「脱炭素」と「省人化」への貢献がカギ
欧州建設市場最新トレンド調査(前編)

2023年3月23日

ジェトロは2022年10月、フランスを中心とする欧州建設市場の動向調査を行った。海外展開を検討する日本の中小企業向けにとりまとめた情報を2回に分けて報告する。前編となる本稿では、欧州最大規模の建設見本市「バティマット2022」で出展者(注)と来訪者に実施したヒアリング結果をまとめた。「脱炭素」と「省人化」に貢献する製品やサービスへのニーズの高まりが明らかになった。後編は「欧州建設市場最新トレンド調査(後編)バイオベース素材の利用進む」参照。

3年ぶりの開催となったバティマット


バティマット会場パビリオン1の様子(ジェトロ撮影)

バティマットは60年以上の歴史を持ち、隔年で開催されてきたが、2021年は新型コロナウイルス禍で開催が延期され、3年ぶりの開催となった(2022年10月17日付ビジネス短信参照)。

表1:バティマット2022の概要
項目 概要
会期 2022年10月3日~10月6日
開催地 フランス・パリ
会場 ポルト・ド・ベルサイユ見本市会場
出展対象品目 建築材料、技術関連、内外装用接続材、建具、作業場設備、工具、建築技術、構造、エンベロープ
出展者の構成 仕様決定者(建築家等)20%、施工業者36%、流通業者17%、製造業者14%、団体13%
来場者数 31万人超 ※前回(27万人)から15%増加。
国内からの来訪者は25%増、海外からの来訪者は15%減。
出展社数 1,720社 ※うち45%が新規出展

出所:バティマットの2022年10月7日付プレスリリースを基にジェトロ作成。来場者数は、2019年の来場者数を基にジェトロが算出。

今回は次の4つを主要テーマとし、各テーマに沿った展示やプログラムで革新的な技術や製品、最新の情報が紹介された。

  • 気候および環境の保護:われわれの責任
  • 2050年における住みやすい都市:われわれの声明
  • (建設部門の)専門職の擁護・養成:われわれの優先すべきこと
  • 働き方の改善:われわれの野望

脱炭素社会を目指したソリューション

バティマットでは、多くの出展者がフランスの環境規制「RE2020外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」(表2)に適合するためのソリューションを提案し、来訪者の関心を引いた。

表2:RE2020について
項目 内容
導入経緯
  • 第一次石油危機後の1974年に断熱規制が導入されて以来、その強化が継続的に実施されている。
  • 2013年1月に施行された断熱規制「RT2012」では、新しい建築物を計画する際は従来の基準(RT2005)の3倍のエネルギー効率の達成が求められるようになった。
  • その後、フランス政府は国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)やエネルギー・気候法(2021年6月7日付地域・分析レポート参照)で2050年までにカーボンニュートラルを達成することを約束。フランス政府の2019年1月付ウェブページによると、フランス国内の二酸化炭素(CO2)排出量の4分の1、エネルギー消費量の44%を占める建設セクターにおける数値削減を促進するため、さらなる規制強化を検討した結果、2022年1月にRE2020を施行した。
内容 断熱規制から移行し環境規制となったRE2020は、一層野心的で厳しい要件を設けており、建築計画の所有者は建築許可申請前にRE2020に適合する旨の証明書の取得が必要である。なお、RE2020の不順守は、刑事罰対象となる。
目的
  • 新築建物のエネルギー性能の向上とエネルギー消費量を削減する。
  • 建設(建材、設備)から、利用(暖房、給湯、空調、照明など)を経て、廃棄・リサイクルに至る建造物のライフサイクル全体における温室効果ガス排出量を考慮したアセスメントにより、新築建築物の気候変動への影響を低減する。
  • 夏季の快適性を追求することで、将来の気候変動に適応した居住・就労空間を実現する。熱波に対してより高い耐性を建物に持たせる。
段階的適用
  • 第1段階(2022年1月以降):戸建住宅と集合住宅のみに適用
  • 第2段階(2022年7月以降):事務所や小中学校にも適用が拡大
  • 第3段階:宿泊施設や商業施設、体育施設といった特定の非住宅建築物に適用拡大される予定

