日本のスタートアップがフィリピンで挑む「デジタル農協」
金融×物流×ITで農業課題解決へ
2023年10月18日
多くのアジア新興国において、農業は基幹産業である一方、産業としての高度化が依然として進んでいない。本稿では、フィリピンにおいて農業の課題解決を図る日本のスタートアップ「ロングターム・インダストリアル・デベロップメント(LTID)」(本社:東京都三鷹市)へのインタビューを通じて、社会課題解決型のビジネス事例を紹介する。同社はフィリピンの農家の資金と流通構造の課題に対し、ITを用いて、農作物の組織化された流通システムや販売網、またはファイナンスなどを提供する。いわば「デジタル農協」のコンセプトのもと、フィンテックと流通サービスなどを組み合わせたソリューションを提供する。同社の取り組みについて、創業者でCEO(最高経営責任者)の谷口泰央氏に聞いた(取材日: 2023年6月16日)。
- 質問:
- フィリピンにおける農業の課題は
- 答え:
- 農家の所得・生産性向上の観点で、2つの構造的問題があると考えている。1つは、非効率な流通システムだ。農家と消費者の中間で取引する仲買人が多く、行く先々でコストがかかり、都市部の消費者の購入価格が原価から大きく乖離している。生産原価を1とすると農家の販売価格は2~3になるが、マニラの市場では5~10程度で売られ、スーパーなどでは10~30まで高騰する。末端価格が高い割には農家へその対価が還元されにくい構造になっており、農家の所得は上がらないままだ。
- 2点目は、そうした所得の低さが原因で、フィリピンの農家に生産性向上のための投資余力が生まれないことだ。手作業の負担がいまだに大きい農家にとって、肥料の購入や農機具の導入は効率化・収穫拡大への第一歩であるが、初期投資を個人負担できる農家は多くない。現地の金融機関も、担保のない農家を審査し、貸し付けを行うノウハウがなく、政府系の農業金融機関などは貸し倒れリスクから融資を通さない。仮に農家が担保となる土地が用意できても、審査に時間がかかり、農家が必要な時に必要なだけの融資を受けられない。結果として、小規模農家の抱える課題は解決されず、農家全体の生産性が低迷する。
- 質問:
- どのように課題解決に取り組んでいるのか。
- 答え:
- まずは、農家の生産性向上を目的に、当社では農家へ融資を行っている。特徴は、人工知能(AI)を用い迅速に農家への融資を行うシステムだ。農場の映像をスマホで撮影してもらうだけで、当社で生育状況や出荷量、過去の取引実績などの情報も踏まえて農家の収入予測値などを算出する。それらデータをもとに、AIが総合的な信用力をスコアリングすることで、貸し付け可否の審査を自動で行うことができる。
- これにより、与信管理や価格調査など融資側の時間やコストを大幅に削減でき、採算性の低さから貸し手のなかった農家向け融資を実現できている。実際に、当社の融資で投資を行い、生産性向上を実現した農家も出ている(図参照)。
- 質問:
- もう1つの課題である非効率な流通システムへはどのように対応するのか。
- 答え:
- 当社が農家から農作物を買い取り、卸売業者を介さずに自社の物流網を駆使して、小売店や消費者に安く届けている。多くの仲買人が介在する流通の効率化は、農家が適正価格で販売するのに不可欠である一方、農家個人で小売店や消費者とつながり物流まで手配するのはやはりハードルが高い。そこで、当社が農作物を買い上げた上で、農家と小売店・消費者を結ぶ物流網を当社が提供することで、数多い仲買人の介在をなくす。農家が今よりも高く、小売店(消費者)が今よりも安く取引できるwin-winの仕組みを実現した。今後はAIによる価格予想、ライドシェアによるデリバリーについても導入予定だ。
- ただし、仕組みを作っても農家が使ってくれないと意味がない。当社では、金融事業で培ったネットワークを活用して農家にアプローチしたり、農家の多い地域に住んでいる現地スタッフを採用したりすることで、ユーザーとなる農家を増やしている。
- ユーザー農家の主な関心は野菜の買い取り価格だが、そのニーズにも応えられている。我々が農産物を買い取っている農家では、買い取り価格は平均して約20%以上増加した。標準的な農家の年間売上高は大体80万円ほどだが、我々のサービスを利用して、年間売上高が約100万円に向上したというケースも珍しくはない。ユーザーの農家からもポジティブな感想を頂いている。
- 質問:
- マネタイズの方法は
- 答え:
- 当社の収益は、農家への融資から得る利息と、農家から直接買い上げた農作物の小売店・消費者への販売時の手数料から得ている。ポイントは、輸送にかかる手数料を農家に求めない点。当社のユーザー農家の多くは経済的余裕のない層であり、手数料の負担が重ければ、ユーザーが離れてしまいかねない。物流は「デジタル農協」を構成するために必要不可欠なパーツではあるが、多対多を結びつけるところに我々のバリューがある。高い利便性維持することで、多くの農家に利用してもらうことを優先している。
- 質問:
- ビジネスモデルの強み、ユニークさは何か
- 答え:
- AIを使った与信判断、農業金融に物流を組み合わせていることだ。フードバリューチェーンのDXや農家に対するマイクロファイナンス事業といった個々の課題に取り組むスタートアップは、世界的にもトレンドになりつつある。だが、「農協」というコンセプトで、農家を軸とした仕組み自体を新たにデジタルの力で創出し、農業全体に関わる社会課題を、金融と物流を掛け合わせて解決しようとするビジネスモデルは世界でもほとんどないと思う。
- 質問:
- 今後の課題、これからの展開について
- 答え:
- 金融面では、融資を受けたいという農家からのリクエストが多く、そのリソースが足りていない。投資家とつながって、より多くの農家に貸し付けができる体制を作りたい。物流面でも、まだまだ農家の方々から買い取ってほしいというボリュームに応えきれていないため、都市部のバイヤーとさらに連携していきたい。
- また、このビジネスモデルは、東南アジアおよびアフリカの一部の豊かな国を除けば、どこでもニーズがあると思っている。現地ビジネスパートナーが見つかりつつあるインドやモザンビークを今後の展開先として考えている。
- 企業概要
- ロングターム・インダストリアル・デベロップメント(LTID)
- 2020年に東京で創業、翌2021年にフィリピン進出。フィリピンにおける「デジタル農協」事業を実施。フィリピン拠点の社員数は16人、うち3人は日本人。現地金融機関の融資対象にない小規模農家を対象に、AIによって与信判断を実施し、融資を行うマイクロファイナンス事業と、LTIDが農家から買い取った野菜を、仲買人を介さずに都市部の小売店・消費者に直接届ける流通業の2つのビジネスを行っている。第3回「日ASEANにおけるアジアDX促進事業」採択事業者である。
- 執筆者紹介
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ジェトロ海外ビジネスサポートセンター ビジネス展開課
高濱 凌(たかはま りょう) - 2022年、ジェトロ入構。新興国ビジネス開発課を経て、翌年4月から現職。