部品産業好調の要因と課題を探る
2022年のメキシコ自動車産業(2)
2023年6月15日
メキシコの自動車部品生産額は2022年、前年比で13.7%増加。過去最高額を記録した。輸出も好調で、前年比13.7%増。やはり過去最高だった。2023年もその余波を受け、伸び率が鈍化するにせよ順調な成長を見込めそうだ。
一方、BMWやテスラなどの完成車メーカーは、メキシコで電気自動車(EV)の生産開始を発表していた。そのほかにも、2020年7月のUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)発効に伴い、原産地規則が厳格化された。それらの結果として、主に東アジア各国などから、メキシコへ生産移管が進んだ(いわゆるニアショアリング)。これに伴い、大手自動車部品メーカーの新規・拡張投資が続いている。
こうした動きは、とくに欧州・中国・韓国資本で顕著だ。その投資は、メキシコ北部に集中している。一方で、投資の受け地では、インフラ投資停滞や地価の高騰などの課題も生じている。
コロナ禍を乗り越えた部品生産、雇用創出にも貢献
メキシコ自動車部品工業会(INA)の発表によると、2022年のメキシコの自動車部品生産額は1,076億1,700万ドル。新型コロナ禍を乗り越え、過去最高額を記録した。2023年の推定値は1,089億2,800万ドルで、順調な生産増が見込まれる。
自動車部品関連産業は、メキシコ国内での雇用創出にも大きく貢献している。2022年は87万7,000人と、過去2番目に多い雇用を生み出した。メキシコ国内の経済活動人口約6,000万人のうち、約70人に1人が同産業で働く計算になる(図1参照)。
製品分野別にみると、生産額の大きい順に(1)電子部品、(2)エンジン関連部品、(3)トランスミッション・クラッチ関連部品になる。いずれも、前年の構成比とさほど変わらない。(1)~(3)とも、順調に生産を伸ばしたと理解できる。
乗用車・SUV・ピックアップ(完成車)に関するUSMCAの原産地規則上、特定コンポーネント(コアシステム、注1)は原則、北米原産でなければならない。加えて、ネットコストで75%の域内付加価値率(RVC)を満たす必要がある。このコアシステムのうち、 車体、エンジン部品、ガソリンエンジン、ディーゼルエンジン、サスペンション・ステアリング部品は、いずれも2021年に比べて10%以上も生産額を伸ばした。
もっとも、その他の部品も同様に生産額を伸ばしている。このことからすると、コアシステムの原産地規則厳格化だけが影響した結果とは明言しがたい。USMCAでは、車両全体のRVCも引き上げられた〔75.0%へ/従前の北米自由貿易協定(NAFTA)下では62.5%だった〕。部品全般にわたって、域内調達を拡大させる方向に作用したと考えてよいだろう。
輸出も好調で貿易黒字が継続
自動車部品の輸出も、順調に伸びている。2022年は892億2,400万ドルと過去最高額を達成した。自動車部品生産全体に占める輸出比率は、2017年から継続して80%以上を維持している。当年も、前年と同じ82.9%だった(図2参照)。
一方の輸入額は、前年比13.5%増の607億1,700万ドル。こちらも、過去最高額を記録した。自動車部品分野の貿易収支は、285億600万ドルの黒字になった。なお黒字幅は、前年に比べて約35億ドル拡大した。
自動車部品の輸出入を相手国別に見ると、ここ数年で構成比にほとんど変化がない。輸出は、引き続き米国向けが9割弱を占める(表1参照)。前年比で輸出額の伸び率が最も大きいのはカナダ向けだ。IHSマークイットの統計によると、(1)電気音響信号装置、(2)車体、(3)ガソリンエンジン(シリンダー容量250cc以上1,000cc以下)の順で大きく伸びた。メキシコ全体として輸出額が大きいのは上から順に、(1)ワイヤーハーネスや電線類が104億ドル、(2)プレス部品やボディ部品が60億4,700万ドル、(3)座席および関連部品が60億4,400万ドル、輸入額が大きいのは上から順に、(1) プレス部品やボディ部品が37億4,600万ドル、(2)トランスミッション部品が36億9,900万ドル、(3)音響・映像機器関連部品が29億7,000万ドルだ。
