変化するASEAN、投資の魅力が多様化
日ASEANビジネスウィークで議論

2023年7月20日

6月5日から9日にかけて、日ASEANビジネスウィークが開催された。2023年で3回目となる本イベントでは、日ASEAN友好協力50周年を迎えるにあたり、2022年から議論されてきた日ASEAN経済共創ビジョンの中間とりまとめを発表し、同ビジョンの内容に沿ったテーマで、日ASEANの識者による議論が行われた(注)。本稿では、ジェトロが「これからのASEAN経済・ビジネスの方向性を見通す」と題して開催したセッションにおける基調講演とパネルディスカッションの内容を紹介する。

生産・消費・イノベーション、投資の魅力多様化

パネルディスカッションに先立ち、ジェトロ・シンガポール事務所の朝倉啓介次長が基調講演を行い、ASEANへの投資動向や投資の魅力を紹介した。日本からASEANへの直接投資残高は、サービス業を中心に、右肩上がりで積み上がってきたことが示された。他方、ASEANの対内直接投資(フロー)では、近年、米国が拡大しているほか、2010年以降、中国が貿易、投資、人の動きの面で存在感を高めているとした。

また、ASEANは各国で経済成長が顕著な中、地域としての投資の魅力が多様化している。具体的には、これまでの伝統的な「生産拠点」に加えて、人口増加と購買力向上により「消費市場」、さらに「イノベーション拠点」としての魅力も兼ね備えてきていると分析した。

自動化はタイで着実に進展、コスト・人材面に課題残る

パネルディスカッションでは、「生産拠点」「消費市場」「イノベーション拠点」の視点から注目トピックを取り上げた。パネリストとして、ジェトロ・バンコク事務所の黒田淳一郎所長、ジェトロ・シンガポール事務所の久冨英司所長、ジェトロ・ジャカルタ事務所の高橋正和所長、ジェトロ・ハノイ事務所の中島丈雄所長が登壇し、ジェトロ調査部アジア大洋州課の岩上勝一課長がモデレーターを務めた。


パネルディスカッションの様子(ジェトロ撮影)

生産拠点に関する視点で、各国の動向は表1のとおり。

表1:生産拠点の動向
国名 動向
タイ バッテリー駆動電気自動車(BEV)に対する生産・販売優遇措置により、市場が拡大。2024年には主要な中国メーカーが本格的なBEV生産を開始する見込み。EV(電気自動車)関連投資の拡大はタイの強固な自動車サプライチェーンの集積に変化をもたらす契機になるだろう。
シンガポール 欧米系半導体メーカーの拡張投資が活発。脱炭素の動きの中で再生航空燃料の増産に関する動きがある。
インドネシア 脱炭素の手段の1つとしてインドネシア政府は、EV分野でASEANの生産拠点化を目指している。中国、韓国メーカーが既にEVの生産・販売を開始しており、EVバッテリー製造に向けた動きもある。
ベトナム 外国投資が経済を牽引。電子機器製造受託(EMS)や欧米向けの太陽光パネル製造の大型投資、また最近は半導体や同製造装置の製造でも投資がみられる。脱炭素化や省エネの動きが徐々に強まる見込み。

出所:ジェトロ「これからのASEAN経済・ビジネスの方向性を見通す」から抜粋

世界中からASEANに投資が流入する中、日系企業は人件費上昇、人材不足などの課題に直面している。ロボットなどを活用した自動化技術の導入について、黒田所長は、タイでは定量・定性的情報から着実に進んでいるとするも、中小企業にとっては導入コスト、自動化のノウハウ・人材不足が課題になる、とした。また、高橋所長は、インドネシアでは自動化設備の導入コストと比較して人件費が相対的に安価で、ワーカーも豊富なため、現時点では自動化に躊躇する企業が多いだろうと述べた。

ベトナムの製造業の投資環境について、中島所長は、コスト競争力や大型投資の余地もあるが、大型な外国投資の流入により、人件費上昇、人材採用難、人材獲得競争が起きているとした。将来的には自動化、高度化が求められるだろうとし、日本企業は10年後のベトナムの姿を見据えつつ、今から早めの意思決定をすることが重要だと強調した。

地方の消費市場開拓に余地、スタートアップ連携はシンガポールを実験場に

消費市場の視点で、各国の動向は表2のとおり。

表2:消費市場の動向
国名 動向
タイ 新型コロナ以降、ライフスタイルの変化が加速。例えば、ペットやキャンピングなどのアウトドアが人気に。また、高齢化の進展に伴い、在宅介護用品などへの支出が高まっている。
シンガポール 世帯所得は月収約100万円と購買力は高いものの、市場の小ささ、激しい競争環境、移ろいやすい消費者マインドなどに課題がある。少子高齢化が進む中、介護ビジネスは盛んになるだろう。
ベトナム 市場拡大への期待は高い。中でも規模が大きいのはB to B。物流・倉庫など新たな分野で投資がみられる。B to Gでは橋、港湾などのインフラ整備のほか、電力、行政の電子化にも商機が広がっている。B to C市場については成長率は高いが、市場規模はまだ小さい。

出所:表1に同じ

地方都市の消費動向について、黒田所長は、タイではバンコクと地方の格差は大きいものの、ジェトロが行ったジャパン・モール事業では化粧品のEC(電子商取引)販売額の半分を地方の消費者が担っていることを例に挙げ、地方に購買力がないとは必ずしも言えないと指摘した。高橋所長は、インドネシアについて、日系外食企業の地方出店が加速するなど、地方の中間層・富裕層の厚みは増しているだろうと述べた。 また、イノベーション拠点の視点で、各国の動向は表3のとおり。

