チューリンゲン州初のSUイノベーションセンター30周年(ドイツ)
経済発展する東部
2024年2月8日
GISは、ドイツ・チューリンゲン州のアイゼナハ市に所在し、同州における最初のスタートアップとイノベーションの支援組織の1つだ。2023年10月、アイゼナハ市でGISの30周年記念式典が開催された。チューリンゲン州は、光学産業を中心に新型コロナ危機以降も日本との関係強化に意欲的だ。本レポートでは、GISの記念式典で披露されたチューリンゲン州発のイノベーションを中心に報告する。
経済発展する旧東ドイツのチューリンゲン州
チューリンゲン州は、ドイツ東部地域において経済発展が著しい州の1つだ。同州統計局の発表によると、同州の住民1人当たりの名目GDPは、2000年が1万6,323ユーロ、2010年が2万1,703ユーロ、2022年が3万3,656ユーロと、二十数年のうちに2倍以上に増えている。
チューリンゲン州の西部に位置するバルトブルク郡アイゼナハ市は人口約4万2,000人。同地では、1899年に自動車の生産が始まった。現在でも、アイゼナハ市内には国際的な自動車メーカーであるステランティス・グループに属するドイツの自動車メーカー、オペルが工場を持つ。その他、市内にはBMW(自動車のボディ部品やプレス加工部品を製造)、ボッシュ(センサーやトランスミッション制御装置を製造)などが立地し、アイゼナハ市一帯はドイツ自動車産業にとって重要な地域だ。また、チューリンゲン州へのドイツ国内外の企業の直接投資も続いている(表参照)。
企業名 |
関連 事業 |
国籍 | 時期 | 概要 |
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メレキシス | 半導体 | ベルギー | 2022年5月 | 州都エアフルト市に所在する半導体工場の生産能力を拡大するため、新しい半導体検査装置とパッケージング装置の導入に約500万ユーロを投資すると発表。自動車のセンサー技術向けを含む半導体需要に対応している。 |
IBM iX | デジタル・サービス | 米国 | 2022年6月 | コンサルティング、デジタル・エージェンシー、デザイン・スタジオ、テック・カンパニーのすべてを兼ね備えるIBM iXは、エアフルト市にオフィスを開所。同社はエアフルト市について、高いレベルの高等教育を修了した人材、交通の便の良さ、住環境を評価。 |
寧徳時代新能源科技(CATL) | 蓄電池 | 中国 | 2023年1月 |
エアフルト市近郊の広大な工業団地にリチウムイオン電池工場が完成し、生産開始。CATLにとって同工場は中国外で初のリチウムイオン電池生産拠点。 CATLは最先端技術を同地に導入し、革新的なバッテリー技術をローカライズすることで、この地域のEV産業の成長を牽引するとしている。 |
ライオン・Eモビリティ | 蓄電池 | スイス | 2023年5月 | バイエルン州との州境に近いヒルトブルクハウゼン市で、同社のドイツ子会社であるライオン・スマート・プロダクションの工場が生産開始。同工場ではリチウムイオン電池のバッテリーパックを製造する。バッテリーパックは車載用を含むモビリティ全般向けと定置用の両方。 |
フォータム・バッテリー・リサイクリング | 電池リサイクル | フィンランド | 2023年7月 | エアフルト市の北約55キロに位置するアルテルン市で、電池リサイクル工場建設のフィージビリティ(予備)調査を開始。廃電池からブラックマス(注)を生産する計画。同市は中欧の顧客に近いというメリットがある。 |
注:リチウムバッテリーを放電・乾燥・破砕・選別した後に得られる原料の濃縮かすのこと。
出所:各社発表や報道などからジェトロ作成
ロボティクス・AIにも注目
GISは、ドイツ語の「Gründer- und Innovationszentrum Stedtfeld」の略だ。このドイツ語のとおり、GISは「起業家(Gründer)」と「イノベーション(Innovation)」を支援する組織で、アイゼナハ市シュテットフェルト地区の約1万3,500平方メートルの敷地に複数の建物を持つ。建物には30近い企業・組織が入居している。ここでは、企業や起業家同士のネットワーク作りができるほか、セミナー用スペースやコワーキングスペースなども備わっている。