表1:メキシコの自動車部品国別貿易額(100万ドル)
国名 |
2020年 金額 |
2021年 金額 |
2022年 | ||
---|---|---|---|---|---|
金額 | 構成比 | 伸び率 | |||
米国 | 55,898 | 70,265 | 78,428 | 87.9% | 11.6% |
カナダ | 2,528 | 2,513 | 3,480 | 3.9% | 38.5% |
ブラジル | 1,101 | 1,178 | 1,338 | 1.5% | 13.6% |
中国 | 972 | 943 | 1,071 | 1.2% | 13.6% |
日本 | 648 | 707 | 892 | 1.0% | 26.2% |
ドイツ | 519 | 550 | 714 | 0.8% | 29.8% |
その他 | 3,148 | 2,356 | 3,301 | 3.7% | 40.1% |
合計 | 64,814 | 78,543 | 89,224 | 100.0% | 13.6% |
国名 |
2020年 金額 |
2021年 金額 |
2022年 | ||
---|---|---|---|---|---|
金額 | 構成比 | 伸び率 | |||
米国 | 21,822 | 28,171 | 33,000 | 54.4% | 17.1% |
中国 | 6,417 | 7,486 | 7,893 | 13.0% | 5.4% |
日本 | 2,744 | 3,476 | 3,764 | 6.2% | 8.3% |
韓国 | 2,478 | 3,315 | 3,522 | 5.8% | 6.2% |
ドイツ | 2,390 | 2,674 | 3,036 | 5.0% | 13.5% |
カナダ | 1,593 | 2,032 | 2,186 | 3.6% | 7.6% |
その他 | 6,808 | 6,310 | 7,316 | 12.0% | 15.9% |
合計 | 44,252 | 53,474 | 60,717 | 100.0% | 13.5% |
注:金額の単位は100万ドル。
出所:メキシコ自動車部品工業会(INA)のデータから作成
完成車メーカーが追加投資
メキシコ経済省による2023年2月時点の発表によると、2022年、メキシコへの対内直接投資額(フロー)は前年比で12%増加。352億9,200万ドルだった。この実績は、2013年、2015年に続き過去3番目に大きい。2013年は、ビール業界で世界最大手のABインベブが、メキシコのビール最大手モデログループを完全買収した年だった。484億ドルという投資額を記録したのは、この大規模投資が影響した結果だ。また2015年には、製造業を中心に359億ドルの投資を記録していた。
改めて2022年の対内直接投資額(フロー)を形態別にみると、新規投資が48%、追加投資45%、親子間勘定7%だった。
業種別に最大だったのが製造業で、36%を占めた。その製造業投資の中で約3分の1(40億8,100万ドル)を占めたのが、自動車・同部品だ。前年比では20.3%減になり、やや低迷したようにも思える(図3参照)。
ただし、完成車製造だけに限ると72.3%の増加だった。これを牽引したのが、外資工場での追加投資だ。日産のアグアスカリエンテス工場、起亜(韓国系)のペスケリア工場、フォルクスワーゲン(VW、ドイツ系)のプエブラ工場で、そうした例があった。
不調だったのが自動車部品製造で、61.3%減少した。2021年には、米国ゼネラルモーターズ(GM)や台湾の電子製品設計・製造受託企業の大規模投資を受けて、過去最高に近い実績を記録していた。しかし、当年は遠く及ばずに終わったかたちだ。もっとも自動車部品分野でも、ニアショアリングを背景に、2022年後半から2023年第1四半期にかけて関連メーカーの投資発表が続いている。これらの投資実行額は、統計上、2023年以降に反映されることになろう。