出所:フランス政府資料に基づきジェトロ作成

とりわけ多くの来訪者を集客していたのは、フランス企業のカーボン・キャプチャー・ビルディングスである。同社の製品ティンバーロックは、国際的な森林認証制度である「PEFC認証」を受けたフランスの森林所有者から調達した木質ペレットと水とセメントを混合して作られた木質コンクリートパネルで、総体積の約8割が木質材料から成る。同社によると、「植物は成長過程で光合成によりCO2を吸収し、木質細胞や土の中に炭素を蓄える。従って、木質コンクリートパネルの製造に原木を用いることは、炭素を壁や床に固定することと同等」。セメント使用時に排出されるCO2よりも木材が吸収するCO2の方が多くなるため、表示されるカーボンフットプリントがマイナスの数値になり、仕様決定者にとり魅力的な製品となっている。製品の多くはプレハブ建築の壁やスラブ(床板や屋根)に採用されているという。重量は従来のコンクリートの約3分の1であるため、輸送時のCO2の排出量の抑制も期待される。


ティンバーロックの製造プロセスを説明する模型(ジェトロ撮影)

そのほかにも、脱炭素のためのソリューションを提案する製品やサービスを展示している企業(表3)が注目を集めていた。

表3:脱炭素ソリューションを提案していた主な出展企業
出展者名 出展製品・サービス
ビオフィ・イゾラシオン 麻繊維を用いた断熱材
ATIイゾラシオン 稲わらを原料とする断熱材遮音パネル
エディルテコ・グループ コンクリートの中にCO2を注入して炭素を固定化する低炭素コンクリート(カナダのカーボンキュア・テクノロジーの製品)
ホフマン・グリーン・セメント・テクノロージーズ クリンカーの代わりに産業廃棄物を利用する低炭素セメント

出所:ジェトロ作成

人手不足を解消する工法やデジタル技術にも注目

欧州では労働力不足が深刻なことから、同見本市では建設業における省人化や自動化にも注目が集まった。在オランダ日系ハウスメーカーは「移民や留学生などの人口流入によって欧州全域で住宅が不足している一方、建設業界で働く担い手が足りていない」と語った。これを解決する手段として、デジタル技術を活用したソリューションや新しい工法の提案で高い評価を得た企業があった。

フランスのスタートアップのレ・コンパニオンは、塗装ロボットで建設テクノロジー部門の金賞を獲得した。創設者兼CEO(最高経営責任者)のアントワーヌ・レニュイ氏は、ブースで来訪者に熱心に製品説明を繰り返し行っていた。同氏いわく、協働塗装ロボット「パコ(PACO)」を開発したきっかけは、ペンキ塗布作業は身体的負荷が高く早期引退が顕著で、職人不足が起きている一方で、ロボットがほとんど導入されていないことに気づいたこと。大手建設会社や大手塗料メーカーと連携し、改良を重ねてプロトタイプを完成させたという。「従来のやり方では2度塗りが必要だが、塗布量を調整できるロボットでは1度塗りが可能で、1時間当たり150~200平方メートル内壁を塗装できる」と述べ、実用化に向け準備を進めているとした。


塗装ロボット「パコ」のプロトタイプ(レ・コンパニオン提供)

このほかにも、測量や森林・地質の調査などにドローンを活用することで作業効率を劇的に改善させる提案を行う企業が出展。あるドローンメーカーは「従来は1日に500カ所程度の測定が限界だが、ドローンを使用すると約20分の撮影と約1時間のデータ取り込みで完了する」と語った。また、フランスなど欧州諸国では図面が残っていない古い建物が多く、リフォームや賃貸に出す際に、3Dカメラで内部空間の広さを迅速かつ正確に把握する技術が求められる。このため、ドローンは建物の確認申請や不動産登記などに既に活用されているという。

