ウクライナ情勢下のチェコ、ルーマニア、西バルカンの経済
現地所長が解説(後編)
2023年3月28日
ジェトロが2023年2月15日に開催したウェビナー「現地所長が語る!ウクライナ情勢下の中・東欧経済-転換期を迎えるビジネス環境-」の開催報告の後半(前半は「ウクライナ情勢下のポーランド、ハンガリーの経済」参照)。
本稿では、チェコ、ルーマニア、西バルカン諸国の最新経済概況やビジネス環境を紹介する。
チェコ:政府はチェコ企業のウクライナ復興への参画を支援
プラハ事務所長の志牟田剛は、2021年に5党連立で樹立したフィアラ政権は親EU・親NATOで、政策の予見可能性が高く、EU復興基金を原資とする補助金を投じてグリーン化・デジタル化を推進中だとした。外政は、2022年1月に中国・ロシアとの関係見直しを明言した一方、日本をはじめとするインド太平洋地域の民主主義諸国・地域との協力の深化を目指しているとした。
チェコの1人当たりGDPは中・東欧で最高、2023年にスペインを超える見込みで、市場性が高いとした。実質GDP成長率は、新型コロナの影響で2020年に落ち込んだ後、順調に回復し、直近の鉱工業生産指数は2019年第4四半期の水準を上回り、失業率などの経済指標も同水準に接近したと述べた。ただし2023年のGDPは、インフレにより個人消費が落ち込み、マイナス成長となるとのチェコ財務省の予測を紹介した。
チェコはウクライナを積極的に支援しており、2022年10月に内閣が承認した「2023~2025年におけるウクライナの人道、安定化、復興および経済部門の支援プログラム」において、チェコ企業のウクライナ復興への参画支援のための8,500万コルナを含め、年間4億1,500万コルナ(約24億9,000万円、1コルナ=約6円)を投じる予定だと紹介した。
また、2033年までの脱炭素を目指し、原子力と太陽光発電を推進するチェコ政府は、天然ガスを移行期の重要なエネルギー源と位置付けて供給に占める比率を高めていたと紹介。天然ガスは100%(2020年)をロシアから輸入していたため、対ロシア制裁で難しいかじ取りを迫られたが、EUと協調し、天然ガスの備蓄強化、企業の太陽光発電設備やヒートポンプの導入支援などのエネルギー危機対策を、2022年9月以降発表していると紹介した。
「ものづくりの国」チェコのビジネス環境については、進出日系企業272社(2022年末時点)のうち105社が製造業で、日系企業による電気機器・自動車分野での追加投資が続いているとして、需要が急増するヒートポンプ式温水暖房機の生産拡大計画を2022年9月に発表したパナソニックを例示した。日系企業の経営上の問題点は、2020年までは労務面がトップ3だったが、2021年以降コスト上昇も上位入りしていると紹介。それでも西欧と比べれば、労働コストは依然低く、顧客との地理的近接性も加わって、製造拠点としての優位性を維持していると述べた。ロシアのウクライナ侵攻後は、エネルギーコスト高騰についての相談が日系企業から多く寄せられ、2022年11月に政府が発表した大企業向け補助金プログラムを2022年11月8日付ビジネス短信で紹介したところ、反響が大きかったと紹介した。
また、チェコ、ドイツ、スロバキアを含む400キロ圏内には約20の乗用車生産拠点が集積し、この地理的優位性によって、チェコは乗用車生産台数でEU3位を誇るとした。さらに、EV(電気自動車)シフトが進む中、政府はチェコがEU域内のバッテリー供給網の中核となるべく、ギガファクトリーの建設地を選定中のフォルクスワーゲン(VW)グループへの全面的支援を表明したと述べた。
ルーマニア:補助金を活用した工場建設が盛ん
次に講演した、ブカレスト事務所長の西澤成世は、ルーマニアと欧米との関係は以前から良好だが、ウクライナ侵攻後に多数の首脳会談が行われ、イージスアショア・ミサイル防衛システムを実戦用に配備していることから、ルーマニアの存在感が高まった旨の見解を示した。
ルーマニアの1人当たりGDPは中国並み、ブカレストのワーカー賃金(2022年)も上海(2021年)に近い水準であるため、ルーマニアが日本企業の進出先として「チャイナプラスワン」または中国の代替えになり得るとした。
続いて、ルーマニアが強みをもつ産業を紹介。トウモロコシ・小麦の輸出国であるほか、生産額(2021年)がハンガリーの次に多い自動車部品も今後の産業集積が期待されるとした。製造業では2019年から2021年にかけて従業員数が7%減少したが、企業数は8%増、総収益は11%増となり、1人当たり生産性が高まった、と分析した。
さらに、ルーマニアでは、情報通信技術(ICT)分野の従事者数で中・東欧で3位を誇り、IT・ソフトウェア分野の2014~2019年の年平均実質GDP成長率は15%と製造業全体の4%を上回り、同国経済を牽引していると強調した。IT人材は、クルージュ県、ティミシュ県、ヤシ県の大学などでも輩出され、ブカレスト以外にも分布しているとした。また、IT技術者が手取り給与1,500ユーロを得るために雇用主が負担すべき総コストは、税制優遇により2,360ユーロに抑えられているとした。また、ルーマニアの同産業では人件費と1人当たり労働生産高の両方が低いため、オフショア開発に適しているとした。IT・ソフトウェア企業数は2019年から2021年に31%、総収益は40%、従業員数は19%、それぞれ増加したとの調査結果を示した。
エネルギーに関しては、ルーマニアの電源構成トップ3は水力、原子力、脱炭素に向け比率を下げている石炭だと紹介。エネルギー全体の2020年の輸入依存度は28.2%とEU最低水準で、ロシア依存度は2割未満だとした。天然ガスはロシアから輸入していたが、ロシアによるウクライナ侵攻以降、黒海やオンショアでの採掘開発が急ピッチで進んでおり、2022年12月にはギリシャとブルガリアを結ぶ天然ガスパイプライン「インターコネクター・ギリシャ・ブルガリア(IGB)」経由でモルドバへの輸送が開始したと紹介した。原子力発電については、稼働中のカナダ重水素ウラン方式の原発に加え、ウクライナ侵攻前から小型モジュール炉の建設計画が進行中だと述べた。
