遅れる電力開発、脱炭素化と電源確保の両立に苦慮(ベトナム)

2023年12月5日

ベトナム政府は、2050年までの温室効果ガス(GHG)排出量実質ゼロを目標に、脱炭素化・エネルギー移行推進に取り組んでいる。2023年5月に2021~2030年の電力開発指針の「第8次国家電力開発基本計画(PDP8)」を公布し(2023年5月30日付ビジネス短信参照)、7月には日本の官民と協力して、ベトナムのグリーン成長やエネルギー移行推進に係るワーキングチーム(AZEC/GX推進ワーキングチーム)を立ち上げることで合意した。しかし、足元では電力不足リスクが深刻化し、進出企業の生産活動にも影響が及んでいる(2023年6月9日付2023年6月29日付ビジネス短信参照)。安定した電力供給に向けた電源開発や送配電網整備が急務の中、幾つかの課題によって電力開発は膠着(こうちゃく)状態にある。本稿では、ベトナムの電力開発の現状を俯瞰(ふかん)し、そのリスクと課題や、日本の官民を挙げた新たな取り組みの動向をまとめる。

電力開発方針、風力や混焼技術などにポテンシャル

まずは、PDP8が定めた2030年までの電力開発計画の概要を説明したい。PDP8では、2030年までの目標として、発電設備容量を15万489メガワット(MW)、発電量(輸入を含む)を約5,670億キロワット時(kWh)と設定した。2022年の発電設備容量、発電量に対し、2030年の目標はそれぞれ1.9倍、2.1倍に相当する、野心的な目標値だ(図参照)。

図:2030年までの電源別の発電設備容量
2030年の目標値は、発電設備容量が15万489メガワット(MW)。2022年の発電設備容量に対し、2030年の目標はそれぞれ1.9倍に相当する。

注1:2030年の太陽光の目標値からは、既存の屋根置き太陽光の発電容量が除外されている。
注2:2022年の数値は国家電力調整センター(NLDC)の暫定値。
出所:ベトナム電力総公社(EVN)と国家電力調整センター(NLDC)の情報、PDP8を基にジェトロ作成

2030年にかけて、電源構成での石炭火力の割合を縮減する方針だ。その代わりに、エネルギー移行期の電源として、液化天然ガス(LNG)を含むガス火力を増加し、陸上風力の開発にも注力する。また、バイオマスや廃熱利用などの導入も検討する。太陽光については、自家消費型を推進し、2030年にはオフィスビル、住宅の50%に屋根置き太陽光の導入を目指す(表1、表2参照)。

表1:ベトナムにおける電源別の発電設備容量の現状と開発計画(単位:MW、%)(-は値なし)
電源 2020年 2022年 2030年(目標) 2050年(目標)
発電容量 構成比 発電容量 構成比 発電容量 構成比 発電容量
石炭火力 21,554 31.1 26,087 32.3 30,127 20.0
階層レベル2の項目バイオマスとアンモニアに移行 25,632~32,432
水力 20,774 30.0 22,999 28.5 31,746 21.1 36,016
国内ガス・石油火力 8,858 12.8 9,025 11.2 14,930 9.9
階層レベル2の項目水素へ移行 7,030
階層レベル2の項目LNGへ移行 7,900
LNG 22,400 14.9
階層レベル2の項目水素混焼 4,500~9,000
階層レベル2の項目水素へ移行 16,400~20,900
再エネ 17,539 25.3 22,022 27.3 42,986 28.6 304,659~363,859
階層レベル2の項目太陽光 16,656 24.0 16,568 20.5 12,836 8.5 168,594~189,294
階層レベル3の項目太陽光 8,871 12.8 8,908 11.0 12,836 8.5 168,594~189,294
階層レベル3の項目屋根置き太陽光 7,785 11.2 7,660 9.5 0.0
階層レベル2の項目風力 518 0.8 5,059 6.3 27,880 18.5 130,050~168,550
階層レベル3の項目陸上風力 21,880 14.5 60,050~77,050
階層レベル3の項目洋上風力 6,000 4.0 70,000~91,500
階層レベル2の項目バイオマス 365 0.5 395 0.5 2,270 1.5 6,015
廃熱など 2,700 1.8 4,500
蓄電池 300 0.2 30,650~45,550
輸入 572 0.8 572 0.7 5,000 3.3 11,042
その他 300 0.2 30,900~46,200
合計 69,297 100.0 80,704 100.0 150,489 100.0 490,529~573,129

