メキシコでの加工利点と課題は明確
挑戦、新ホタテ回廊構築(3)

2024年4月12日

中国は2023年8月25日、日本産水産物の全面輸入禁止措置を発表。追随するように、複数カ国・地域が同様の措置を発表している。従前、日本の水産物輸出額の2割程度を占めていたホタテ貝は、5割以上が中国に輸出されていた。そのため、同措置の影響は大きい。仮に中国の禁輸措置の解除があったとしても、サプライチェーンの多角化を目指すには、中国以外に新たな加工拠点を得る必要がある。

日本産ホタテ貝は現状、米国向けには貝毒の蓄積がないとされる内転筋(貝柱)だけが輸出可能だ。すなわち、新加工拠点を探る上では、貝柱の加工が現実に可能なことが前提条件になる。それも踏まえ、メキシコには他国にない理想的な条件が備わっている。具体的な候補として期待できるのが、メキシコ北西部バハカリフォルニア州エンセナダ市だ(「挑戦、新ホタテ回廊構築(2)アジアにない強みを探る(メキシコ)」参照)。

現地は、ロサンゼルスやラスベガスといった米国西部の大都市から陸路で5時間、米国とメキシコの国境から南に約100キロ(車で1時間半)という位置にある。ジェトロはここで、水産加工業のエコシステムを生かした日本産ホタテの新たな加工実証に取り組んでみた。

メキシコに日本産両貝ホタテを初輸入

バハカリフォルニア州(BC州)のバハとは、スペイン語で「下」を意味する。すなわち、米国カリフォルニア州(CA州)の下にある州という名称だ。CA州では、2023年時点で人口の4割以上がスペイン語話者のヒスパニック系で占められていると言われる。その多くが、メキシコ側国境都市のティファナ市を経由して入国した人々や、その子孫といわれている。また、BC州の電力供給網は米国に連結している。インフラ面では、CA州と一体化していると言って過言でない。

BC州は、食料供給面でも非常に重要な役割を果たしている。農産品、水産品ともに恵まれているため、州内企業は加工して輸出するマインドを持っている。2023年の米国向け輸出は547億6,480万ドル。実に、輸出全体の94.8%を占めた(表1参照)。そのうち、魚・魚介類の輸出額は3億1,963万ドルだった。

表1:バハカリフォルニア州の国別輸出額(2023年)(単位:100万ドル、%)
順位 輸出先国 金額 割合
1 米国 54,764.8 94.8
2 カナダ 637.4 1.1
3 コロンビア 294.0 0.5
4 オランダ 240.7 0.4
5 中国 233.1 0.4
6 エルサルバドル 117.4 0.2
7 日本 106.9 0.2
8 アイルランド 100.0 0.2
9 ドイツ 98.0 0.2
10 スイス 89.4 0.2
その他 1,059.4 1.8
合計 57,741.1 100.0

出所:バハカリフォルニア州経済イノベーション庁

BC州では、カキやムール貝、アワビ、ミル貝、ハマグリ、サザエといった貝類の天然漁業や養殖業が盛んだ。また、2024年3月時点で、米国向けに二枚貝を輸出する認可を得ている企業が9社ある(表2参照)。その中でアテネア・エン・エル・マル(以下、アテネア)は、全国水産業会議所BC州支部(カナインペスカ・バハカリフォルニア:CANAINPESCA Baja California)の会頭を担っている。また、バハ・マリン・フーズ(以下、バハ・マリン)は副会頭企業に当たる。

ジェトロが日本産ホタテの加工実証を進めるに当たり選定したのは、この2社とプロドゥクトス・マリーノス・アベセ(Productos Marinos ABC/以下、PMA)、あわせて3社だ。ちなみに、PMAはこれまでに貝類の取り扱いがないものの、進出日系企業で日本とのつながりが深い。なお、この3社は、BC州水産養殖業庁(SEPESCA)と経済イノベーション庁(SEI)からの推薦と企業情報を基に選定した。

表2:二枚貝の米国向け輸出認可を保有するメキシコ企業リスト
No 企業名 所在地 州名
1 アテネア・エン・エル・マル
Atenea en el mar
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
2 バハ・マリン・フーズ
Baja Marine Foods
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
3 アクアクルトゥーラ・インテグラル・デ・バハカリフォルニア
Acuacutura Integral de Baja California
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
4 アグロマリーノス
AGROMARINOS
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
5 アグロペスカ・デ・メヒコ
Agrompesca de México
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
6 マル・ビビエンテ・デル・パシフィコ
Mar Viviente del Pacífico
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
7 モロ・サント・ドミンゴ
Morro Santo Domingo
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
8 U&Aグルメ
U&A GOURMET
エンセナダ市 バハカリフォルニア州
9 ソル・アスル
SOL AZUL
ムレヘ市 南バハカリフォルニア州