投資環境については、EU基金を原資とする新規投資・雇用への補助金を活用した建設ラッシュが起きており、製造業向け国庫補助金(2022年10月17日付ビジネス短信参照)は日本企業も利用可能とした。日本の製造業は、高速道路がありハンガリーへのアクセスが良い西部とブカレスト周辺に多く立地。ウクライナ情勢下で、黒海とドナウ川に通じるコンスタンツァ港への注目が高まっており、2023年6月29日にジェトロは同港視察ミッションを派遣予定だと言及した。
西バルカン:関心高まる「欧州のラストフロンティア」
最後に講演した、ウィーン事務所長の神野達雄は、EU加盟国以外の旧ユーゴスラビア諸国(セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、北マケドニア、コソボ、モンテネグロ)とアルバニアから成る西バルカンの経済概況を紹介した。市場規模は6カ国合計で約1,800万人(うちセルビアが683万人で最大)、いずれもEU加盟準備中で、セルビア以外はNATO加盟国または加盟を希望している。
ウィーン比較経済研究所(WIIW)によると2021年、西バルカン諸国のGDP成長率はコロナ禍から回復し総じて高かった(最高のモンテネグロが13.0%、セルビアは7.5%)が、1人当たりGDPは最大のセルビアでも7,802ユーロにとどまるとした。さらに、西バルカン諸国のGDPは2022年も平均2.8%増加するが、2023年はインフレによる消費の冷え込みなどにより減速し、2024~2025年に回復するとの見通しを紹介した。同諸国の月額賃金水準は上昇傾向にあるが、2021年時点でも欧州最低(最大のボスニア・ヘルツェゴビナでも788ユーロ、セルビアは772ユーロ)。西バルカン諸国の2023年の失業率予測はセルビアの9.0%を除き10.0%超と、他の中・東欧諸国より高く、人材確保面で余裕があるとした。
西バルカン諸国の投資環境については、法人税率は10~15%で、各国ごとに投資優遇措置があり(例:セルビアでは3,000万ユーロ、150人雇用の製造業投資に対し、投資額の17%を助成)、日・セルビア租税条約が2021年12月に発効したと説明した。また、貿易のシェアが高いEUへの統合に関し、欧州委員会が2022年7月に、アルバニアおよび北マケドニアとの間で停滞していた加盟交渉の開始をようやく決定、12月にはボスニア・ヘルツェゴビナに加盟候補国の地位を付与したと紹介。ウクライナ情勢下で各国がロシアへ傾くことを防ぐ意図で、進捗を示したと考えられるとした。
西バルカンでは、ドイツの自動車部品メーカーが自動車産業集積地であるハンガリーと隣接したセルビアなどに、イタリア・オーストリアの銀行・保険会社などが広く西バルカン諸国で、操業しているとした。日本企業による進出数は、ポーランド、ハンガリー、チェコ、ルーマニアへの進出数には及ばないが、西バルカンでは最多のセルビアへの関心が特に高まっていると述べた。直近ではTOYO TIRE が2022年12月にセルビアに欧州初のタイヤ工場を正式に開所し(2022年12月22日付ビジネス短信参照)、日本電産が2023年中に同国にEV向けインバーター工場を操業開始予定だと紹介した。セルビアはIT人材が豊富なため、NTTデータなどによるオフショア開発も進んでいるとした。
神野所長は最後に、セルビアの外政を説明した。セルビアはEU加盟を目指す一方、ロシア・中国とも良好関係を保ち、対ロシア経済制裁に不参加であるため「親ロシア」と目されることもある。しかし、セルビア側は不参加の理由を「過去にセルビアが経済制裁を受けた際に国民は苦しんだが、政府には影響がなかったため」と説明し、国連のロシア非難決議にも賛成しているため、「完全な親ロシア」ではないと解説した。他方で、2008年にセルビアからの独立を宣言したコソボを承認していないロシアとの完全対立を避けたいセルビアの事情にも言及した。
なお、ブチッチ大統領が2022年4月に再選されて政権は安定しており、外資を積極的に誘致しているが、日本や米国の企業からは、セルビアが西側諸国のサプライチェーンから除外されることを懸念する声もあがっている。しかし、2022年10月に、ジェトロはセルビアへ日本企業によるミッションを派遣したが、米国もIBMなどが参加するミッションを同月派遣して商談会を開催しており、米国もセルビアをサプライチェーンから除外することは考えていない証左ではないかと述べた。また、EU諸国もセルビアがロシアに傾くことは避けたい意向であろうと述べた。
今回のセミナーは、オンデマンドで2023年4月22日まで配信している。視聴料は4,000円(消費税込み)で、ジェトロ・メンバーズは1口につき先着1人まで無料で視聴できる。オンデマンド配信の申し込み方法や手続きの詳細はジェトロウェブサイトを参照。
現地所長が解説
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- 執筆者紹介
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ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 課長代理
上田 暁子(うえだ あきこ) - 2003年、ジェトロ入構。経済分析部知的財産課、企画部企画課、農林水産・食品部農林水産・食品事業課、ジェトロ・パリ事務所、企画部企画課、対日投資部対日投資課などを経て、2019年5月から現職。