表3:イノベーション拠点の動向
国名 動向
タイ グリーンや人工知能(AI)に関するスタートアップが注目。デジタルトランスフォーメーション(DX)の基盤となるデータセンターをタイに設置する動きもみられる。
シンガポール スタートアップ・エコシステムが充実していることに加え、現地スタートアップとの協業が欧米企業を中心に進展している。日本からは技術系スタートアップの進出が増えており、現地スタートアップとの連携に期待。
インドネシア 日本企業とスタートアップの間で、フィンテックや脱炭素、遺伝子組み換え技術など多様な分野で協業が進んでいる。加えて、銀行口座を持たない家計にサービスを提供する社会課題解決型スタートアップで、日本企業との協業も進んでいる。
ベトナム 日本企業では、生産品目を汎用(はんよう)品から高付加価値品にシフトする動きが少しずつみられるように。最近の新たな動きとしてR&D(研究開発)拠点開設の事例も。ベトナム市場参入を目指した日本企業と現地スタートアップの協業事例が増加中。

出所:表1に同じ

久冨所長によると、スタートアップと連携してASEANへのビジネス拡大を目指す場合、日本ではなくシンガポールでモデルケースの実績がある方が、他のASEAN諸国で理解されやすいという。また、現地スタートアップとの協業においては、対等な姿勢と、役割・費用の分担を明確化することが大事とした。

ベトナムでは豊富な社会課題がビジネスチャンスに

各国の足元の重要なトピックとして、黒田所長は2点挙げた。1点目は、タイが生産機能を中心とした地域統括拠点となっていることである。中国企業は、米中貿易摩擦回避のために、また台湾企業は顧客が有事リスクを忌避するために、タイに移転する例がみられる。2点目は、政府による脱炭素化の推進である。タイ政府は2021年から、バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済を国家戦略に据えている。また、タイ商務省はEUの炭素国境調整メカニズム(CBAM)を意識して、排出量算定などの対応を企業に呼びかけている。

高橋所長は、インドネシア政府が2021年7月に、2060年までにカーボンニュートラルを達成することを表明し、エネルギー、林業、廃棄物など各分野での脱炭素に向けた計画が定められている状況を挙げた。詳細な運用やルールは今後発表されるため、動向を注視する必要があるとした。

中島所長は、ベトナムのスタートアップ・エコシステムについて今後大きく飛躍することが期待されると見通す。特に、豊富な社会課題に対してデジタル技術の活用が期待されており、日本企業にもビジネスチャンスがある。商業化する場合は、分野によって価格面、規制・制度面、人脈面で障壁があり、慎重に検討する必要がある。

久冨所長は、シンガポールにおいて、南アジア市場開拓の拠点としての機能を強化する動きに注目しているとした。シンガポールは、南アジアへの交通の利便性が高く、情報収集・発信の一大拠点であることに加えて、人種的に南アジア系が多い点も理由に挙げた。インドだけでなく、最近は、バングラデシュとシンガポールの間でビジネスの往来が盛んになっている点にも言及した。

タイやインドネシアは政治動向に注目

先行きを見通す上で留意すべき点として、黒田所長は、タイ総選挙の結果と今後を挙げた。5月14日に実施された下院総選挙では、野党であった前進党、タイ貢献党がタイの議席数の過半数を確保した。両党を含む8党は、覚書を締結し、連立政権の樹立を目指す意向だ。産業界は最低賃金引き上げなどを懸念しつつ、何よりも新内閣の発足がスムーズに進むかが当面のポイントになる、とした。

インドネシアについて、高橋所長は2点挙げた。1点目は、2024年2月に予定される大統領選挙の行方だ。現時点で主要な大統領候補として、前ジャカルタ特別州知事のアニス・バスウェダン氏や連立与党のグリンドラ党のプラボウォ・スビアント党首(現国防相)などの名前が挙がっている。2点目は、2024年から始まる東カリマンタンの新首都ヌサンタラへの中央省庁の移転である。足元では、開発が進み、日本企業も30社程度が新首都への投資に関心を示しているとされる。

中島所長は、高成長が続いてきたベトナム経済の先行きに不透明感があることを挙げた。ベトナムの経済成長率は2023年第1四半期に3.3%まで減速した。インフレの高止まりによる不良債権の増加や大型投資の伸び悩み、米国向け輸出の不振、許認可の遅れによる電力不足などをリスク要因とした。明るい材料としては、観光をはじめとした好調な対面サービス、半導体やEVなど新たな投資がみられることや、海外勤務経験のある人材の還流による人材の高度化といった中長期的なベトナム経済の強さを支える要素が見られる点を指摘した。

シンガポールが目指す方向性として、久冨所長は、国民が豊かになり、価値観が多様化したことを踏まえる必要があると指摘した。政治においてはカリスマ性のある指導者から、国民との対話にたけた指導者が望まれるようになってきているという。ビジネスについては、政府はテクノロジー分野への関心が高く、ASEANで同分野のビジネスを手掛ける場合、まずはシンガポールを候補として検討してはどうかと述べた。


注1:
同イベントで開催されたセッションのうち、日ASEAN経済共創ビジョンの中間とりまとめの発表は2023年6月6日付ビジネス短信、スタートアップは2023年6月12日付ビジネス短信、スポーツを通じた日ASEAN協力の可能性は2023年6月13日付ビジネス短信、エネルギートランジションは2023年6月14日付ビジネス短信を参照。なお、日ASEANビジネスウィークのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますにおいてアーカイブ動画を閲覧することができる。
執筆者紹介
ジェトロ調査部アジア大洋州課
山口 あづ希(やまぐち あづき)
2015年、ジェトロ入構。農林水産・食品部農林水産・食品課(2015~2018年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(2018~2019年)を経て現職