注:登録は1年更新で、上記9社の認定期間は2024年12月31日まで。更新すれば延長記載可能。
出所:Interstate Certified Shellfish Shippers List (ICSSL)


生きたまま米国に輸出されるバハカリフォルニア州産の黒ミル貝(アテネア・エン・エル・マル提供)

2023年時点で、メキシコには日本産の冷凍両貝ホタテの輸入実績がない。メキシコ国内に流通している日本産ホタテは、米国経由で輸入された玉冷だけだった。そこで、ジェトロは冷凍原貝ホタテの輸入を実証した。日本の輸出企業とメキシコの水産輸入企業の協力を取り付け、エンセナダ港から輸入した。これがメキシコとして初めての日本産両貝冷凍ホタテの輸入になった。苫小牧港で荷積みされたホタテは横浜港で積み替え、エンセナダ港まで12日で到着した。


メキシコに初輸入された日本産冷凍両貝ホタテ(ジェトロ撮影)

なお、日本産水産品をメキシコで輸入するため手続きは、ジェトロの「水産物の輸入規制、輸入手続き」で参照することができる。具体的な必要書類は、(1)メキシコ向け輸出の水産品に関する衛生証明書(地方農政局などが発行)、(2)インボイス、(3)パッキングリスト、(4)「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」の特恵を受けるための原産地証明書、の4点だ((4)については、後述)。衛生証明書の申請方法は農林水産省のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますから確認できる。輸出に際して、HACCPに基づく衛生管理や施設認定は不要だ。

一方で、各国への水産品の輸出に必要な日本側の手続きは、水産庁の「我が国からの水産物・水産加工品の輸出に必要な手続き(国・地域別一覧表)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(194KB)」が参考になる。

CPTPPを利用して関税を削減できる

では、関税はどのように申告すれば良いのか。輸出経路ごとに比較してみる。

中国を経由して米国に輸出する場合

中国に輸出するにあたっては現時点で、中国のMFN税率(10%)を利用するのが最善だ。なお、日本と中国の間では2022年1月、「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」が発効している(日中間で初の通商協定)。しかし、ホタテ貝の関税率は段階的削減中で、2027年まではMFN税率よりも高いことから、利用価値がない。

中国で加工される日本産ホタテを米国輸入する際には日本原産品とみなされることから、米国のMFN税率0%が適用される。

ベトナムを経由して米国に輸出する場合

日本からベトナムへの輸出では、MFN税率が3%、日本とベトナムの二国間経済連携協定(EPA)では0%になる。EPAを利用するのが望ましいだろう。

ベトナムから米国に輸入する際には、MFN税率0%が適用される。

メキシコを経由して米国に輸出する場合

日本からメキシコへの輸出時は、MFN税率が15%、CPTPP税率が6%になる。なお、CPTPP適用の関税率は段階的削減中で、2024年6%、2025年4%、2026年2%、2027年以降は0%になる。なお、日本とメキシコの二国間EPAでは、ホタテのHSコードは関税削減対象外となっている。

メキシコから米国への輸入時は、MFN税率0%が適用される(表3参照)。

表3:ホタテの輸入関税率(単位:%)(-は値なし)
商流 MFN税率 協定税率 備考
日本→中国 10.0 12.7 地域的な包括的経済連携(RCEP)協定税率は、2024年時点で12.7%。2027年までは、MFN税率の方が低くなる逆転現象が発生している。
中国→米国 0.0 中国で加水加工して輸出しても、米国輸入時の原産国は日本とみなされる。
日本→ベトナム 3.0 0.0 「協定税率」は、日越EPAの現行税率。
ベトナム→米国 0.0
日本→メキシコ 15.0 6.0 「協定税率」は、2024年時点でのCPTPPの税率を示している。なお、2025年には4.0%、2026年2.0%、2027年以降0%と、さらに低下することになっている。
メキシコ→米国 0.0

