「二酸化炭素ゼロ」と「エシカル」-地域の未来守る地場産業の営み(日本)

2023年6月2日

佐賀県を代表する地場産業や伝統産業の異業種11社からなる協同組合「SAGA COLLECTIVE」は2022年12月、公式ウェブサイト内に電子商取引(EC)サイトをオープンした。取り扱うものは全て、カーボンニュートラルを達成した「二酸化炭素ゼロ」の商品。背景にある佐賀県企業の「エシカル」に向き合う取り組みを取材した。(取材日:2023年3月23~24日)


SAGA COLLECTIVE協同組合が佐賀県県有林を視察
(SAGA COLLECTIVE協同組合提供)

海外展開推進から「エシカル」なブランドへ

「SAGA COLLECTIVE」は2020年に誕生した統一ブランド。立ち上げたのは、茶やのりをはじめとした地元特産の食品や諸富家具、有田焼などの県内メーカーだ。初めは海外展開の推進が狙いだった。木製家具を製造するレグナテックの樺島雄大社長が「佐賀で輸出に取り組む企業とつながりたい」とジェトロ佐賀に相談。輸出ビジネスを行う企業の異業種交流会を不定期で実施するうちに機運が高まり、佐賀の文化と伝統を世界に向けて発信すべく、統一した佐賀ブランド「SAGA COLLECTIVE」が立ち上がった。最初のブランド活動は、高級ホテルやレストランのバイヤーなどが集う「国際ホテル・レストラン・ショー」への出展。共同商品開発やパッケージ開発も行い、2021年には各社が出資するかたちで同ブランド名の協同組合が法人化され、樺島社長が理事長に就任した。

ところが、新型コロナウイルス禍の中で、自分たちが本当にやるべきことは何かを考え抜いた末、SAGA COLLECTIVEは、従来の海外展開志向から「エシカル」推進に活動の重点を置く方針に転換する。「良いものを作っている企業の単なる集合体になってしまい、コンセプトが見えにくい」という外部からの指摘もあったようだ。海外展開への特化、地場産業としてのブランディング、エシカルの推進という3つの候補の中から、何回も何時間も議論を重ねる中で、満場一致でエシカルに落ち着いたという。SAGA COLLECTIVE協同組合の山口真知事務局長はこの方針転換について、「製造環境の変化、例えば、原料となる農作物の不出来など、各社が自然環境の変化による自社ビジネスへの影響について身をもって感じていた点、そして、自分たちの産業がなくならないよう、次の世代につないでいくという使命感が一致した」と話す。

活動の根底にエシカルを置いたSAGA COLLECTIVEだが、何が「エシカル」=「倫理的な」ことなのか、商品なのか、活動なのか、定義は難しい。SAGA COLLECTIVEはエシカルを「地球に優しい」「人に優しい」「社会に優しい」という3つの軸で考えながら、エシカルとは何か、自問自答を続けている。「二酸化炭素ゼロ」を打ち出した商品が生まれたのは「地球に優しい」活動の一環として、カーボンニュートラルに取り組んでいるからだ。茶の栽培で有名な嬉野では豪雨で約80カ所の茶畑が崩壊し、有明海では異常気象によりのりの生産量が激減するなど、昨今の異常気象が事業の持続可能性に影を落としている。カーボンニュートラルは、事業規模も業種も違う10業種11メーカーの共通の課題なのだ。

地域資源の循環としてのカーボンオフセット

ジェトロが今回ヒアリングした4社はいずれも、SAGA COLLECTIVEとしてカーボンニュートラルに取り組むと決めた時点では、具体的な温室効果ガス(GHG)排出量削減方法やカーボンオフセット(相殺)の方法について知らなかったという。のりを製造・販売する三福海苔の川原常宏社長は「カーボンニュートラルが大事なことだとは認識していたが、大企業が取り組んでいるだけで、当社のような小規模企業にとっては遠い存在だと思っていた」という。また、有田焼窯元の李荘窯業所の寺内信二社長は「環境に対して何かしら取り組むべきだと思っていても、具体的に何をしていいのか分からなかった」と話す。そこで各社は、SAGA COLLECTIVEの定例理事会でカーボンニュートラル勉強会を開催し、理解を深めていった。

SAGA COLLECTIVEのカーボンニュートラルの取り組みは、GHG排出量の把握、削減、相殺の3段階で構成される。第1に、各社がどれだけGHGを排出しているのか「把握」する取り組みでは、前述のとおり、ノウハウがあったわけではない。各社が光熱費の請求書やガソリンスタンドの領収書を引っ張り出し、協同組合事務局と協力して自社による直接排出量(Scope1)と、電力の使用などに伴う他社由来の間接排出量(Scope2)を算出した。各社の算出結果はSAGA COLLECTIVEで共有した。日本酒を製造・販売する天山酒造の七田謙介社長は「当社が参画企業の中でGHG排出量が最も多いことに驚いた」と話す。原料の米を蒸すボイラー蒸気の燃料は重油だ。重油は燃焼時に発生するGHGが他の燃料と比べても多い。排出量を数値化して各社で比較したからこそ、相対的な排出量の多さを認識できたのだろう。

