制裁下で独自の発展を遂げる民間ビジネス(ベネズエラ)
現地民間大手銀行エコノミストに聞く
2024年3月25日
ベネズエラでは、2024年7月28日に大統領選挙が予定されている。2023年10月に行われた反政府派の予備選挙において、圧倒的多数の支持で選出されたマリア・コリーナ・マチャド氏に対する公職就任資格の停止措置は依然として継続している状況だが、2024年3月末には候補者指名が迫られる。米国は、公正な選挙が行われない場合は4月18日を期限とする制裁緩和措置を延長しないことを明言している。一方で、制裁をきっかけにベネズエラでは独特の経済構造が発達し、一部では活発な民間投資が行われるようになった。このようになった背景や、経済制裁の行方が不透明な中での民間ビジネスについて、ナシオナル・デ・クレディト銀行(Banco Nacional de Crédito:BNC)顧問でエコノミストのエドゥアルド・フォルトゥニ氏の見方を聞いた。BNCは2009年にスタンフォード・バンク、2021年にシティバンク・ベネズエラ、2022年にオクシデンタル・デ・デスクエント銀行をそれぞれ買収し、同国最大の店舗数を有する民間銀行となっている。
- 質問:
- 制裁下でも民間投資が行われている。その理由は。
- 答え:
- ベネズエラにおける政府と民間企業との関係は、制裁により共生関係に変化した。また、現在、ベネズエラの民間セクターが重視しているのは、パンデミック期までの「生き残ること」から「競争すること」へと完全に変化した。ベネズエラでは制裁を機に、輸入も物価も自由化され、基本的な食料品バスケットについても米国ドルでの販売が行われるようになった。政府にとっては、ハイパーインフレーションによるモノ不足が最大の脅威であり、それが起きない限りは自由な価格で販売することを認めた。その結果、市場にはモノが潤沢に供給され、価格も下がり、食料品バスケットの価格は政府がかつて課していた規制価格よりも低くなった。政府はこのような市場経済を受け入れる一方、政府が自ら主導する産業と、民間企業の自由を認める産業を明確にするようになった。
- 質問:
- どのような産業か。
- 答え:
- 石油に加え、金などの鉱物資源については政府主導であることは変わらない。ただし、輸出もなく、投資も不十分な天然ガス部門は別である。石油と鉱物資源以外の分野については、民間企業の活動は自由だ。なお、銀行部門については、政府系でありながら民間銀行のように活動するバンコ・デ・ベネズエラに対し、支配的な地位を与えている。一方で、医療セクターについては、政府主導では高品質のサービスを提供できないことが理解されており、民間セクターの参入は全く問題ない。もともと民間主導であった建設部門についても同様だが、ベネズエラの人口の25%が国外に流出していることや、電力不足から以前ほどのうま味はない。サービス業については、エネルギー不足も関係なく、民間セクター主導の分野であり、例えば観光業などは有望だ。このような形で、ベネズエラでは政府と民間企業との共生関係が形成されており、こうした中で民間セクターが成長することは、政府による一方的な政治プロセスを阻止することにも役立つだろう。
- 石油部門については、2022年末の米国石油大手シェブロンに対する制裁緩和が政府に非常に大きなインパクトを与えた。シェブロンは制裁緩和の後、生産を回復し、一気に日量10万バレルの増産を可能にした。それまでのイランやロシアといった同盟国との協力では成し遂げられなかった成果であり、しかもディスカウントなしの価格で輸出を行ったうえ、出港の21日後には支払いが行われるような状態となっている。政府は、もはや外国企業によるベネズエラでの石油生産に異を唱えることはできない現実を理解している。
- 質問:
- 2023年10月に行われた一部の制裁緩和以降、石油産業はどう変化したか。
- 答え:
- 国営石油会社(PDVSA)は、ディスカウントなしで自由に販売することが可能にはなったが、それでも買い手にとっては制裁のリスクは拭えない。シェブロンの輸出する原油は問題ないが、PDVSAが顧客を見つけるのは難しい。それまで石油輸出の90%を占めていたとみられる顧客は中国の民間製油所だったが、規制緩和により本来価格での販売が可能になると、買い取りには消極的となり、中国向けは減少していった。このことから、2023年12月にはインドのリライアンスが持つ製油所向けの供給を始めた。一方、ベネズエラ国内の製油所の精製能力は低いが、制裁が始まったころのようなガソリンやディーゼル油の供給不足を招くわけにはいかない。また、輸出向けの石油を生産するためには、ナフサのような希釈剤が必要である。とはいえ、それらを購入するためのキャッシュはないため、原油と石油製品とのスワップ取引は欠かせない。スワップ取引による国内への燃料供給は国民生活の改善にはつながるものの、7月に大統領選を予定しキャッシュを必要とする政府にとってはうま味が少ない。これまで「ペトロカリベ」プログラムとして、過去30年にわたりカリブ海諸国に対し行ってきた低利での石油販売による債権が約800億ドルあるとみられているが、この一部の償還のためハイチで交渉し、5億ドルを受け取った背景には、以上のような理由もある。
- 質問:
- 経済制裁下での外貨獲得手段は。
- 答え:
- 石油輸出は相変わらず最大の外貨獲得手段であり、2023年の輸出はおよそ80億ドルと推測される。また、民間部門の石油関連以外の輸出は約15億ドル程度である。それらに加え、経済制裁をきっかけとして、独特な手段の存在が目立つようになった。現在、国外に約700万人のベネズエラ人が移住しているが、彼らによる送金額が53億ドルに上る。米国からがその4分の1を占め最大となるほか、スペインが16%、チリが15%、コロンビアが12%、ペルーが11%、ブラジルが5%などとなっている。また、ベネズエラ人が国外に持つ貯蓄により得た資産の本国向け償還、あるいは投資が約35億ドルあると推定される。過去の石油景気などによる貯蓄は国外にあり、その額は合計で1兆ドルに達すると推定されている。国内のベネズエラ人が国外にある資産でビジネスを行い、生活を維持している。高級車が国内で売れ、高級レストランなどの商業投資が行われているのは、このような巨大な国外貯蓄が存在するからだ。このほか、金の非正規輸出が25億~35億ドルとみられる。同様に、国内で稼働停止となった工場などの産業施設からおびただしい鉄くずが非正規に輸出されており、これが12億ドルに上ると推測される。
- 質問:
- 制裁の行方が不透明な中、どのような民間の参入が有望と思うか。
- 答え:
- 原油生産の回復は2024年も続くと見られるが、限界が訪れるだろう。政府はボリバル貨の下落を防ぎ物価を安定させるためにも外貨が必要だが、いずれ外貨の流入は頭打ちとなろう。一方で、ロシアのウクライナ侵攻以降、米国のバイデン政権との交渉が進み、政府は石油産業をわずかながら回復させた。縮小したベネズエラ経済にとっては、シェブロンが行う輸出のインパクトは非常に大きなものであり、政府にとって現状は心地がよいものかもしれない。しかし、それでも例えばガス関連など、ベネズエラの友好国ではない国の投資による大規模プロジェクトは存在し、輸出を伸ばしている。したがって、政府の外貨獲得につながることに配慮したクリエイティブな形での事業提案が必要となろう。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・ボゴタ事務所長
豊田 哲也(とよた てつや) - 1993年、ジェトロ入構。ジェトロ・カラカス事務所長、ジェトロ・パナマ事務所長、ジェトロ福井所長のほか、地方創生事業、水産品輸出などの担当を経て、2018年11月から現職。