EVと製造輸出ハブ拠点
インド乗用車・二輪車市場の展望(3)

2024年9月12日

本連載第2回では、新しい動力源である、ハイブリッド車(HV)、圧縮天然ガス(CNG)車、エタノール燃料車について現在の状況を整理した結果、少しずつ環境配慮型のエネルギーが使えるようになってきていることが分かった。第3回は、世界的に注目されている電気自動車(EV)の状況とインド製完成車を海外に輸出する事例を基に、今後の方向性を考察する。

最大手はEV5モデル販売

EVの製造過程では多量の鉱物資源を必要とし、この生産・精錬は水質汚濁や土壌汚染などの環境問題を抱えている、と報道されることも多い。一方、走行時はバッテリーに充電した電気がエネルギー源となり、温室効果ガス(GHG)を含み人体にも有害な排ガスを発生しない点が注目されて、世界的にEVが脚光を浴びている状況は明白だ。インド政府も、グリーンエネルギー活用による大気汚染対策、化石燃料輸入削減による貿易赤字解消、今後も続く人口ボーナスで増加する若者の雇用確保に向け、EVをはじめとする製造業誘致に積極的な姿勢を取っている。

街中を見ると、少しずつ緑のナンバープレート(注1)を付けたEV車両を目にするようになってきた。現在販売されている四輪EVはどのような価格帯のモデルが多いのだろうか。2023年度(2023年4月~2024年3月)の四輪EV新規登録台数(表参照)で全体の約95%を占める上位6社の販売モデルのショールーム価格とバッテリー容量の関係を整理した(図1参照)。

表:2023年度メーカー別四輪EV登録台数
メーカー 2023年度登録台数 割合
タタ・モーターズ 69,580 70.1%
MGモーター 11,555 11.6%
マヒンドラ&マヒンドラ 6,595 6.6%
PCA 2,032 2.0%
BYD 1,931 1.9%
現代自動車 1,835 1.8%
その他 5,754 5.8%
合計 99,282 100%

出所:インド道路交通・高速道路省の統計サイト(VAHAN)からジェトロ作成

図1:四輪EVのショールーム価格とバッテリー容量(N=15)
バッテリー容量が増えるとショールーム価格も上昇する傾向にある。また同じバッテリー容量でも価格の高いモデルも設定されている。タタモーターズは、5車種(赤のキー)のEVモデルを販売しているが、100万ルピーから150万ルピーの価格帯である。バッテリー容量が20~30kWhのカタログ上の航続距離は200~320キロメートル。バッテリー容量が30~50kWhのカタログ上の航続距離は320~460キロメートル。バッテリー容量が60~73kWhのカタログ上の航続距離は520~630キロメートル。

出所:各社公表資料からジェトロ作成

2023年度の新規登録シェア約7割のタタ・モーターズは計5モデルを販売しているが、いずれも比較的安価な価格帯であることが分かる。その中の1車種は、標準バッテリー積載量モデルから容量を減らし、航続距離を犠牲にしても価格を安く抑えたモデルである。

搭載するバッテリー容量の増加に従い、航続距離は伸びる傾向があり価格も比例する(補助線A)。バッテリー容量単位当たりの走行可能距離は、車種にもよるが、おおよそ7~13キロメートル/キロワット時である。実際の走行可能距離は、走行条件やエアコン使用有無などの使用環境によりバッテリーの消耗度合が異なるので、注意が必要だ。

四輪EVのバッテリー積載箇所は、車体の前輪軸と後輪軸の間のフロアに配置されることが多く、車体のホイールベース制限から積載量も制限される。従って、同じバッテリー積載量であれば、航続距離はほぼ変わらないが、高級志向として付加価値を高めたモデルも少しずつラインアップされてきているようだ(補助線B)。

このほか、販売台数は少ないものの、今後増加する富裕者層をターゲットとした欧州メーカーの高級EVモデルも増加している傾向がある(写真1)。


写真1:ポルシェTaycan(左)とメルセデス・ベンツEQS・AMG仕様(右、ジェトロ撮影)