第2段階は排出量の削減だ。自社の事業の中で、どの工程による排出量が多いのか、その把握と可視化ができれば、現実的に取り得る手段かどうかは別として、削減に向けた具体的行動案を考えることは難しいことではない。例えば、天山酒造は主な排出源の重油に対するアプローチとして、「代替エネルギーを使う」「ボイラーの使用量を下げる」の2つを考えている。後者については、空調の排熱を活用して水を加温する仕組みで、2023年中の実証実験開始を予定している。レグナテックは、省エネ最適化診断を活用しながら、LED照明の導入やデマンド監視装置の設置など、着実にできることから取り組んでいる。しかし、太陽光パネルの導入について、樺島社長は「寿命が終わった太陽光パネルの処理、処分方法が気になっている」と慎重な姿勢をみせる。同社はもとより、SAGA COLLECTIVEの出発点はカーボンニュートラル自体ではなく、「エシカル」だ。SAGA COLLECTIVEは、参画企業が本当にエシカルな活動だと納得ができたことから取り組んでいるのだ。

SAGA COLLECTIVEのカーボンニュートラルの取り組みの中で最も特徴的なのが、第3段階の「相殺」だ。削減活動を通しても残ってしまうGHG排出分を排出クレジット購入により相殺する、J-クレジットを使ったカーボンオフセットを活用している。事務局はまず、各社の活動全般を対象にオフセットするのか、活動の一部をオフセットするのか、各社の意向を踏まえ、必要な購入量を計算する。次に、佐賀県の「佐賀県県有林カーボンオフセット(J-VER)クレジット」を共同で申し込んで購入し、協同組合に移転したクレジットを参画企業各社に割り当てる。J-クレジット以外にも、佐賀県唐津市串浦港の藻場を再生するJブルークレジット(注)も活用している。活用しているクレジットはいずれも、佐賀県内のプロジェクト由来のクレジットだ。山口事務局長は佐賀由来のクレジットにこだわる理由として「クレジットの地産地消による循環」を挙げる。SAGA COLLECTIVEは地域の未来を持続可能なものにするために活動しているので、クレジットの購入もその目的の達成手段の1つにすぎない。

クレジット購入について、三福海苔の川原社長は「本当にカーボンニュートラルの取り組みなのか、当初はふに落ちなかった」と正直な気持ちを語るものの、購入前にそのクレジットを生み出している生産活動の現場を視察することで、考え方が変わったという。「私たちの山や海の保全活動をクレジット購入することで支援することができる。山や海を育てることは、のりの栽培環境を整えることにつながる。利益の一部を私たちの自然や産業、地球を守るために使っている」。カーボンニュートラルの取り組みを地域資源循環の取り組みの一環として位置付けている組合の姿勢を象徴するコメントだ。

より良い地球環境の実現とともに

SAGA COLLECTIVEは、自分たちの産業を支える地域資源がより長く、より良い状態を維持できるように、地域資源の循環に取り組んでいる。カーボンニュートラルの取り組みでは、対象とする排出量の範囲の拡張をにらみ、参画企業のScope3排出量(Scope1とScope2以外の調達、製造、物流、販売、廃棄など各段階での排出)の一部を2023年内に算定する予定だ。原材料の調達から製品の廃棄まで、サプライチェーン全体で排出量を把握し、省エネ活動や再エネへの置き換えなどの削減取り組みも進めていく。山口事務局長は「ゆくゆくは、オフセットクレジットを購入する側から発行する側になることも視野に入れている」と述べる。培ったノウハウは地場産業に普及させ、地域の未来を守っていく。レグナテックの樺島社長によれば、諸富家具振興協同組合のメンバー企業の中にはSAGA COLLECTIVEの取り組みに関心を示す企業も出ているという。

より良い地球環境を実現するために、地方の企業ができることを体現するSAGA COLLECTIVE。佐賀県の企業が集まり、佐賀のために活動を続けてきた。エシカル重視に目指す方向性は変わっても、軸はぶれていない。海外展開は地域資源の循環を促す1つの手段として今後も重要視する。組合参画企業の枠を越えた活動も見えている。そのエシカルな取り組みは今後も続く。


注:
Jブルークレジットは、ブルーカーボン(藻や水草、マングローブなどの海洋生態系が吸収する炭素)を対象とし、ジャパンブルーエコノミー技術研究組合(JBE)が認証したクレジットのこと。
執筆者紹介
ジェトロ調査部国際経済課
渡邉 敬士(わたなべ たかし)
2017年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課にて東南アジア・南西アジアの調査業務に従事したのち、ジェトロ岐阜にて中小企業の海外展開を支援。2022年11月から現職。