自動車部品メーカーは中央高原と北部に集積
当地自動車産業(注2)に関する企業録「ディレクトリオ・アウトモトリス(スペイン語)」を発行するコネクシオン・B2B(Conexión B2B)の発表によると、2022年に当該産業の投資プロジェクトは全部で196件。出資国数は19カ国に上った。2021年は114件、15カ国だったので、大きく伸びたと評価できる(注3)。2022年に新規投資が発表された州のうち、最も大きな投資額を集めたのは、金額が大きい順に(1)ヌエボレオン州(24億3,400万ドル)、(2)ハリスコ州(17億3,200万ドル)、(3)ケレタロ州(15億6,584万ドル)になる。また、件数順には、(1)グアナファト州(52件)、(2)コアウイラ州(31件)、(3)ヌエボレオン州(28件)だ。投資国別には、(1)ドイツ(17.9%)、(2)日本(15.3%)、(3)米国(14.8%)が大きい。以下、メキシコ、中国、韓国、カナダ、イタリア、その他の国々と続く。日産、起亜、フォルクスワーゲンなどの完成車メーカーの投資に加えて、日系を含むアジア系、欧米系など多くの自動車部品メーカーや、工業団地の新設を目的としたディベロッパーなどによる投資計画の発表が相次いだ。
メキシコの自動車部品産業は、完成車メーカーを取り巻くように中央高原地帯と北部に集積している。国立統計地理情報院(INEGI)が発行する全国事業所ダイレクトリー(DENUE)によると、2022年11月時点で、自動車部品関連の企業数は2021年から2022年にかけて24社増加した。地域別には、従来からの集積地で増加件数が多いことが確認できる。具体的には、中央高原地帯(グアナファト州8件、ケレタロ州4件、ハリスコ州4件)および北部(コアウィラ州4件、ヌエボレオン州4件)だった(表2参照)。製品分野別には、座席・内装関連やエンジン系統のサプライヤーの事業所が特に増加した(表3参照)。
主要完成車メーカーによるEV生産計画の発表に応じ、あるいはニアショアリングの必要などから、新規または追加投資の勢いが顕著になっている。2023年末に事業所数がさらに伸びるものと期待される。
州名 |
2022年11月 (全2,638ヵ所) |
2021年11月 (全2,614ヵ所) |
2009年末 (全956ヵ所) |
2021年⇒2022年 増減 |
---|---|---|---|---|
グアナファト | 277 | 269 | 39 | 8 |
メキシコ州 | 262 | 261 | 88 | 1 |
コアウイラ | 247 | 243 | 91 | 4 |
ヌエボレオン | 236 | 232 | 70 | 4 |
ケレタロ | 209 | 205 | 55 | 4 |
チワワ | 200 | 197 | 113 | 3 |
プエブラ | 161 | 163 | 59 | △ 2 |
メキシコ市 | 157 | 158 | 88 | △ 1 |
サンルイスポトシ | 135 | 133 | 31 | 2 |
ハリスコ | 130 | 126 | 68 | 4 |
タマウリパス | 114 | 114 | 64 | 0 |
アグアスカリエンテス | 105 | 103 | 24 | 2 |
ソノラ | 72 | 74 | 41 | △ 2 |
バハカリフォルニア | 73 | 72 | 21 | 1 |
その他 | 271 | 264 | 104 | 7 |
合計 | 2,638 | 2,614 | 956 | 24 |
出所:国立統計地理情報院(INEGI)「全国事業所統計ダイレクトリー(DENUE)」から作成
製品分野 |
2022年11月 (全2,638ヵ所) |
2021年11月 (全2,614ヵ所) |
2009年末 (全956ヵ所) |
2021年⇒2022年 増減 |
---|---|---|---|---|
電気電子系統 | 479 | 478 | 217 | 1 |
プラスチック部品 | 462 | 463 | 122 | △ 1 |