10月24日に開催されたGISの30周年記念式典では、チューリンゲン州のボド・ラメロウ州首相とボルフガング・ティーフェンゼー州経済・科学・デジタル社会相が来賓として挨拶した。記念式典には、GISの支援によりすでにスピンオフした企業の経営陣など、政財界から約80人のほか、アイゼナハ市のカティヤ・ボルフ市長や、GISの支援を受けているスタートアップの代表も参加していた。ジェトロ・ベルリン事務所は、GIS代表のヨアヒム・グメルト氏と長い友好関係にある。同氏は30年前、チューリンゲン州開発公社(LEG)で国際問題を担当していたときに、ジェトロの協力で「対日輸出研修プログラム」で訪日し、日本へのビジネス代表団に同行した。
また記念式典では、ノックス・ロボッツ(NOX Robots)の最高経営責任者(CEO)であるトビアス・ダンツァー氏が、ほとんど全ての産業分野で増えつつある人工知能(AI)の利用についてプレゼンテーションを行った。ダンツァー氏は、学校や大学だけでなく、企業や幼稚園、老人ホームなどでもAIに関する講演を行っている。同氏の目的は、人々にAIに親しんでもらうだけでなく、不安を取り除き、AIのポジティブな可能性を広めることだ。AIによって制御されるロボットの応用範囲の広さを示す一例として、今回の記念式典に日本のソフトバンクが開発した人型ロボット「ペッパー」を持ち込んだ。招待客はペッパーに高い関心を示した。
日本企業との関係構築に意欲的な企業もGISに入居
GISには現在、次のような企業が入居している。
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ヘルマ・マテリアルズ IV IR オプティクス(Hellma Materials IV IR Optics)(以下、ヘルマ・マテリアルズ)
ヘルマ・マテリアルズは、ヘルマ・グループに属する企業で、横浜市にも支社がある。同社は、ゲルマニウムやシリコン製の赤外用光学部品を開発・製造しており、部品製造に導入している高度なコンピュータ数値制御(CNC)工作機械により高精度なブランク加工(部品切り抜き加工)が可能だ。
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インターセプト・テクノロジー(INTERCEPT Technology)
インターセプト・テクノロジーは、中堅・中小企業でありながらも、ニッチな分野で世界的に高いシェアを有する「隠れたチャンピオン」だ。同社は、顧客の要望に合わせた極めて革新的な防錆(ぼうせい)方法を開発している。同社の特徴的な製品には、高機能防錆フィルムがある。このフィルムを使用した特殊なパッケージング・ソリューションは、F1レースなどで使用されているという。
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ルムンダス(Lumundus)
チューリンゲン州の光学産業クラスター「オプトネット(OptoNet)」は、静岡県浜松市の光学クラスターと長年にわたり親密な関係を維持している。小規模企業のルムンダスは、オプトネットのメンバーだ。同社は、最先端の光学シミュレーション・プログラムを使用して、自動車産業の照明システム、医療用照明、鉄道車両用照明、非常用照明など、幅広い分野の照明技術に関する革新的なソリューションを開発している。また、過去に複数の日系企業とのプロジェクトを実現している。ルムンダスの常務取締役は、日本との優れた信頼できる協力関係を称賛し、欧州における日本企業との協力に引き続き強い関心を持っている。
ドイツの光学産業とは、日本から浜松市を中心とする光産業クラスターが、ドイツにおける新型コロナウイルス関連の入国制限解除後すぐにミッションを派遣し、交流が進展している(2022年10月18日付ビジネス短信参照)。
アイゼナハ市は、歴史的・文化的な面でも訪れる価値のある場所だ。例えば、音楽家のヨハン・ゼバスティアン・バッハの生誕地はアイゼナハ市であり、神学者のマルティン・ルターは同市内のバルトブルク城(1999年に世界遺産登録)で聖書をドイツ語に翻訳した。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ベルリン事務所
マリナ・リースラント - 1992年よりジェトロ・ベルリン事務所で対日投資、イノベーション、総務を担当。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ベルリン事務所
小川 いづみ(おがわ いづみ) - 2022年9月からジェトロ・ベルリン事務所でイノベーション関連(J-Bridge)を中心に担当。