EVの市場普及割合

インドでは、EVが本格的に発売されてまだ数年だが、引き続き大規模な投資を発表し生産準備を進めている企業も多いため、これから急速に増加するといわれている。果たして順調に進むのだろうか。

市場における現在の立ち位置を「イノベーター理論(注2)」を参考に整理した(図2参照)。

図2:インド市場二輪EV/四輪EVの市場普及割合
新しいサービスや新商品の市場普及度合いを、イノベーター理論を基に、横軸に市場に浸透する時間、縦軸に購入者数(つまり普及度合)とし、正規分布に拡大段階で5つのフェーズ(イノベーター2.5%、アーリーアダプター13.5%、アーリーマジョリティー34%、レイトマジョリティー34%、ラガード16%)を区分している。イノベーターとアーリーアダプターの領域は新しさや流行に関心のあるお客様で、初期市場の領域である。両者を足した16%を超えたアーリーマジョリティー、レートマジョリティー、ラガードの領域は、商品やサービスに対して、安心や信頼そして安定した評判を得ている領域で、メインストリーム市場と言われる。横軸を、全新車販売に占める割合と置き換えると、インドの二輪EV、四輪EVの新車販売に占める割合はそれぞれ5.2%、2.4% なので、イノベーターとアーリーアダプターの正規分布線上にインドがある。2023年の主要国市場の四輪EVの全新車販売に占める割合は、日本(1.7%)、米国(7.6%)、EU(14.6%)、ドイツ(18.4%)、中国(22.2%)ノルウェー(90%、ノルウェーは2022年上期のデータ)であり、日本、インド、米国、EUは初期市場、ドイツ、中国、ノルウェーがメインストリーム市場の領域にある。

出所:インド自動車工業会(SIAM)、VAHAN、欧州自動車工業会(ACEA)、中国自動車工業協会(CAAM)、日本自動車販売協会連合会(JADA)の公開資料、米国スタンフォード大学エベレット・M・ロジャース教授が提唱した理論などを基にジェトロ作成

インド市場において、2023年度の新車販売台数(出荷ベース)に占める二輪EVおよび四輪EV(登録ベース)の占める割合はそれぞれ、約5.3%、約2.4%である。インド政府が目標として掲げている2030年の新車販売の二輪EV・四輪EV車両比率はそれぞれ80%、30%であり、現状では程遠い位置いることは確かだ。イノベーター理論の横軸を、新車販売台数に占めるEV割合と置き換えてみれば、世界の主要国の状況と同様に、インド市場は、新しさや流行に関心を持つ消費者の多い「初期市場」であることが分かる。

EV普及に向けては、価格、航続距離、充電ステーション数などいくつかの課題が挙げられている。各メーカーは高性能かつコストダウンを目指し、バッテリーの現地化など取り組みを進めているが、全てを解決するまでにはしばらく時間がかかるだろう。また、各国・市場の取り組み状況を見渡すと、やはり政府方針や優遇支援策の影響が大きいようだ。インド政府も2015年から支援している電動車早期普及促進制度「FAME(注3)」を継続していたが、第2弾であるFAMEⅡは2024年3月で終了となっている。後継のFAMEⅢは、2024年4~6月に実施された総選挙のため発表が遅れており、正式発表までの暫定的支援策として電動モビリティー促進スキーム(EMPS2024)が導入されている(2024年3月21日付ビジネス短信参照)が、対象が二輪EVと三輪EVの先進バッテリーを採用した車両のみで、補助金額も少なく十分ではないとの声も多い。現在、FAMEⅡと同様の予算規模の約1,000億ルピー(約1,700億円、1ルピー=約1.7円)と報道される、複数年対象のFAMEⅢの正式発表が待たれる状況にある。

インドを製造・輸出ハブ拠点とする動き

インド政府は、「メーク・イン・インディア」をスローガンとして、インドでのモノづくりを積極的に推奨している。また、長年の課題である貿易赤字を解消するため、政府は製品輸出時の優遇措置として間接税を免除するなど製品輸出も推奨している。本連載第1回の表2によれば、スポーツ用多目的自動車(SUV)にかかる間接税は、工場出荷時の価格に対して50%が課税されるため、仮に100万ルピーの車体価格の場合は、ショールームに展示された段階で150万ルピーになってしまうということだ。このため、輸送コストなどを考慮しても他の市場で販売した方が優位な場合は、インドから輸出し販路拡大を狙う方が得策と考えるメーカーも多い。