座席・内装 | 379 | 372 | 101 | 7 |
金属プレス部品 | 290 | 286 | 88 | 4 |
エンジン系統 | 171 | 165 | 65 | 6 |
サスペンション・ステアリング系統 | 156 | 155 | 44 | 1 |
ブレーキ系統 | 126 | 125 | 65 | 1 |
トランスミッション系統 | 99 | 97 | 33 | 2 |
その他の部品 | 476 | 473 | 221 | 3 |
合計 | 2,638 | 2,614 | 956 | 24 |
出所:国立統計地理情報院(INEGI)「全国事業所統計ダイレクトリー(DENUE)」から作成
日系企業でサプライチェーンの見直し検討が進む
次に、日系企業の経営や投資に目を向けてみる。
ジェトロが2022年8~9月に実施した「2022年度海外進出日系企業実態調査(中南米編)」(以下、当調査)によると、在メキシコ日系企業(調査回答222社)の約半数が「今後1~2年の事業展開の方向性」について「拡大」の意向を示している(図4参)。自動車産業関連企業に限定すると、「現状維持」と回答した割合が「拡大」よりも大きい。一方、「縮小」や「第三国(地域)へ移転、撤退」は、ごくわずかだ。
拡大する理由としては「成長性、潜在力の高さ」(39.5%)、「現地市場での購買力増加に伴う売り上げ増加」(37.7%)、「競合他社と比較した際の優位性の確立」(28.1%)、「輸出先が増えること(販路拡大)による売り上げ増加」(24.6%)が上位に挙がった。また、具体的に拡大する機能(回答数=113)については、トップを占める「販売機能」(58.4%)に続いて、「高付加価値品の生産」(33.6%)、「汎用品の生産」(31.0%)と、生産機能の強化を検討する企業の割合が他の中南米各国に比べて大きいことが分かった。
また、メキシコ進出日系企業の今後の調達先の見直し計画にも注目したい。当調査で「調達の見直しを行う計画がある」と回答した42社の具体的な調達先変更計画を確認すると、「変更前」の調達先は日本が45.2%で最多だった。米国とメキシコが14.3%で続く。「変更後」の調達先はメキシコの54.8%が最多。米国が21.4%と続いた(図5参照)。さらに、自動車関連企業からの回答に限ると、「変更後」の調達先としてメキシコを検討している割合は61.9%に増加する。具体的には、(1) USMCAの発効による原産地規則の厳格化を受けて、日本などの東アジアからメキシコに調達先変更を余儀なくされた例、(2)コスト削減を目指し、米国からメキシコへの調達先を変更した例が、相当数を占めるとみられる。
実際、ジェトロに寄せられる調達の現地化や非日系の現地サプライヤーの発掘に関する問い合わせ、プレス、アルミダイキャスト、プラスチック射出成型などの非日系現地サプライヤーの調査依頼は、2022年後半から特に増加している。ジェトロ・メキシコ事務所が運営する「メキシコの現地自動車部品サプライヤー情報」データベースの新規ユーザー登録者数も、2021年実績の約2倍になった。ここからも、「北米向け生産・調達拠点」として、日系企業がメキシコに関心を高めていることがうかがえる。
現地サプライヤーを開拓し、取引の可否を判断するために生産体制や品質を計る上では、国際規格「IATF16949」(注4)の取得有無が1つの指標になる。この規格の監督機関、国際自動車産業監督機関(IAOB)によると、在メキシコ拠点でIATFを取得済みなのは2023年3月末時点で2,118。欧州で最多のドイツ2,911拠点に迫る勢いだ。アジアでの自動車部品製造拠点タイでは1,797拠点、日本で1,780拠点だ。
2018年12月末時点のデータと比較すると、拠点数の伸びが最も大きいのはアジアだった。中国とインドが主に牽引した。一見すると、北米は比較的伸びが小さいように見える(図6参照)。しかし、内訳を見てみると、米国で縮小する一方で、メキシコでは400拠点近く増加した(図7参照)。米国の自動車産業は、人件費高騰や人手不足に伴う赤字傾向に悩まされている。それに引き換え、メキシコでは、人件費を安価に抑えることができ、働き手も豊富だ。そうした当地での自動車部品生産が増えていることが、認証取得状況からも読み取れる。
