活況な経済大統領選は不透明(ベネズエラ)
有識者に聞く(前編)

2023年8月3日

ベネズエラは2022年、8.0%の大幅なGDP成長を遂げた(注)。米国による経済制裁を受けながらも、外貨獲得手段を確立し、往時には程遠いが、原油生産は日量70万バレル程度まで回復した。ベネズエラ政府は、経済制裁で凍結されたといわれる推計240億ドルの対外資産の回復を求めているものの、公正な選挙などを求める反政府派との、いわゆる与野党対話は停止している。政府は、2024年に行われる大統領選に向け、経済の回復を政権支持につなげたい一方、反政府派は、政権奪還へ統一候補を擁立する構えだ。企業活動にとっては、ベネズエラはまだ不確実性の高い市場ではあるが、3年前までのハイパーインフレやモノ不足、政情不安の時期からは確実に変化を遂げ、現地法人を持つ日本企業の中には駐在員を戻す動きもある。ベネズエラ向け輸出の本格再開を検討する企業も増えた。緩やかだが変化し続けるベネズエラの経済や、それを取り巻く政治や経済制裁の見通しなどについて、現地の専門家のコメントを得た。

前編では、応用経済研究所(IESA)のリチャード・オブチ教授の見方を紹介する。


応用経済研究所(IESA)のリチャード・オブチ教授(本人提供)
質問:
2022年のプラス成長の要因は。また、成長は継続するか。
答え:
2022年上半期は新型コロナ(ウイルス)禍からの経済活動の正常化や、ドル化の進展、輸入自由化の継続、国際的な石油価格の改善などが経済成長に寄与し、先行きに楽観的なムードがあった。しかし、下半期に入ってムードは一変した。石油産業の回復は遅れ、原油生産は日量70万バレル程度から増えず、価格面でもさほど有利な条件とならなかった。8月以降、現地通貨ボリバルの大幅な切り下げが進み、ドル建て取引を抑制する大口金融取引税(IGTF)は企業のコスト負担を増加させ、消費の抑制にもつながった。2022年はプラス成長に転じたものの、GDPは600億ドル程度で、10年前の2,000億ドル近くには遠く及ばない。石油、商業、サービス、通信、一部の輸出、日用品製造業はプラス成長だったが、建設業と製造業は大幅なマイナス成長だ。特に製造業の工場稼働率は40%程度と低迷している。政府は為替を安定させる努力を続けているが、それは輸入品を有利にさせる一因となっている。輸入は税制面から自由化されており、国内生産は増えない。2023年は成長に寄与する要因があまり見当たらないことから、大きな成長見込みとはなっていない。
質問:
石油生産の回復見込みは。
答え:
石油部門に最も大きな影響を与えているのはシェブロンで、米国の同社への制裁緩和が行われて以降、増産に取り組んでいる。同社が参加する4つのプロジェクトで、現在の日量8万~10万バレルから1年で倍増させる計画だ。ピーク時には30万バレルを生産しており、長期的にはこのレベルに引き上げたい考えだ。これがベネズエラの原油生産をわずかではあるが増加させる最大にして唯一の要因だ。しかし、シェブロンが参加するプロジェクトによる輸出の大半は債務返済に充てられるため、獲得される外貨は限定的だ。
もう1つの潜在的な成長要因は、やはり米国財務省外国資産管理局(OFAC)の制裁が緩和されることで、特に石油販売に自由度が与えられることだ。現在は制裁逃れを必要とするため複数の仲介業者が存在し、1バレル約30ドルのディスカウントを強いられる。しかも、今年(2023年)発覚した一連の汚職事件から、こうした仲介業者以外へのカネの流れがあったことが明らかとなった。シェブロン以外では、友好国の中国やロシアが参加するプロジェクトがあるが、いずれも投資への意欲や能力が見えない。石油産業はベネズエラにとって主要な外貨獲得源であり続けるが、現状では大変革の見込みやダイナミズムはない。
質問:
米国との関係や経済制裁の見通しは。
答え:
2022年に国内の人道的支援に対し、ベネズエラの国外資産30億ドルを解除することを目指す与野党合意があった。しかし、マドゥロ政権は、米国が求める与野党対話の継続には、資産を凍結している外国政府側からの凍結解除が必要だと主張している。実際、米国を含む外国政府による凍結解除は行われておらず、経済制裁の方向性はやはり不明だ。明確に公表はされないものの、米国政府とマドゥロ政権との接触は第三国で行われる会議の機会などを利用するかたちで続いている。
質問:
2024年に予定される大統領選で、反政府派は力を結集できるか。
答え:
政府は経済状況が改善することで支持を獲得し、2024年の大統領選挙に臨むというシナリオを描いていたと思われる。しかし、そこまでの経済状況の改善はなく、政府支持派は明らかに少数派となった。野党の有力候補だったマリア・コリーナ・マチャド氏が最近、有権者資格剝奪の措置を受けた。今後もこのような投票意欲をそぐような措置や、野党内で票を分散させるような企てがないとは言えない。
質問:
外国企業が今後の投資判断で考慮すべきポイントは。
答え:
投資判断には次の3点を考慮する必要がある。1つ目は国内の経済状況で、これは緩やかだが改善の方向転換している。しかし、経済規模は以前よりずっと小さい。2つ目は民間企業に対する政府の姿勢だ。特定企業への裁量が大きく、汚職もあるが、寛容さが増して、以前のような収用や介入のリスクは低下している。より自由な非管理的な方向へと向かっている。3つ目は政治的変化の可能性だ。これまで考えられていた有力候補以外、あるいは政府派でも反政府派でもないアウトサイダーが大統領選で現れるという可能性は否定できない。投票への政府の動員力は確実に弱まっている。

注:
IMF「World Economic Outlook」(2023年4月)に基づく(予測値)。

有識者に聞く

  1. 活況な経済大統領選は不透明(ベネズエラ)
  2. 欧米の投資ファンドが注目(ベネズエラ)
執筆者紹介
ジェトロ・ボゴタ事務所長
豊田 哲也(とよた てつや)
1993年、ジェトロ入構。ジェトロ・カラカス事務所長、ジェトロ・パナマ事務所長、ジェトロ福井所長のほか、地方創生事業、水産品輸出などの担当を経て、2018年11月から現職。