注:HSコードは030722。
出所:各国税関、日越EPA協定譲許表、RCEP協定譲許表、CPTPP協定譲許表からジェトロ作成

現物で殻むき、洗浄、殺菌、パッキングを練習

その後ジェトロは、アテネア、バハ・マリン、PMAの各社にエンセナダに輸入した冷凍原貝ホタテを配付。2024年2月23日に1回目の殻むきの練習を開始した。3社の作業内容は、統一した((1)冷凍原貝を流水で半解凍、(2)貝からウロとヒモの切り離し、(3)貝柱の切り離し、(4)貝柱を真水、塩素水、食塩水で洗浄と殺菌、(5)貝柱を500グラムずつパッキング、(6)ヒモをウロから切り離し食塩水で洗浄、(7)ヒモを500グラムずつパッキング)。殻むきに挑戦した作業員は、難なく対処できたようだ。普段から、力を加えて器具を挿入しなければ開けることができない殻の堅いカキなどの貝類を加工しているからだ。事実、「冷凍ホタテの貝は楽に開き、中身を取り出せるので、カキほどの労力を要さない」とのコメントもあった。


バハ・マリン・フーズでの殻むきの様子
(ジェトロ撮影)

プロドゥクトス・マリーノス・アベセでの
殻むきの様子(ジェトロ撮影)

アテネア・エン・エル・マルでの殻むきの様子
(ジェトロ撮影)

エンセナダで加工された日本産ホタテ貝柱と
ヒモの試作品第1号(ジェトロ撮影)

日本の水産企業がエンセナダを視察

ジェトロは2024年3月13~16日、水産品を扱う日本企業14社を束ねて、ホタテ加工施設視察ミッション団を派遣した。加工施設視察時の様子は、以下の通りだ。

  • 14日にロサンゼルスからエンセナダにバスで移動した。その際、複数の参加者から「米国の大消費地から生産加工地までの距離の近さを、身をもって体感できた」という感想が聞かれた。
  • 15日には、アテネア、バハ・マリン、PMAの3社を訪問。ホタテ貝の解凍、殻むき、洗浄、殺菌、パッキングの各工程を実際に見学。むいたばかりの貝柱を試食した。
    殻むき工程では、参加者は作業員のホタテをむくスピードを計り、時間当たりの作業量を予測。また洗浄工程後は、生貝柱の状態をつぶさに確認した。
  • 参加者の評価はおおむね高かった。ただし、うまく解凍できていなかった貝の中に砂が残っていたり、最終的に手作業で取りきるべき汚れが残っていたりした貝柱も一部に見られた。
    そのため、継続的な指導の下、品質管理基準と加工手順を作業員に徹底させていく必要性を説いた。3社からは、日本や米国企業が求める品質に近づけるように、継続的にアドバイスを求めたいとの要望が出された。

ホタテ加工作業を見学するミッション団(ジェトロ撮影)

米国バイヤーはエンセナダ加工貝柱をどう評価

ミッション派遣の最終日(3月16日)には、ロサンゼルスで米国のバイヤーを招いた商談会が開催された。その際、24時間前にエンセナダで加工されたばかりの冷蔵貝柱を使用した6種類の料理が試食として振る舞われた。参加した日系水産バイヤーからは「冷凍回数が1回の生食用冷蔵ホタテを初めて食べた。24時間以内に加工してロサンゼルスまで届けることができるのは驚き」との声が聞かれた。また「甘味が非常に強い。米国産の(加水された)ホタテとは別物と考えたい」という米国人バイヤーの感想などもあった。

また、米国企業から安定的に高品質な生食用ホタテを製造するための投資を検討したいという声も聞こえてきた。日本のホタテ原貝供給企業と協力し、エンセナダの水産工業に設備導入するとともに技術指導したいという。


ロサンゼルスでの商談会で、エンセナダで加工したホタテを試食する米国バイヤー(ジェトロ撮影)

その後、3月18~20日には、米国ネバダ州ラスベガスで開催された「バー・アンド・レストラン・エキスポ(Bar and Restaurant Expo 2024)」の機会を捉え、エンセナダで再冷凍(2フローズン)した貝柱を試食する企画も講じた。貝柱は会場で解凍し、レストランなど飲食業関係者などに試食してもらった。この企画では、(1)試食前に日本産と説明、(2)しょうゆなどを付けずにホタテそのものを試食、(3)味の感想を問う、(4)その後で、エンセナダで加工したものと追加で説明する、という手法を取った。味の感想は384人中370人が「おいしい」と回答。その理由として「甘さが強く、ねっとりとした触感が良い」「多くのブースでホタテを出しているが、今食べたホタテが一番おいしいと感じた」「臭みがなく新鮮でおいしい」といった意見が寄せられた。

他方、日本産をエンセナダで加工したことに関しては、「ストーリーが面白い」や「米国に近いところで加工するのは正しいと思う」「エンセナダはシーフードの街で有名」「エンセナダからマイアミにドライ・スキャロップを輸送できないか」といったコメントがあった。