また、メイン会場の入口近くにはオフサイト建設(最終設置予定場所以外での設計・組み立てなど)をテーマとした区画が設けられ、省人化のソリューションとしてプレハブ工法やモジュラー工法を提案する企業が集積。実物大の製品を展示し、工期の短さや安定した品質などを説明していた。フランスの建設大手エファージュ・コンストリュクションも、オフサイト建設の専門事業部をつくり、木造のモジュラー建設やユニットバスの販売に力を入れている。工場内で可能な限り工程を完了させ、現場での人員削減、工期短縮、品質向上、CO2排出量削減に取り組んでいるという。また、あるモジュラー専門建設会社は「かつては工事現場事務所のような仮設建築物向けの供給が多かったが、昨今は住宅や店舗などの常設建築物への供給が増加傾向にある」と話す。主なターゲットは、耐火要求が高くない3階建て以下の延床面積が1,000~2,000平方メートル程度の物件。これまでは鉄骨造が中心だったが、RE2020に対応するために木造にも力を入れているとのこと。同社は「今後ますます厳しくなる環境規制基準にどのように対応していくが課題になっていくであろう」と語った。

日本企業にとってのビジネスチャンス

バティマットでの視察から見えてきた商機がありそうな製品・サービスは次のとおり。

  1. 建材の製造から廃棄におけるCO2排出量が削減可能な代替素材または技術
  2. 省人化に寄与する機器やソフトウエア
  3. 工期短縮を可能にする工法やそれに付随する製品・サービス

日本から輸出する建材の場合、欧州に輸送する際のCO2の排出量が不利に働く点が懸念される。また、CEマークなど欧州域内での上市に必須となる認証取得や維持にかかるコストも、新たに進出する中小企業にとって障壁になる可能性がある。

一方、RE2020への適合は、欧州企業にとっても難しい課題であることから、そのソリューションへのニーズは一層高まっていくと予想され、解決策を外国の企業に求める可能性は大いにある。バイオマス素材を原料とすることで炭素を固定化する建材や、既存のものよりも製造時のCO2排出量が少ない代替素材への関心は高い。また、製造過程で発生するCO2排出量を劇的に削減できるような製造方法や機械設備を持つ企業にもチャンスがあると思料する。EUで再生可能エネルギーの1つとして定義されているヒートポンプのニーズも高まっており(2022年8月15日付地域・分析レポート参照)、本見本市には複数の日系の設備メーカーがヒートポンプを出展していた。

さらに、労働者不足も課題であるため、人間の代わりに作業する機械やソフトウエアを提案できる企業にはチャンスがある。また、オフサイト建設のニーズの高まりには着目すべきだ。日本は高度経済成長期にプレハブ建築や効率の良いマンション建設技術が著しく発達し、世界的に見ても高い住宅建設戸数を維持しており、日本企業の技術やノウハウの中に課題解決のヒントがあると思われる。大手日系ハウスメーカーは既に欧州進出を果たしており、彼らの今後の動向にも注視したい。


注:
主催者が革新的なソリューションを提案した企業に与える「イノベーションアワード」の受賞者を中心に、ヒアリングを行った。

欧州建設市場最新トレンド調査

  1. 「脱炭素」と「省人化」への貢献がカギ
  2. バイオベース素材の利用進む
執筆者紹介
ジェトロ・ビジネス展開・人材支援部ビジネス展開支援課
髙村 尚吾(たかむら しょうご)
2022年4月からニチハよりジェトロに出向し、民間研修生としてビジネス展開支援課に所属。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
伊藤 生子(いとう しょうこ)
2021年4月、産業技術総合研究所(AIST)から出向。
スタートアップ支援課での勤務を経て、同年12月からジェトロ・パリ事務所勤務。