注1:2050年の設備容量の合計数量はPDP8に明記された目標値を基に記載(各項の和とは一致しない)。
注2:2030年の太陽光の目標値からは、既存の屋根置き太陽光の発電容量が除外されている。
注3:2022年の数値は国家電力調整センター(NLDC)の暫定値。
出所:ベトナム電力総公社(EVN)と国家電力調整センター(NLDC)の情報、PDP8を基にジェトロ作成

表2:主要電源の方向性
項目 内容
石炭火力 2030年以降の新設なし。バイオマス・アンモニア混焼への移行を進め、2050年には石炭利用を停止。エネルギー転換ができない発電所は稼働40年以上をめどに廃止。
ガス火力 国内ガスの開発・使用を優先しつつ、移行電源としてLNGを推進。水素混焼を段階的に進め、水素専焼を目指す。
太陽光 自家消費型推進。2030年にオフィスビル、住宅の50%に屋根置き太陽光の導入を目指す。
風力 陸上風力、その後洋上風力の開発を段階的に進め、主要電源化を目指す。
その他 2030年の設備容量に占める再エネ28.6%を想定。
バイオマスや廃熱利用、蓄電池も導入予定。蓄電池の本格導入は2030年以降。

出所:PDP8を基にジェトロ作成

PDP8での2030年の発電量目標(輸入を含む)では、再生可能エネルギー(再エネ)の割合を大幅に引き上げ、水力発電を含む再エネ比率を30.9~39.2%にすると定めた。また、「公正なエネルギー移行パートナーシップ」(JETP、注1)などよる国際支援が完遂されれば、JETPで欧米などのパートナー国が求めた再エネ比率47%に到達するとしている。

PDP8では、2030年以降についても、2050年の脱炭素化の実現を見据えるかたちでビジョンを示す。2030年以降、石炭火力発電所は新設せず、バイオマスやアンモニアの混焼への移行を進める。ガス火力発電も水素混焼、水素専焼を段階的に目指していく。洋上風力発電の開発を本格化させ、2050年には風力全体の発電設備容量を13万~17万MW相当まで引き上げ、主力電源の1つに位置付ける。

送電網については、変動電源である再エネの大量導入が進むため、それに適合するよう整備する。具体的には、2030年までは省・市などの地域単位で220キロボルト(kV)の送電線、変電所を重点的に整備する。2030年以降は、地域間送電を念頭に500kVの送電線や変電所の整備をはじめ、ベトナム南部で発電した洋上風力の電力を北部に送るための直流高圧送電などの整備を行う方針だ。

ただし、これらビジョンの実現に当たり、ベトナムとして計画を具体的に進めるだけの財源の裏打ちがなく、日本や世界各国の支援に期待するところが大きい。具体的なロードマップの内容は、次の国家電力開発基本計画の策定以降に詰めていくとみられる。

日本も官民の枠組みで電力開発と脱炭素化を支援

PDP8公布を踏まえ、電力開発を所掌する商工省はPDP8の具体的な実施計画の策定を急ぐ。8月31日には、商工省がチャン・ホン・ハー副首相(エネルギーや気候変動を所管)に対し、関係省庁・機関への業務割り当てや調整を促す提案書を提出したと報じられている(商工紙9月5日)。さらに、地方政府にLNG発電所や送電網開発の投資認可を早めるよう促したほか、電力事業を担う国営企業ベトナム電力総公社(EVN)などにはこれらの電力開発を早めるよう指示している。