こうした意見の背景には、鮮度の良いマグロなどの海産物の産地として、米国の飲食業者の中でエンセナダが認知度を獲得していることが挙げられる。米国バイヤーが持つエンセナダ産水産物への好印象は、今後の日本産ホタテのブランディングに役立つと考えられる。


エンセナダで加工した日本産ホタテを試食する米国の飲食業バイヤー(Uogashi Global Innovation提供)

メキシコ加工を進める上での課題は

一般的に、ホタテの貝柱の大きさを確認するには貝を開く必要がある。そのため、海外加工用の冷凍原貝ホタテは無選別で輸出せざるを得ない。外国の加工工場で米国バイヤーにニーズのある大きい粒とそれ以外に選別し、米国向けには加水加工を施して輸出される。この過程で、全原貝に対する米国輸出用貝柱の割合(歩留まり)にバラつきが出る。米国市場で受け入れられるためには、大粒で揃える必要があるためだ。となると、残った小さな粒の販売先確保も課題になる。この点、中国の場合は、国内市場に日本産ホタテの消費需要があるため、比較的解決しやすい。しかし、ベトナムやインドネシアの場合、中国ほど購入消費者層がない。となると、中国や日本に輸出する方策が必要になってくる可能性がある。

メキシコの場合はどうだろうか。エンセナダの水産業界団体はこれまで、鮮度が良く品質が安定した水産物の米国向け供給網の確立に力を入れてきた。当地には、漁獲してから数日以内、加工してから24時間以内にロサンゼルスなど大都市にフレッシュな商品を届けることができる強みがある。そうした強みを生かして差別化し、付加価値を高めてきた。そうしたことを踏まえ、生食用1フローズンの日本産ホタテの生産というスキーム案は、おおむね正しいという意見を得た。もっとも、鮮度の良い商品を扱うことが多いということは、冷凍設備に投資する必要性が低いことにもなる。その結果、水産加工クラスターが存在する割には、冷凍設備を十分に整えた工場が少ないのが実情だ。トンネルフリーザーのような急速冷凍機を有する企業がほぼ存在しないため、ニューヨークなど東部の市場にホタテを供給するには、新たな設備投資が必要になるだろう。

もちろん、加工した商品を冷凍しないで大市場に供給できるというのは、大きなメリットだ。例えば、生食料理を提供する地中海料理(イタリア料理やスペイン料理)レストランなどに、新しい提案をするチャンスにつながる。一部の高級レストランや高級スーパーマーケットは、加水ホタテを使用・販売しない。そうしたハイエンド市場では目下、米国産シー・スキャロップ(Sea Scallop)のほか、アルゼンチン産やペルー産の小型のベイ・スキャロップ(Bay Scallop)を取り扱っている。日本産ホタテをエンセナダで無加水玉冷に加工すると、そうしたハイエンド市場に向けて営業する可能性も見えてくる。

とは言え、米国のホタテ市場は、9割が加水ホタテ(Wet Scallop)で占められると言われる。挑戦する機会を見逃すわけにはいかないだろう。米国バイヤーの幅広いニーズに合わせることで、日本からホタテ貝を輸出する上で、販売先の多角化にさらに貢献することにもなる。そのためには、やはり、加水加工技術と急速冷凍設備の導入が必要になる。

では、小粒貝柱の販売先としてはどうだろう。メキシコには、レストランだけでなく一般家庭にも、セビーチェ(Ceviche)やアグアチレ(Aguachile)といった魚介類を生食する文化がある。一部地域にはアワビのヒモを食べる習慣も見られる。そうなると、ホタテのヒモも販売対象となりうるだろう。加えて、メキシコの消費者は貝柱の大きさ以上に、貝殻が付いていることにプレミアム感を覚えることがしばしばだ。つまり、片貝(貝柱と貝殻1枚)商品として供給することで、メキシコバイヤー向けに訴求力を示せる可能性が高い。ちなみに、これはアジア地域の加工地では見込めない点と考えられる。

結局、日本産ホタテをメキシコで加工する体制を組む上では、(1)米国とメキシコ、双方バイヤーのニーズに合わせ柔軟に商品を提案できるか、(2)生産地・加工地の強みを生かせるか、が焦点になるだろう。


日本産ホタテを利用したメキシコ料理セビーチェ(Le Blanc Los Cabos提供)
執筆者紹介
ジェトロ・メキシコ事務所
志賀 大祐(しが だいすけ)
2011年、ジェトロ入構。展示事業部展示事業課(2011~2014年)、ジェトロ・メキシコ事務所海外実習(2014~2015年)、お客様サポート部貿易投資相談課(2015~2017年)、海外調査部米州課(2017~2019年)などを経て現職。