ジェトロによる現地サプライヤーへの日々のヒアリングからも、ISO9001取得済みであっても、数年以内にIATFの認証取得を視野に入れているサプライヤーの声が多く聞かれた。こうしてみると、今後も拠点数は増加すると考えられる。
本格的なEV生産拠点に成長するには課題含み
今後のメキシコの自動車部品産業を考えるうえで、電気自動車(EV)生産の動きは欠かせない要素だ。
2022年~2023年初頭、アウディ、フォルクスワーゲン、BMW、テスラは、立て続けにメキシコでのEV生産開始や関連する追加投資を発表した。ゼネラルモーターズも、ラモスアリスペ工場における2024年からの完成車生産をEVに集約すると発表。すでにメキシコでは、フォードと地場系サクーア(注5)がEVを生産していたところ、これらの大手完成車メーカーが加わったかたちだ。こうした動きの背景には、米国のインフレ削減法(IRA)によるEV税額控除や、一大消費地・米国との近接性を生かした生産移管の波がある。メキシコでのEV生産は、台数が今後も継続的な伸びると見込める。これに並行して、当地でEV向けの自動車部品生産サプライチェーンがさらに拡大していくものと期待される。
すでに、メキシコからテスラの在米工場向けにEV関連の自動車部品を供給しているサプライヤーは日系企業、非日系企業に限らずいくつか存在する。直近の日系企業のEV関連の動きを追うと、エフテックの子会社が2021年末、4車種(うち3車種がEV)の新規受注を受けてグアナファト州の工場の生産設備増強を発表した。また日鉄物産も、EV用モーターのサプライチェーンの集積による安定需要を見込み、2023年3月に電磁鋼板を主に取り扱うコイルセンターの新設を発表した。非日系企業では、ポスコ(韓国系)が2022年7月からコアウイラ州で駆動モーターコアの生産工場新設に着手した。欧州系では、ボッシュ(ドイツ系)が2022年11月、ZF(ドイツ系)が2023年3月、それぞれEV向け自動車部品生産のための投資を発表した。ZFメキシコ法人の行政案件担当ディレクターは、業界メディア「クラスター・インドゥストゥリアル」のインタビューで、「ZFグループがメキシコにおいて進めている投資は、ブレーキやコアシステム、運転支援システムをEVの新たなプラットフォームや自動運転向けに転換していくための投資だ。そのために、ソフトウェア開発やイノベーションにも力を入れている」と説明。当地でのEV生産サプライチェーンを牽引していく意向を示した。
このように、メキシコでは北部を中心に投資が集まっている。一方で、受け入れ側の体制はどうか。
目下、国内では、大きく2つの課題が顕在化している。具体的には、(1)工業用不動産の占有率・賃料の高騰、(2)送配電網整備を含むインフラ投資の停滞だ。(1)については、新たな工業団地の開発が進み、解決・改善の余地が見られる。これに対し、(2)は深刻だ。
メキシコの民間工業団地協会(AMPIP)によると、工業用不動産の占有率は直近で上昇している。2019年には5.5%、コロナ禍さなかの2020年には6.3%の空きがあった。しかし、2021年3.8%、2022年にはわずか2.2%に落ち込んだ。北部国境都市を中心に賃料の高騰も続く。もっとも、近隣州政府やディベロッパーがこの状況をチャンスと捉えた。ドゥランゴ州ゴメス・パラシオ市やコアウイラ州南西部トレオン市を中心とする都市圏(ラグーナ地域)や北部太平洋岸シナロア州の複数都市など、北部国境から離れた地域で新規工業団地の開発を進めている。今後数年間で運営開始を見込むこれらの工業団地が、占有率の高止まりや賃料高騰の抑制に一役買ってくれることが期待できる。