日本もベトナムの電源開発加速を期待しており、官民一体となったベトナム政府への働きかけを進めている。7月26日、前田匡史内閣官房参与(国際協力銀行取締役会長)をはじめとする日本側代表団と、グエン・チー・ズン計画投資相が会談。両者はアジア・ゼロエミッション共同体(AZEC、注2)、グリーントランスフォーメーション(GX)のコンセプトの下で、AZEC/GX推進ワーキングチームを立ち上げることに合意した。同ワーキングチームでは、ベトナムのグリーン成長やエネルギー移行を推進していくため、日本側官民と、計画投資省や商工省を中心としたベトナム政府が協議をしていく。2023年3月のAZEC立ち上げ(2023年3月30日付ビジネス短信参照)後、日本側官民と現地政府との協議の枠組みが発足するのはベトナムが初めてだ。今後はベトナムの投資環境改善を目指す「日越共同イニシアチブ」(注3)での議論の進め方も含めて検討する予定だ。

課題多く、計画実現には不透明感

前述のように、ベトナム政府は取り組みを推進する計画と枠組みを整備してきたものの、ある電力事業に携わる日系企業は、PDP8の公布について「半歩の前進にすぎない」と論じる。PDP8の実行計画が未策定の上、課題が複雑に絡み合い、開発がなかなか進まないためだ。ベトナムの電力開発の現状の課題は、概して次の3点に整理される。

1.新分野・技術や電力売買に対する法体系の未整備

再エネや新エネルギーの開発・導入に前向きな方向性を示す一方、洋上風力や混焼技術、水素などの新技術に適用するルールは未整備だ。地場の複合企業T&Tグループは、関連する法令が整備されていない現在の状況が続けば、PDP8の目標達成が困難になるとの見方を示している。例えば、風力発電は陸上、沿岸・沖合の洋上など、設置場所によって建設費や運転条件などが異なるが、これらを区別する定義や基準がないまま議論されている。洋上風力への事業参画を検討する日系企業によると、現行法令には洋上風力などで海域を事業に使う概念がなく、各国からの海洋調査要請にもまだ対応できていないという。また、再エネ発電事業者と使用者間の直接電力購入契約(DPPA)の制度が決まっておらず、発電事業者と主な使用者の外資系製造業の双方から導入が待ち望まれている。

2.安価すぎる電力価格

ベトナムの電力価格はアジアの中でも安価な水準にある。タイやフィリピンの約半額、日本の3分の1程度に相当する(表3参照)。安価な電力価格は製造業にとっては投資環境上のメリットになる。しかし、EVNの買い取り価格も相応に安価なため、発電事業者や金融機関にとっては、採算性や商業性の観点でマイナス要素となる。

表3:アジア主要国のビジネス用電力価格比較(ドル/kWh当たり)
国名 電力価格
インドネシア 0.070
ベトナム 0.072
中国 0.087
インド 0.116
マレーシア 0.128
フィリピン 0.148
タイ 0.153
日本 0.209
シンガポール 0.315

注:2023年3月時点。
出所:Global Petrol Pricesを基にジェトロ作成

安価な電力価格はEVNの収入減少にもつながり、さらなる電力インフラへの投資の足かせとなっている。EVNは2023年5月に約4年ぶりの電力価格引き上げを行ったものの、資源価格高騰などによる急速な経営環境悪化で、投資余力は限られている。加えて、今後、ガス火力発電の増加を見込む中で、輸入LNGの調達コスト高を強く懸念している。EVNは電力価格のさらなる値上げの必要性を訴えており、ベトナム政府は柔軟な電力価格変更を認めるための法令改正を検討している。それでも、EVNが単独で決められる値上げ幅には限りがあり、電力を使用する企業のコスト負担や、国民生活への影響を懸念する政府との綱引きが今後も起こりそうだ。

