、1リヤル=約42円)を投資。
研究・革新 科学的な貢献で世界トップ20入りする。
エコシステム 300社以上のスタートアップを立ち上げる。データ・AI分野の起業家を支援する。
優先分野
項目 内容
教育 学生のスキル向上と教育システムを労働市場の要件に合わせる。
政府 公共部門をよりスマートで効率的に構築することを目指す。
ヘルスケア 医療へのアクセスと予防医療を強化し、需要増大に対応する。
エネルギー 能力増強と効率性向上。
モビリティー 地域ハブの構築、スマートモビリティー技術の創出、都市交通の安全性向上。

出所:サウジアラビアデータAI国家戦略の資料からジェトロ作成

なお、国家改革戦略「ビジョン2030」に盛り込まれた目標96項目のうち、66項目がデータとAIに関係するという。この点、皇太子は「AIのような新たなテクノロジーを適切に活用できると、多くの不便が改善し利益がもたらされる」と発言した。

そうした中、国営通信(SPA)は2023年9月の記事で、「グローバルAI指標2023(Global AI Index 2023)」(米国のスタンフォード大学が取りまとめ)の政府戦略指標でサウジアラビアが世界1位に、「国際AI指数2023」(英国スタンフォード大学)でAIの社会的認識に関して世界2位になったことを報じた。NSDAIの進展は、こうしたところからも見えてくる。

イスラエル

イスラエルでは、AI分野で日本企業の提携事例も多く見られる。

同国は、「AI国家プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」の下、AIを国の成長のための優先分野に位置づけている。世界的なリーダーシップ維持のため、AI強化に取り組んでいるところだ。特に2024年の強化項目として取り上げたのが、(1)政府戦略、(2)運用環境、(3)研究開発インフラの3本柱だった(イスラエルAI国家プログラム2024資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.81MB))。

  • 政府戦略:AI分野の持続的成長に向け、一貫性のある総合的かつ長期的に政府の戦略を策定する。
  • 運用環境:民間と公共部門でのAI導入のため、イノベーションを促進する環境を整備する。
  • 研究開発インフラ:研究開発活動に利用できる施設とリソースを強化する。

2023年12月には、AIの規制と倫理に関して、政府が政策を発表した(イノベーション・科学技術省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。この政策は、多くの関係者と連携しつつ、イノベーション・科学技術省が主導している。狙いにするのは、(1)同国でAIを使用する上で責任の所在を明らかにすること、(2)潜在的なリスクを軽減すること、だ。イノベーション・科学技術相のオフィル・アクニス氏は「AIテクノロジーにより、イスラエル国民の生活が質的に向上してきた。数え切れないほどの分野で、継続的に、だ」「今回公表した原則に基づいてAIの使用を可能にすることで、基本的な権利と公共の利益を保護する」と話した。

トルコ

これまでで紹介してきた国に比べ、AI準備指数などの数値で今後一層の改善が必要と考えられる。そんなトルコでも、国を挙げた取り組みが始まっている。

2021年8月には政府が「国家AI戦略」を公表した(国家AI戦略2021-2025資料参照(トルコ語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.65MB))。同戦略には、2021~2025年の期間で目指すビジョン、6つの戦略的優先項目とこれに沿う22の目標、119の具体的なアクション、ガバナンス体制などが含まれた(2021年8月31日付ビジネス短信参照)。

イラン、カタール、エジプト

イランは、今なお欧米から経済制裁を受け続けている。同国は2022年11月、「国家AI開発ロードマップ」を策定した。さらに直近では2024年5月、同じく欧米から経済制裁を受けるロシアとAIの協力文書に署名。AI分野の成長を進め、2032年までにAI国家としてトップ10入りを目指している。

カタールも2023年、「国家AI戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を発表済みだ。なお同国は同年、MENAの中で1人当たりGDPが最も高かった。

同地域で最も人口の多いエジプトも「国家AI戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(4.4MB)」を発表している。

AIのもたらすリスクに向き合い、適切な活用を

ここまで、MENA諸国に及ぶAIの効果と影響や、国を挙げた取り組みを確認してきた。MENA地域諸国にもAIによる大きな効果が見込まれる一方で、課題が多いことにも触れた。

当地域には、脱石油経済を目指す産油国や、インフレや外国との厳しい対立下にある国が多い。AIは大きな希望の1つになり得る。また、社会経済危機に直面し大統領不在が続くレバノンで、「AI大統領」と名付けられたプログラムが登場したことも象徴的だろう。ちなみにこのAI大統領は、政治に関する質問に答えてくれる。AIの役割は政治分野にまで及んでいるわけだ。

一方で、AIには懸念材料もある。例えば、過度に依存することになると、(1)技術的な障害やアルゴリズムの偏り、(2)悪意あるデータ操作による誤った結論への誘導、(3)セキュリティー対策の欠陥、が生じるかもしれない。また、プライバシーや倫理面での懸念は、現に生じている。

このほかIMFは2024年5月、AIがもたらす経済悪化のリスクを指摘した。労働市場だけでなく、金融市場やサプライチェーンに大規模な混乱を引き起こす可能性も引き起こしかねないのだ。AIの活用が既に進んでいるG7など以上に、AI活用の途上にある国でリスクが大きくなる可能性も否定できない。

今後、国として、地域としてのさらなる成長のためにも、AIを「適切に」活用していくことが求められる。その先に、MENA諸国の大きな発展が見えてくる。


注1:
AI準備指数とは、AIの導入を進める上での準備状況について、IMFが指数化した結果。指数化にあたっては、(1)デジタルとインフラ、(2)人的資本と労働市場政策、(3)イノベーションと経済統合、(4)規制の4分野で評価した。
注2:
例外的に、トルコでは若い人材が、UAEで上級学位人材の割合が、それぞれ多いことが確認できる。
注3:
8つの目標は、次のとおり。
1) 世界の中で、AI分野のリーダーとしての地位を築く。
2) AIの導入を通じ、優先分野で競争力を強化する。
3) AIを活用するため、豊かなエコシステムを開発する。
4) 顧客サービス全体にAIを導入する。生活と政府を改善する。
5) 将来、AIによって可能になる仕事に就く人材を呼び込み、訓練する。
6) 世界をリードする研究能力をAI事業に提供する。
7) AIを実証する上での基盤として不可欠なデータとサポートインフラを提供する。
8) 強力なガバナンスと効果的な規制を確保する。
注4:
UAEには、外国人労働者などが多い。そうした居住者を除いた自国民は、およそ1~2割割程度と言われる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部中東アフリカ課
加藤 皓人(かとう あきと)
2024年2月、都市銀行から経験者採用で入構し、現職。