一方、既述のとおり、(2)ははるかに深刻な課題だ。新たに工業団地開発や工場建設が進むと、当然、工業団地や工場に電力を届ける送配電網が必要になる。しかし、2018年から続くアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(AMLO)現政権下では、電力・通信分野での投資停滞が目立っている。電力・通信分野における建設業の実質総生産額は2022年、2016年の3分の1以下の水準まで低下した。メキシコ電力庁(CFE)の送配電網は、エンリケ・ペニャ・ニエト前政権下の6年間で約9,000キロメートル(km)延びた。対照的にAMLO政権下の前半3年間では、2,500kmほどしか延びていない。
電力コスト削減や環境配慮のため、太陽光パネルを導入した小規模自家発電に取り組む企業や、設備導入を支援する企業も増えている。しかし、メキシコでは0.5メガワット(MW)以上の発電には、エネルギー規制委員会(CRE)による許認可が必要になる。一方で、一般的な工業団地で入居企業全体向けに備えているキャパシティは20MVA(注6)やそれ以上であることが多い。許認可なしで発電できる0.5MW(注6)では、工場たった1つで必要と想定されている電力を賄うのも困難なことがほとんどだ。しかも、近年はCREによる発電許認可が下りないことも多い。これでは、系統への接続や販売を目的としない自家消費分の電力を発電することさえ容易でなくなってしまう。
その結果、各企業や工業団地は、CFEや大手電力会社による送配電網を通じた電力の供給に頼らざるをえないのが現状だ。投資の受け入れに伴ってインフラ整備のペースを上げていかなれば、各地で電力不足に陥ることが予想される。この要素が障壁になって、メキシコがニアショアリングの恩恵を十分に受けられない恐れが十分ありうるのだ。
それでもメキシコ側の投資受け入れ態勢整備を待つことなく、外資企業は次々と投資を発表している。次期政権に向けた期待があってのことなのかもしれない。
持続的な工場稼働や営業活動のためには、インフラ整備や人材確保の難度なども考慮したサイトセレクションが重要な要素になるだろう。
- 注1:
- 特定コンポーネント(コアシステム)は、(1)エンジン、(2)トランスミッション、(3)車体・シャーシ、(4)駆動軸・非駆動軸、(5)サスペンション、(6)ステアリング、(7)先端バッテリーの7種類。
- 注2:
- ディレクトリオ・アウトモトリスの集計データには、完成車、自動車部品に加え、関連製品・サービス、原材料、工業団地、研究拠点に関する投資が含まれる。
- 注3:
- この件数には、完成車メーカーや自動車部品メーカーによる投資に加えて工業団地や研究開発拠点にかかる投資も含まれる。メキシコ経済省発表の分野別投資額とは集計方法が異なる点には、注意が必要。
- 注4 :
- IATF16949は、品質マネジメントシステムに関する国際規格。ISO9001をベースに、自動車部品および自動車用材料メーカーに必要な要求事項が加えられている。
- 注5:
- サクーア(Zacua)は、メキシコ資本100%のEVメーカー。設立は、2017年。2018年から、プエブラ州の工場で生産を開始した。 現在は「Zacua MXR2」と「Zacua MXR3」、2モデルのEVを生産中。
- 注6:
-
VA(ボルトアンペア)は「皮相電力(電圧Vと電流Aの積)」を表わす。紛らわしいのがW(ワット)で、これは「有効電力(実際に消費される電気エネルギー)」のことだ。いずれも、電力を示す単位ということでは共通している。
なお、中部電力によると、皮相電力(VA)に力率をかけると、有効電力(W)になる。ちなみに、力率とは、電力をどれだけ有効に使用できるかを示す値。結局、「力率=W÷VA」で算出されることになる。
2022年のメキシコ自動車産業
- 生産などが新型コロナ前に届かず
- 部品産業好調の要因と課題を探る
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・メキシコ事務所
渡邊 千尋(わたなべ ちひろ) - 2017年、ジェトロ入構。知的財産課、ジェトロ・マドリード事務所海外実務研修、ジェトロ茨城での勤務を経て、2022年9月から現職。