3.BOT方式などリスク軽減措置の採用が困難

電力価格とともに、投資開発の契約方式でも事業者サイドが負うリスクが過大となり、投資判断にネガティブな影響が出ている。官民連携パートナーシップ(PPP)による投資に関する法律(PPP法)が2021年に施行されたのに伴い、火力発電所の新規プロジェクトは実質、政府保証の対象外となった(注4)。このため、大型開発案件に当たっては、投資家サイドがEVNやペトロベトナムの信用リスクを負わなければならなくなった。既存の発電事業にも参画するある日系企業は「事業方式の再考を迫られ、デューディリジェンスの前提が変わってしまった。多くの外国企業が投資したいと思っているにもかかわらず、PPPの法令が足かせとなっている」と話す。

ベトナム政府としては、公的債務を抑制したい意向が強く、2030年までに必要とされる電力分野の投資額1,347億ドルを全て公共投資以外で賄うことを視野に入れている(商工紙9月5日)。しかし、それでは大規模な電源開発のファイナンス組成は立ち行かない状況が見込まれる。

世界情勢とベトナム特有の状況を見極めた判断を

上記のような課題の解決に向け、前向きで速やかな政策・法制度整備が望まれるが、ベトナム担当省庁間の連携も大きなハードルだ。脱炭素政策や気候変動対策は天然資源環境省、電力・エネルギー開発は商工省、開発のための公的債務は財政省、投資法令は計画投資省、新技術の研究や応用は科学技術省が所管する。関係省庁をまたいだ制度改革の旗振り役は見当たらず、電源開発が遅れる可能性は予見される。

むろん、これは製造拠点としてのベトナムの致命傷になりかねないリスクだ。ベトナム日本商工会議所は電力逼迫が続いた2023年6月、グローバルな生産体制の見直し、生産拠点の国外移転という経営判断につながりかねないとし、ベトナム政府に対して強い抗議をしている。AZEC/GX推進ワーキングチームの活動は、日越間でこうした危機感を共有し、取り組みを議論することになるだろう。

また、ベトナム特有の課題、政策や法令動向はあるが、一方で、世界的な脱炭素化、気候変動対策の動きは止まることはない。バリューチェーンの脱炭素化を目指すグローバル企業の方針を受け、製造現場の炭素排出削減を推進する在ベトナムのサプライヤー企業もある。将来的な事業環境整備や、経済成長を見越した日系企業によるベトナムの再エネ事業への参画も続いている。日本企業にも、世界の情勢や技術開発状況、ベトナムの機会とリスクを見極めながらの事業方針策定が求められる。


注1:
パートナー国の化石燃料からの移行をドナー国が支援する目的で、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)で立ち上げたパートナーシップ。ベトナムのJETPは2022年12月に立ち上げられた(2022年12月26日付ビジネス短信参照)。
注2:
2022年1月、岸田文雄首相が「アジア・ゼロエミッション共同体構想」を提唱。水素やアンモニアなど日本のゼロエミッション技術や制度、ノウハウを生かし、アジアの国々と連携し、アジアの実情に即したかたちで、アジアのエネルギートランジション、脱炭素化・カーボンニュートラル実現を目指す日本政府主導の取り組み。
注3:
日越共同イニシアチブは、ベトナムの投資環境を改善し、外国からの投資を拡大することを通じて、ベトナムの産業競争力を高めることを目的として官民連携で実施される。2003年4月に日本とベトナム両国首脳の合意に基づいて始まり、2023年で開始から20年を迎えた。
注4:
新法では、国営企業の業績を補填(ほてん)する政府保証は提供されないこととなり、既存火力発電所に適用されていたBOT方式(一括事業請負後譲渡方式)が、新規案件では実質困難となった。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所 ディレクター
萩原 遼太朗(はぎわら りょうたろう)
2012年、ジェトロ入構。サービス産業部、ジェトロ三重、ハノイでの語学研修(ベトナム語)、対日投資部プロジェクト・マネージャー(J-Bridge班)を経て現職。