最近の事例からも、インド製の完成車を近隣国のみならず、世界の各市場に輸出を計画・販売を開始する報道を目にする機会も多い。在インド日系メーカーがインド製完成車を日本に輸出、2024年3月から販売を開始したことも記憶に新しい。同モデルはインド国内販売数よりも日本、南アフリカ共和国、ネパール市場向け輸出販売数が2倍以上あり、好評を得ているという。これは自動車産業のみならず、携帯電話やエアコンなどの製造業にも同様の動きが見られている。

2024年1月に南インド南部タミル・ナドゥ州に進出を発表し、現在工場建設を進めているベトナムの自動車メーカーは、インド国内需要対応のみならず、アフリカ市場へ二輪EVを輸出する戦略を発表した(2024年1月17日付2024年3月1日付ビジネス短信参照)。アフリカ市場のインフラの整わない地方部では、太陽光発電パネルを設置するだけで比較的早く安定した電力供給が可能になる。さらに、アフリカの非産油国はガソリンを輸入に頼っている。ガソリン価格は為替の影響を受け不安定なため、EV 普及を加速させる要因に結び付くので、今後有望な市場と見ているようだ。

このように、インドの内需対応と海外市場への展開を見据え、製造輸出ハブ拠点として進出し、事業拡大を進める戦略を展開する企業が増えてきている傾向がある。

インド自動車産業の方向性

インドでは、今後も人口ボーナス期が続き、経済活動が活発になることで自動車を購入する中間所得層以上が増えること、また「多人数の移動時は四輪乗用車、少人数で近距離移動時は二輪車」と効率よく使い分ける傾向が続くと思われることから、四輪車・二輪車ともに販売台数はこれからも堅調に増加するだろう。

加えて、政府が掲げる2070 年のカーボンニュートラル目標達成に向け、EVのみならず環境にやさしい新動力源や新エネルギーを導入した車両が増えてきている。今後さらに自動車の燃料として、化石燃料を一切使わない水素(H2)などのグリーンエネルギーの製造、運搬、備蓄、そして使う技術開発や商品化も着実に進み、安全で便利な移動手段としての自動車は確実に進化していくだろう。

また、政府の製造業誘致方針に加え、地理的条件からも、インドは製造・輸出ハブ拠点として注目されており、この流れは引き続き拡大していくと思われる。これは、「顧客の求める良いモノを、どこで安く作ってタイムリーに届けるのか」という製造業のコンセプトから見ても、インドが脚光を浴びている理由だ。今後、ASEAN地域をはじめ、生産集約の動きも加速していく可能性が高く、今後の動向に目が離せない。


注1:
車両の登録を所轄するインド道路交通・高速道路省は2018年からEVに緑色のナンバープレートを付与している。
注2:
新しいサービスや新商品の市場普及度合いを、横軸に時間、縦軸に購入者数とし、拡大段階で5つのフェーズがあるという理論。16%の位置に大きな溝があり、これをいかに乗り越えるかが市場普及のポイントと言われている。
注3:
Faster Adoption and Manufacturing of Electric and Hybrid Vehiclesの略称。EVやハイブリッド車(HV)の早期普及を促進するため、2015年からインド中央政府が支援している重工業省の補助金制度。第2弾のFAMEⅡが2024年3月まで実施され、後続となるFAMEⅢの発表は2024年総選挙の影響で遅れている。正式発効までは、二輪車には電動モビリティー促進スキームが適応されている。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所 海外投資アドバイザー
淺羽 英樹(あさば ひでき)
大手自動車部品メーカーに34年間勤務。商品設計・評価、品質保証、マーケティング、代理店支援・販路拡大など、モノづくりからお客様対応までの全般業務を経験。サウジアラビア、ドイツ、タイ、ブラジルで、通算17年の勤務経験あり。2022年3月から現職。